旅の空でいつか

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てのひら /Z

  1. 2010/03/04(木) 02:20:38|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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「院長先生!」

呼びかけられたのは、もう日も落ちかけるころ。
今日は朝から慌ただしくて、ようやく一息つけるかと思っていたところに、この声だ。

ここは、国の管轄する医療センター。
国からの潤沢な援助のおかげで、最先端の医療技術と設備が整っている。
給料も人員も最高レベルの職場だが、
そのかわり任される患者は
ひどく深刻な容態であったり、
居所を外部に漏らせば、文字通り「首が飛ぶ」ほどの要人であったりする。

そんな場所だから、
国民の大きな感心が寄せられるような事件の関係者が運ばれてくることも多く、
つまり、
大きな事件が起きれば、この職場はまさに「戦場」と化すのだ。

「今朝の事件のこと?」
「はい。まだあと、ひとり。」

慢性の肩こりのせいで痛む頭を押さえながら、言った。
「わかった、すぐに行く。」
はい、とその医師が急ぎ足て廊下に戻っていく。
自分も準備を整えて、すぐにその後を追う。


今朝、ひとつの事件が解決した。
数年前から、政府が一丸となって撲滅を掲げていた犯罪のひとつ。
人身売買。
それを行っていた組織のひとつが、今朝、壊滅させられた。

人身売買を行う闇業者は、とても用心深い。
被害は確実に国中の至る所に広がっているのに、
その姿を見せることはごくわずかだ。
親から買い取るのか、さらうのか、いずれもなのか、
それはわからなかったけれど、
子どもたちを「入手」する先は、大抵は貧しい地区なのだろう。
だから、その被害がすぐに表に出てくることも無いのだ。

今までも、いずれかの業者の組織員と思われる人物が捕らえられたことはあった。
けれど大体の場合は、証拠不十分。
たとえ罪が立証されたとしても、「組織」の影をつかむことはできず、
捕らえられた個人の過失として立件することしかできずにいた。

それが今朝、ついに、ひとつの「組織」を捕らえることができたのだった。

きっかけは、組織員からの密告だった。
密告をした彼は、数日前から連日、今も、取り調べを受けている。
「組織」というものは、裏切りを一番嫌う。
命がけの密告だったはずだ。

この病院がなぜ、それで朝からバタバタしていたかというと、
その組織にとらえられていた子どもたちが皆、この病院に運ばれて来たからだった。


捕り物を行った警衛士から、
組織と子どもたちについて簡単な説明は受けていた。

まだ年端も行かない、見た目のキレイな少年だけを厳選して、
その色を好む男たちに売りつける。
そんな組織だったと聞いている。

運ばれた少年たちはみんなひどく衰弱していて、
身体中の至る所に……しかも全て「洋服で隠れるところ」に、様々な傷を負っていた。
「ウリモノとして傷をつけてはいけないところ」だけは、綺麗に避けて。

そのやり口を目の当たりにして、
治療にあたった数人の医師や看護士たちは、みんな何も言わなかったけれど、
怒りで涙を浮かべていた。

今日は一日中、そんな姿を見ながらずっと、治療にあたっていたのだ。
なんだかもう、いろいろなところが疲れてしまっていた。

幸いだったのは、2つ。

ひとつは、少年たちにつけられた傷の大半がもう塞がっていたこと。
治療を受けたような跡は見られなかったけれど、命に関わるほどの傷も見受けられなかった。

ふたつめは、衰弱の具合が、水分すら受け付けないような段階にはいなかったこと。
決して軽視はできないけれど、命をつなぐことはできた。

命がある。
それが全てだと、いつも思っていたから。

「院長、ここです!」
走るように廊下を抜けて辿り着いた部屋では、
何人もの医師が、その子どもを囲んでいた。

道を開けられて、その子どもの前に立つ。

(……これは)

ひどい。

傷つき衰弱していた少年たちの命を繋いだのは、
身体中の傷のほとんどが、もう塞がっていたこと。
衰弱はしていても、水分程度なら受け付ける体力が残っていたこと。

けれどこの子どもには、そのどちらともが欠けている。
洋服に隠れるかどうかなんて、おそらく鑑みられることもなくふるわれた暴力の跡が見て取れた。
水分を口に含むどころか、今、呼吸をしていることが奇跡だ。

肌のほとんどは傷にまみれて赤黒かったけれど、
かろうじて残っている部分は、むしろ青黒い。
血がちゃんと通わなくなって、どれだけの時が経っているのか。


何枚か爪の剥がされたちいさなてのひらが、
力なく、そこにあった。


「状況を。」

声をかけると、代表して一人の医師が応えてくれる。

どの部分がもう「ダメ」なのか。
どの部分に「可能性」があるのか。

それを聞きながら、自分でも子どもの身体の各部を調べていく。
太腿に『Z』の文字。
おそらくナイフで、そう削られたのだろう。
この子ども叫び声が、
これをした男たちの笑い声が聞こえてきそうな気がして、吐き気がした。

(……え?)

そして気づく。
ひとつの違和感。

「この子ども、今朝の事件の……?」
その質問の意図を察して、看護士の一人がうなずいてみせた。
「どんな理由からかはわかりませんが、紛れてしまっていたようです。」

小さく舌打が出る。
(何て運の悪い子ども……。)

この組織の者たちが相手にする子どもたちの中には、
「この子のような子ども」はいなかったはずだ。この子以外には、おそらく、ひとりも。
だからその分、この子どもは特別だったのだ。
だからそれだけこの子どもが、その負担を一身に背負うことになってしまったのだ。

今日はもう何度も、今までに感じたことがない程の「怒り」を感じて来た。
これ以上感じることなどないだろうというくらいに。
それが、また、わきあがる。

許せない。許せない。許せない。
こんな子どもに、ここまでのことを。
こんなことを。


けれど。

ひとつ深呼吸をして、その感情をいったん、沈める。

そしてもう一度みつめる。
ちいさな、ちいさなてのひら。
傷だらけで、無事な肌を探すことの方が難しくて、胸の動きもひどく弱々しくて、
下手に触れたら、
今すぐにでも止まってしまいそうな小さな呼吸。


医師の一人がつぶやいた。
「なんて……なんて運の悪い……。」


本当に。
心からそう思う。


だけど。
だから。

「変えよう。そんなもの。」

今日、今から、
この子どもの「運」を変える。

「ここは、この国一番の病院。一番の設備。一番の知識。一番の技術。」

ここで駄目なら、ここにいるスタッフで駄目なら、
どこに行っても助かる望みなんてない。
けれど。

この子どもは、ここに辿り着いたのだ。


「__ここに運ばれたこの子は運がいい。みんな、そう思わない?」

そう問いかければ、
違いない!と、無理矢理にでも答えてくれる、うちのスタッフたち。
最高のスタッフたちだ。


__大丈夫。いま、助けてあげるよ。

夕日の差し込む部屋で、長い戦いが始まった。



***************



長い、長い戦いだった。
この子どもも、スタッフも、よく耐えられたと
今思い返しても本当に思う。

奇跡だ。
戦って、勝ち取った奇跡。

傷だらけのちいさなてのひらで、必死でつかみとった奇跡。

「がんばったね。」
よくやったね、そうささやいて手を握ってやると、
そのちいさなてのひらが、たしかに、握り返した気がした。


まだまだ、目覚める気配もなく。
だから、私の気のせいだったのかもしれない。

けれど治療が終わって、ふらふらの身体を少しだけ休めてから、
私は夫に連絡をとった。
私の心はもう、決まってしまっていた。


この小さな子どもは、命をとりとめた。
助からなかったはずの命を。

けれど、いくつかの代償を負った。

この先ずっと、相応のケアが必要になってくるもの。
どれだけ手を尽くしても、もう取り戻すことのできないもの。
一生涯、抱えていかなければならないもの。

それはこの子どものものだから、
一緒に抱えてあげることは、到底できはしない。
でも、できることもある。
それをしたいとも思う。


連絡を受けた夫は、仕事を切り上げて、駆けつけて来てくれた。
私が「そのこと」を話すと、夫は

「きみときみのスタッフだから、助かったんだね。」
まずはそう言って、それから
「きみとぼくとで一緒にできることも、あるみたいだね。」
とも言って。

あとは
「うん。やろうよ。」と、笑顔で答えた。
それだけだった。

そう言って笑顔になれる夫だから、できるんだと思う。
一緒に。


「はやく、目、さめるといいね……。」

夫とふたり、
そのちいさな手を、そっとにぎりしめた。



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