旅の空でいつか

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『冬の要塞_3』 /A/Z  ★絵祭り作品掲載★

  1. 2010/05/13(木) 10:20:31|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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AfrontouZ_bytounosan
『A』は静かに、首を振った。
「お前とおれは違う。……おれは、この街から出ることはできない。」

(「Touno's soliloquy painting」の遠野さまより、『A』)

本編は《続きを読む》からスタートです!
***************



大屋敷をいったん出て。

まだ視力の戻らない『Z』の手を引いて、
……もう、視力の戻らないかもしれない『Z』の手をひいて、
私たちは、アランの職場へと向かった。


昨日の昼間、彼をみかけたところ。
たぶんその近くに、彼はいるのだ。


そう考えていくつかの建物を探して、尋ねてまわって、
アランの居所は、すぐに見つけることができた。


アランは当然、仕事中だった。
けれど私たちの姿を見つけるとすぐに、
上司らしき人に話をつけて、やって来てくれる。

「……どこか、落ち着いて話せるところへ。」

そう言った『Z』のためにアランは、
職場の中からあいている個室を探し出し、私たちを通してくれた。

私たち3人とも、
中でも、特にウルフは注目を集めていたようだった。
雰囲気を見る限りこの「銀行」という場所は
変化や、突発的な出来事を嫌う場所だろうと、予想はついた。
でも、
アランはそれも気にせず、奥へと通してくれたのだ。

私たちが来たということは、
間違いなく『A』のことだと、アランは、思っているだろうから。
だからこれは、
私たちではなく、『A』のため。

それはわかっている。
それでいいとも思う。


通された部屋のソファに座る『Z』の様子を見てアランは、
初めて、『Z』の異変に気づいた。

「……目、見えてないのか?」

「大丈夫です。それよりも、聞いて頂きたい話があって、ぼくはここに来ました。」
職場に、突然お邪魔してしまってすみません。
『Z』はそう続ける。

__それよりも。
『Z』はそう言った。

私はそれが気に食わなくて、思わず、『Z』を振り返る。

……気配には、敏感だから。
私が振り返ったことに、『Z』は気づいていたはずだった。
けれど、そんな私に対して、『Z』は何も言わない。
私がまた「怒っている」ことにも、気づいただろう。
でも、『Z』は何も、言わないのだ。

「……」

だから私は仕方なく、
(後で、落ち着いたら、絶対に文句を言ってやるんだ)と
そう考えながら、ソファに座り直す。


私のその気配を感じてか、
『Z』は続きを話しだした。


「アランは、“HIV(エイチアイブイ)”もしくは、“AIDS(エイズ)”という言葉を、知っていますか?」


アランは、きょとん、とした顔をしている。
「あぁ、たしか、昔学校で名前くらいは聞いたことがあったような……」
と、そこまで言いかけて、
それからみるみるうちに、顔を青くした。

比喩表現ではなくて、
本当に、血の気がひいていた。一瞬で。

「?」

その言葉を知らない私は、どうしてそんな風になるのかが、わからない。

「……アイツが、そうなのか?」

『Z』は、首を振った。

「まだ、わかりません。彼は、検査も受けていないから。
 ……でも、その可能性があります。
 “ミスター・ビッグ”は、気をつけていた、と言っていました。
 けれど、それでも……感染の可能性が高いか低いかも、わからないんです。」

アランは、膝の上に置いていた右の拳を
ぎゅっと、握りしめた。

私は知っている。
人は緊張すると、利き手の拳に力が入るのだ。

「……ぼくは今、特に医者としては、してはいけないことをしています。」
『Z』は続けた。

「この病気であれ、他のものであれ……。
 病気にかかっているとか、その可能性があるとか、そういうことは本来、
 その本人が“まわりに伝えよう”と思った時にのみ、知らされるべき情報です。」

静かに、ゆっくりと話す。

「彼は、自分がそれに感染している可能性があることを、知っていました。
 もう、ずっと、9年前から。最初から。
 ……けれど彼は一度も、検査を受けるようにとの勧めを、受け付けなかったそうです。」

アランの拳に、さらに、力が入った。

「オレは、知っていた。アイツが“ナニ”をしているのかも、その病気のことも。
 気づいてもよかったはずだ。おれが、もっと早く……」

『Z』は言う。

「発症するまで、見た目に症状はありません。
 同性同士の行為で感染する、と、言いきれるものでもありません。
 それにぼくは、あなたを責めるためにここに来たのでは、ないんです。」

『Z』は、ゆっくりと話す。
でも、今の『Z』の話し方には、あの独特の「やわらかさ」がない。

淡々として、
……そう、なんだかまさに、どこかの偉い「お医者さま」みたいだ。


私は、その病気のことを知らない。
けれど2人の様子を見ていて、
放っておいてもいい、といった類いの病気ではないのだろうと、
それくらいのことには、気づきはじめていた。

「だからぼくは、お願いに来ました。
 ぼくはこれから、必ず、彼に検査を受けてもらいます。
 だから、もし……もし彼が“陽性”だったら、その時は……
 どうか彼を、助けてあげて下さい。」

陽性。
それに感染している、ということだ。

『Z』は、言って頭を下げた。
まだ顔の青いアランは、震えそうな声で「当然だ……!」と、そう言った。

ありがとうございます。
頭を下げたまま、『Z』は言った。



***************



それから『Z』は、
「詳しくは知らないんだ」と言ったアランに、その病気の説明をした。

HIVとは、ウイルスの名前であること。

そのウイルスは、
血、精液や膣分泌液、母乳に含まれていること。

それが、粘膜……目や傷口や、口の中や、
実は耳の奥や鼻の奥など、「穴の中」の湿った部分に触れることで、感染すること。

異性でももちろんのこと、
男性同士の行為では、傷がつきやすいために、感染のリスクが高まること。


……私は知らなかった。
そんな病気があること。
『Z』は、さらに続ける。

その“HIV”というウイルスが体内に入ると、免疫機能が落ちる、ということ。

例えば風邪をひいて、
普通だったら、薬を飲んだり安静にしていればなおるはずが、
そうしていても肺炎になったり、その菌が脳に行って、さらに脳炎になってしまったりすること。
……そういう「状態」になってしまったことを、
“AIDS”発症、と言うのだそうだ。

「“HIV”は、感染していても、ほとんど、自覚症状にはあらわれません。
 だから、検査をしてみないと、わからないんです。」

そう言った上で、『Z』はさらに続ける。

それが感染するのは、必ずしも同性同士の行為だけではないこと。
今、確実に広まっている病気であること。
発症までには「潜伏期間」があって、
感染しても、検査をしなければ、10年ほど、気づくことすら、できないこと。


そして。

「まだ、この病気をなおすための薬は、世界のどこにも、存在していません。」

そう、言った。

アランは、黙って聞いている。
私もなんて言っていいのか、わからない。

でも。
『Z』は、でも、と、さらに続けた。

「これは、実際はとても、弱いウイルスです。
 風邪のようには、くしゃみや咳では感染しませんし、
 一緒のコップを使っても、一緒にお風呂に入っても、感染しません。
 ……それに、治すための薬はありませんが、発症を押さえるための薬は、あります。」

アランは、
やっと少し、握りしめた拳から、力を抜いた。

「ちゃんと検査をして、感染していると、わかれば。
 その薬を、ちゃんと飲めば。
 寿命まで、一緒に生きていける。そういう病気です。」

アランは静かに、頷いた。

「彼は、今まで絶対に、検査を受けなかった。だからもし、彼が感染していたら。
 そのことがわかったら。
 今度は、薬を飲んではくれないんじゃないかと、ぼくは、それを心配しています。」

「だからお願いします。」
もし感染していたのであれば、そのときはどうか、彼を助けて下さい。

『Z』はそう言って。
もう一度、頭を下げた。


一度、深く息をついて。
それからアランはもう一度、強く頷いてから、口を開いた。

「……『Z』は、どうやってアイツに検査を受けさせる?
 その方法を、もう考えているのか?」

「……」

『Z』は力なく、首を振った。
アランはそんな『Z』を見ると、
胸元から紙とペンを取り出して、何かを描き始めた。

「……じゃあ、これを」と、
そうして描き終えたそれを、『Z』に渡す。

「そこに、オレの妹がいる。名前はエレン。……エレンに、会ってくるといい。」

エレン。
その名前は昨日、宿屋でも出て来た名前だった。

「エレンは、アイツのことは知らない。
 アイツがどうしてこの街に来たのかも、オレたちのために、ナニをしたのかも。
 ……これからもエレンには、知らせたくない。」
それから、
「会うだけで、十分のはずだ。」
アランは、そう、言い切った。

「エレンには、言わないでくれ。絶対に。
 エレンは何も知らない。それが大事なんだ、アイツにとって。
 だから、……それだけは、約束してもらえるか?」

私たちは頷いて、
『Z』はもう一度、頭を下げて、席を立った。



***************



アランが描いた地図は、
ぐるりと塀に囲まれた、まるで要塞のようなこの街の、左上。
つまり、北西の隅を、示していた。

立ち並ぶ住宅やお店の数々を通り過ぎて、
歩いて、歩いて、
家も、店も、道さえもがなくなって、それからさらに塀づいたいに歩いていった先で、
私たちは、一人の少女を、見つけた。

「……エレン?」

私が声を出すと、その少女が振り返った。

幼い。
それが、私が抱いた、第一印象だった。

よくよく見てみれば、
たぶん、年齢は私と同じくらいだ。
けれど、なんだろう……あどけない、という言葉が、とてもよく似合う。
地べたに座って、
土に汚れた軍手をはめて、
その少女は、そこにいた。

「……アランに聞いて、ここに来たの。」

「お兄ちゃんのお友だち?」

初めて見る。
あなたたち、街の人じゃないよね?
あ、もしかして、昨日この街に来た人?

少女の口から出て来た言葉は、
ゆるやかな声にのって届く。

私たちは「あなたのお兄ちゃんに、お友だちになってもらったの」と
頷いてそう言ってから、自己紹介をする。
『Z』が名乗った瞬間に、少女は目を見開いた。

「『Z』? もしかして、おにいちゃんのお友だちでもあるの?」

声は変わらずに、ゆるやかだ。
けれど、それを言う声は少し、大きさを増している。

おにいちゃん。
その言葉のイントネーションが、アランのことを指すのとは、
少し、違っている。

おにいちゃん。それはきっと、『A』のことだ。

それがわかって、
私たちはもう一度、頷いた。

エレンは、嬉しそうに、笑った。
頬には少し、泥がついているけれど、
そんなことは少しも、気にしていないようだった。

「そっか、おにいちゃんに会いに来たんだね。おにいちゃん、きっとよろこぶね。」

嬉しそうにそう言うエレンに、
私はつい「そうでもなかったよ」なんて、言ってしまう。

きょとん、とした顔だ。
年齢は随分離れているけれど、
同じ表情をすればアランとやっぱり似ているなぁと、私は思う。

つい言ってしまった言葉に私は後悔したけれど、
言ってしまったものは仕方がないから、私は続けた。

「だってさ……私、アイツキラ……苦手!
 人の気も知らないで、ヒドイことぽんぽんぽんぽん言ってさ。」

「あの、ユエ……」と、『Z』が少し困った表情で私に顔を向けてくるけれど、
私はそれを無視してやる。
さっき、自分の目が見えないことを「そんなこと」と言ったせいで私が怒ったのに、
『Z』はそれを、無視した。

そのことも思い出して、また、腹が立つ。


『A』の過去は、重い。
それは、とても。

ひとりの人間に、本当に抱えられるほどの重さなのかどうかすら、わからない。
それが自分だったら、と考えれば、
私にはまるで、自身がない。

本当に、そう、思う。

でも、それとはまた、別なのだ。
どうしても。

たとえ過去になにがあって、
今、なにがあるのだとしても。
それでも私は、『Z』が傷つけられれば
やっぱりそれは、イヤなのだ。

たとえその相手が、『A』だとしても。

『Z』だって、
いろんな、本当にいろんなことがあって、
それでも、彼のために、来たのだ。

……私のこの考え方が、
ひどく偏っていることは、わかっている。
本当は、もっともっと『A』のことを、考えてもいいのかもしれない。

ただ、やっぱり私は、『Z』のことが大切だから。
だから『Z』を傷つける人を、
私はどうしても、許せない。


そんなことを考える私に、エレンは言った。

「おにいちゃん、そんなにいっぱい喋ったの? いいな、羨ましい!」

(……羨ましい?)
エレンの言葉の意味が、私にはよく、わからない。

エレンは
「おにいちゃんは、やさしいよ。」
と、そう続ける。

そうして、自分の後ろに立っている1本の木を私たちに見せながら、言うのだ。

「あのね、おにいちゃん、この木のことが大好きだったの。
 この木は、すごくいい子でね、がんばりやさんなんだよ。」

「……?」

話はよくわからないけれど、
エレンは楽しそうで、そして一生懸命だ。
話すペースは、ゆるやかだけれど。

「このあたりはね、土の中にも石がいっぱいあって、お日さまの光も、ほとんどささない。
 でも、それでもこの木は、ずっと、立ってたの。ここで、たった1本で。まわりには何もないのに。
 ……それを見つけて、おにいちゃんが最初に、大好きになったの。この木のこと。」

言いながらエレンは、そっと、木の幹を撫でた。

「きっとね、この子も嬉しかったと思うんだ。」

「……」

私には信じられない。
そんなに優しい人間だろうか。『A』は。

私は、宿屋での様子を思い出していた。

「忘れる訳がない。忘れない。あの場所のことは、なにひとつ。」
『A』はそう、言っていた。
『Z』は、その場所のことはもうあまり覚えていないと、言っていた。

『Z』だって、完全に忘れているわけでは、ないんだと思う。
だって今でも、夢に見るのだから。

頭で忘れていても、身体はきっと、全部、覚えている。
視力を失うたびに、
古い傷が痛むたびに、きっと、思い出している。

ただ、思う。

忘れずにはいられなかった……たぶんそうしなければ生きられなかった『Z』と、
なにひとつ、忘れることができないと言った『A』と、2人は。

それは、
どっちが、とか、そんなことの言える話ではないと思う。
ただ、対照的だ、と、思うのだ。

そう。
『Z』と『A』は、同じ場所から始まっていて、
けれどとても、対照的だ。

『Z』は、やさしい。とても。
でも、『A』は?
では、『A』はどうなんだろうか。

そんなことを考えていた私に、私たちに向かって、エレンは言った。

「……おにいちゃんね、いつも全然、しゃべんないんだよ。
 そのおにいちゃんがいっぱい喋ったんだったら、
 それはたぶん、あなたたちのことが、キライじゃないからだと思うよ。」

それにおにいちゃんは、やさしいし。
そう言ってふわりと笑うエレンに、「そうだね。」と、『Z』は言った。

私には、それはわからなかった。
でも、
嬉しそうにそんなことを話す、このエレンという少女には、興味がわく。

「……エレンは、ひとりでこの庭をつくっているの? どうしてここに?」

「一人じゃなくて、お兄ちゃんも手伝ってくれるよ。
 お兄ちゃんは昔からすごく忙しいから、時々だけど。」

エレンは、にこにこと笑って答えてくれる。

「ここはね、私じゃなくて、おにいちゃんの庭なの。」

そこまで言ってから。
けれどその顔には、少し、悲しそうな表情が浮かぶ。

「おにいちゃんは、もう、ずっと来てくれないんだけどね。
 でも、それでもここは、おにいちゃんの庭なの。おにいちゃんが大好きな場所なんだ。
 だから、……私ができるのは、ここをつくることだから。
 それだけだから、だから私は、私にできることをするの。」

エレンは言った。
「自分にできることをする」と。

その気持ちは、彼女の気持ちは、わかる気がした。

私だって、『Z』だって、そうだ。
できることの方が、たぶん、少ないのだと思う。
私たちは、まだ、こんなにも子どもで、未熟で。
それはたとえ大人であっても、変わらないのだろうけれど。

それでもそれをするしかないから、
自分には、少なくともそれはできる、とわかっているから、
だから、ただ、それをする。

「ありがとう。……きみに会えて、よかった。」

そう言う『Z』に、エレンは笑顔を返した。
そのまま笑顔で見送ってくれるエレンを背にして、
そして私たちは、
再び、大屋敷へと戻った。


お昼ご飯を食べるのも忘れていた。
時間はもう、夕方だ。


けれど、今日、これから。
『Z』は『A』ともう一度、会う。



***************



大屋敷に戻った私たちは、
おじいさんと一緒に、『A』の部屋へ向かった。
視力の戻らない『Z』では、『A』の検査をすることが、できない。
だから検査自体は、おじいさんに頼むことにしたのだ。

『A』の部屋は、3階の、一番奥。

私たちがやってくると、
『A』は最初は驚いて、
それから目に見えて、不機嫌な顔をした。

……『Z』の様子には、すぐに気づいた。
けれど、それに言及することもない。

「……何の用だ。」

そう、短く言った『A』だったけれど、
昨日のような乱暴なことも、
そのまま私たちを無理矢理追い返すことも、しなかった。

部屋に積極的に入れてくれたわけではなかったけれど、
私たちは、ドアと『A』の間を通って、その中に入っていく。

「……」

『A』がため息をついて、
ドアを閉めた。


ドアが閉まるなり、『Z』は言った。
「これからきみに、検査を受けてもらいたいんだ。」

何の検査を、なのか、
『A』は、すぐにわかったようだった。
ますます不機嫌な顔になっておじいさんのことを睨みつけているけれど、
おじいさんは全く、気にしていないようだった。

「……必要ない。」

そう答える『A』の言葉に、
『Z』はけれど、耳を貸さない。
首を振って、「受けて欲しいんだ。どうしても。」と、そう、答える。

……人の言葉に、耳をかさない、だなんて。
こんな『Z』は、初めて見る。

「……本当はね。
 検査は、本人が望まない限り、決して無理に受けさせるようなものじゃないと、思っているんだ。」

「……」

「でも、ごめんね。
 ぼくはどうしても、きみに検査をしてもらいたい。
 だって、検査をしなきゃ、わからないから。
 わからないままじゃ、……もし感染していたら、きみは、このまま」
「知ってる。でも、興味はない。」

『Z』の言葉をさえぎるように言う『A』に、
けれど、『Z』は言った。

「きみは興味がなくても、ぼくは、そうはいかないんだ。」

「……」

これには、私も返す言葉がない。
言葉を挟む気なんて、もともとなかった私でさえ。

だって、これは『Z』のわがままだ。
そう自ら言っているのと、変わらない。

こんな風にわがままを言う『Z』も、
私は今まで、見たことがない。

「だからね、ぼく、
 きみにどうやったら検査を受けてもらえるのか、考えてたんだ。」

一度だけ短く言葉をきって、
「ごめんね」
『Z』は、そう言った。

「きみを傷つけないって、アランと約束してたんだけど。でもぼく、その約束やぶるよ。」

 「?」

「今日ね、エレンに会ったよ。」

「!」

『A』の表情が、変わった。

「彼女は知らないんでしょ? きみがあの兄妹に、何をしたのか。」

それを聞いて、
今度こそ本当に、『A』は怒って、声を上げる。

「あいつらは関係ないだろ! おれが勝手にやったことだ!」

その声と気配に、ウルフが身構えた。
『Z』はけれど落ち着いて、淡々と喋る。

「うん、そうだよね。でもね、ぼくも勝手だから。
 どうしても、きみに、検査を受けてもらいたいんだ。」

「ふざけんな、お前……!」

うん。ゴメンね。
そう言うけれど、『Z』はゆずらない。


「……」


それからしばらくの間、
誰も何も、喋らなかった。

けれど結局、舌打ちと、大きなため息をついて
その意思を曲げたのは、『A』の方だった。

その様子を見届けて、
少しだけ嬉しそうに、おじいさんは検査の準備をはじめたのだった。



***************



検査自体は、とても簡単なものだった。

血を、少しだけとる。
小さなスプーンに、1杯分くらい。
それだけだった。

結果が出るまでにかかる時間も、15分程度らしい。
採血の済んだ腕を押さえて『A』は、
今はただ、うつむいている。

その結果を待っている間に『Z』は、
『A』の正面に座って、話し始めた。
見えない瞳のまま、話し始めた。


自分が運良く、優しい人たちに助けられたこと。
ずっとずっと、会いたかったのだ、ということ。
だから、
その優しい人たちと別れて、旅をしてきたこと。
旅先で、いろいろなヒトに会ったこと。
医者として都にいた時よりもずっと、多くの人を診られたこと。

「偽善者だな」

そう言った『A』に『Z』は、
小さく笑ってから、話を続ける。

旅の途中で、
自分たちを捕らえていた、
自分たちから、あまりにも多くのものを奪った、組織の人間に会ったこと。
許せなかったこと。
許せない人に会って、
許せない自分にも出会ったこと。

『A』は少しだけ表情を動かして、
けれど、黙って、聞いていた。

だから『Z』は、続けた。
金色の髪と青の瞳を持つ、『A』の一族の人間に会ったこと。
旅の途中、『A』のことを何も掴めなかった、焦りの中にあった日々が、
けれど、この街に辿り着くきっかけを与えてくれたこと。

『Z』は言う。
自分もまだまだ知らないけれど、きっと世界は広いのだ、と。

『A』は静かに、首を振った。

「お前とおれは違う。……おれは、この街から出ることはできない。」

そんなことはない。
私は言いそうになったけれど、
『Z』がそれを言わないから、私も、言わない。

「……それでも、ぼくは選んで欲しいよ。だって、世界はこんなに広いんだもの。」

『A』は、床に目線を落としたままだ。

『Z』の言葉を、本当に聞いているのかどうか。
『Z』の言葉が本当に届いているのかどうか、わからない。

けれど『Z』は、続けた。

「ぼくは、もっともっといろんな場所で、
 もっともっといろんな景色を、見てみたい。……そう、思ってるよ。」

いろんな景色を、「見て」みたい。
その言葉に、一瞬だけ、『A』は顔をあげたけれど、
でもそれは、本当に一瞬のこと。

『A』が再び視線を落とすと、
2人の会話は、終わっていた。



***************



『A』の検査の結果は、陰性だった。
つまり、
感染してはいない、ということだ。

「よかった……」
そう言って、力が抜けたように肩を落とす『Z』に、『A』が聞いた。

「……もしおれが感染してたら、お前、どう言うつもりだったんだよ。」

『Z』は少しも考え込むことなく、言った。

「よかったね、って言うよ。」

『A』には、そして私にも、
その言葉の真意はわからない。
それを察してか、『Z』は言葉を続けた。

「言葉は変わらないよ。やっぱり、よかったね、って言う。そう思う。
 だって早くわかれば、対処ができる。
 感染してたって、早くちゃんとわかったなら、それはそれで、よかったんだよ。」

そう、言葉を紡ぐ『Z』の声は、
やさしく、穏やかで、やわらかい。
いつもの『Z』だった。


「……じゃあ、これで。」
立ち上がってそう言って、『Z』は『A』に、背を向ける。

けれど部屋を出て行こうとして、
私がドアノブに手をかけたそのときに、『Z』は振り返って、言った。

「……きみは、ぼくとは違うと言った。ぼくと違って、この街から出られないって。
 それは、そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。」

少しいらだったように、あきれたように、『A』は言う。

「無理なんだよ、もうお前黙」
「それでも。」

その『A』の言葉を遮って、『Z』は続けた。
あの、いつもの、声で。

「それでもぼくは、きみには、どうか……どうかもう、自由になってほしい。
 だって君は、ぼくの希望だったんだ。」

「……」

「ぼくは、覚えてるよ。これだけは一度も忘れたことがない。
 あの場所の、地下の部屋で……ひとつだけ、窓があって。
 晴れた日には、少しだけ、あったかい日が射してくるんだ」

覚えてる?
『Z』はそう尋ねるけれど、
「……」
けれど『A』は、答えない。

「あれは、君の色。
 あの場所で、最後の最後まで動けずにいたぼくの、たったひとつの、希望の色だったんだ。
 君は、ぼくの希望だった。」

『A』はもう何も、答えなかった。
その視線ももう、こちらには向いていない。

「……」

私は、悲しかった。
『Z』の声が、『A』には届いていない。
そう、感じたから。


決して私たちの方を向かない『A』に背を向けて、
私たちは、彼の部屋をあとにした。



***************



私たちはそのまま、“ミスター・ビッグ”の部屋へと向かった。

『A』が検査を受けたことに彼は驚いて、
けれど、やっぱり楽しそうに、尋ねてくる。

「どうやったんだ?」

「脅迫して。
 どうせ選べる手段なんて、ぼくは持っていなかったので。」

『Z』のその答えに、“ミスター・ビッグ”は
笑顔ではなく、今度は声を出して笑った。

「それはいい。キライじゃない。」

彼がそう言った瞬間、
「あ」
と、『Z』が小さく、声を出した。
そうして、サングラスを外した。

(!)

よかった……。
視力が、戻ったのだ。

『Z』はサングラスを外して、“ミスター・ビッグ”を見た。
そして、
「……髪の色が、変わりましたね」と、そう言った。

「あの場所で会ってから、9年だよ。おれも老いた。」
“ミスター・ビッグ”は、そう答えた。

そうだ、『Z』と“ミスター・ビッグ”とは、かつて一度、会っている。
そして『Z』は、それを覚えているのだ。

“ミスター・ビッグ”の髪の毛は白いけれど、
少し、光っている様に見える。
きっと若かった時には、それは綺麗な、金色の髪だっただろう。
その瞳は今も、
深く、青い。

“ミスター・ビッグ”は間違いなく、
『A』と同じ、一族だ。

「『A』とは、同じ一族の出なんだよ。どうやらね。家族みたいなもんだろ?」

そう言って笑う“ミスター・ビッグ”に、『Z』は答える。

「あなたみたいなことをする人を、ぼくは家族とは認めません。」

“ミスター・ビッグ”は、少しだけ、顔をくもらせた。

「……そうだろうな。おれ自身、最初はそのつもりじゃなかったし。
 けど、おれはあいつを気に入った。
 あいつなら、おれの息子にしてもいいと、思っているんだよ」

「それは彼の決めることです。」
『Z』はきっぱりと、そう言った。

「約束は、守ってください。」

「もちろんだ。」
余裕を持ってそう答える“ミスター・ビッグ”におじいさんが、
「ぼく証人やるからね」と釘を刺している。

「わかった、わかった。」
“ミスター・ビッグ”は、また笑って、そう答えた。

それから『Z』に、鍵を投げた。
『Z』はそれを、空中で受け取る。

「あいつの首のものは、それで外れるよ。
 それをどう使うか、あいつにどう使わせるかは、お前が決めればいい。
 あいつがそれでおれのもとを去るなら、それでいい。
 変わらずに戻ってくるなら、変わらずに接しよう。
 ……このことについて、おれからはあいつに、何も口出しはしない。約束だ。」

余裕の表情でそう言う“ミスター・ビッグ”のその言葉を聞いてから、
私たちは彼に、背を向ける。

去り際に、“ミスター・ビッグ”が言った。

「選ぶのは、あいつだ。
 そしてあいつは、“変わらない”ことを選ぶ。
 ……人間てのは、そういうもんだからな。絶対だよ。」

「……」

私たちは、何も答えなかった。

ただ、手に入れた鍵を握りしめて、
そのまま、
大屋敷をあとにした。


(to be continued...)


次回で『Z』の旅は終わりますが、
その前に、こんな注意書きを書いてみました。


***************
入れるか迷ったエピソード、
“HIV”“AIDS”の下りでした。
うん、やっぱり、職業病ですね。笑

この話に書いたHIV/AIDSに関する情報は、
全て、日本の現状です。
1日に4人のペースで増加中です。
うち80%が、~30歳代の若者です。
同性愛者の病気とも思われがちですが、
そもそも異性愛者は検査に行かないので、
あまりそれは信用できません。
という点は、付け加えておきます。
無理に検査を受けろ、とは言いませんが、
無料で匿名で検査できるところは、全国にあります。
私も仕事柄、定期的に受けたりしています。
現状を知っていれば、怖いものではありません。
本当に怖いのは「知らないこと」じゃない?

……と、そんなことを
若者に伝える、的な仕事をしているのです。
普段、主に。

もし、検査やHIV/AIDSの情報を
求めている方がいらっしゃったら、
匿名・非公開でよいので、コメントとかしてください。
(レスの方法は確保しといてくださいね☆)
左メニューのプロフにあるツイッターから
ダイレクトメッセしてもらっても大丈夫です。
……長い注意書き、終わります☆
***************



AfrontouZ_bytounosan
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comment

  1. 2010/05/13(木) 12:48:34 |
  2. URL |
  3. ゆさ
  4. [ 編集 ]
おおぉおぉ…『A』のイラスト美しいですね
光と影の狭間にいるかのような彩色もお見事。
見とれてしまいます☆

『Z』が手段を選ばない姿勢になりましたね。
読んでいてぐいぐい引きこまれました。
『A』が無事で良かった…(いや病気の性質上まだわかりませんが)
わたしの周囲にはこの病気の人はいないけれど、
前の仕事で少々知識をかじって、うわぁこれもしもの時には絶対病院行かなきゃと感じましたね。
一人で抱え込める重さではないと思います。

続きが気になります~。

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/13(木) 13:00:40 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> ゆささん*^^*

> 『A』のイラスト
私も見とれっぱなしです☆
いやぁ、もう、本当に綺麗すぎてどうしようかと……!!
むしろ、どうしようもなくなっています。
はわわわわわっ。

> 『Z』が手段を選ばない姿勢

はい、なりました^^;
今回……お医者さんにしてもそうでなくても、
絶対やっちゃいけないことばっかり、やってます。
私ならやらないし、できない。
いやでも、どうだろう……友だちとか恋人とか家族だったら……と、
書き終わった今でもちょっと、悶々としています。

> 一人で抱え込める重さではないと思います。
はい、たぶん。
私も予防啓発に関わる今の仕事をしていても、半々、です。
ゆささんとは違って全く知識のない人であったら、
さらに、なおさら、受け入れるのは難しい場合が多い様に思います。

なんか……
返信が長々してしまって、すみません^^;

ゆささん、コメントありがとうございました☆☆

  1. 2010/05/14(金) 22:48:09 |
  2. URL |
  3. びたみん
  4. [ 編集 ]
美しいAに誘われてふらふらとやってきました!
お久しぶりです。

もう・・Aのことを考えると泣けてくる私の脳みそと涙腺なんとかして下さい・・・!←

私も仕事上こういった病気の方にお会いしたり、話を聞いたりしますが、このお話を読んでますます感情移入できるようになりました!!A!もうA!愛してるっ

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/14(金) 23:57:00 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
びたみんさん*^^*

こんばんはー☆
そうか、遠野さんの『A』はびたみんさんホイホイだったのですね!
どうりで私も、遠野さんにはホイホイされっぱなしなわけだ……!

> 私も仕事上こういった病気の方にお会いしたり、話を聞いたりしますが、

へぇぇーっそうなのですね!
もしかしたらびたみんさんとは、
微妙に業界かぶっている部分があるのかもしれませんね*^^*

『A』を愛して下さって、ありがとうございます!!
よーし、がんばるぞーっ!!
あ、でも
私のびたみんさんの絵への愛も負けてませんので!!!!
そこんとこよろしくです!!!!

コメント、ありがとうございました*^^*

  1. 2010/06/10(木) 00:18:15 |
  2. URL |
  3. 遠野秀一
  4. [ 編集 ]
こんばんは、遠野です。
やっぱりHIVでしたね。あと、Aが陰性でよかったです。
決断の時迫る、みたいな感じでドキドキします。

あと、HIVの件ですが、
あいまいな学生の頃の記憶ですが、
その時は同姓同士の~~は聞かなかった気がします。
確かプリントをもらって、激しい~~と修飾語を付けて
書いてあるだけだったはずです。……確か。

中高生くらいに結構話題になって、
特番とかやってた覚えも。

あれはエイズを恐れすぎないで、って内容でした。
しっかり注意していれば、キスも~~も大丈夫、
親しい隣人になれるはずだーって感じで、
いろいろ考えされた番組でした。

番組のラストで、一緒に暮らしていた
エイズ感染者とお医者様(だったかな?)の
幸せそうな笑顔が今もなんとなく覚えてます。

また長くなってしまいました。
しかも、本編に関係ないところで。

Re: 遠野秀一さま

  1. 2010/06/10(木) 09:06:32 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
おはようございます☆
はい、職業病ですかね^^;

> その時は同姓同士の~~は
あぁ、そうなんですね!出血しやすいので、リスク高いのはガチなんですが、
そうですかぁ……・_・

> 激しい~~と修飾語
それは若干わかりづらい気がwww

> 中高生くらい
薬害の裁判とかの関係かもしれないですね!

> 番組のラスト
おぉ、ちょっと見てみたいです。
職場のライブラリを探してみようかと思います♪

> また長くなってしまいました。しかも、本編に関係ないところで。
問題ないですwww

コメント、ありがとうございました*^▽^*

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