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旅の空でいつか

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『冬の要塞_1』 /A/Z  ★絵祭り作品掲載★

  1. 2010/05/08(土) 03:33:13|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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wolf_bitounosan

油断なく、頭は上げたままで……いつでも飛び出せるようにして、伏せている。
(「Touno's soliloquy painting」の遠野さまより、『ウルフ』)



本編は《続きを読む》からスタートです!

***************



そいつらがやって来たのは、
アイツが“ミスター・ビッグ”の息子になる、と
それが正式に発表される、そのわずか10日ほど前だった。

時間は、昼時。
昼休憩の時間で、オレは
いつも弁当を食べている外のベンチに向かって、歩いているところだった。

最初に目についたのはそいつらではなく、
いつものように、黒服たちに囲まれて街を歩いている、アイツの姿だった。
もう少ししたらオレの前の道も通るだろうけれど、
まだ距離がある。

そしてその次に見えたのが、1台の馬車だ。
アイツの……黒服たちの集団の、後ろに見える。

その馬車には、見覚えがあった。
あまり上等な物ではなかったけれど、
あの馬車は、毎月一度、必ずこの街にやって来ていた。
そしてその中の人物は必ず、“ミスター・ビッグ”の大屋敷へと向かうのだ。
見慣れた馬車だった。

けれどその馬車から出て来たのは、見慣れた人物だけではなかった。
見慣れた姿は、ひとつ。
背の小さな、今では少し背中の曲がった白髪の老人だ。
けれどこの日はその後に、見慣れない姿がみっつ、続いた。
黒髪で痩身の人間と、
背の小さな少女、
それから、灰色の身体を持った、大きな犬。

あの小さい馬車に、よくそれだけの人数が入ったものだと思う。

花街やら賭場やらに、外からの人間がやってくることは、時々あった。
学校の教師の中にも、
その時間だけ、外から呼ばれて来ている人間もいた。

けれどそいつらは、
それらとは全く、様子が違っていた。

だからそいつらの姿に、
見慣れない様子の人間の姿に、オレは見入っていた。


アイツと黒服たちが、次第に近づいてくる。

けれど馬車を降りた、
見慣れた老人に続いて歩いて行く
その人物たちの姿がめずらしくて、
オレはしばらく、そいつらの様子を眺めていた。

ふと、老人が立ち止まって、オレの方を見た。
指でこちらを指し示している。
その老人に続いていた者たちも、老人の示す指に従って、こっちを見た。

「!」

見ていたことに気づかれたのか、と思ったけれど、
違ったようだ。
老人が指差しているのは、
そいつらが見ているのは、オレではなく。

(……アイツを、見ているのか?)


アイツと黒服たちが、近づいてくる。

老人の示す先を見ていた、黒髪で痩身の人物が
初めはゆっくりと、
けれどすぐに小走りになって、
まっすぐに、こちらに近づいて来た。

「……」

黒服のうちの何人かが、その人物に視線をやっているのがわかる。
けれど一緒にいる人物が見慣れた姿だったせいか、
許可書を得ているのだとわかっているせいか、特に目立った動きはない。

アイツも、特に関心を示してはいなかった。
それはいつものことだ。
黒服たちと一緒にいるアイツは、何の感情もあらわさない。
それはとても徹底していて、
オレたちの家にいるときのそれとは違う。

近づいてくる人物の様子は気になったけれど、
もう、すぐ近くに黒服たちが来ていたから、
オレは頭を下げた。

黒服たちが近くにいる。
だから誰も、何も喋らなかった。

アイツと黒服たちの歩く足音と、
それから、
あの見慣れない人物が小走りでやってくる、その足音だけが、聞こえた。

頭を下げるオレの前を、黒服たちが通り過ぎていく。
真っ黒なズボンに、真っ黒な靴がいくつも、
頭の上を通り過ぎて行く。

アイツの靴も見えた。
アイツもいつも、アイツを囲む男たちと同じような黒い服、黒い靴を身につけていた。
同じような色合いだけれど、
アイツだけは実は、違うのだ。
だから、わかる。


いつものように頭を下げるオレの前を、
いつものようにアイツが少しだけ、けれど確かにオレに視線を送りながら、通り過ぎる。

いつもと変わらない、はずだった。
けれど。


「待って!」


__声が、響いた。


その声に、
はじかれたように、アイツが立ち止まった。
黒服たちも立ち止まった。

頭を下げている人間たちの空気が、変わった。
当たり前だ。
だってこんなこと、
今まで、一度だってなかった。

だからオレは、
ゆっくりと、頭をあげた。

オレの目が初めに見つけたのは、アイツの姿だった。
そしてたくさんの黒服の姿と、それから……
それから、アイツが目を向けている人物。

小走りで近づいて来た、あの、黒髪の人物だった。

「あの……」

黒髪の人物が、口を開いた。
あまり高くはないその声を聞いて、けれど、女だ、とわかる。
女にしては、背が高い。
丸いラインがほとんどないせいか、線の細い印象がある。

黒髪の人物の後ろに、
背の小さい少女と、あの大きな犬がやはり小走りでやってきて、追い付いた。
その少し後ろからは、あの見慣れた老人も近づいてくる。

「……」

オレはその様子を見守っていたけれど、
黒髪の人物も、そいつを追って来た少女も、もちろん犬も、何も話さなかった。
アイツも。
ただ、そいつの姿を見ているだけだ。

アイツが何を思っているのかは、わからない。

誰もなにも喋らない、けれど緊張の走った空気を変えたのは、
遅れて追い付いて来た、あの、見慣れた姿の老人だった。

「お騒がせしてゴメンねー。
 このまままっすぐにぼくたち、宿に行くからさ。
 だから、気にしないでいいからね。」

緊張感なんて全くない声の調子で老人は、黒服たちに向かって話しかけている。
まっすぐに視線を送るのもためらわれるようなあの黒服たちに、
何でもない様子で、話しかけている。

見慣れている、というだけで、
その老人が何者なのか、オレは知らない。
けれど黒服たちは、老人の言葉を聞いて再び、歩き出した。

歩き出す瞬間に、一度だけ、オレを振り返ったアイツと目が合った。
一瞬のやりとりだ。けれど。

(……)

街中でアイツと目線を合わせることも、
アイツが、何かを伝える意思を持ってオレに視線をなげかけることも、初めてだった。

(……わかった。)

オレが小さく頷き返すと、
アイツもまた、黒服たちと一緒に歩き出した。
黒髪の人物には、もう、目もくれない。

オレは再び頭を下げて、アイツと、黒服たちが通り過ぎるのを待った。

そして
黒服たちが通り過ぎるのを待ってから顔をあげれば、
そこには、あの黒髪の一行だけが、取り残されていた。


黒髪の人物は、泣いていた。

左手の拳で両目を覆って、
残る右手でのど元をおさえて。

声は聞こえない。
ただ、泣いていた。

「……」

黒髪の人物と、
彼女の背中を優しく撫でる老人と、それに寄り添う少女と、犬と。

そいつらに背を向けて、
オレは、職場に戻った。


昼休憩は、もうすぐ終わってしまう。
だから、まだ、だ。



***************



夕方、仕事を終えたオレは
まっすぐに家に戻って、いつものようにエレンと夕食をとる。

「今日、なんか変わった人たちが来たらしいね」
エレンが言った。

昼に起こった出来事の噂は、さっそく広まっていた。

「……初めてここに来たヤツらだったから、知らなかったみたいでさ。
 頭下げないし喋ってるしで、たしかにかなり、めずらしかったよ。」
オレが笑ってそう答えれば、
「ふうん。わたしも見てみたかったかもー」とエレンはそう答えて、
すぐに別の話題になる。

エレンには、詳細を聞かせない方がいい。
オレはそんな風に考えていた。

確信を持てるだけの情報は、ひとつも持てていなかった。
けれど黒髪のあいつらは“知っている”。
アイツのことを、知っている。
それは、間違いないことのように思えたから。

だからオレは、
いつものようにエレンと夕食をとって、
いつものように食後にはお茶を入れて、少しだけ甘いものを齧って、
日付けが変わる前には、ベッドに潜った。

……月の初め以外では、
アイツがうちに来るのは、大抵、週末だ。
今日はまだ、週の中頃。
今年に入ってからは、アイツがいつ来てもいいように
週末はオレもエレンも、夜更かしするクセがついていた。
けれどそうでなければ、この時間には大抵いつも、眠ってしまっている。

だから今日も、いつもの通りに。

隣のベッドからエレンの寝息が聞こえて来て、
それでも、もうしばらく経ってからやっとで、
オレは身体を起こした。

寝息だけじゃなくて、目で見て、エレンがすっかり寝入っていることを確かめる。

(……ゴメンな、エレン。)

確認してから、
オレは静かに、部屋を後にした。
静かに階段を降りて、上着を羽織って、ランプを持つ。

__昼間、目線を交わしたから。

だからわかる。
アイツは今夜、うちに来るだろう。
申し訳ないけれど、エレンにはそれを知らせないために、
おそらくノックもせずに、
ドアの前でただ、オレが出てくるのを待つだろう。

「……」

アイツが来るのは、たぶん、もう少し夜が更けてから。
だからその前に、オレにはやっておくことがある。


静かに家のドアを閉めて、
オレは、あの黒髪たちのいるだろう宿屋へと向かった。



***************



この街には、花街にある以外の宿屋は1件しかない。
だから、あいつらの場所は探す必要もなかった。

宿屋の前について2階の客室を見上げれば、
まだ、明かりがついている。

自分の吐いた息が白いのが、目についた。

まだ、秋だ。
けれどこの時間になると、今の季節でも、もう息が白い。
地理的にも寒い地方にあって、しかも山の近くにあるこの街は、
冬の訪れは早く、春の到来はゆっくりだ。

冬の寒さが厳しく、城壁のような塀に囲まれたこの街は、
だから外の人間からは、《冬の要塞》と呼ばれている。
アイリからそう、聞いたことがあった。

「……」

そう、要塞だ。
だから、守りは堅牢だったはずだ。

なのにそこに乗り込んで来たアイツらは、
一体、何者だ?

「……」

オレはもう一度、息を吐き出すと、
宿屋のドアを開いた。



***************



その部屋の前で、オレは小さくノックをする。
少ししてドアを開けに来たのは、背の小さい少女の方だった。
その足元には、あの、大きな犬がいる。

(……狼、か?)

身体の大きさだけではなくて、よく見てみれば、
瞳も、ツメも、少しだけ覗いている牙も、犬のそれとは違っていた。
学校に通っていたとき、もう随分昔だったけれど、
図鑑で見たことがあった。

「……どうぞ。」

少女が言った。
オレの前をふさぐようにしていた狼も、身体をずらした。

黒髪の少女は、正面のベッドに腰掛けてまっすぐに、こちらを見ている。

「……遅くに突然押し掛けて、申し訳ない。」

いえ、どうぞ。
静かな声で黒髪の少女に言われて、
促されてオレは、脇に置いてあったイスに腰掛けた。

「……あの老人は?」

彼は、“ミスター・ビッグ”のお屋敷に泊まっています。
黒髪の少女は答えた。

昼間あの老人は、“ぼくたち、宿屋に行くから”と、そう言った。
自分は大屋敷に泊まるのに、その言葉を言ったのは。

(それを、知らせるため、か?)

なんのために?
誰にそれを知らせるために、それを言った?

「……オレの名前は、アラン。」

オレは最初に、名乗った。
黒髪の少女に向かって、ハッキリと。
だから、
まともな人物であればきっと、ちゃんと答えてくれるだろう。
ちゃんとは答えてくれないのなら、
それは、それだけの人間でしかない、ということだ。

答えてくれるなら、それでいい。
はぐらかすようなら、それはそれで対処をする。
必要なのは、それを見極めることだ。

「お前たちは、何者だ? 何をしに、この街に来た。」

背の低い少女と狼とが、黒髪の少女を見つめた。
その視線を受けて、黒髪の少女が頷いて。
そして、口を開いた。

「『A』という少年に、会いに来ました。ぼくの名前は『Z』です。
 ……わかりますか?」


『Z』。
『Z』?
この少女は今、そう、名乗った。

『A』は、それは、アイツにつけられている記号だ。
『Z』。
こいつも、記号?


オレの顔つきが変わったのに気づいて『Z』は、
「知っているんですね、あなたは」と、
そう、静かに問いかけて来た。

オレは頷いた。


それから『Z』と名乗ったその少女は、話し始めた。
自分は何者なのか、
ゆっくりと、静かに。
これがこの少女の、話し方なのだろう。

昼間のような慌てた様子は、今は全く見られなかった。



***************



長い、長い話だった。

話し終えた少女と、オレの元にも、
あの背の小さい少女がお茶を入れてくれた。
「ありがとう」
そう言えば少女は笑顔で首を振って、「初めまして、ユエです」と答えた。
足元の狼の名は、たしか、ウルフだ。

「……」

お茶を飲むオレに、今度は『Z』が、たずねて来た。

「アラン、あなたは、何者ですか?
 今日あなたが、……彼と目配せしているのには、気づきました。
 彼とあなたは、友人、なのでしょうか。」

あの時この『Z』という少女は、泣いていたはずだ。
両目を覆って。
オレたちの目配せも一瞬だった。
よく、気づいたものだ。


もう一口お茶を飲んでから、オレは答える。

「友人、と呼べるのかどうかは、わからない。」

オレやエレンにとっては、アイツは大事な友人だった。
友人だし、家族のようなものだとすら、思っている。
けれどアイツがオレたちのことをそう思っているのかどうか、
それはわからなかった。

「でも、オレはアイツを大事に思ってる。だからもし、お前たちが」

一度言葉を区切ったのは、強調するためと、
こいつらはそうではないと、それがわかって、言うのをためらったからだ。

「……お前たちがもし、アイツを傷つけるようなことをするんだったら、
 オレはお前たちを、許さない。」

そう言ってから、
今度はオレが、話し始める。

オレの話も、決して短くはなかった。
そうだ、こいつらもオレも、するべき話はたくさんあった。

だって、9年。
9年だ。


話し終えてからオレは、最後に、こう付け足す。

「オレはお前たちに今夜、警告しようと思って、ここに来たんだ。」

警告?
ユエと名乗った少女が聞き返した。
オレは頷く。

「まだ、正式には発表されていないけどな。
 もうすぐアイツは、正式に、“ミスター・ビッグ”の息子になるんだ。」

「!」
目の前の少女たちが、息を飲んだのがわかった。

「だから、下手に手出しはしない方がいい。“ミスター・ビッグ”に手出しするのは、危険だ。
 ……わかるだろ?」

『Z』たちは頷きもしなかった。
でもわかってはいる、はずだ。

わかるだろ?
そう、目線でも問いかけるオレに、『Z』は言った。

「それは、彼の……『A』の、望みですか?」

「!」

言われた言葉に息を飲んだのは、
今度は、オレの方だった。

(……どう、言えばいい?)

頭の中を、いろんな言葉が巡った。
けれど出て来た言葉は、
結局は、何も偽ることの出来なかったものだった。

オレは首をふって、
「違う」
そう答えた。

でも、
だからちゃんと、言わなきゃいけない。

「それでもアイツはそれを、受け入れようとしている。もう何ヶ月も、何年も前から。」

だから。

「だから、もうアイツには余計なことを、言わないで欲しい。
 出来ないんだ、どうしても。
 だからどうか、アイツの気持ちを乱すようなことを、
 アイツをこれ以上傷つけるようなことを、しないで欲しい。」

オレはそう言って、
初めて会ったこいつらに、頭を下げた。

「頼む。」

そうして頭を下げながら、
オレは、いろいろなことを思い出していた。


この9年間のこと。

幼かった自分のこと。
もっともっと幼かった、アイツのこと。

あの1本の木。

契約を交わしたこと。
そしてオレが、アイツから奪ったこと。

銀色の鎖。

花街の女性から聞いたこと。
知ったこと。
そしてさらに、傷つけたこと。

アイツが笑わないこと。
決して、笑わないこと。

アイツの庭に、アイツの姿だけが見えないこと。
その庭を、今もエレンが、つくっていること。

少しずつ、ちゃんとアイツを見られる時間が増えたこと。
月の夜の会話。
それからの、2年にも満たない時間のこと。

変えられないこと。
どうしても、変えられなかったこと。

そして今日の、昼間の、
この街で初めて起きた、あの出来事のこと。
目の前の、黒髪の少女のこと。

固く閉ざされた要塞のようなこの街に、
けれどこの少女が、
小さな小さな、風穴をあけたこと。
オレがそう、感じたこと。


__本当は。

本当は。


「……頼むよ。」


頼むから。
どうか、どうか。


「……アイツを、助けてくれよ。」


オレには出来なかったから。
どうしても、出来なかったから。

涙が出そうだった。

だって誰も、
もう、どこにも。

もうアイツの味方なんて、いないと思っていたんだ。

オレもエレンも、何もできなくて。
オレたち以外の誰も、本当のアイツを、知らないから。

環境だって、状況だって、時間すら。
誰も。

誰も、アイツの味方じゃない。
誰も、アイツを助けられないんだ。


「頼むよ……」


言って、
大人げなく涙を堪えるオレに、『Z』は言った。

「彼に、……『A』に、会わせて下さい。」


その言葉を聞いて、
オレは小さく、頷いた。

はずみで涙が、拳に散った。



***************



アイツを、ここに呼ぼう。
アイツと『Z』とを、会わせる。
ともかくは。

そう考えてオレは、家路を急ぐ。

『Z』と話をしていて、随分、時間を過ごしてしまった。
もうきっとアイツは、
家の前で待っているだろう。

そんなオレの目の前に、
「あ」
探していたアイツ自身が、あらわれた。


『Z』たちが、宿にいること。
そうだ、あの老人の言葉は
コイツも聞いていたんだった。


急ぎ足で近づくオレの姿を見て、
立ち止まって『A』は、口を開いた。

「……昼間のヤツらと、話をしていたのか? 一体どんな話を」

けれどオレは、
少しだけ、怪訝そうな表情を見せてそう言いかけた『A』の手をとって、
何も答えないまま、そのままその手を引っぱって行く。

「っ、おい、なにを」
「いいから。行こう。」

それだけ言って、オレは宿屋へと向かってまた、歩いて行く。

「ちょっと、……待てって!」

『A』はそう言って踏みとどまろうとしたけれど、
それでもオレは、手を引いて行く。

やがて抵抗する力は弱まって、
『A』はただ、オレにひかれるがままになった。

引っ張っているオレには都合がよかったけれど、
こんな風にすぐに諦めてしまうコイツが
やっぱり、悲しかった。

もっと抵抗しろ。
諦めるな。
諦めるなよ。
オレはそんな風に思う。

自分は、諦めたくせに。
何もできなかったくせに、そう思う。



***************



オレは再び、あいつらの部屋のドアを開けた。
ノックをするのも忘れていたけれど、
あいつらは、オレが来るのがまるでわかっていたかのようにして
その部屋の中で、待っていた。

「……」

オレに無理矢理連れて来られた『A』は、
まずは『Z』を見た。
その次にユエを、ウルフを見て、
それから最後にオレを振り返って、ため息をついてから、言った。

「……で、どういうことだよ、これ。」
「……」

どう答えていいのかも、
自分が答えるべきなのかどうかもわからず黙り込むオレに
一度だけ、視線を送ってから、黒髪の少女が
……『Z』が、口を開いた。
その視線の先にいるのは、『A』。

「きみに、あいにきたんだ。」

その声は少し、震えていた。


『A』が『Z』を、振り返った。
眉根を寄せて、怪訝そうな顔をしている。

その表情は、ごく薄い。
けれど、わかる。

『Z』は続けた。

「きみに会いたかったんだ。ずっと。
 ずっと、きみを探していた。」

『A』は目を細めて、じっと、『Z』を見つめていた。
無言で、ただ、見つめている。

そんな『A』に『Z』は、
もう一度、言った。


「きみに会いにきたんだ、『A』。……ぼくの名前は、『Z』だ。」


「!」

その言葉を聞いた『A』が、
大きく、目を見開いた。

「……お前、やっぱり、あの時の……?」

言ってから『A』は、
再び、ユエとウルフとを、見つめた。
『Z』は少しだけ、苦しそうな顔をした。
けれどすぐに、また静かな顔にもどって、
そしてゆっくりと、頷いた。


__頷いた、瞬間だった。


『A』は一息で『Z』との距離をつめると、

「っ……」

右の手で、
『Z』の首を、締め上げた。


(……え?)
驚くどころか、
オレには、何が起こったのかすらわからなかった。

けれどそんなオレと違って、
あいつらの動きは素早かった。


最初に動いたのは、ウルフだった。

ウルフはすばやく飛びかかって、アイツの右腕に噛み付いた。
それとほぼ時を同じくして、
ユエが『A』の喉元に、ナイフを突きつけた。


「お前……何が目的だ?」
『A』が尋ねた。

『Z』は、苦しげに少しだけ顔をゆがめた。

けれど何も言わず、
自分の首を締め上げる『A』の手を払うこともせず、
何の抵抗もせず、ただ、見つめた。
ただ、『A』を見つめていた。


噛み付かれて痛くないわけがないのに、
『A』は『Z』を締め上げる手を、緩めなかった。

ウルフはおそらく、噛み付く力を強めた。
ユエはナイフを、さらに近づける。
『A』の服が破れた。
首筋からは、一筋、赤が流れた。

それでも『A』は、微動だにしない。
その手の力を、緩めない。

そして、『Z』も。
ひとつのうめき声も、あげなかった。
自分を締め上げるその腕に触れることさえ、しなかった。

顔を次第に赤くして、
けれど『A』から、
……アイツから、目をそらさずにいた。


そこまでを見とめて、
やっとオレは、正気に返った。

「……ばか、よせっ!!」

まずは、アイツの首筋にナイフを当てるユエの手を掴んでとめて、
それから、『Z』の首を締め上げて離さないアイツの手首を、強く握った。

それで『A』は、やっと、『Z』の首から手を離した。

『Z』が勢い良く、咳き込んだ。
身体を丸めて、
口元と、それからずっと掴まれていた喉を押さえて、
必死で息を吸い込んでいる。

咳き込む『Z』に寄り添うためか、
ウルフも、『A』の腕から口を離した。

下ろした『A』の右腕の、
その袖口からも、一筋の、血が流れた。

「何を……お前、なにやってんだよ……」

けれど『A』は、オレの問いには答えずに、
黙って、咳き込む『Z』を見下ろしていた。

ユエは『Z』の背中をさすり、
ウルフは、2人の側に身を伏せた。
『A』との間に身体を入れて、2人をその背に、かばうように。
そうして、片時も『A』から、目をそらさない。
油断なく、頭は上げたままで……いつでも飛び出せるようにして、伏せている。

そんなウルフの様子も、
泣きそうな顔をして自分を睨みつけながら『Z』の背中をさするユエも、
やっと顔色を取り戻して、
けれどまだ咳き込んでいる『Z』の様子も、
なにもかも。
少しも気にしていないかのように、『A』は言った。

「お前ら、何が目的だ?」

喉を押さえて、まだ苦しそうにしている『Z』が
掠れた声で、言った。
まっすぐにアイツを見つめて。

「……ぼくのこと、覚えてるんだね。」

『A』は頷く。

「忘れるわけがない。
 忘れられない。あの場所のことは、なにひとつ。」

それを聞いた『Z』は、
ひどく、悲しそうな顔をした。

「……君がいなくなってから、少しして。
 あの場所は、あの組織は、つぶされたよ。」

「知ってる」

「ずっと会いたかったんだ。ずっと。ぼくは、きみが」
「ずっと? なに言ってんだよお前。」

『Z』の言葉を最後までは聞かずに、アイツは言った。

「もう、9年も前のことだろ。昔の話だ。……お前、きもちわるいよ。」

『Z』はさらに、悲しい表情を深くした。
そんな『Z』を見て、
それまで黙っていたユエが、口を挟んだ。

「あんた、ナニサマ? 『Z』はね、わざわざご家族の元を離れてまで、あんたに会いに来たの!
 どんな思いでここまで来たかも知らないで、そんな言い方」
「帰れよ、今すぐ」

けれどアイツは、
そんなユエの言葉すら遮って、そう言った。

その目線はユエではなく、まっすぐ、『Z』に向けられている。

「家族がいるんだろ。大事なんだろ。
 ……お前の雰囲気みれば、わかるよ。
 なら、帰れよ。今すぐに。
 9年も、ずっと会いたかったって……。気味悪いだろ、そんなの。」

「……」

「おれはお前らには、用はない。帰れ。」

そこまで言うと『A』は、
そのまま背を向けて、部屋を出て行ってしまった。

(……アイツ)


申し訳ない。
本当にそう思ったけれど、
けれど一人で帰って行ったアイツを放っておく訳にもいかなくて、
オレもそのまま、部屋を出ることにする。

悲しそうな顔でうつむく『Z』とは、目を合わせることができなかったから、
だから、涙目でドアを睨みつけているユエに、頭を下げた。

頭を上げてもユエは、ずっと、こちらを睨みつけたままだった。

「……」

申し訳ない。本当に。

それでもオレには、
アイツの背中を追うことのほうが、大切だった。



***************



オレは、アイツの背中を追ったから。

だから、知らなかった。
オレたちが去ったあとのあの部屋で、どんな会話がなされていたのかを。



***************



部屋の入り口を涙目で睨みつけて、
それから、とうとう泣き出してしまったユエに気づいて、
顔を上げた『Z』は優しく、その頭を撫でた。

「まぁ……あぁ言われても、当然だよね。」

そう言って『Z』は、小さく笑った。

勢い良く首を振って、ユエは泣く。
そのユエの頭を、『Z』は優しく、撫でてやる。

「だって、あんな……!
 『Z』はこんなに、ずっとアイツのこと……それなのに……」

けれどユエのその言葉に、
『Z』は首を振った。

「違う。違うんだよ、ユエ。」

そして続ける。

「『A』は……彼はまた、同じことをしただけだ。」
それだけなんだよ。ユエ。

その言葉に、ユエは顔を上げた。
そして首を傾げて、
『Z』の言葉の意味がわからない、と、その仕草で伝える。

けれど『Z』は、そのユエの質問には答えずに、
悲しそうに、
けれどやっぱり小さく笑って、言った。

「……明日、ミスター・ビッグに会いに行こう。」


(to be continued...)


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comment

  1. 2010/05/08(土) 22:12:37 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
ふふふ…次に期待ですww
どんどん進みますね☆

すごく楽しみなのですが…
それと同時に寂しさが…っ!!

最後まで皆を一緒に見守らせて
いただきますっ!!

いつも素敵なお話を
ありがとうございます^P^
執筆頑張ってくださいませ+。

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/09(日) 00:05:00 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> 夢さん

コメントありがとうございます☆
次のお話しまで、ちょっとだけ空きますが……。
でも、たぶん、
進み方は今までにないピッチだと思います。
(今までと言っても2ヶ月しかないですが^^;)

> 最後まで皆を一緒に見守らせて
> いただきますっ!!

こんなコメントを頂けて、私のほうこそ
本当に本当に、ありがとうございます;_;
今後とも、
どうぞどうぞ、よろしくお願いしますっ> <。

  1. 2010/05/09(日) 10:57:20 |
  2. URL |
  3. よしたけりんか
  4. [ 編集 ]
今回はすごく緊迫感があってハラハラしながら読ませていただきました(゜д゜;)ハラハラドキドキ

やっと会えた~(*><*)
『A』の感情が爆発したのには驚きました!『A』も怯えたりするんだなぁ。

早く続きが読みたいけど、終わらないで欲しいという矛盾と葛藤しちゃいますね(^^;)

そしてウルフかっけー!!!!
まさにオスだ!!www
こんなん描けて羨ましいです・・・(;;)

  1. 2010/05/09(日) 11:57:37 |
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  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> りんかちゃん

はい。
ご対面~♪でした(*^^*)

ここからは、進めるのに数日だけあけますが、
そのあとは畳み掛けるように更新していきますので!!笑
どうぞどうぞ、よろしくお願いします(*^^*)

ウルフ、カッコイイですよね!!
ウサギの設定とかにしなくて本当によかった。。。笑

コメントありがとうございましたヽ(*´∇`*)ノ

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