旅の空でいつか

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恋人の手紙_1《吹きだまりの街》 /Z

  1. 2010/05/04(火) 23:16:10|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
→次の『恋人の手紙_2《吹きだまりの街》 /Z』はコチラです
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ミーナさんに渡された紙切れを片手に、
翌日私たちは、その紙切れに描かれた、シンプルな地図の示す先へと向かう。

あの騒がしい市場の奥にある住宅地の、
その中でも特に奥まったあたりに、その家はあった。

簡素で、祖末。
そんな言い方が似合うような家だったけれど、
入り口は広くて、随分と清潔に保たれているようだった。
看板も何もないけれど、
この清潔さはたしかに、
今までに立ち寄って来た色々な場所の「診療所」と似た感じがする。

「すみませーん、こんにちはー。」

ドアの向こうに声をかけると、
応じる声は聞こえなかったけれど、確かに誰かが動く気配がした。
出て来たのは、私たちよりも幾分か年齢の高そうな
たぶん、二十歳くらいの女の人。

「……なにか。」

気の強そうな人だ。
少しつり上がった目元と、後ろで高くひとつに結んだ長い髪の毛が
そんな印象にさせるのかもしれない。
もしくは、不機嫌そうな表情や、その声色が。

いずれにしても、
(……何か感じ悪い人だな。)
私はそんな風に思う。

お医者さんて言ったら、つまりは客商売なのに
こんな無愛想でいいんだろうか。

お医者さんの全員が全員『Z』みたいな感じだろうなんて
別に、そこまでは思ってないけどさ。

女性の対応に何となく不機嫌になった私に、ウルフは少しだけ身を寄せてくる。
一方『Z』は、そんな女性の態度も
私の様子もウルフのことも気になってないみたいに、女性に話しかけた。

雰囲気とか気配とかに敏感な『Z』らしくない。
だからそれがわざとなのか、それとも本当に気にしていないのか、わからない。

でもたぶん、前者なんだろうな、と、私は思う。
だってここには、
『Z』がずっと求めていた『A』に近づくチャンスが、あるのだろうから。

落ち着いて見えるけれど、
でもやっぱり、気が急いているのかもしれない。
当たり前だ。

「ミーナさんに紹介されて来ました。ここに住んでいるお医者さんに会うようにって。」
あなたがその方ですか?
聞きながら、教えてもらった名前を出して、その紙切れも、女性に渡す。

女性は紙切れをしばらく眺めて、
私たちの顔をちらりと確認してから、静かに首を振った。

「……私じゃなくて、私のおじいちゃん。」

女性は少しだけ表情を緩めると、ドアを大きく開いて、私たちを招いた。

どうぞ。

言われて、私たちはゆっくりと、その家に足を踏み入れた。


***************



女性は、私たちを奥の部屋のテーブル席に案内すると
二階へと上がって行ってしまった。
おじいちゃんにお客さん。
小さく、そんな声も聞こえてくる。

やがて降りて来たのは、
随分薄くなった白髪の、腰のまがりかけた老人だった。

「どうもどうも、いらっしゃい」

その髪の毛と腰の曲がり具合から、随分と年齢の上のいった人に見えるけれど、
話し口は、元気そのものだ。
飄々としていて、
私たちを出迎えたお孫さんと違って、笑顔も愛想もある。

「ええと、ミーナちゃんからの紹介だったよね?」

どんなご用件でしょうかね?

ガタガタと台所を漁りながら、話しかけてくる。
お茶を入れてくれようとしてるんだな、とわかったから、
それは私が変わることにする。

『Z』とこのおじいさんとで、早く、ちゃんと、話しをさせてあげたかったから。
ありがとう。
おじいさんと『Z』の両方が私にそう言って、
それからおじいさんは、『Z』の正面の席につく。

『Z』が、口を開いた。

「ぼく、《冬の要塞》に行きたいんです。どうしても。
 ミーナさんから、あなたなら何とかなるかもしれないと伺って、それで今日、ここにお邪魔しました。」

「それはまた……」

おじいさんはそう言ったきり、言葉を濁す。
私はそれを焦れったく感じながら、湯が沸くのを待っている。

「……面倒なことを。」

すみません。『Z』がそう言って、頭を下げる。

許可書がないと入れないような場所なんだから、
何かそこに入る手段があるとしても、そんなの面倒に決まっている。
それくらいのことは、私たちだってわかってる。

面倒な。
おじいさんは、そう言った。
でも、無理だ、とは言わなかった。

方法はあるのだ。
そしてこの人は、それを知っているのだ。

「あの、ご面倒かけて申し訳ないです。でも、どうか。お力を貸して下さい。」

どんなに面倒なことでも、ぼくにできることだったら何でも、やりますから。
そう言って頭を下げる『Z』に、おじいさんは聞いてくる。

『Z』が一体何者で、なぜ、そこに行きたいのか。

まだしばらく沸ける様子のないお湯を見つめながら、
私は背中で、それを聞いている。

「……」

『Z』は、それを話し始めた。
ミーナさんの時と同じように、“最初”のところから丁寧に。
けれど今度は、かいつまんで。
……ゆっくりだけれど、でも“かいつまんで”いるのはたぶん、
早く、おじいさんの話を聞きたいからだろう。

おじいさんは無言で、それを聞いている。

『Z』が、春の終わり……初夏に旅に出て、
まだほんの数週間後の、とある町の話をした時に少しだけ、
おじいさんの気配が変わった。
私たちと出会うよりも、数ヶ月ほど前の話だ。

『Z』もそんなおじいさんの気配には気づいたようだったけれど、
おじいさんが特に何も言わないから、そのまま話し続ける。

私とウルフと出会って、
それまでに何の手がかりもなく旅をしてきた自分に、
初めて、情報が手に入るようになったのだと、
『Z』はやっぱり、そんな風に私たちのことを説明してくれる。
一緒に旅をしていて、とても心強くて、助けられている、と。
私たちのことを、自慢するように。

沸いたお湯で濃いめのお茶を入れて、
それを2人の前に出してから、私も席に着く。
ウルフには、それを少しだけ冷ましたものを置いてやる。

私のほうこそ、『Z』と一緒にいられてどんなに嬉しいか。
それを言いたくなるけれど、
さらに話しが長くなってしまうのがわかっていたから、それはガマンする。

だって、『Z』は早く、おじいさんと話しの続きをしたいはずだから。

だから今日は、私は出来るだけ、口を挟まない。
そんな風に、決めていたのだ。

ミーナさんに紹介されたところまで話し終えてから、
『Z』はお茶を一口含むと、
おじいさんに、尋ねた。

「……あなたはお医者さんだと、ミーナさんから聞きました。
 医者だったら、《冬の要塞》に入れるのでしょうか。それとも何か、別の条件がいるのでしょうか。」

おじいさんも、一口、お茶をすすってから、答える。

「医者だからって、あそこに入れるわけじゃない。“ボク”だから、入れるんですよ。」
キミには残念な話だけどね。
そう、言葉を添えて。

『Z』は残念そうに少し、目を細めるけれど、
でも、じゃあ……と、言葉をつなぐ。

「じゃあ、どうしたら、入れますか?
 どうしてあなたなら、入れるのでしょうか。」

あじいさんは、少し考えるような素振りをしてから、口を開く。

「あの場所のことを、君たちはどれくらい知っているのかな?」

私と『Z』は一瞬、目を合わせるけれど、
おじいさんの問いには、すぐに『Z』が首を振って答える。

そんな私たちの様子に
「うん。そうかそうか。」とうなずいてから、おじいさんは言った。


「あの街はね、昔、ボクがまだ子どもだったころは、それはヒドイ街でねぇ。」

ここよりも北西に進んだ、山の裾野に位置する《冬の要塞》は当時、
いつしか住み着いた、山から降りてくる盗賊の被害に見舞われて
いつ消滅してもおかしくない、という状態だったそうだ。

元々が寒冷な地域で、
満足に作物も育たないような場所だったところにその被害で、
街の人は、すっかりまいってしまっていたそうだった。

「少ない作物も、やっとで稼いで来た金も奪われてねぇ。」

逆らった男たちは、殺された。
女や子どもは、攫われたり、売られたりした。
そんな状況が、なんと10年近くも続いていたらしい。

「盗賊たちは、街が機能する……自分たちが“奪う”ことのできる
 ギリギリのところで、街を搾取していたんだな。頭のいいヤツらだったそうだ。」

山からの、盗賊の被害。
その言葉に、私は少しだけ身体を固くする。

私も、そうだった。
おじいさんが言っているような、そんなことをしていたわけではないけれど。

元・同業者として、気分が悪い。

(……)

そして私には、もうひとつ、気になることがあった。

「……その盗賊たち、今はどうしているんですか?」

それが気になって、
できるだけ口を挟まない、と決めていた私も、つい、会話に参加してしまう。

驚くべきことにというか、情けないことにというか、
その盗賊たちの知識を、私は全く持っていなかった。

おじいさんが言ったような行為をしていたのであれば、
それが10年もできていた、というのであれば、
たぶんその組織は、少なからず、近隣の権力者との繋がりも持っていたはずだ。

そんな組織が、簡単につぶれるとは思えない。

だったら、
今も現役でもおかしくなくて、そしてそれなら、私が“話も聞いたことがない”なんてこと、
ないはずなのに。

けれどおじいさんは、あっさりと言う。

「もういないよ。つぶされた。
 あの街を支配したのが10年だった、というのはね、10年後につぶされたからなんだよ。」

「10年後に……?」

10年。
支配されるには、決して短くはない年月だろうけれど、
けれど、それだけ力を持った組織が消滅するにしては、短い年月だ。

「その盗賊たちをぶっつぶして、あの街を盗賊たちから解放したのがね、
 今のあの街の支配者。“ミスター・ビッグ”って、そう呼ばれてる人物。
 彼がそれをしたのが、たしか、今のうちの孫くらいの年齢だったかな。
 彼は、たったの一晩で、それをしたんだよ。」

私たちを出迎えた、あの無愛想な女性を思い返す。
あの女性と同じくらい、といったら、二十歳やそこらだ。

「彼はね、街がもう外敵から教われないように、街の周りに、大きな大きな塀を作った。
 その塀には、常に見はりを立ててなぁ。
 許可書を持った人間でなければ、そこを通ることができないようにしたんだよ。」

彼は二十歳にして、
当時すでに、莫大な額の資金を持っていた。
それに三十年くらい前からは、
街から出る時にも許可書がいるようになったんだよね。

おじいさんは、そうも言った。

(……その“ミスター・ビッグ”って、どれだけの実力者なわけ?)

街を盗賊の手から救った“ヒーロー”のはずなのに、
得体が知れなくて、なんだか気味が悪い。

それに。

少し、“異常”ではないだろうか。
どこでどうすれば手に入るのかもわからない許可書がなければ、
その街に入ることができなくて。
街から出るのにも、彼の許可書が必要……?

そんな私の表情を読み取ったせいか、
おじいさんは続けた。

「ちょっと、さすがにさ、出来すぎてると思ったでしょ。
 二十歳やそこらの男が、たった一晩でそれができるって。」

「……」
私たちは、正直に、うなずいた。
「街の人も今では自由に出入りできないなんて、それもちょっと……。」

うん。そうだよね。
おじいさんはまた数回、うなずいた。

「まぁつまりさ。さっきも言ったけど、彼も、“支配者”なんだよね。」

「?」

「盗賊みたいに、街の人の命や生活を脅かすことや、奪うことは、しないさ。
 街の外からの脅威も、取り払った。
 でもな、街の人からは、“自由”を奪った。」

「……」

そうだ。
その通りだ。

街の人を盗賊から“救った”という話と、その続きの話とのイメージの乖離は
ここから生まれていたんだ。

「彼ね、すんごいビビリなのよ。」

「え?」

おじいさんは、少しだけ苦笑して言う。

「街が外敵に襲われるのが怖いから、絶対的に守りを固める。
 街の人がいなくなってしまうのが怖いから、街の人から自由を奪う。」

ビビリ?
当時からそれだけの力を持っていて、
そして今でもその力を持っているだろう人物が?

「この街が、“吹きだまり”って呼ばれてる理由は、知ってるんだよね?」
おじいさんの言葉に、私たちはうなずく。
「じゃあさ、なんでボクがこの街に住んでると思う?」

『Z』が、少しだけ言葉を選んで、言った。

「あの……どこかからの移民か、もしくは昔、何かをされたから、ですよね?」
おじいさんは、ためらいなくうなずいた。

「ボクと彼とは、彼がそれをする数年前からの友人でね。
 で、ボク医者なんだけど、別に資格とか持ってなくて。要は無免許なの。」

「!」

驚く私たちに、おじいさんは少し、笑った。
私にとってもそうだけれど、
国家資格なんて持ってる『Z』からしたら、全然、笑えない。

「彼と知り合った当時、ボクは年齢も名前もウソついて、
 もちろん資格持ってるなんてウソもついて、仕事しててさ。」

だってお医者さんて、今も昔もお金稼げるから。
おじいさんは、本当になんでもないことだ、とでも言うような顔で話す。

「それにボクは、……まぁ金持ちからは随分せびったけど、
 他の人にはさ、その辺のお医者さまなんて呼ばれてる人たちよりも、随分安く見てあげてたからね。」

金ないヤツには優しい闇医者だったから、あんまり悪いことしてる意識もなくてさ。今もないけど。
おじいさんは相変わらず、何でもないことのような口ぶりで続ける。

『Z』は「あぁ、それは……」なんて言って、口をつぐむ。
おじいさんの言ってることが、
イイコトだとも、ワルイコトだとも言い切れなくて、
きっと、ちょっと困っているんだろう。

『Z』が国家医師の資格を持っていることは、すでにこのおじいさんには話してある。
だから、ちょっと困ってしまっている『Z』の気持ちも察しているのだろうけれど、
おじいさんはそれも気にせずに、さらに続ける。

「つまりさ、ボクも“彼”も、言ってみれば“裏側”の世界にいたわけでさ。」

突然頭角をあらわした、“裏”世界の期待のルーキーだったんだよね、彼。
おじいさんは、なんだか嬉しそうに続ける。

「ボクはあの街には住んでいないけれど、“普通”の街で暮らして行くには、
 ちょっとね、やりすぎちゃって。だから、この街に住んでるんだ。」

はぁ……。
『Z』は、対応に困った様に相づちを打つ。

「彼の友だちは、ボク以外にも何人かいて。でさ。
 もちろんボクたちが“彼”にいろいろ頼んだりすることもあるんだけど、
 “彼”に何か必要が生まれたら、その時はボクたちが助けたりもしてあげるわけ。
 例えば、あの街から出て行った人間の後追い調査をしてあげたり、
 外に“彼”を脅かす動きがないかどうか、いつも探っていてあげたりね。」

ボクみたいな人間は、そのへんにいっぱいいるんだよ。
おじいさんは、穏やかに言う。

対して私は、全然穏やかな気分じゃない。
そんな人脈、恐ろしすぎる。

「それから、“彼”が外から、街に入れたいと思った人間がいたときもね。
 ボクたちは、助けてあげるわけ。あそこの“花街”にふさわしい女が欲しいとか、そういう時。」

一瞬、ドキリとしたけれど、
さすがにボクたちは無理矢理攫ってくるなんてコトはしないけど、とおじいさんが続けるから、
私たちは少しだけ、安心する。

「もう15年以上前になるけどね、“彼”、医者を探していたんだよね。
 その時は、外から探してくるんじゃなくて、ボクが行くことにしたんだけど。」
“彼”のところには、それから毎月、通っているんだ。
おじいさんはそうも言う。

「……つまり、あなたはその“ミスター・ビッグ”の専属医、ということですね?」

『Z』の質問に
おじいさんは、うなずいた。

「……! 次、そこに行くのはいつですか!? ぼくも一緒に連れて行って下さい!!」

めずらしく強い調子で言った『Z』に、おじいさんは苦笑する。

「次はね、ちょうど1週間後。
 たださ、最初に言ったけど、ちょっと面倒なんだよね。」

その言葉に言い返そうとした『Z』の言葉より先に、おじいさんは言う。

「ボクね、“彼”には本当に助けられていてさ。君たち、見たでしょ、ボクの孫。」

言葉を発せなかった『Z』も、それを飲み込んで、うなずく。

「あの子。ボクの息子の娘なんだ。息子はさ、ボクが“真っ当な”仕事してないのが気に食わなくて、
 随分若い時に出て行ってしまったんだけど。」

そこで一旦、言葉を区切って、
けれどおじいさんは、続ける。

「でもさ、親がボクみたいな人間だったせいかね……。息子もちょっと前に、やらかしちゃって。」

(……やらかした?)

「借金とかいろいろ、追いつまってたみたいでさ。ヨクナイことに手出して。
 でも、ボクに反抗して家飛び出したくらいだから、慣れてなくて、あっさり捕まって。」

おじいさんは、変わらずに苦笑しているけれど、
ちょっと、辛そうだ。

「息子はさ、仕方ないんだ。自分の力のなさが原因で捕まったわけだからさ。
 ……でも、あの子はそうはいかないだろ。」

あの子。
お孫さんのことだ。

「息子の嫁は、あの子が小さい時に亡くなっていてさ、父と娘、2人家族だったんだ。
 それなのにアイツ、下手こいて。」

おじいさんは一口、お茶を口に含んだ。
お茶はもうきっと、冷めきってしまっている。

「たった一人の父親が捕まって、それであの子は、それまで住んでた町にもいられなくなっちゃったんだ。」

それで今はココで、ボクと暮らしているんだよ。
おじいさんはそう言うと、冷めきったお茶を飲み干して、つぶやいた。

「あの子には、その時、随分仲のいい恋人もいたらしいってのにさ。」
あ、これは度々雇ってた“知人”から手に入れていた情報なんだけどね。
おじいさんはそんな言葉もつづけたけれど、私はそれは聞かなかったことにする。

「……」

そして無言で立ち上がると、
もう一度、お湯を沸かしに流しに向かった。
やかんを火にかける。
一度沸かしたお湯だから、今度はもう、さっきほどは時間はかからないはずだ。

「あの子は、その恋人に何の理由も告げることができずに、町を出ることになったんだ。
 そりゃそうだ。親が犯罪者だなんて、恋人には言いづらいよなぁ……。」

しかも、自分が頼れる先は、
同じく“犯罪者”である、祖父の元だけだったのだ。

町を出る理由も、どこに行くのかも、言えない。
そんな別れだったのだ。

(……無愛想なくらいは許そう)

おじいさんの話しを聞いて、お孫さんのことを思い出して、
私はそんなことを考える。

「あの子が、父親のことをボクに知らせてくれて。それでボクは、“彼”を頼った。」

“彼”に頼んで、自分の息子……彼女の父親のことが、
その町の人間にバレないように、そのことについての情報を遮断すること。
それがおじいさんの、“彼”への依頼だったそうだ。

「あの子は、自分の行き先として、恋人にはウソの町の名を教えていたらしいしね。
 もうきっと、会う気はないとは思うんだけど。」
でも、せめてさ。
それくらいのことは、してやりたくて。

おじいさんはそう言って、やっぱり、苦笑する。

「……そんなわけでボク、“彼”には恩があるんだ。
 だから、“彼”が望んでもいない人間を、“彼”のところには連れて行きたくないんだよね。」

「……」

『Z』は黙り込んでしまう。
お湯が沸騰してきて、やかんがカタカタなる音が響いた。

「……でも、少しだけボクは、君に“責任”を感じてもいる。」

「?」

『Z』が不思議そうな表情で顔を上げる。
私は、入れ直したお茶を2人の前に置いた。

「君が探してるって言ってた、『A』って子は、……間違いなく、“彼”のところにいるよ。」

聞いて、『Z』がうなずいた。
『A』を買ったのは、“ミスター・ビッグ”だ。
それはもう、『Z』にも、わかっていた。

「あなたは、その……彼に会ったんですか?」

『Z』の問いに、おじいさんはうなずいた。
顔色を変える『Z』に、けれどおじいさんは、「まぁ、生きてるよ」と一言だけ、告げた。

「その子がケガしたら、治しに行くのはボクだからね。
 まぁ、少なくとも生きてはいるし、食べ物とか着るものとかにも困ってはいない。」

「っ!」

『Z』は、すごく、何かを言いたそうにして、
……けれど結局、何も言わなかった。
だからおじいさんも、それ以上、『A』のことは言わなかった。

思うところは、あったはずだ。

『A』が生きている。今も、確実に。
それを確信できるような言葉に出会えたのは、喜びだろう。
けれど、『買われた』少年が、『買った』人間の元に、今もいる、ということは。

いろいろな可能性があるだろう。
そしてもちろん『Z』は、その可能性のうちのどれが“真実”なのか、
知りたいに決まっている。

でもそれを、目の前のおじいさんに確かめることに抵抗があるのだ。

その気持ちは、わかる気がした。

私も一度、『Z』に対して同じことを、しようとしたことがある。
『Z』の許可も得ず、『Z』の過去を、探ろうとしたこと。

『Z』と『A』の関係は、私たちのそれとは違うけれど、でも、
自分が許可を出していない他人に、自分のことを知られること。
それが、不快でないわけが、ないのだ。


黙り込んだ『Z』に、おじいさんは続ける。

「“彼”は、ビビリで、ちょっと変わりモンでさ。
 無理矢理、攫うようなことはしないし、それまで人間を“買う”こともしなかったんだが……。
 だから、その『A』って子の話しを聞いた時は、少し驚いたよ。」

その子の顔を見て、少し、納得はいったけどね。
おじいさんはそうも続けたけれど、その理由も、話してはくれなかった。

「人間を“買う”なんてなぁ……さすがに、ちょっとヤリすぎだよね。
 ボクは、“彼”の友だちだからさ、さすがに、止めて上げられたらよかったなって、思ってはいるんだよね。」

おじいさんは、やっぱり、苦笑して言う。

「だから、“彼”をとめられないで、君にこうして探させてることに、少し、責任を感じてるんだ。」

『Z』が小さく、私にありがとうを言ってくれて、
それから、熱いお茶を含んだ。
おじいさんも、ゆっくりと、お茶を飲む。

「……」

私には、“ミスター・ビッグ”という人間が、わからなかった。
たぶん『Z』にも。

得体が知れない。
恐ろしい人間、のように思える。
けれどこの、ちょっと変わったおじいさんの友人でもあって、
おじいさんの言うことには、“ビビリ”だと言うのだ。

なんて言っていいのか、わからない。
わからなくて私は、無言になる。


けれど『Z』は、口を開いた。

「“ミスター・ビッグ”のことは、ぼくには、わかりません。
 でも、あなたが“彼”を友人として大切に想っていること、それから、
 お孫さんのことで、“彼”に感謝をしているのだということは、わかりました。」

静かに静かに、言葉を続ける。

「けれどあなたが、ぼくの探している『A』に関して後悔をしている、ということも、わかりました。
 ……そしてぼくは、どうしても、『A』に会いたい。」

手にしている湯のみに少しだけ力を入れて、『Z』は言う。

「だから、やっぱり、お願いします。
 ぼくを『A』に会わせて下さい。力を、貸して下さい。」

お願いします。
言って、『Z』は頭を下げた。
だから私も、『Z』に合わせて頭を下げる。
ウルフは動いて、おじいさんの足元に身を寄せた。

「……」

おじいさんは、ゆっくりと、お茶を飲む。

ボクが淹れるより、ずいぶん美味しいね。このお茶。

そんな事を私に向けて呟いて、それから、言った。

「うん。まぁ、考えてもいいよ。
 “彼”、君のことだったら、許してくれるかもな。」
むしろ君、すごい気に入られそうだよ。
そんなことも、続ける。

勢いよく顔をあげて、
ありがとうございます、と、そう言おうとした『Z』の言葉を遮って、
けれどおじいさんは言った。

「ただし、交換条件。」

交換条件。
ミーナさんに続いて、また“交換条件”だ。

そんなことを考える私には気にも留めずに、
おじいさんは、その条件を『Z』に告げる。


それを聴いて『Z』は、……相当、驚いた顔をした。


「ボクが次に“彼”の街に行くのは、来週。
 君を連れて行くなら、それまでに“彼”に、君を連れて行くことを伝えないといけないからね。」

おじいさんと“ミスター・ビッグ”とは、
基本的に、手紙で連絡のやりとりをしているそうだった。

どんなに翼の強い鳥を使っても、もう、あまり時間はない。


「だから、申し訳ないけど、リミットは明日の昼前までなんだけど。
 ……それでも、君、やってみるかい?」

明日の昼前。
今からだと、ちょうど1日くらい。

『Z』はもちろん、うなずいた。
笑顔で。


今回のこの“条件”は、
私には、あまり協力できそうにない。

それが悔しいけれど、
でも、たぶん『Z』なら、大丈夫だ。

そんな確信があった。

だって『Z』には、
この条件はたぶん、おあつらえ向きだ。

『Z』だからこそ。


私はそんな確信を持って、お孫さんの顔を思い浮かべた。


__リミットまで、あと、24時間。



(to be continued...)


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comment

  1. 2010/06/05(土) 22:44:14 |
  2. URL |
  3. 遠野秀一
  4. [ 編集 ]
こんばんは、遠野です。
旅の終わりまであと少しですね。あとはAまで一直線。
リミットが迫る展開ってのはドキドキしますよね。
条件ってのも気になりますし。

あと、全然話が変わりますが、
シェリー酒って食前酒ってイメージがあるだけで
実は飲んだことないんですよねw

昔はブランデーと一口チョコっていう
糖尿病まで一直線wっていう組み合わせで飲んでました。
やっぱり、甘いモノにはブランデー。

ワインだとチーズ?
生ハム乗せたチーズとかですかね?

Re: 遠野秀一さま

  1. 2010/06/05(土) 23:24:34 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
こんばんは!
おぉぉ、はい、あともうちょっとです☆
読んで頂いて、ありがとうございます*^^*

シェリー酒、ちょっと独特の味すぎるものも多いですが、おいしいです。
食前酒……のイメージですが、
やっぱり何かつまみながら頂きたいのですよねぇ^^;
(じゃないと酔いが早いので……)
ブランデーは、ハマりそうでまだ手を出せていません> <。

ワインは(私は基本は赤派なのですが)
はい、チーズと生ハムです。あとクラコットなど。
スーパーで手に入る、鉄板です*^^*
余談ですが、
生ハムメロンは挑戦したことないのですが、
想像する限りだと、おいしそうな気はしています……!

コメント、ありがとうございました*^^*

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