旅の空でいつか

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音楽の民_2《吹きだまりの街》 /Z

  1. 2010/04/19(月) 15:31:35|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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←『音楽の民_1《吹きだまりの街》 /Z』はコチラです
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しばらくして食事を終えた私たちは、
店員に導かれて、2階へと上がっていく。
飲み騒ぐ他の客たちには、気づかれてはいないようだった。

簡単なノックのあとで、
また、あの鈴の鳴るような声がして、許可が出て、
私たちは、その彼女の待つ部屋へと通された。

「こんばんは」

小さな部屋の、小さなテーブルについた彼女から、
そう、声をかけられた。

ほんの少し前まで、
ステージの上で、文字通り、輝いていた『歌姫』だ。
誰も彼も、私ももちろん、
一瞬で、彼女の虜になった。

その彼女が今、目の前にいるのだ。
どうしても、緊張してしまう。

部屋の中に、
ランプは、机の上におかれた小さなものが、ひとつだけ。
狭い部屋ではあるけれど、それだけでは明かりはたりなくて、
やっぱり薄暗い。

けれどそのランプの小ささを補うように、
彼女の髪が、光を帯びている。
ただランプの明かりをほのかに反射しているだけなのだと、
それは、一見してわかる。

わかってもなお、彼女のまわりだけ明るさを増したように目に映るのは、
それは、彼女が……
とてもとても、美しいからだ。

「あの……こ、こんばんは。」

答える私たちを黙って見つめる彼女の顔は、
まるで、つくりものみたいに見える。

私だって。
もうちょっと鼻が高くなればいいなぁとか、
まつげがもう少し長かったらなぁとか、
思うことはある。
だって、
顔がキレイならそれでいい、なんて割り切り方はできないけれど、
キレイならキレイな方がいいじゃない。

でも目の前の女性を見ていると、
顔がキレイすぎるのも考えものなのかもしれない、と思う。

まっすぐに見つめてくる彼女の顔は、
キレイすぎて。

全てのバランスが整いすぎていて、
キレイすぎて、
少し、気味が悪い。

人間じゃないみたいで。

そう感じて、少し怖じ気づく私とは対照的に、
『Z』はとても、落ち着いている。

(そう言えば『Z』って、あんまり外見とか気にしないよね)

華やかさはないけれど、
元々の顔の造りは、キレイな方に分類されると思う。
けれどその『Z』は、自分の顔や身体を着飾ることには、全く興味がないのだ。

人の表情とか、動きとか、気配とか。
見逃してしまいそうなほどの、景色とか。
そんなものには敏感で、本当によく見ていて、興味津々な『Z』なのに、
人の造詣の美しさには、『Z』の感性は、
特に刺激されることはないようだった。

ミーナさんの差し出した手に促されて、私たちは席に着く。
ウルフは、静かに足元に身を伏せた。

「……今は、サングラスしていないのね。」
ミーナさんは、『Z』を見つめて言う。
「あんな薄暗いところでサングラスなんてしてるから、てっきり、目が見えないのかと思ってた。」

だいたい私、この顔だってウリモノにしてるのにさ。
なのにサングラスかけるなんて、
この子は目が見えないに違いないって思ってたのに。

美しすぎる、神秘的とも言えそうな外見に反して
ミーナさんの語り口は、快活だ。

『Z』は、静かに答える。

「もう何年も前から、左目は見えません。右目も今、徐々に、そうなっていっています。
 あの時は、たしかに、見えなかったんです。」

なるほどね!
目が見えない、なんて大したことがないとでも言った調子で、ミーナさんは答える。
その言葉には何の気遣いもないけれど、
哀れみだとか、同情だとか、
そういった感情も含まれてはいない。

『Z』は、じぃっと、
ミーナさんの髪の色と、青の瞳を見つめている。
そのことに気づいてミーナさんが、言った。

「この髪と目の色が、めずらしい? 初めて見るのかしら。」

『Z』は、何度か瞬きをしてから、
首を横に振った。

そして、尋ねた。
「どうして、ぼくたちと会ってくれることにしたんですか?」と。

あぁ、あんな聞き方じゃ普通会えないだろうってことは、一応わかってたのね。
『Z』の言葉を聞いて私は、そんなことを思う。

ミーナさんは、にっこりと笑って、言った。

「興味があったの。あなたたち、旅人さんでしょ?」

私たちはうなずく。

「それにね。あなたたち、すごく目立ってたから。舞台の上でも気になってたのよ。」

目立つ?
私たちが?

一体どこが、と思うけれど、
考えてみれば、目立って当然だ。

乾杯の声が鳴り響くような、アルコールが飛び交うような店内に、
どう見ても未成年の2人だ。
足元には、一見すると大きな犬。
知っている人が見れば、狼がいる。
そんな2人と1匹だ。
しかもそのうちの1人は、
歌声と同じくらい、その「美しさ」をウリモノにしている歌手に対して、
あの薄暗い店内で、サングラスをかけていたのだ。

(目立たない、わけがないわよね。)

そう、考えが至った私に、そして『Z』と、丁寧にウルフにも視線を向けてから、
ミーナさんは言った。

「あなたたち、私のファンになったから会いたくて、ってことでも、ないんでしょ?」

ファンになったのは事実ですけど、と言いながらも、
私たちはうなずく。

「あら、ありがとう」
舞台で見せたような、あのやわらかな微笑みを浮かべながら、ミーナさんが言う。

「でも、それなのに私に会いたい、ってことは、何かしら……?」

「……」
私は無言で、『Z』に目線を向ける。
『Z』も、ちら、とこちらに視線を向けてくれて、
それから、口を開いた。

「……人を、探しています。
 ミーナさんと、同じ髪の色と、似たような目の色をした人です。」

ミーナさんは、言葉を挟まずに『Z』の話の続きを待っている。
それは、私も同じだ。
__けれどその次の『Z』の言葉に、私は勢い良く、『Z』を振り向くことになる。

「ぼくと、ぼくが探す人は……9年前まで、人買いの元にいました。」
「!」

驚いたのは、私だけだ。

ミーナさんが驚かないことにも、少し驚いた。
けれど、それよりも。

『Z』が自ら、そのことを、口にした。
それが私には、驚きだった。

「ぼくと彼とは、そこで出会いました。
 ぼくはその後、助け出されましたが……彼は、買われていきました。」

初めて、『Z』に会ったとき。
身体中に残る傷跡を見て、大体の事情を察した私にも、
『Z』は、ここまでハッキリとは、言葉にしなかった。

「彼のことをぼくは、何も知りませんでした。外見以外は、何も。
 彼は、ぼくのことをおそらく、覚えてさえ、いないと思います。
 ……でも、会いたいんです。どうしても。この目が見えなくなる前に。」

やはり、何も言わずに聞いているミーナさんに向かって、『Z』は続ける。

「彼女の、ユエのおかげでぼくたちは、その彼がどこにいるのかを知ることができました。
 ここよりもう少し北西に進んだ、“冬の要塞”と呼ばれる街です。」

ミーナさんの表情は、変わらない。
『Z』は続ける。

「その街に入るには、許可書が必要なのだと聞きました。
 ソレがなければ、決してその街に入ることができない、と。
 もちろんぼくたちは、許可書なんて持っていません。
 ……けれどこの街なら、それでも何とかなる、手がかりが得られるかもしれないと、聞いたんです。」

『Z』はいつも、
控えめに、言葉を紡ぐ。
控えめに、ゆっくりと。
どもったり、言い間違えることはあるけれど、
大声を出したり、声を荒げることは滅多にない。

そんな、話し方をしていた人だ。

けれど、目の前の『Z』はどうだろう。
話すスピードは、ゆっくりだ。
けれど、特有の「控えめさ」が、ない。

控えめさというか、……「弱気さ」だ。

いつも何かをためらうように、
“声を出すこと”自体をためらうように、『Z』は話す。
けれどそのためらいが、消えていた。

「ミーナさんは、その手がかりを持っているんじゃないか。
 ……そう考えて、ぼくたちは、来ました。」

それを聞いてミーナさんは、少し、考え込む仕草をした。
少し伏せられた彼女の目をみて、あぁ、まつげまで金色なんだ、と
私は少し、的外れなことを思ったりする。

再び目をあげたミーナさんは、言った。

「悪いけど、私は、あなたたちをあの街に入れてあげられる手段は持っていない。」

ハッキリと告げられたその言葉に落ち込む私たちに、
けれど彼女は、こう続けた。

「……でも、その手段を持っているかもしれない人を、私は知っている。」
「!」

彼女の青い瞳が、楽しげな表情をつくる。

「知りたい?」そう聞いてくる彼女に、
当然私たちは、強くうなずく。

「……じゃあ、交換条件。」

にこりと笑っていう彼女に、
私たちは少しだけ、怯む。

彼女の情報に見合うだけのものを、自分たちは、持っているだろうか。

お金だけは、ある。
私ではなく、持っているのは『Z』だけれど。

あの莫大な金額を考えれば、
たとえある程度ふっかけられても、情報料くらい、
なんの問題もなく払えるだろう。
それに『A』のことであれば、たぶん『Z』は、支払うことをためらわない。

けれど。
お金ではなかった場合。

このひどく美しくて、
自らの呼吸を拒みたくなるほどの歌声を持った女性に差し出せるものを、
自分たちは、持っているのだろうか。

「お金ですか?」
そうよ、とうなずいてほしくて、私は尋ねる。

けれどミーナさんは、
「まさか!」と言って、笑顔をつくる。

笑うミーナさんとは逆に、私は表情を固くした。

お金じゃないなら。
それなら、何……?

そんな私の様子を見て、
また少し、笑顔を深くして、ミーナさんは言った。

「あなたたちの“話し”をね、少し、聞かせて欲しいの」
にっこりと、それはそれは綺麗な、笑顔で。

(話しを聞かせる? ……それ、だけ?)

おそらく、あっけにとられたような顔をしていただろう私に、
ミーナさんは
「あなたたちみたいな子どもからお金をせびるほど、私、お金に苦労なんてしてないよの!」
そう言って笑顔を見せて、それから言う。

「それに、私は、歌手だから。」

いろいろな人の想いを、感情を、
自分は“音にのせる”のだと、ミーナさんは言う。

「だからね、あなたたちを舞台の上で見て、
 私、ぜひあなたたちの話しを聞いてみたいなって、思ってたのよ。」

そしてまた、やさしく、笑うのだ。

(よかった……)

私は、安心する。
一瞬だけ。

けれどそのすぐ次の瞬間には、
たぶん、交換条件はお金です、と言われたとき以上だろう不安がよぎる。

話しをする。
ということは、それは、つまり。

(『Z』は、……昔のことも、話さなきゃいけなくなる?)

それに思い至って、私は『Z』の顔を覗き込む。

話したくなんて、ないはずだ。
聞いても気持ちのよくない話しだと、『Z』は言った。
それなら、
それを話す『Z』は、もっともっと、よくない気持ちのはずだ。

「……」

無言で見つめる私に、
けれど『Z』は、小さく、微笑んでみせた。

大丈夫だよ。

そう、言われた気がした。


やわらかい笑顔だ。

やさしい日差しの中で、街角の診療スペースの中で見せる、
いつもの笑顔。

いつものその笑顔を見せる『Z』を見て、
やっぱり、私は思う。

(……『Z』はやっぱり、少し、変わったんだ。)

そしてそれは、
頼もしい変化。

私もウルフも、
嬉しくなるような、そんな変化だと思った。



***************



そして『Z』は、話した。
私が初めて聞く、昔のコトも、全て。

『Z』の記憶のはじまりは、
暗い、暗い場所だった。

袖をまくって、傷だらけの腕を見せながら、『Z』はその場所のことを話した。

いつもお腹がすいていたこと。
食べるものも着るものも、満足には与えられなかったこと。
狭い格子の内側で、身体を拘束する思い鎖に、いつもつながれていたこと。
暇つぶしのように、牢番たちにいつも、あらゆる方法で痛めつけられたこと。
そんな自分たちを、彼らは笑って、見ていたこと。

暗くてじめじめした、ヒドイ臭いの場所だったこと。
ひとつだけ、窓があったこと。
組織員は、男だらけだったこと。
キレイな見た目をした少年と、それを求める大人の男の客たちがいて、
そんな男だらけの中に、なぜか自分が紛れてしまっていたこと。
そして「女」として、組織員たちの相手をさせられたこと。

そんな日々の中で、『A』の存在に、気づいたこと。

けれどその『A』がある日、買われていってしまったこと。
その場所で、はじめて声を出したこと。
『A』がその声に、振り返ってくれたこと。
振り返ってはくれたけれど、自分には、『A』が買われていくのを防ぐ力がなかったこと。
「買われていく」ことの本当の意味さえ、わかってはいなかったこと。

その後、ひどい“罰”を受けたこと。
その時に、左目と、女性としての機能を失ったこと。
瞼を開けることのできないほどにボロボロになって、
けれど、助けられたこと。


ミーナさんは、無言で、聞いている。
私は、
……私も、無言で聞いている。

ミーナさんは、わからない。
私の場合は、ただ、声を出せなかっただけだ。

『Z』の傷は、見たことがある。
左目を失っていることも、知っている。
けれどその様子を想像するのと、『Z』の口から聞くのとでは、大違いだ。

『Z』から“女性”のにおいがしない理由も、わかった。
出会った夜に、「女性か」と尋ねた私に、
『Z』がハッキリとは即答できなかった、その理由も。
どうして、月に一度、体調が悪くなるのかも。

月に一度。
それは、女性の身体が持つ周期。


……何度か、吐きそうになった。
吐き気はおさまらなくて、
生理的に、涙が出そうにもなる。

推定、だけれど。
当時の『Z』の年齢は、7歳くらい。

そんなに幼い『Z』に、何人もの大人の男の手が伸びる。
泣き叫ぶ声が、悲鳴が上がる。
抵抗して、はめられた重い鎖がうるさい音をたてる。
笑い声。

その様子がありありと浮かんで、
感じるのは、怒りと、憤りと、
けれどそれ以上に、恐怖だった。

太腿にナイフでけずられた、『Z』の文字を思い出す。
それから、身体中の傷を。

怖かっただろうな。
すごく、すごく。

思って、
やっぱり涙が出そうになって、身体が震える。

……けれど私は、耐える。

これは、私じゃない。
『Z』の記憶で、『Z』の恐怖で、『Z』の痛みだ。
当の本人である『Z』が、今、
それを自ら口に出して、伝えている。話している。
背筋を伸ばして、堂々と。

だったら私は、聞くんだ。
……私も、背筋を伸ばして。
ちゃんと、聞くんだ。

『Z』に、置いていかれないように。


『Z』は、話し続ける。

目覚めたら、まっしろの天井が見えたこと。
ふかふかのベッドの上で、
清潔な包帯に包まれていたこと。
もう大丈夫だ、と、優しい声が聞こえたこと。

そして、やさしい人たちに引き取られたこと。
恐怖と混乱で、自分でもどうにも出来なかった自分を、
その人たちが、辛抱づよく、見守ってくれたこと。
手に余るはずの自分を、見捨てずにいてくれたこと。
抱きしめてくれたこと。
名前と誕生日をくれたこと。


『Z』は、けれど、与えられたその名前はあかさなかった。
『A』に出会って、その人たちの元へ返るまで、
今は、その名前は自分のものではないから、と。

ミーナさんは、それを追求しなかった。
だから『Z』は、続けた。


身を守る術を与えてくれたこと。
学校に通うこともできなかった自分にも、知識を与えてくれたこと。
国家認定の医師の資格をとれるまでに、
大して頭のよくない自分にも、根気よく、教えてくれたこと。
長く家にいてくれた、父親のような人が
いつも、傍らにいてくれたこと。
あたたかく、美味しい料理を与えてくれたこと。


大きく身体の機能を失った自分に、
決して返しきれないほどのものを、ただただ与えてくれた。
大好きで、大切で、
きっといつでも、帰りを待ってくれているから、自分は絶対に帰らなければいけないのだ。

しあわせとしか言えないような日々だった。
『Z』は、そうも言った。


けれどそんな生活の中でも、『A』のことを、決して、忘れられなかったこと。
『A』の存在そのものが、小さな、けれど確かな“救い”だったこと。
そして、
その“救い”の『A』が売られていった一方で、
どこかで今も、苦しんでいるかもしれない一方で、
自分がただ、しあわせに生活していることに、耐えきれなかった、ということ。

だから、自分を育ててくれた人たちがひどく悲しむことをわかっていて、
ひどく心配をかけてしまうこともわかっていて、
それでも、旅に出たのだ、ということ。


そこまで話して『Z』は、
話し始めてからはじめて、私と、ウルフを見た。


旅をはじめてはみたものの、少しも、うまくいかなかったこと。
いろいろな人に会ったこと。
いろいろな景色を見たこと。
早朝の丘の上、
ハチミツとバターの溶ける色、空の色、花の色、子どもの持つ鞄の色。
診療を待つ、人たちの顔。
治療が終わった後の、笑顔。
どんな景色も、すばらしかったこと。

けれど『A』の手がかりは見つからなくて、
焦って、焦って、
それで、雨の中の野宿なんかを繰り返して、
風邪なんてひいて身体を弱らせて、
ついに視力も本格的に失いだして、
月の満ち欠けを数えることもおろそかにして、
その影響も大きく受けて、

本格的に危機を感じていたときに、
……私とウルフに、会ったこと。


ずいぶん様子がおかしいとは思いはしたけれど、
まさか『Z』がその時、
そこまで切羽詰まっていたとは、思っていなかった。


『Z』は続ける。
__そこから先は、私も知ってる道のりだ。


『Z』の話では、私とウルフのいいところばかりになってしまうから、
私は、
いかに『Z』がお人好しで、
どれだけの場所で、どれだけの人を助けてきたか、
自分のことを、どんな風にして助けてくれたのかを伝える。

それを伝えるには、
残念ながら、『Z』がいかに“バカ”がつくほどのお人好しか、も話さなければいけなくて、
必然的に、
使えるお金が足りなくて困ったことだったり、
気づいていて罠にハマりにいったことだったりも話さなければいけなくて、
『Z』の顔を少しだけ、
ちょっとした恥ずかしさに、赤くさせなければいけない結果になってしまったのだけれど。


やがて旅は進んで、
ここに来る、ひとつ前の町の話になって。


『Z』はまた、「許せなかった」と言った。
その様子は苦しそうだったけれど、
でも、あの日の夜とは違う。

今は、震えても、泣きそうでもない。

あの町を出て、ここに来るまでの数日間。
『Z』の心の中で、どんな変化があったのかは、わからない。

けれどそれを話す『Z』の様子は、
何かが「見えた」ような、そんな風だった。

吹っ切った、とは違う。
以前と何ら変わらず、少しだって変わらず、“ソレ”はおそらく、
『Z』にからみついて、
『Z』をからめとって、
重く、離れないのだ。

それはきっと、変わらない。

けれど。


ミーナさんは、笑顔で聞いていた。
一度も、言葉を挟まなかった。

けれどここまで聞いてから、
黙ったまま、『Z』の手をとって、言った。

「ありがとう」と。

話してくれて、ありがとう。と。

あの、やさしい、
花の咲くような笑顔で。


キレイな笑顔だ。
ミーナさんの笑顔で、私の心が、あったかくなるのがわかった。
『Z』も、この部屋に入って初めて、
少し、ほほを紅潮させている。

ミーナさんの綺麗さには、
笑顔には、
それだけの、力があった。



***************



話し終えた私たちに、「あ、今さらごめんなさい」と言ってミーナさんは、
2人分、お茶を入れてくれた。
ウルフにも、水を。

そして再び席に着くと、言った。

「これ、最初に確認するべきことだったんだけど……
 今、あなたたちから聞いた話しを、私、歌にしてもいいかしら?」

『Z』はうなずく。
想いを、感情を歌にする、と、
最初からミーナさんは言っていた。
自分の話を、ミーナさんになら、どういう風に使われても良い。
そう、最初から、そのつもりで話していたのだから。

ミーナさんの再確認にうなずく私たちに、
彼女はもう2度、ありがとう、と言った。

そしてそれから、さらに言う。
「ありがとう」と。

「?」

たしかに、簡単に話せるような内容では決してなかったけれど、
でも、言いすぎじゃないだろうか?

そう考える私たちに、ミーナさんは続けた。

「最初の以外は、“歌手”としての私じゃなくて、“個人”としての私からの、お礼よ。」

「?」

まだ、よくわからない。
そんな私たちに、ミーナさんは続ける。

「ねぇ、あなたが探しているっていうその子、私ととても、似た外見をしているのでしょう?」

『Z』はうなずいた。

「髪の色は、たぶん、一緒です。目の色は、少し違うけど……でも、とてもよく、似ていると思います。」

その言葉に、ミーナさんは嬉しそうに言葉を返す。

「……じゃあ、きっと、間違いない。
 あなたが探しているその子は、私の“家族”のような、ものだから。」

「!」

家族。
家族?

驚く私たちに、「あぁ、違うのよ」と、ミーナさんは言う。
「“一族”って言ったほうが、あなたたちの知っているニュアンスには近いかな。」

自分にも入れていたお茶を一口、含んでから、ミーナさんは言う。
「この国では、私みたいなこの外見は、めずらしいでしょ?」と。

私も『Z』も、うなずく。

「私たちにはね、元々、異国の血が混じっているのよ。髪の色も、目の色も、
 たぶん、元々の国からのものが、強く出ているのね。
 ……もちろん、この国の人たちとの間の子どもとして生まれたりして、
 もう随分、この特徴がうすくなっている人たちも、いっぱいいるけれど。」

異国。
私は小さく、声に出す。

この国の中でさえ、私はまだ、よく知らない。
けれど、この「国」という枠組みを越えた世界が、
私が想像もできないような広い世界が、あるのだ。

「髪の色と、目の色と。……この特徴は、ずいぶん、強く出るみたい。」

話すミーナさんの表情は、少し、複雑そうだ。
小さく笑顔を浮かべてはいるけれど、
でも、それだけではない。

「髪の色と、瞳の色。それだけだけれど、でも、……この国の人たちは、
 見慣れない外見の私たちを、あまり、好きになってはくれなかったみたい。」

言って、ミーナさんは苦笑する。

「綺麗だーって言ってくれる人は、たくさん、いるんだけどね。
 でもそれよりも、気味悪いとか、キモチワルいとか、言われることの方が多いのよね。」

(あぁ……)

部屋に入って、間近にミーナさんを見て、
私も最初、そう感じたことを思い出す。

「だからね、私たちの家族は、一族は、
 ひとつのところに留まることが、できなかったの。」

それはもう、
ずっとずっと昔からの話だ、と、ミーナさんは言った。
ミーナさんが生まれるよりも、ずっと前からの話。

どの町にも、どの村にも馴染むことのできなかった
金色の髪と、青い瞳を持つ人たちは、
だから、旅をする一族となった。

いろいろな場所を旅してまわって、
ひとつのところに留まることなく、風のように。

髪の色も瞳の色も、多くの場合は、隠して。
髪の色は、染めたり落としたり、
本当に変えてしまう人も、多くいたそうだ。

そして、言う。

「馴染むことはできなかったけれど、でも、私たちの外見は綺麗だと、
 みんなみんな、思っていてくれたみたいだから……。」

少しだけ言葉を、区切ってから。

「だから私たちは、昔からよく、“狩られる”の。」と。

狩られる。
その言葉の意味。
つまりは。

「あなたたちが探している、その子も。
 たぶん、小さい時に“狩られた”のね。」

私たちにとっては、めずらしいことじゃないけれど。
ミーナさんは、そうも言った。

「私には、弟も子どももいないから、だから厳密には、私はその子の“家族”ではないけれど。
 でも、私たちの一族の、子どもだわ。」

私が狩られなかったのは、
たぶん、私の運がいいからね。
ミーナさんは、そう言った。
ほんのそれだけの違いでしかないのだ、とも言った。

「ねぇ、この街がどうして“吹きだまり”って呼ばれているのか、あなたたち、知ってる?」

私たちはそろって、首を振る。

「この街にはね、他の場所では生きられないような人たちが、集まっているの。
 例えば、私のような異国からの移民とか、昔罪を犯した人。その家族とか、そういう人たちが。」

昼間見た、あのにぎやかな市を思い出す。
移民。
罪人と、その家族。

あの市は、
そういった薄暗い言葉から受ける印象とは、随分と違った様子だった。

「この街には、罪人やその家族がいる。移民もいる。
 正直、治安は悪い。だから、他の場所からはなかなか住み着く人はいない。
 ……でも、だから、私はここにいられるの。」

雑多だから、
だから、いられるのだ、と。

「私は、他の私の一族が、どこで何をしているのかは知らない。
 私の家族も旅をしていたから、だから今どこにいるかなんて、わからないのよ。
 ……風みたいなものね。私たちは。
 1カ所に留まりたい、と願う人もいる。そうじゃない、本当に風のような人もいる。
 ただ私たちにとっては、“留まる”ことは難しくて……。」

ミーナさんは、そこでまた一度、言葉を切った。
そして再びお茶を飲んで口を湿らすと、
今度は一転して、明るい声で言う。

「でも、私たちの一族はね、 そうして旅をするには、ちょうどいい身体を持っているのよ。」と。

「私たちはね、とてもとても、“耳がいい”の。
 聴こえるのよ。他の人では聴き取れないような、小さな声とか、雰囲気とか、空気とか。」

聴こえるというその声は、
必ずしも、言葉を伴った物ではないのだと言う。
だから、
それをとらえられるかどうか、感じ取れるかどうかは、その人次第になってしまうらしい。
けれどそれを感じ取れるだけの力を持った人間も、
一族には、多いのだという。

「だから私たち一族にはね、
 歌をうたったり、楽器を演奏して渡り歩く人が多いのよ。」

私もそう。
嬉しそうに、ミーナさんは話す。

そしてまた言った。「ありがとう」と。

「私たちは、旅をして、ひとつの場所に留まることもほとんど、できなくて。
 ……慣れすぎてしまっていたのね。
 人から避けられたり、狩られたり、それから逃げ出したりすることに。
 そうすることを、そうされることを、当たり前だと思って、諦めて。」

私たちの一族は、みんなみんな、慣れすぎてしまった。
ミーナさんは、そう言う。
そして、
だから『A』も、きっとすでに、諦められている、と。

自分たちの一族が、家族が、“狩られた”こと。
『A』と一緒に旅をしていた人はきっと、もちろん、
とてもとても、悲しんだだろう。
でも、“それだけ”だろう、と。

「あなたたちのように、探し出そうなんてきっと、思わなかったはず。」と。
そして、だから言うのだ、と。

「だからね。私たちの一族を……“家族”を……
 私たちの一族の誰もそれをしていないのに、
 探してくれて、ありがとう。想ってくれて、ありがとう。」

ミーナさんはそう言って、頭をさげた。

いえ、ぼく、本当に自分が会いたいだけで……。
『Z』はしきりにそう言っているけれど、
ミーナさんはそんな『Z』に再度、お礼を言っている。

『Z』がしきりに恐縮して、
そうして、時間が過ぎた。



***************



ミーナさんとの話しが終わって、
私たちは今、宿の中。

ベッドに腰掛けながら、私は『Z』に言う。

「お医者さんだって。一緒だね、『Z』。」

うん。
同じくベッドに腰掛けている『Z』は、
手の中の紙切れを眺めながら、うなずく

その紙切れは、ミーナさんからもらったものだ。

この街に住む、
“冬の要塞”に入るための手段を持つ、一人の老人。
医者をしているという彼の住んでいる、その住所と地図が記されている。

それを私たちに渡しながらミーナさんは、
もしできることなら、
『A』を連れて、一緒にまた会いにきて欲しいと、
そう言った。

そう言って、
細くて、白くて、少し冷たい柔らかい手で、
私たちにその紙切れを、渡してくれたのだ。


その1枚の紙切れを見つめる『Z』に、私は言う。


「『Z』はさ、ちょっと……変わった、よね。」

え?
力の抜けるような声を出して、『Z』が顔をあげた。

「変わった……かなぁ?」

どんな風に?
聞かれて、
でも、私はうまく答えられない。

「なんていうか……ちょっと、しっかりした感じがする。大人っぽい感じ?」

『Z』は、笑って言う。

「元からぼくのが年上じゃん!」

あぁ、そう言えばそうだったなと思い出す。

私はずっと、『Z』が心配で。

私より背も高いし、年上のはずの『Z』を私は、
ずっと、「守ってあげなきゃ」と思っていたのだ。


正確に言えば、
その気持ちは、今でもある。

でも。

「いやぁ、初めて『Z』がちょっと、頼もしく見えたわ!」
ちょっとだけね! と、忘れずにつけたす。

今なら、
守ってあげるとか、
守られるとか、
そういう関係じゃなくて。

一緒に、
本当に一緒に、肩を並べて歩いていけるような、
そんな気がする。


たぶん、今の『Z』なら、
一人でもちゃんと、歩いていける。
そんな風にも、少しだけ、思えるようになった。

私がいなくても、
ウルフがいなくても。


私だって、
『Z』がいなくても、歩いていける。
ウルフがいなくても、
寂しいけれど、歩いていける。

たぶん、私たちの中で一番しっかりもののウルフは
疑う訳もなく、
1匹だって、生きていける。


私たちはきっと、それぞれ、
一人でも、1匹でも、歩いていける。
生きていける。

なんだかそんな風に感じられて、
だからこそ、本当に一緒にいられるのだと思う。

一緒に歩いて、
一緒に、同じ景色を見ることができる。

そんな気がしたんだ。


「明日、楽しみだね。」

おそらく『A』のいるだろう“冬の要塞”に、
そこに辿り着くまでに私たちができるのは、
あとは、その医者に会うこと。
それだけだ。

「うん……。」

「……」

紙切れを指先で握りしめたまま、
静かにうなずく『Z』が何を考えているのか、
私には、わからない。

けれど。


(あと、一歩。)


あと、ほんの一歩だ。

『A』のいる、その街までの距離。

『Z』が、その紙切れを
枕元のサイドボードに置いた。

「おやすみ『Z』。また、明日ね。」

言って私は、部屋の電気を消す。

おやすみ。

そう声が返ってきて、
身体をベッドに潜り込ませる、布のすれる音が聞こえた。


カーテンを閉めた部屋には、
月の明かりも入らない。

暗闇だ。


『Z』が、
私たちが歩いてきた、
今までの一歩一歩を想いながら、私は願う。

どうか『Z』が、

どうか『Z』の目が見えるうちに、
その街に、辿り着けますように。

どうか、
私たちの次の一歩が、明るいものでありますように。


そんなことを思いながら、
私は静かに、目を閉じた。



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comment

no title

  1. 2010/04/19(月) 22:46:25 |
  2. URL |
  3. 遠野秀一
  4. [ 編集 ]
あまり関係ない話なんですが、
自分も先日、奴隷にされて左眼抉られた女の子の話を書いたんですが、
いやいや、Zはウチの子とは全然違いますねwww

ウチの子は自分と似た境遇の子を殺そうとするわ、
トラウマ触れるとキレて発砲するわ、
困った子ですwww

まぁ、この間書き終わって今手直しているところですが、
どっかに投稿しようと思って書いた話なんで、当分Web公開はしないです。

誰かに酷いことをされても、誰かに優しく出来ることは「強さ」だと思います。
Zの強さはとても尊いものだと思います。

ウチの子は優しくはなかったんですが、
最後は誰かの優しさに気付くことが出来たんで、多分大丈夫。

Zの旅がどんな結末を迎えるのか楽しみです。

no title

  1. 2010/04/19(月) 22:58:24 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
お久しぶりです。
最近バイトでなかなか夜に来る事が出来ずにいまして…
もうたくさん更新されていて わー///ってww

そして一気に読んだせいか…続きがすごく気になります。

ひとりひとりの旅が無事に終わることを祈り
素敵な未来を楽しみにしている気持ちがまたもやこみ上げますね☆ミ
前と変わらず全力の愛で(勝手にです)皆さんを見守っていきたいです!!
もう春様のお話し大好きなのですごく憧れます。


では…長々と失礼いたしましたっ!!

Re: no title

  1. 2010/04/19(月) 23:55:46 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> 遠野さん

引き続き、コメントありがとうございます*^^*
遠野さんちのお子さんは、随分とやんちゃさん☆ですねww
投稿……
いずれ私も、挑戦してみようと思います。
いずれ……いずれは……(弱)
まずは、今まで無視していた、一字下げとかのあらゆるルール(小学校の時に習いましたよねぇ、、、)を思い出すところからですが。笑
そのお話しも読んでみたいです*^^*

コメント、ありがとうございました☆

Re: no title

  1. 2010/04/19(月) 23:58:55 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> 夢さん

きゃーっ!お久しぶりですっ☆
バイト、お忙しいんですね……お疲れさまです*^^*
最近は、なんだかちょっと長めのお話しも多かったので、一気読みなんて、大変だったかと思います……
ありがとうございますっ☆

当たり前かもしれませんが、
『Z』の旅の終わりは、もう、頭の中にはフィックスしているのです。
むしろ、そのシーンからこのお話しは始まったので……^^;

『Z』の旅の終わりまで、あともうちょっとです。
勝手に、なんて言わず(笑)
どうぞ、見守ってやって下さい*^^*

コメント、ありがとうございました☆

こちらでははじめまして!

  1. 2010/04/21(水) 13:11:56 |
  2. URL |
  3. 遠野
  4. [ 編集 ]
こんにちは、遠野です!
えっと…絵を描いてるほうです!(笑)
朝からココまで一気に読んでしまいました^^;

AとZと、二人とても強い子ですね。
途中、涙腺が緩んでしまったところも多々…。

二人が二人とも、幸せな未来がありますように!

Re: こちらでははじめまして!

  1. 2010/04/21(水) 15:33:54 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> 遠野さん

きゃーっ!遠野さん遠野さん遠野さんっ!!
コメントありがとうございます*^^*
そして、
えーーーーっ、ものすごい一気読みですね!!
あまり整理されていないブログなので、読みにくかったかと思います……。
すごくうれしいです;_;
ありがとうございます!!

2人の今後については、
がんばります☆
としか言えないような感じで、すみません><。
でもでも、がんばります。
2人も、ユエちゃんもオオカミちゃんも兄妹も、がんばっているので。

コメント、本当にありがとうございました!!

管理人のみ閲覧できます

  1. 2010/04/27(火) 08:32:58 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: タイトルなし

  1. 2010/04/27(火) 09:40:57 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> (非公開コメント)さま

うわぁ~っ、うわぁ~っ、
ありがとうございますっ!!
えと、これからおジャマして、そちらで返信させて頂きますっ!!

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