旅の空でいつか

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鎖の獣 /A

  1. 2010/04/16(金) 15:09:17|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
※作品一覧はコチラです



『A』がまた、うちに来る。
それまであと、数日だ。


「あなたたちは、悪くないから。」


『A』に飼われることになった、と告げた日に、
花街のアイリはオレに、そう言った。

本当に?

でもオレは。
オレには、そうは、思えないんだ。


オレは14歳になった。
エレンは8歳。

オレは、『A』の年齢を知らない。
けれどたぶん、オレとエレンの間くらいの年齢だから、
10歳とか、もうちょっとだけ上かとか、それくらいだろうと思う。

オレたちを「飼う」と決めた時。
アイツが“ソレ”を決めた時。
あいつは、いくつだ?
まだ10歳とか、そんなにもなってなかったんじゃないか?

今年からエレンも、学校に行くことが決まっている。
その、今のエレンと、同じくらいの年齢ではなかったか?


オレは、知ったのだ。

アイツが、『A』が、ナニをしたのか。
オレたちを「飼う」ために、
アイツが、ナニを代償にしたのかを。

***************



まだ何も知らなかったオレに、アイリは教えてくれた。
「飼われる」ことと、「買われる」ことの違い。

街の人たちは、アイツのことを「飼い犬」と呼ぶ。
ミスター・ビッグに可愛がられている、と。
その“可愛がられる”と言うのが、どういう意味なのか。

少しだけ前に、学校で習った。
それを聞いたのは、「近年の歴史」の授業だ。
まだ、この国からなくなったわけではない、
「人身売買」という、犯罪。
そんなことがあるなんて、オレは全然知らなかったんだけれど、
でも、そのへんの人間が全然知らない場所で、
その犯罪は今も、確実にあるのだ、と。

水も食料も満足に与えられない、
家族や友人たちも、自分の名前も、それまでの過去も、全て奪われて、
自由に動くことも、言葉を発することも、それもやっぱり、多くの場合は奪われて、
人間が、人間じゃなくされる。
そんな場所だと、教師は言っていた。


3年前、そんな犯罪をしている組織のひとつが、
摘発されて、壊滅させられた、と、教師は言っていた。
見た目のキレイな少年ばかりを、
そんな少年が好きな大人の男に「売る」ために扱っていた組織だったと、きいた。
それは。
アイツのような少年のことなんじゃないか?

アイリは、教えてくれた。
「買われる」ことと、「飼われる」ことの違いを。
アイツがどこから、どうしてこの街に来たのかを知っている、と言っていたその後に。
どうしてオレに、それを言った?
それは、アイツが「買われた」のだと、知っていたからじゃないか?

大きな屋敷で、
食べるものにも、着るものにも困らないはずのアイツは、
なぜ、あんなに必死に逃げようとしていた?
足にケガをしても、必死で。
必死で、獣のように吠えて、
けれど黒服に腹をなぐられて気を失って、荷物みたいに運ばれて、
それでも、何週間も、
毎夜、毎夜、繰り返し。

それが不可能だと、おそらく、思い知らされて。

それから、どうしてアイツは、“あの場所”を選んだ?

街の人間は、大屋敷の人間だって、なかなか訪れないような場所だ。
誰もいない。
草も花も生えないような、日当りの悪い、
この街の、本当に隅っこの、あんな場所を。

朝早くから、たぶん、黒服たちに探されないだろう程度の夜の時間まで、
ひとりで。


花街で行われている「仕事」が、どんなものなのか。
オレは知った。
その花街で、『A』が好意的に思われているのは、なぜなのか。

あの日、オレたちを「飼う」と決めた『A』が、“何を” したのか。

あの銀色の、鎖の意味。
今もアイツの首にある、鎖骨の少し上あたりで、
にぶく光るソレは。

趣味が悪い、と、アイリは言った。

ネックレスではなくて。
あれはまるで、“首輪”ではないか?

アイツがあの“首輪”をつけたのは、いつからだった?
オレたちを「飼う」と言った、その日ではなかったか?
その翌日からアイツは、
黒服たちと、一緒に街を歩くようになったのではなかったか?


__あなたたちは、悪くないから。


アイリは、そう、オレに言った。

でも、オレにはもう、そうは思えないんだ。
だってオレは、何と言った?

何の苦労も知らないアイツが羨ましいと、オレは言った。
ミスター・ビッグに可愛がられて、飼い犬なんて呼ばれていて、それすらも羨ましいと、オレは言った。
そのくせ、自分が「飼われる」と言われれば、
オレはアイツへの怒りでいっぱいになって。
殺してやる、と、オレは言った。


何も知らなかったのは、どっちだった?

「飼われる」と言われてオレは、何かを奪われたような気持ちになっていたけれど、
奪ったのは、どっちだった?
アイツが、毎日通い続けたあの、
小さな、隅っこの場所さえも奪ったのは、
オレだ。

アイツの突きつけた条件は、
オレからもエレンからも、奪わなかった。

学校に行って、知らなかったことを知っていくのは楽しかったし、
いろいろなコトを知って、いろいろな考え方を知って、
実際のところ、仕事での給料もあがった。

土いじりが好きなエレンは、好きにいじれる場所を手に入れた。
今年から、エレンも学校に行くことが決まっている。
これも、アイツの“命令”で決まったことだった。

アイツは、奪わなかった。
奪ったのは、オレだった。


だからオレは、
アイツに、言わなきゃいけない。

どう言えばいいのかはわからないけれど、
でも、言わなきゃいけないんだと、思った。



***************



その日は、学校が終わるとすぐ、
オレはアイリの元へ走った。

花街の意味を知ってからすぐは、
なんとなく、そこに足を踏み入れるのがためらわれた。
けれど、そんな様子のオレにも、
アイリも、他の姉さんたちも変わらず優しかったから、
オレは今でも時々、
ここに来て、アイリや、仕事前の姉さんたちと話しをしたりするんだ。

もうすぐ、「仕事」の準備で忙しくなる時間だろうからと、
オレはアイリに、単刀直入に聞いた。

オレが考えた、アイツのこと。
オレの予想は、合っているのか、どうか。


オレの話を聞いてアイリは、
たぶん、合っている、と、
一度だけ言って、うなずいた。

(そうか……)

答えてくれてありがとう、と
一言だけ残して去ろうとしたオレの背中に向かって、
アイリは言った。

あなたたちは、悪くないのよ。

でも今のオレには、
その言葉を、まっすぐに受け取ることはできなかった。



***************



夜になった。
今日は、アイツが来る日だ。

エレンはもう、随分前に2階に上がって、眠ってしまっている。

オレは一人、テーブルの上にランプを灯して、
アイツが来るのを、待っている。

この3年間、
何度もオレは、こうしてアイツが来るのを待った。


静まり返った深夜のドアの向こうから、
気配がして、それから、小さな小さな、ノックがあった。
音の小ささは、
たぶん、エレンを起こさないための配慮。

オレは黙って、ドアを明ける。

ドアの向こうにあるのは、
小さなランプに照らされた、小さな顔だ。

やわらかい金色の髪と、朝の空みたいな青い目と、
それから、首もとの銀色の鎖が照らされて、
……とても、キレイだった。

ドアを明けるオレに合わせて、
アイツは無言で、ドアの前から半歩下がる。

これも、この3年間、繰り返されてきたことだ。

けれどオレは、言った。

「__入れよ。」

そう言って、アイツを中に促した。

「!」

アイツは、めずらしく表情を変えた。
驚いている。

当然だ。
コイツを家の中にあげることなんて、絶対にしないと、
今までオレは思っていた。
コイツにもそのことは伝えていたし、
コイツもそれを聞いて「どうでもいい」と、言っていたのだから。

湯は、すでにわかしてある。
大したものではないけれど、2人分、お茶の用意もある。

けれど。

「……家の中には、入らない。」

そう言って、開いたドアの後ろ側にまわってしまう。

「……入れよ。“いいから”。」

入って、いいから。
そう伝えたつもりだったけれど、けれどアイツは、
頑なに、それを拒んだ。

「……」

仕方なく、オレは外に出る。
__これじゃ結局、今までの3年間と同じだ。


ドアの後ろで待っているアイツは、
今もまだ、少しだけ不思議そうな表情でオレを見ている。

黙って外に出たオレに、アイツは
いつもの通り、尋ねてくる。

ちゃんと食べているか。
学校には行っているか。
エレンの様子。
……それだけ。
アイツが口に出すのは、それだけ。
そしてオレは、それに黙ってうなずくだけだ。

そしていつもの通りアイツは、オレに、銀のプレートを差し出す。
これもまた、いつもの通り。
3年間、繰り返されてきた。

「……」

けれどオレは初めて、
アイツの手を、押し返した。

白い手だ。
オレもアイツも、背は伸びた。
けれどやっぱり、オレより小さな手。
冷たい手。
そう言えば、コイツに触れることなんて、初めてだ。

昔、母さんが言っていた。
手があったかい人は、心もあったかいって。
手が冷たい人は、
手の分も心にあったかいのがいっちゃっているから、
だから、すごくすごく、心のあったかい人なんだって。
そんなことを、思い出した。

「……どういうつもりだ?」

アイツが、そう尋ねてくる。

オレが、学校を卒業して。
ちゃんと食べて、ちゃんと家賃を払って、ちゃんとエレンを学校にも通わせられて、
洋服だったり本だったり、そんなものも、ちゃんと買えるようになって。

そうなったら、コイツに「飼われる」というその契約は、
約束は、終わる。
「そんときはお前の好きにしたらいい」と、コイツがかつて、言ったから。

まだその約束の時は、来ていない。
けれど。

「これは、もういらない。」

そう言ったオレに、アイツは怪訝な顔をする。

コイツの顔を、表情をちゃんと見たのも、初めてだった。

「……まだだろ。
 まだ、その時期にはなってない。そうだろ?」

アイツは言う。

「それとも、おれに“飼われる”のがイヤになったの? 今さら?」

少しだけ口の端をあげて笑って、
アイツはそう言う。

……今までだったら。

その表情を見て、
なんてイヤなヤツだと、オレは思っただろう。

けれど。

わかる。
ちゃんと、ちゃんとコイツの顔を見れば、すぐにでも。

どうしてコイツは笑っているのか。
どうして、オレを怒らせるようなことを言うのか。

コイツは、きっと、とても頭がいいのだ。
そして、ヒトのことを良く見ている。
オレとは違って、本当によく、見ている。

だからだ。
こんな言葉を言って、笑ってみせて、
それで、オレを怒らせようとしているんだ。

今だけじゃない。
きっと、最初から。

オレを、オレたちを、「被害者」にするために。
自分がイヤなヤツになることで、
オレを怒らせることで、「金を受け取ること」に対して、
オレが罪悪感を抱かないように。

感謝も、申し訳なさも、感じないですむように。
怒りと、憎しみだけでいいように。
ちゃんとこの金を、受け取れるように。

だからコイツは、こんなに……
言いながら、笑いながら、
こんなに、緊張しているんだ。

青い青い瞳が、少しも笑っていないのは、そのせいなんだ。

だからオレは、
再び差し出されたそのプレートを、受け取らない。

「いらない。もう、いらない。」

もういいんだ。
まっすぐに見つめて、そう言ってやる。

アイツは不自然な笑みをひっこめて、
今度はまじまじと、オレを見つめ返す。

「……何があった?」

そして、オレにそう、問いかける。

こんなふうに、話すこと。
ちゃんと話すこと。
相手の顔を見て、目を見て、言葉を交わし合うこと。

どうして今まで、オレたちは、
オレは、それをして来なかったんだろう。

よく見ればわかる。
コイツにはこんなに、ちゃんと表情がある。
感情がある。

問いに答えるかわりに、オレは、問い返す。

「お前は、何をした?」

「?」
問い返されて、不思議そうな顔になっている。
だからオレは、続ける。

「お前は、オレたちに何をした?
 オレたちに、毎月そのプレートを渡すために、お前は、何をした?」

「!」

表情が、変わった。
オレは続ける。

「お前は、何を引き換えにした?
 ……その鎖は、何を引き換えにしてつけられたんだ」

「……」

風が吹いた。
ランプの火が少しだけ揺れて、
真っ暗な中、オレをコイツを照らす灯も、揺らめいた。

瞳の青が、深くなった。

「……爺か?」

聞いたんだな?
コイツは、そうつぶやいた。
「誰かがあんたに、何かを言ったんだな。誰だ?」
そしてそう、尋ねてきた。

だからオレは、首を横に振る。

「誰かに聞いたんじゃない。わかったんだ。」

『A』は静かに、オレをにらみつける。

風がふく。
灯が揺れる。

黙ったままにらみつける『A』に、オレは続ける。

「お前、ミスター・ビッグに“買われた”んじゃないのか?
 それで、オレたちを“飼う”ために……ミスター・ビッグに“飼われる”って、決めたんじゃないのか?」

「黙れよ!」

『A』が鋭い声をあげた。
また、風がふいた。

それは。
会話を肯定しているのと、同じだ。


『A』はひたすらに、オレをにらみつける。
少し、身体をふるわせて。
それが怒りによるものなのか、寒さなのか、そのどちらでもないのか、
オレには、わからないけれど。

(コイツは……)

たぶんコイツは、知られたくなかったのだ。

それはそうだろう。
オレにもその気持ちは、わかる気がした。

オレは、誰かに「買われた」わけではない。
けれどコイツに「飼われる」ことになったとき、
そんなこと誰にも、誰にだって、知られたくなんてなかった。

悔しくて、苦しくて。

だから、オレにはわかる。
そう思った。


でもオレは、もう、終わりにしたかったんだ。

コイツに。
オレよりも小さい、
こんなに、おそろしくキレイで、おそろしく頭がいいのに、
なにひとつ自由にならないコイツに、
もうコレ以上、いらない鎖をつけるのは、イヤだった。

オレたちが、コイツに「飼われる」ことをやめれば。
その首の鎖は、外すことができるんじゃないのか?

ふるえる『A』に、
だから、オレは言うんだ。

「オレは、オレたちはもう、お前に“飼われる”のは、やめる。」

なんとかなるだろう。今なら。
3年前とは今とはもう、違うのだ。

オレの給料も上がったし、
エレンも大きくなったし、
大した金額ではないけれど、貯金もできた。
今なら、大丈夫だ。
だから。

「そうすればお前は、その“首輪”を外せるんじゃないか?」

もういいから。
もう、大丈夫だから。
だからお前も、その鎖を外せよ。

「……」

オレのその言葉を聞いて『A』は、

「……ふざけんな。」

そう、言った。

その言葉は少しだけ、予想外だった。

ふざけてなんかいない。
冗談でこんなことを言っているわけじゃない。
また生活が苦しくなるかもしれないと、
その覚悟なく、こんなことを言った訳でもない。

「できるわけないだろ、そんなこと。」

けれど『A』は、そう言った。

オレなりに、必死で考えた言葉のはずだった。
今なら、できるはずだ。
オレはおそらく、学校を辞めるだろう。
エレンもおそらく、今年学校に入ることはできなくなるだろう。

けれど、それだけだ。
生活ができなくなるわけじゃないし、
何年か時間をかければ、学校にはいつだって、入り直せる。

悪い話じゃ、ないはずだ。

「できるよ」

オレは言う。
けれど

「できないんだよ、そんなこと!」

再び声を荒げて、『A』は言う。

「あんたは、何もわかってないんだ。」

つくった表情じゃない。
本気でオレをにらみつけて、今はもうハッキリと身体をふるわせて、『A』は言う。
風は今は、やんでいる。

「おれは、あの爺に“買われた”んだ。」

「?」

まだわからないオレに、『A』は続ける。

「あんたが、あんたらが今さらおれに“飼われる”ことをやめたからって、
 おれが“買われた”ってことは、変わんないんだよ。」

「!」

「今さら何をしても、……今さらじゃない、最初から、だ。
 最初から、何をしても、変わらない。
 おれは“買われた”んだ。だから、この鎖が外れることは、ないんだ。」

くそっ。
身体をふるわせながら、それでランプを揺らしながら、『A』は言う。

……オレは、アイリの言葉をまた、思い出していた。
そうだ。
アイリは言っていた。
「飼われる」ことと「買われる」ことは、違うと。
言っていたじゃないか。

でも、
オレにはその意味が、わかっていなかったんだ。

「でも……じゃあなんで、お前、その鎖つけたんだよ。
 それつけたの、オレたちを飼うって、決めたからだろ。」

オレたちを飼うために、ミスター・ビッグに飼われるって、
そう決めたから、それ、つけられたんだろ。

オレがそう尋ねれば、『A』はただ、
そうだ、とうなずく。

じゃあ、と言いかけるオレの言葉を遮るように、けれど『A』は続ける。

「……抵抗するのを、やめただけだ。
 抵抗しないで、あの爺の犬になったと、自分から認めただけだ。……それだけなんだよ。」

その言葉に、オレは喉の奥が痛くなる。

そんなことを。

「アイツは、自分の飼い犬には“やさしい”からな。
 おれが自分で認めてやったら、
 金だってなんだって、おれの好きなようにさせてくれるって言ったんだよ。」

そんなことを、「それだけだ」と、
どうして、そんな風に言うんだ。コイツは。

「おれが自分で認めようと抵抗しようと、
 あの爺がおれの買い主だってことは、どうせ変わらないんだ。」

だったらくだらない意地なんて捨てて、
好きにやれたほうがいいだろ?
……『A』は、そう言うけれど。

でも、その“意地”は、大事なものだったはずだ。
その抵抗は。
人間が生きていくためには、大事なものだったはずだ。

それに、それを捨てることで『A』は、
何をどう、好きにできるようになった?

自分の身体にまとう鎖ひとつ、外すこともできないで。
オレとの約束ひとつで、
あんなに大切にしていた、あの1本の木のもとに、行くこともできなくなって。

「……」

オレは、コイツの鎖を外したかった。
この小さな身体から、この鎖を外してやりたかったんだ。

今まで、何も知らなかったことの……
自分に余裕がなかったせいでコイツにぶつけた、
殴りつけるようにぶつけた言葉の、
その罪滅ぼしに、せめて。

でも。

「……できないのか?」

オレの問いに、『A』はうなずく。

できないのか。
オレが何をしても。
どうしても。

でも、じゃあ。


「……じゃあ、お前は、どうしたらいいんだよ。」


じゃあコイツは、
一体どうしたら、いいんだ?
どうしたら、その“鎖”を外すことができるんだ?

『A』は黙って、首を振る。

「どうしようもない。どうもできないんだ。」


また、風がふいた。
ランプの灯が、静かに揺れた。

オレはもう、何も言えなかった。

オレは、何も。
何もできないんだ。


黙ってうつむいてしまったオレに、
『A』は再び、プレートを差し出した。

オレは首を勢いよく横に振る。
けれど『A』は、オレの手を無理矢理つかんで、ソレを握らせた。

「いらねえ!」

大声で言ったオレに、

「いいから受け取れよ!」

そのオレよりも大きな声で、『A』は言った。


その声の大きさに、オレは顔をあげる。

「受け取れよ、たのむから。」

そして、『A』は言う。

「……おれにこれ以上、みじめな想いさせんなよ。」

絞り出すような声で、震えた声で、うつむいて。

「……」

その声に、
オレはまた何も言えなくなって、
手の中に握らされたそのプレートを、突き返すことができなかった。

「……」

それを握らせた『A』はそのまま、
無言で、去って行った。
自分を縛る“買い主”のいる、その屋敷に向けて歩いて行く
小さな背中。

風がまたふいて、去って行く『A』のまわりに、砂埃が舞った。


『A』の背中が見えなくなるのを見送って、
それでオレは、家の中へと、入って行った。


変わるはずだった。
今日は。

3年間くりかえされた、
断ち切れなかった、今よりももっと小さかったオレたちのあの約束を、
今日は、終わらせられるはずだった。

そうしたいと、
そうできると、思っていたんだ……。



***************



それから、
結局、オレたちの生活はなにひとつ、変わることはなかった。

エレンは学校に行き始めた。
アイツの、決してアイツ自身が足を踏み入れることのない庭を
毎日、毎日つくっている。
痩せた土地だから、いろいろと、むずかしいようだけれど、
エレンは、それを毎日、続けている。

オレの生活も、あいかわらずだった。
昼は学校に行って、
学校が終わると夜まで、
休みの日は朝から働いた。

朝ご飯は、エレンと一緒に。
お弁当は交代でつくり合って、
夜ご飯はまた、エレンと一緒に。


アイツも、変わらない生活を送っているようだった。
街ではあいかわらず、日に数度、
黒服と一緒に歩いているところを目撃されている。
そして月に一度、オレの家に来て、
どれだけ誘っても家の中には入って来ないけれど、
いくつか、オレに質問をして、
そしてプレートを渡して、去って行く。

その、繰り返し。

あの夜以来、
アイツのことにオレはもう、口出しできなくなっていた。

何もできないと、もう、わかっていたから。


ただ、ふたつだけ、変化はあった。


ひとつめの変化は、オレだ。

オレは、アイツの顔を見て話すようになった。
顔を見て、
目をみて、話すようになった。

アイツの表情が、感情が少しだけ、わかるようになった。
もう、あの夜ほどにいろんな話をすることはなかったけれど、
それでも、
体調が悪そうだと思えば気遣うことはできたし、
風邪をひいているようであれば、しょうが湯を出すくらいのことは、できるようになった。


もうひとつの変化は、エレンだ。

あの夜から数ヶ月後の、学校に入る何ヶ月か前の夜。
エレンが、とうとう、気づいたのだ。
『A』が、深夜、うちの前に来ることがあると。
それを知ったエレンには、問いつめられた。
「問いつめられる」なんてことを、エレンからされるのは初めてだった。

けれどオレは、『A』がうちに来ているとは、認めなかった。
オレはもう、『A』を嫌ってなんかいなかったけれど、
その様子さえ、エレンには見せずにいた。

その様子を見せてしまったら。
うちに来ることがあると、認めてしまったら。

オレには、隠しとおせる自信がなかったから。
うまく、ウソの事情を並べ立てられる自信がなかったから、
だから、言わなかった。

これ以上みじめな想いをさせるなと、アイツは言った。
だからオレは、何も言わない。
相手がたとえ、エレンでも。



***************



そして、あの夜から、
季節がまた、ぐるりと、変わって。

それから、みっつめの変化が、訪れた。


オレは15歳になった。
エレンは9歳。
アイツは……12歳くらい、だろうか。

あの夜から、また、1年が経った。
オレたちがアイツに飼われる約束をしてからは、
もう、4年になる。


みっつめの変化をおこしたのは、エレンだった。

その日エレンは、
小さな小さな草を手にして帰って来た。
香草だ。
スープに入れたり、スパゲティに散らしたり、お茶に少しだけ混ぜることもできる。

アイツの庭でとれたものだと、エレンは言った。

そしてそれをオレに渡すと、言ったのだ。

「これ、渡してあげて」と。

どこで、とは言わなかった。
いつ、とも言わなかったし、
誰に、とも言わなかった。

「あのおにいちゃんは、お庭には来てくれないから」とは言っていたし、
そうでなくてももちろん、「誰に」なのかは、わかったけれど。

けれどそれ以外、エレンは、何も言わなかった。
何も聞かなかった。

「……」

エレンは、知らないだろう。
学校ではまだ、近年の歴史を習う学年ではないし、
たとえ習っても、
オレのように花街で、アイリからいろいろ聞いた訳ではないし、
オレたちが「飼われている」こともエレンは知らないから。
だからエレンにはわからないだろうし、
気づくことも、ないだろう。

それで、
こうして、自分から聞いてくることもしないのなら。
それなら。

……それなら、大丈夫なんじゃないかな。

オレはふと、そう思った。

ダメかもしれないけれど、
でも、もしかしたら。と。


エレンが、庭でつくった何かを持ってくるのは初めてだった。

痩せた土地だ。
日もあたらない。
雑草すら生えない。
生えているのは、痩せこけた、1本の木だけ。

何回か、オレもあの庭に行ったことはあったけれど、
ここで何かを育てるのは不可能なんじゃないかと、
そこに行くたびに、いつも、思った。

けれど。

けれどエレンは今日、
小さくて、なんだか貧相な香草だけれど、
ひとつ、
育て上げて、持って帰ってきた。


今日は、月のはじまり。
今夜は、アイツが来る夜だ。


今なら。

もしかしたら、大丈夫じゃないか。

だってエレンは何も聞かないし、
育つはずのないあの庭に、この草はたしかに、育ったのだから。
オレは、そう思った。

だから、
よっつめの変化は、オレが起こした。


オレはエレンに言う。
「エレン、今日、あのおにいちゃんが来るよ。」

その言葉を聞くなり、エレンが顔を明るくする。

オレが、それを言ったから。
“獣”でも“アイツ”でもない呼び方で、『A』のことを呼んだから。

「夜、すごい遅い時間なんだけどな。
 ……だからエレン、今夜は、夜更かしするか?」

する! するー!
エレンは笑顔で、即答だ。

まだ小さいコイツに夜更かしをすすめるなんて、
オレはダメな兄貴だな、と思う。

でも、まぁ、いいだろう。
月に一度くらい、そんな日があっても。

アイツは、オレと一緒に待ち構えるエレンを見て、どう思うだろうか。

驚くだろうな。

それから、
きっとまた嫌がるだろうけれど、
今日は、今日こそは、
アイツをうちに、あげてやろう。

だってせっかく、エレンが香草を持ってきたんだ。
エレンが育てた、
アイツの庭で、育ったモノが。

アイツは律儀にも、決して、庭には行かないから。

だから今日はこいつで、
あったかいスープをつくって、待っていよう。

そして、
エレンと、アイツと、3人で。
うちの小さなテーブルを囲むんだ。

断られるかもしれないけれど、
そこはエレンにも協力させて、
今日こそは、
なんとしても、アイツをうちにあげてやるんだ。

外はまだ、寒いから。

今日も風がふいて、
きっと外では、寒いから。

風が吹いても揺れないように、
部屋の中でランプを灯して、
エレンと2人で、アイツを待つんだ。

それで3人で、あったかいスープを飲んで。

あいつの身体を、あたためてやるんだ。

少しでも。

またひとり、
風の中を帰って行くアイツの道が、

すこしでも、
ほんのすこしでも、
あたたかいものになるように。



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comment

no title

  1. 2010/04/16(金) 18:26:16 |
  2. URL |
  3. リュ~ク
  4. [ 編集 ]
読ませていただきました☆

一人称の語りのはずなのに、『A』の心情まで伝わってくるようで
それでいて、細かい表情の描写がないのに、登場人物の表情が鮮明に思い浮かびました

やっぱり、自分の作品が頭の中ではっきりとあるからなんですかね



続きを楽しみにしてます.゚+.(´∀`*).+

Re: no title

  1. 2010/04/17(土) 01:04:54 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> リュ~クさん

コメント、ありがとうございます*^^*

>登場人物の表情が鮮明に思い浮かびました
…これ、とても嬉しいです!!
書いている間は、なんだか一種のトランス状態みたいになっちゃってることが多くて(危)、
なんというか、頭の中のイメージとか、状況とか、セリフとか、そういうものに
私の文章がついていけていない、というか……。
あとから読み返して、ちゃんと伝わる文章をかけているか、不安になることが多いのです。
今回もそうでした。
(でも、頭でキッチリ考えた文章のほうがヒドイ場合が多いのが悲しい)
ありがとうございます*^^*

もうすぐ、『Z』の旅は幕を閉じます。
どうかあと、もうちょっと、見守ってやっていただけると嬉しいです*><*

コメント、ありがとうございました☆

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  1. 2010/04/17(土) 19:25:08 |
  2. |
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このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: no title

  1. 2010/04/17(土) 21:35:11 |
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  3. [ 編集 ]
> (匿名)さま

コメントありがとうございます*^^*
本当に……楽しみですっ☆
感想も、とてもとても、嬉しいです!!
もうすぐ、とは言っても、予定を組んで仕事をするのが苦手な私は、月末はほとんど更新ができなくなるので、時間的にはまだ、かかりそうです^^;
アルファベットたちをどうか、見守ってやってください*><*
コメントありがとうございました☆

no title

  1. 2010/04/18(日) 18:42:49 |
  2. URL |
  3. びたみん
  4. [ 編集 ]
こんにちは!
あああああああA大好きっ大好きすぎます。
どうかAが幸せになりますように。
あったかいスープを飲む三人に私も加わりたi(ry げふんげふん。

春さんの表現力は本当にすごいですね。物語に引き込まれて、しばらく帰ってきたくなくなります←
続きをとても楽しみにしています!^∀^

Re: no title

  1. 2010/04/18(日) 20:06:15 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> びたみんさん

わぁぁぁぁっびたみんさんだ!!
こんにちは!!コメントありがとうございます*^^*
あ、一緒に飲んで行きますか?
ちょうどカップがいっこ、余っていますよ♪

『A』はまだまだ、孤軍奮闘、という感じなので、
『A』を好きだ、と言っていただけて、すごく嬉しいです☆
もう……いろいろどうしようかと。

コメント、ありがとうございました☆
またぜひ、いらしてください*^^*
(あ、私は頻繁に行かせていただきますので!!)

no title

  1. 2010/04/18(日) 22:13:28 |
  2. URL |
  3. tama
  4. [ 編集 ]
こんばんは!

相変わらず素敵な文章に引き込まれました。
Aの強がりやもろさが非常に切ないです。
切なくてツボです。

Aの心が兄妹との交流でちょっとでも解れていくといいなぁ
スープ飲んで暖まって欲しいなぁ
と、かなり感情移入してしまいました。

続きを楽しみにしております!

Re: no title

  1. 2010/04/18(日) 23:28:09 |
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  3. [ 編集 ]
> tamaさん

tamaさんだぁ!!こんばんはっ*^^*
コメントありがとうございます☆
ちょっとズレたレスになってしまうかもしれませんが、
『A』の心が“解れる”って表現が、私のツボでした^^

『Z』の旅は距離ですが、
『A』の場合は、いろいろ、時間がかかるんだろうなぁと思います。

続きもお楽しみに☆ ……ってちゃんと言えるように、がんばります^^;
コメントありがとうございました♪♪

no title

  1. 2010/04/19(月) 21:30:50 |
  2. URL |
  3. 遠野秀一
  4. [ 編集 ]
子供はこうして成長していくんですね。
成長することで真実を知ったアランお兄ちゃん。
でも、まだまだAの心情を汲み取れるほどに成長していない。
大人になりたいけど、なれない微妙な年頃ですね。

でも、アランお兄ちゃんは成長してます。
今度はAが変わらないといけない番ですね。

続き、楽しみにしてますwww

Re: no title

  1. 2010/04/19(月) 21:35:33 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> 遠野さん

コメントありがとうございます*^^*

> 子供はこうして成長していくんですね。
ですね。
うちの子たちの成長は、かなりの荒療治だったりしてますがww
そして、そうですね、微妙なお年頃です。
リアル世界で言うと、中学生です。
ほんっとにもう^^;

『A』にも、そうですねー
どうしてもらおうかしら。

コメントありがとうございました☆
月末に向けてちょっと頻度落ちますが、がんばりますー☆

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