旅の空でいつか

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笑顔の町 /Z

  1. 2010/04/10(土) 01:32:16|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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  4. | コメント:4

※作品一覧はコチラです



「あのさ、この町で今日は休んで行ってもいいかな。」

まだ、昼前の時間。
少し緊張した面持ちで『Z』がそう言った。
どことなく、顔色も悪いように見える。

私たちが一緒にいるようになってから、1ヶ月が経とうとしていた。

「もちろん、それはいいけど……めずらしいね?」

吹きだまり。
冬の要塞。
そう呼ばれる2つの街をめざして、私たちは進んでいる。

目指す場所がわかってから私たちは、
当然、その日に進めるだけ進んで、
「急ぎ足」に近いペースで、そこに向かっていた。

このままこの町を通り過ぎれば、
おそらく今日の夜には、また次の町に辿り着ける。
……そんな状況だったから、
こんな時間に、今日はここで休もう、と『Z』が口に出してくるのは
とても、めずらしいことだった。

「なんかあった? っていうか顔色悪いし。風邪?」

『Z』は、言葉を探している。

私は黙って、
ウルフはゆるやかにしっぽを振って、
『Z』の言葉が紡がれるのを待つ。


「__今日はさ、満月だから。」
「?」

私たちが初めて出会った夜はそう言えば、
あと数日で満月になる、そんな夜だっただったなぁと、
なんとなく、私は思い出す。


***************



__満月の日か、それか、その前後の数日のうちに、
__ぼく、いっつも体調を崩しちゃうんだ。
__夢見も悪くなる。

頭痛とか、腹痛とか、腰痛とか。
熱っぽくなったり、だるくなったり、吐き気がしたり。

私は、目の前に“クモの巣”の看板を下げた小さな食堂を見つけて、
その看板に少し目をやりながら、『Z』の言葉を聞いている。

『Z』は、それがさも当たり前のことかのように言った。

実際、『Z』には当たり前のことなようだった。
11歳のころから、つまり、今から5年ほど前から、
満月の夜が近づくたびに『Z』の身体は、そんな風になるらしいのだ。

私たちが出会ったあの山の中でも、
雨に濡れての発熱のせいだけでなく、
満月が近いこともあって、動けなくなってしまっていたらしい。

「ぼくの身体、なんか、月の動きに左右されるみたいでさ。」


月。

(……私じゃん)

私の名前の意味を伝えた時に、頼もしい、と言っていた『Z』の声を思い出す。
あの夜は、空に浮かぶ月の姿は見えなかった。


昼前から宿屋を探しながら、
私は『Z』を、少しだけにらんで言う。

「他にはもうない?」
「え? 何が?」

決して手をつけない、お金のこと。
……これは、まぁいいとして。
左目を失っていること。
右目も、もうすぐ見えなくなること。

最初から知っていれば、
早くから知っていれば、
いや、どうせ何もできないのだけれど、でも、
もっといろいろ、何か、思いやることはできた気がする。

「他にはさ、どっか身体よくないとか、調子悪いとか、
 なんかそういうことはない?」

『Z』は、あぁ、と苦笑して言う。

目のことを黙っていて、
それで逆に私をひどく落ち込ませたことを、
『Z』は『Z』なりに反省しているようだった。

「うん、もう、ないと思う。大丈夫だよ。」

(“思う”ってなによ)
それを聞いて私は、ため息をつきたい気分になる。
だって、
『Z』の「大丈夫」は、あまりアテにならないから。

「……『Z』が大丈夫って言うんなら、いいんだけどさ。」


時々私は、『Z』の「大丈夫」を、
不安に思うことがある。

「大丈夫」というのは、誰か他の人に言われるためにある言葉だ。
もしくは、「もうダメだ」と思った時、自分で自分に言い聞かせるためにある言葉。

『Z』は、「大丈夫」という言葉を、わりと頻繁に使う。
たぶん多くは、後者の意味で。

ほら今だって、
『Z』の顔色はどんどん悪くなっていってる。
はやく宿屋で休ませたい。

隣でそんな姿を見ていたら、「あぁ、大丈夫だな」なんて
安心できるわけがない。

ただ、私は、その言葉を言い聞かせることで
「本当に大丈夫になる」ことが多いのも、知っている。

だから、いいのだけれど。


あ、宿屋発見。
『Z』がそう言って進んで行く。

後に続きながら私は、“クモの巣”の看板の食堂のことを考える。

(まぁ……ちょうどいいと言えばちょうどいい、よね。)

“クモの巣”の食堂は、小さいながらも、
国中のいろいろなところに店を出している。
安くて、誰でも気軽に入れるお店として人気があって、
それで、どんどんとお店の数を増やして行った。

と、そんな風に言われている。

(一応、行ってみようかな。)

体調を崩している『Z』には、悪いけれど、内緒で。

そう決めて、私たちは宿屋のドアを開いた。



***************



部屋につくなり、『Z』はベッドに寝転がる。
うー……と、小さく唸っている。

その枕元に水差しを置いてやって、私は昼食はどうするかを尋ねるけれど、
「今はちょっと、無理かも」と
『Z』からはそんな答えが返ってくる。

「……じゃあ私、お昼ご飯食べてくるから。『Z』はちゃんと休んでてね?」

ベッドにうつぶせたまま、顔だけ私に向けて、ひらひらと手が振られる。
それから小さく、「いってらっしゃい」の声。

……申し訳ないけれど、ちょうどいい。

ウルフが、自分はどうしようか? といった表情で私を見つめる。

「ウルフは、『Z』についててあげて。
 何か食べられるもの、2人の分も買ってくるよ。」

少しだけ、
「本当にそれでいいの?」といった表情で、ウルフは私を見つめ続けるけれど、
いいの。大丈夫。
私がそんな風に見つめ返せば、ウルフはしっぽを1振りする。

了解、の合図。

よかった。
体調の悪い『Z』一人を置いて行くのは、少し、心配だから。

「じゃあ、行って来るね。ウルフ、後はよろしくね!」

一声だけ吠えるウルフ。
大丈夫だってば、といつもなら聞こえてきそうな声が聞けないのは、
『Z』がそれだけ弱っている証拠だ。

あまり音を出してしまうと、頭痛にさわるかもしれないから、
私は静かに、ドアを閉める。



***************



宿屋の時とは対照的に、
「すみませーん、おジャマします!」
私は元気に、“クモの巣”看板の食堂のドアを開けた。
いらっしゃい!
中からも、元気な声が聴こえてくる。

カウンター席について私は、オレンジジュースを1杯と、
渡されたメニューの中で一番高い、
ひとつだけ、ケタの違う値段のものとをオーダーする。
オーダーを聞いた店員は、メニューの復唱をすると
笑顔で奥に下がって行った。


店内を見回すと、
昼時の混んだ時間なだけはあって、
若い女性の2人組だったり、
おじいちゃんとお孫さんらしいペアがいたりと、
店内は明るい雰囲気にあふれている。
店員も、客の会話のジャマに鳴らない程度に明るい声を張り上げて
笑顔を絶やさない。
さっき、店の奥から皿を落とす音が聞こえたから、
割れてはいないようだったけれど、
きっと新しく入った店員が何か、失敗したのだろう。

窓から差し込む光が、明るい。
店内は、ぽかぽかしている。

いろんなところから、
いろんな笑い声が聴こえてくる。

そんな店内の様子を見渡しながら、私は思う。
そう言えば、一人で食事をするなんてこと、
随分久しぶりだな。


「お待たせいたしました」

若い女性の店員が、カウンターの奥からメニューを運んでくる。
オレンジジュース。
それから、ひとつだけ、ケタの違う値段の料理。
大したことのない、温野菜のサラダだ。

ごゆっくりどうぞ。
笑顔で去って行く女性の店員さんに、
料理には一口も手をつけないうちに私は、声をかける。

「ねぇ、店員さん。」

いかがいたしましたか。
言って戻ってくる女性に向けて、私はささやく。

「<“クモの巣”を見つけた>の。」

店員の女性は、造り笑顔を崩さずに言う。

「<それは、どちらで?>」

「<口に運んだ瞬間に、喉がつまりそうだった。>」


店員さんは、笑顔で、
「ただいま店長に確認して参りますので、少々お待ちください」
そう言う。

目の前の、
まだ、一口も手をつけていない温野菜のサラダを見て、お腹がなりそうになる。

あぁ、美味しそうだ。
お腹すいたなぁ。

けれどまだ、それに手をつけるわけにはいかないから、
私はジュースを、一息に飲み干す。

「お待たせいたしました、こちらへお越し下さい。」

先ほどの店員が、ジュースを飲み干した私に声をかけてきた。
その手が示すのは、“STAFF ONLY”と書かれた、そのドアの先。

空になったグラスを置いて、皿だけ持った私は、
そのドアをくぐった。



***************



「あら、ずいぶん小さなお嬢さんじゃない。」
驚いたわね。
部屋に入るなり、
正面の、少し大きめの机に座った女性から、そう言われる。

30歳くらい、だろうか。
長くウエーブのかかった髪を後ろでひとつにまとめて、
動きやすそうなスカートをはいている。
店長というよりは、店員として、
店に出ていても不思議じゃない。
取り立てて特徴のない顔つきだ。

「もう14です。」

子ども扱いしないでよね。
そう言いたくてこたえるけれど、「まだ14歳、でしょ」とあっさり返される。
少しだけムッとするけれど、
また反論を返すのも、それはそれで子どもっぽい気がして、黙っておく。

そんな私の様子を見て、正面の女性は「ごめんごめん」と言いながら、笑っている。

「だってさ、コンナトコ利用する人って言ったら普段はさ、
 若くても30近くの男の人とか、それ以上の年の人が多いわけよ。」

コンナトコ。
……『情報屋』。

“クモの巣”の看板を下げた、小さな食堂。
安くて、誰でも気軽に入れるお店として人気で、だから国中に店舗がある。
そう、言われている食堂。

けれど実際に扱っている商品は、食べ物だけではない。
個人では、なかなか手に入れることの出来ない、『情報』。
それをこの店が売ってくれるのだ、と知っている人にのみ、それは販売される。

少しでも後ろぐらい職業についたことのある人たちの中では、有名な話だ。
店舗が国中にあるのは、
料理が人気だからではなくて、
ここの『情報』が正確で、量が豊富で、質も高いと、
多くの「後ろ暗い職業の人」たちに認められているからだ。

カウンター席に座ること。
一番高いメニューを頼むこと。
キーワードは、「“クモの巣”を見つけた」。
そして、聞いた情報が、この店によるものだとは絶対に他言しないと、
自分と、自分に連なる人間の命をかけて、誓うこと。
誓いの言葉は「口に運んだ瞬間に、喉がつまりそうだった」。
__これが、情報を買うための条件だ。


可愛らしいお客さんで嬉しいわ。
女性は、そうも言って、にっこりと笑う。

「……で。何が訊きたいの?」

「9年前に一斉摘発された、人身売買組織のことを。」

数回うなずいて。
OK。
女性が一声こたえて、それを合図に、ドアが閉められる。

まぁお座りなさい。
優しく促されて、私はソファに腰掛ける。
女性が手早く、紅茶を入れてくれる。

鳴りそうなお腹を堪えていると、
「あぁ、その料理ももう食べちゃっていいからね。
 冷めちゃうのももったいないし。」
お腹がもうペコペコなことに、あっさりと気づかれて、
食事まで促される。

もちろん私は、遠慮なく食べる。

そんな私の様子を眺めて紅茶をすすりながら、女性がたずねてきた。

「9年前の事件なんて、どうして今さら調べているのかしら?」

行儀が悪い、とわかっていながらも、
食べ物を口に含んだままで、私はこたえる。

「情報を買いに来たのは私です。その質問には答えません。」

情報を調べる、ということは、
「自分たちが調べている」という情報を、残すことだ。

そこにどんな危険があるかわからない以上、
誰から、どこからどうソレが知られるかわからない以上、
自分の口からだけでも、流れる情報の量は減らしておきたかった。

私の考えを理解しているのだろう女性は、
「ずいぶんしっかりしたお嬢さんね」と呟いてから、答える。

「9年前のことを、どうして今さら、調べているのか。
 それによって、渡すのに適切な情報が変わってくるのよ。
 あなたから聞いたことは、他言しない。約束するから、この質問にくらいは答えなさい。」

笑顔で、けれどぴしゃりと言われてしまう。

情報屋が「他言しない」と言った以上、その約束は、絶対だ。
逆に言えば、
その約束をしない限り、
自分の会話の内容は全て、他の客に「商品」として売られる可能性がある、ということを示しているのだけれど。

けれど今この女性は、約束をした。

だから、私は答える。

「9年前の子どもの生き残りと、今、私は一緒に旅をしています。
 そして私たちは、9年前、組織が摘発されるよりも前に買われて行った
 子どものうちの一人を、探しています。」

少しだけ、女性は驚いた顔をする。

「……生き残った子が、まさか、そんな自傷行為みたいなことするなんて思わなかったわ。」

私はうつむく。
女性の言いたいことは、わかる。

『Z』にとっては、とらわれていた子どもたちにとっては、
それは間違いなく、消したい過去だ。
二度と、触れることすらしたくないだろう過去。

そこに自ら足を踏み入れていこうだなんて、
たしかに、普通じゃない。

「つまりじゃあ、知りたいのは、その子の行き先ってことね?」

この問いには、私は首を横に振る。

「私たちが探しているのは、とても特徴的な子どもでした。
 だから、たぶん、その子がどこにいるのかの目星はもう、ついているんです。」

じゃあ、一体何を聞きたいわけ?
女性は不思議そうな顔になる。

うつむいたまま、私は答える。

「私、あの……その事件のこと、本当に少ししか、知らなくて。」

ただ、ただ知りたくて。


『Z』は、そして『A』は、どんなところにとらわれていた?
どれくらいの間?
そこでどんなことが、どんな風に行われていた?

私はそれが、知りたい。
知っても知らなくても、私が『Z』に出来ることなんて、どうせたかが知れていて、
出来ないことだらけで、
何がどう、変わるわけでもない。

でも、少しでも何か、あるかもしれない。
なくても、
少しでも、ほんの少しでも、『Z』と共有できる想いくらいは、増えるかもしれない。

知りたい。

でも、『Z』にそれを直接たずねる、ということを、
私はずっと、できないでいた。


「あぁ、あなた、その子のこと相当、気に入っているのね。」

うなずく。

「すごく、大切に想っています。」

まだ、知り合ってちょっとしかしていないけれど。

大切だ。
すごく。

だって最近、『Z』のことを想うたびに、
『Z』の笑顔や優しさに触れるたびに、痛みに触れるたびに、
涙が出そうになる。

笑顔が取り柄の私だから、
そんな時にこそ笑える私だから、
もちろん、私は笑顔で『Z』に向かい合うのだけれど。

最近は『Z』には「怒りっぽい」って言われることの方が多い気もするけれど、
『Z』に怒れるのも、怒るのも、たぶん私の取り柄だから、
それもそれで、いいんだけれど。

でも。
想うと、泣きたくなるから。

もどかしくて。


ずっとうつむいたままの私の気持ちなんて、
たぶん、この目の前の女性にはお見通しなんだろうな。


お見通しの女性は、答えた。

「……だったら、私から言えることはあまりないわね。」

「え……」

それはどういうこと?
聞きたくて顔をあげると、女性は答えた。

「私から言えることは、3つだけ。」

紅茶のカップを静かに置いて、
まっすぐに私の目を見て、女性は喋り始める。

「9年前に摘発された人身売買組織はね、3歳から4歳くらいのキレイな男の子を攫って来て、
 10歳にもならないくらいの、少年を好む大人の男に売りつける。
 そんな特徴を持った組織だった。」

攫って来ることで、子どもからまず、「家族」を奪い。
それからさらに、3年から4年かけて
「名前」を奪い、
「言葉」を奪い、
徹底的に、継続的に痛めつけることで「反抗したり主張したりする気持ち」を奪う。
そして、商品として出せるくらいの6歳以上の年齢になれば、
値段をつけることで
「人間らしさ」を奪う。

売られたその先に待つのは、
おそらくもう、「道具」としての日々。


__考えて、吐き気がした。


他人の性癖に、そういった性癖を持つこと自体に文句をつけるつもりはない。
けれど、
幼い命から、人生を奪うことで快楽を手に入れようと、
そんなことがまかり通っている。
その事実に、吐きそうになる。

女の子として生まれた『Z』が、なぜその組織にいたのかは、ハッキリとはわからない。
おそらく、間違われたのだろうとは、予想できる。
3~4歳の子どもの性別なんて、
見ただけではハッキリわからないことだって、よくあることだ。
せいぜい服の色とか、髪の毛の長さとか。
判断の基準なんて、そんなものしかないのだから。

(……)

幼い、今とは違って小さな小さな身体の『Z』の姿を想像して、
『Z』につけられた身体中の傷跡を思い出して、
吐き気が増した。

だって、
今にも声が、悲鳴が、
聞こえてきそうな気がして。

気持ちが悪い。


「……2つ目。一斉摘発に至った決め手は、組織員からの密告。
 元々あの時は、取り締まりが厳しくて、客の数も減っていたし、
 ちょこちょこと逮捕される組織員もいたらしいんだけどね。決め手はなかなか掴めなかった。
 そんな警衛士のもとに、ある日突然、なぜか、自首して密告した組織員がいたの。」

吐き気を堪えながら、考える。

密告。
おそらく、命がけだったはずだ。

そもそも「組織」というものは、「裏切り」を最大の罪とする。
しかも、人身売買組織と言えば、
想像もできないほどに大きく、途方もないほどに深い根をはった組織だ。

それが、どうして命がけで、密告をした?

(その人……どんな人なんだろう……)


「そして、3つ目。その、密告をした、組織員。
 1年前に釈放されて、ここから半日、西に向かったところにある小さな村に、今、一人で住んでるわ。」

「え……」

ここから半日?
たったの?


ふふ、と小さく笑って、女性は言う。

「詳しい話を訊きたいなら、その彼のところに行きなさい。
 もし、大事な大事なあなたのおツレさんと、その彼とを鉢合わせさせたくないなら、
 西側の道を進むのは避けることね。」

半日。
それなら私一人でも、行って、帰ってこられる距離だ。


「それからコレは、大サービスで、人生の先輩としてのアドバイス。」

貴重だから心して聞きなさい。
そう女性が言うから、私は背筋をのばして、女性にしっかりと向かい合う。

「知りたい気持ちは、わかる。
 でもね、考えて。
 あなたが大切に想う子は、そのことをもし知られるのなら、
 他人ではなく、自分の口から話したい、と、想っているかもしれないわよ。」

「それは……」

そうかもしれない。
しかも、相手は『Z』だ。
もし、私が他人からそれを聞いたと知ったら。

きっと、ひどく、悲しむだろう。
けれどきっと、それでも、
「大丈夫だよ」と言って、「気にしてないから」と言って、微笑むのだろう。
あの、お得意の、やわらかい笑顔で。

「……」

もし、そんなことになったら。
それこそ、私には耐えられない。

考えて、私は唇を噛み締める。

私、『Z』に内緒でこんなところに来て、
こそこそと。
何をしようとしていた?
『Z』本人に、気持ちをたしかめることすらもせずに。

(私、バカだ。)

うつむいたまま、何も話すことのできない私に、
女性は、あたらしく、暖かい紅茶を入れてくれた。

手の中に渡されたカップを眺めながら、
それでも私は、自問していた。

でも、じゃあ。
私は『Z』に、訊けるだろうか。

気になるよ。
訊きたいよ。
でも。

(できるかどうか、……ちょっとわかんないな。)

むしろ、できない可能性の方が高そうだ。

本人にそれを、本当に尋ねてもいいのかどうか。
だってその問いにすら、私自身の中で、答えを出すことができないでいるのだから。

温かい紅茶を一口飲んで、
私は小さく、ため息をこぼした。

だってそうしないと、涙がこぼれそうだったから。



***************



「もし、その村に行きたくなったら、もう一度私のところに来なさい。」
去り際に、情報料を渡す私に向かって、
女性はそう言った。
どうしてだかわからない、自信に満ちた顔つきをしている。

……たぶんもう、来ることはないだろう。
だって『Z』に内緒でそこに行くなんて選択は、
私の中からはもう、消えていたから。
そして、でもだからって『Z』にそのことを伝えられる気だって、全くなかったから。

だから、『Z』には、何も言わない。
その村にも、行かない。
私は、そう考えていた。


“クモの巣”の食堂で、
ウルフと、体調の悪い『Z』でも食べられそうな軽食を持ち帰り用に買って包んでもらって、
正午をもう1~2時間過ぎただろう町中を、
私は一人、歩いていた。

2人のために買った料理たちが、腕の中で温かい。
それを感じながら、ひとつ、深呼吸をして。

私は心の中でもう一度、繰り返す。

(『Z』には、何も言わない。その村にも、行かない。)

そう決めて、
私は宿へと、足を速めた。

『Z』はちゃんと、休めているかな?
ウルフが私を探しに来ないってことは、大丈夫なんだろうけど。
あぁ、ウルフはお腹をすかせて待ってるだろうな。

(はやく、2人のところに帰らなきゃ。)


__けれどこの時の私の決意は、
そう時間をおかずに、崩れることになる。



***************



その日の夜中。

私は、ひどく緊張して、目を覚ました。
ウルフがすぐに、私の足元にやってくる。

声が聞こえる。
低く、うめく声。
この声は。

「……『Z』?」

間違いない。『Z』の声だ。

ひどく苦しそうだ。
その声はかすれている。

私はベッドから飛び起きて、『Z』のベッドの元へ向かう。

「『Z』、大丈夫? ねぇ…『Z』? 『Z』?」

呼びかける。
小さく肩を、揺らしてみる。

けれど『Z』は、おそらく悪夢にうなされたまま、目覚めない。

あ…とか、
うぅ…とか、
かすれた声でうめいて、喉の乾燥のせいか、時々むせている。

ウルフが水差しをとってくれる。
受け取った私は、ゆっくりとそれを、唇にむけて傾けてやって、
ともかくは、『Z』の喉をしめらせてやる。

水分を取り戻した『Z』は、
そのせいで、ますますハッキリと、うめき声をあげ始めた。

あまりに苦しそうで、私は、『Z』に呼びかける。
だって、さすがにこれは、尋常ではない。

初めて出会ったあの山小屋で、うなされていた『Z』の姿を思い出す。

そう、あの時も、『Z』はひどく、うなされていた。
けれど、今夜ほどにはひどくなかったはずだ。

(あの時は…あぁ、風邪で、熱を出していたから?)

風邪をひいて熱を出して、体力を奪われていたから。
だから、こんなにもうなされるだけの、うめくだけの体力がなかったから、
今よりもマシだったのだろうか?

それじゃあ。
それ以外の毎月、『Z』はいつも、こんなにもうなされているのだろうか。

どうして?
何の夢を、どんな夢を見ているのだろうか?

__そこまで考えて思いついたのは、もちろん、ひとつで。

9年前の。
その場所の夢を、その時の夢を、見ているのではないだろうか。

だって、それ以外に、何があるというのか。


このまま寝かせておく訳にはいかない。
そう思って、私は肩を揺すって、呼びかける。
ウルフは、ベッドから落ちてはみ出している
『Z』の袖口をくわえて引っ張って、腕を揺する。


「起きて、『Z』…。『Z』、『Z』!」


『Z』。
私は、そう、呼びかける。

くやしい。
くやしい。

だって、こんなにも『Z』が、つらそうなのに。

私は『Z』を、名前で呼ぶことができない。

『Z』は、『A』に会うまでは、『Z』という記号をまとう、と決めているから。
だから私は、『Z』の名前をまだ、知らない。

名前さえ知らない。
名前を呼ぶことすら、できない。


うなされて、うめくばかりだった『Z』の口が、
少しだけ、変わった動きをみせた。

(……何か、喋ってる?)

それはひどく、小さい声だ。
だから私は、『Z』の口に耳を近づける。


「……て」

「?」

「もう、   。」

「……!」


聞き取って私は、
動けなくなる。


だって今。
何と言った?



__殺して。



『Z』は今、たしかに、言った。

そんな言葉を。


『Z』のうわごとは、まだ、続いている。


イヤだ。
怖い。
痛い。
許して。
助けて。
助けて。


私は、思い出す。

ゆっくりとした時間の中の、
日だまりの中の、
あたたかい、やさしい、やわらかい、
『Z』の笑顔。

それが今は、どうだ。

どうして、
どうしてあんなにやわらかい笑顔をつくれる人間の口から、
こんな言葉を聞かなきゃいけないんだろう。

どうしてあんなに、
あたたかい、
やさしい、
やわらかい、笑顔を。


「……『Z』。」

名前を呼ぶことすらできない私は、
『Z』の、少し汗ばんだ前髪を掻き揚げて
その額に小さくキスを送ると、
手を握って、言った。

「『Z』。……大丈夫。大丈夫だよ。」

大丈夫だよ。
大丈夫。

名前すら呼べない私には、だって、
他にかけてあげることのできる言葉が、なかったから。

「大丈夫だよ。」

それは、願いだ。
どうか『Z』が、“大丈夫”であるように。

どうか。


また乾燥してきたらしい『Z』の喉をしめらせてやって、
しっかりと、手を握って。
私はただ、「大丈夫だから」と、繰り返すだけだ。

私には、それしかできない。


でも、だから。
私は思う。


私には、これくらいしか出来ない。
だってこれは、『Z』の抱えるものだから。

でも。
『Z』なら。

『Z』自身なら、もっとできることが、あるのではないだろうか。
『Z』なら。
自分自身なら。


1年前に釈放されたという、
元組織員の男。

その男に会って。

何を、どうできるのかはわからないけれど
でも、その男に会って、
少しでも、何か「決着」をつけることができれば。

こんな風に、
「夢」なんてカタチのないものに、
こんなにも苦しめられることは、なくなるのではないだろうか。


私は、情報屋の女性の姿を思い出していた。
もう、あの女性の元に行くことはないだろうと、思っていたのに。

けれどあの女性の、自信に満ちた表情。
もう一度、私のところに来なさい、と言ったときの。

(お見通し、なのかな……。)


無理強いをするつもりは、ない。
少しでもイヤそうな顔をするなら、連れて行かない。
だって私は今でも、本当は、
できることなら、
『Z』を連れて行きたくなんかない。

『Z』を何年も捕らえて、
『Z』を傷つけて、
『Z』から奪って、
今でも『Z』を、こんなにも苦しめている、
そんな組織に所属していた人間なのだ。

命がけの密告だっただろう。
何か事情があったのか、正義感のようなものなのか、罪悪感なのか、
その理由はわからない。

その人間は、命をかけた。
それで、そのおかげで『Z』は、今、ここにいる。

でもそれでも、
やっぱりその人間も、『Z』を苦しめた人間たちのうちの1人、なのだ。

会わせたいわけがない。

……でも。


「大丈夫だよ、『Z』。」

だって私には、こうやって、声をかけることしかできないから。
『Z』を助けられる人間は、
『Z』自身しか、いないのだから。


(明日、話してみよう。ちゃんと。)

そう決めて私は、『Z』の手をもう一度、
強く握りしめた。



***************



「ユエ?」

呼ばれて、私は目を開けた。

カーテンは閉まったままだったけれど、
その隙間から、光が差し込んでくる。


__朝だ。


「……心配かけちゃったんだよね、きっと。この状況。」

ごめんね。
言って、苦笑しながら『Z』は、
しっかりと握って離さない、繋がれた私たちの手を、あげてみせた。

ごめんね。
でも、ありがとね。


朝日が『Z』を照らして、
少しだけまぶしそうにする『Z』の顔は、
やっぱりあの、
あたたかい、やさしい、やわらかい笑顔で。



___殺して。



笑顔に緩みそうだった私の気持ちを、
昨夜の『Z』の声が、冷やした。


つくり笑顔ではなくて、
こんな風に笑える人に。
こんな笑顔の人に。
もう、あんな言葉を言わせたくない。

だから。


「あのね、『Z』。」

名前も呼べない私は、
だから、私の最大の武器でもある“笑顔”を、顔いっぱいに浮かべて、
言うのだ。

「私、『Z』に言いたいことがあるんだ」

笑顔で。

「聞いてくれる?」


……『Z』は、怒るかな。
それならいい。
……悲しむかな。
それは、イヤだな。

グラスに2人分、水差しから水を注いで、
片方は、『Z』に渡して。

私は、話そう。


最近、思っていたこと。
昨日、何をしようとしたのか。
情報屋から、何をきいたのか。

そして、今私が『Z』に、
その密告者だった男に会ってみてはどうかと思っている、ということ。


ウルフが、私の足の上に頭を置いてくれたのがわかった。
私が、不安になったり緊張したりすると、
ウルフはこうして、頭をあずけてくれるのだ。

温かい。
温かくて、私はいつも少しだけ、安心することができる。



朝日がまぶしい。
いい天気だな。

私は、ちゃんと、笑えているだろうか。


そんなことを思いながら私は『Z』に、
話をはじめたのだった。



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comment

no title

  1. 2010/04/11(日) 03:06:33 |
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  3. [ 編集 ]
読ませていただきました!!
なんかすごく泣けました…

Zが満月の夜に苦しむ姿がもう本当に感情が入ってしまいます・・・
そしてユエの頑張りですね。
Zに心配はかけたくないし…でも助けてあげたい。
2人の気持ちが互いを思いすぎてなかなか上手くいかないときも
あるけれどすごく良い2人だなぁ。と思っています…っ!!

次回も楽しみにしていますね☆ミ
もう1つのお話も明日読ませていただきますね♪
楽しみにしていますwww

では…ポチッとさせていただきますっ!!
執筆頑張って下さいませ(^m^★)ノシ

Re: no title

  1. 2010/04/11(日) 09:36:25 |
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  3. [ 編集 ]
> 夢さん

コメントありがとうございます!
今回の話は、なんというか……
とても、難しかったです。
いつもならガガーっと指が動くのですが、
今回は、本当に、遅々としてすすまず……。

満足☆
とは、とてもとても言えませんが、
ひとつのカタチにできたこと、まずは少しだけ、ほっとしました。
もう少ししたら、
旅の終わりに向かって一直線
です。
もう少しだけ、お付き合いくださいね*^^*

ちなみにもう1つのお話(ガラスのブルース)は、
逆に本当に勢いだけで書いたものなので、別の意味でちょっと恥ずかしいですwww
(そして恐縮です……。)
どうぞ、よろしくお願いします*^^*

夢さん、コメントありがとうございました!!

no title

  1. 2010/04/11(日) 20:14:58 |
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  3. bater
  4. [ 編集 ]
はじめまして、baterと申します。
『アルファベットの旅人』シリーズ、ここまで読ませていただきました。
Zとユエとウルフのトリオがなんだか素敵で、好きです。
またZには仲間ができたけど、Aはまだ孤独の中にいるんだなと思うと切ないです。
辛い始まり方をした物語だから、ZとAが無事会えて、ハッピーエンドで終わればいいな、なんて思っています。

Re: no title

  1. 2010/04/12(月) 14:56:35 |
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  3. [ 編集 ]
> baterさま

コメントありがとうございます!
気づけば、けっこう話数の進んで来たシリーズ、ここまで読んでいただくまで、
かなりお時間かかったのでは…と思います。
未熟な文章をここまで読んで下さって、嬉しいです!!

トリオの旅もですね、クライマックス(と言えるほど盛り上げられる自信はないけれど…)まで、あとちょっとです。
見守っていただけると、嬉しいです*^^*

またどうぞ、いらして下さいね☆
コメントありがとうございました!

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