旅の空でいつか

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三文字の記憶_2 /Z ★絵祭り作品掲載★

  1. 2010/05/11(火) 01:13:31|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
←前編の『三文字の記憶_1 /Z』はコチラです
※作品一覧はコチラです


mother_bytounosan
私は教えてやる。
「奇跡なんて、そんなアテにならない言葉は使わないほうがいいわよ」と。
奇跡なんて、そんなものをアテにするより、今、自分がどれだけのことをやっているか。
それを考えた方が、絶対に結果はついてくる。

(「Touno's soliloquy painting」の遠野さまより、『“mother”』)

得祭りによる過去作品の掲載、本日がラストです!
今日も、4月3日にアップしたものです。昨日の続きですね☆
“father”→“mother”でした☆
過去作品の掲載は今日で終了。
絵祭りはまだ続きますが、
明日は、絵なしのお話になります……。
『冬の要塞』の続きです。よろしくお願いします!


本編は《続きを読む》からスタートです!
***************



私たちの「希望」は、
子どもは、
少しずつ、少しずつ、
「人間」に戻って行った。


けれどそんな変化の中でも子どもは、
やはり毎晩、うなされた。

夫は毎晩、私も出来る限り多くの夜を
子どもの側で過ごして、
子どもがうなされる度に、
声をからすほど叫ぶ度に、
涙で眠りから覚める度に、
伝え続けた。


大丈夫。
もう、大丈夫だよ。

伝え続けて、やっと子どもはまた、目を閉じるけれど、
そのころになっても私たちはまだ、

子どもを抱きしめることも、
子どもと言葉を交わすことも、できずにいた。



***************



大きな変化が訪れたのは、
秋が訪れる少し前の、嵐の、ある昼のことだった。

その日は、陽の差し込むこともなく、
強風に窓はガタガタと鳴って、
外からは耐えず、
雨が窓や壁を叩く音が、
風の強く吹く音が聞こえていた。

子どもは朝からふさぎがちで、
朝から一度も、ベッドから降りることができずにいた。

その日は、私も仕事が休みの日で、
だから、暖かいお茶を入れたり、甘いお菓子を焼いたりして、
一日中、夫と一緒に、子どもの側に付き添った。

今日は、子どもは、
どれだけ語りかけても、
私たちの姿に目を留めることはなかった。

ただ、じっと、
カーテンに遮られた窓の向こうを見つめているようだった。


そんな子どもの姿に、
次第に、私たちの会話も少なくなって。

ふと、会話が途切れた。
その時だった。


カーテンの向こう側が、一瞬、光りを帯びて。

その、まさに次の瞬間に、
カミナリが落ちた。



「っ!」

驚きに私たちは、息をのむ。

窓が、空気が、
ほんの少し、揺れた。


そして。



フッ。

電気が、消えた。


窓の外で、また、落雷の音が鳴り響く。

真っ暗闇だ。


(あ、しまった)


私たちが気づいた時には、もう、遅かった。


暗闇の訪れた瞬間、
子どもが、叫んだ。

停電が訪れたその一瞬に、
子どもは、初めてこの家を訪れたときのように、
泣き叫んで、暴れ始めた。

暗闇を恐れる、子ども。
昼間だからと、油断していた。

「あなた、ランプ付けて!」

私より、夫の方が速くその作業ができる。
そう判断して、私は声を上げる。

夫はイスをけり倒すようにして、ランプの元へ走る。
昼間のこの時間、
ランプは、別の階の納戸に置いてある。

私はただ、語りかけた。
ゆっくり、ゆっくりと。

__大丈夫。大丈夫だよ。

けれどこの声が、この子どもの元に届いているのかは、わからない。


内心は。
私も、とても、焦っていた。
焦っていたなんてものではない。
だって、すっかり油断してしまっていたのだから。

だから私は、自分にも言い聞かせるように、
ゆっくりと、語りかける。

__大丈夫。大丈夫。

けれど子どもは、
ただ、恐怖に心を占領されて、暴れている。

私の中の焦りが、どんどんとふくれあがる。
夫はまだ、納戸からは帰ってこない。


そして、大声で叫んでいた子どもは、

「あ」

その小さな舌を、噛みそうになって。


「……!」


だから私は咄嗟に、
子どもを抱きかかえて、自分の左肩に、子どもの顔を押し付けた。

瞬間に、痛みが走った。
音がして、
あ、噛み切られたな、ということがわかった。
左の肩口が濡れて行くのが、
子どもの唾液のせいなのか、私の血のせいなのかは、わからない。

子どもの口の力は、弱まらない。
私の腕の中で暴れる、おそらく10歳にも満たないだろう、小さな身体の力も。

けれど、
これで、子どもが舌を噛んでしまう危険はなくなった。

それがわかったから、
私は、落ち着きを取り戻していた。

肩は、ひどく痛んだけれど。

「大丈夫。大丈夫よ。」

もう、大丈夫。
今度は心から、そう、言葉にすることができた。


子どもは、どれくらいの間かわからないけれど、
しばらくは私の腕の中で暴れ続けて、
暴れて、暴れて、
けれど次第に、
身体の力を緩めていった。

腕の中で、私はそれを感じていた。

「大丈夫。大丈夫だからね。」

言いながら、背中をさすってやる。
子どもが力を緩めて行くにしたがって、
腕の中は、その重さを増して行く。


最初に病院で見たときは、
骨と皮しか残っていない、そんな身体だった。

けれど、そうか、
こんなに、「ちょっと重いな」って思えるくらい、
ちゃんと、取り戻していたんだね。

まだ、小さく震えている、
私の背中にまわされた手のひら。
あの時は、
骨の感触しかなくて、爪も何枚も剥がされていて。

けれど今は、やわらかい。

腕がだんだんと、疲れて来た。
けれど、これは、命の重みだ。

だから私は、すごく、嬉しい。

嬉しい気持ちのまま、
私は、子どもの背中を撫で続ける。

「大丈夫。もう、大丈夫だよ。」


子どもの震えが、やがて、止まって。

噛み付いて離さなかった顎が私の肩から離れると、
「ごめん! なかなか見つからなくて……!」
ランプを持って、走って来た夫が部屋に入って来た。

小さな灯りに照らされて、
子どもは、自分を抱きかかえる私の顔をたしかに、見つめて、
それからランプを持った夫に顔を向けて、
「あっ、ちょっとなんで抱っことかしてるの!」
ズルいよ!
そう、言い出した夫の言葉を聞いて、

そのまま私の腕の中で、眠ってしまった。


さすがに腕がもうもたなくて、
私は子どもをベッドにおろす。
そこまでして初めて、夫は私の肩の傷に気づいて声をあげる。

子どもの肩に布団をかけてやって、
それでやっと私は、自分の肩の痛みに顔をしかめる。

大丈夫?
羨ましい!
あぁでも、大丈夫?

そんな言葉を、
子どもが眠ってしまったから小声で繰り返す夫に、
私は、自慢の笑みを浮かべてやる。


だって、初めて。
やっと。
私は、
子どもをこの腕に抱くことができた。

私の自慢げな笑顔に、ちょっとむっとした顔の夫に抱きついて、
私は、少しだけ泣いた。

あったかかった。
重かった。
背中にまわされた手が私につけただろう爪痕も、
噛み付いた顎のせいで感じた強い痛みも、
どれも、どれも、嬉しかった。
嬉しくて、涙が出た。

夫は、
「あぁあ、やっぱりいいなぁぁぁ」
なんて言いながら、
しっかり、私を抱きしめ返してくれるのだ。



***************



大きな変化は、さらに続いた。

あの、落雷の嵐の日から数週間経ったある日の朝、
一緒に座っていた朝食のテーブルで、
目の前のパンケーキを齧っていた子どもは、

「……おいしい。」

初めて、声を出した。


最初は、私も夫も、
目の前の子どもが出した声なのかどうか、わからなかった。

だって、私たちが聞いたことのあるこの子どもの声は、
いつもうなされていたり、
泣き叫んでいたり、
そのせいでかすれていたり、
そんなものばかりだったから。

だから、この小さな可愛らしい声を、
なかなか信じることができなかったのだ。

だから、その言葉を聞いた瞬間は、
私も夫も、何も反応できなくて、
一瞬の沈黙が、流れた。

けれどもちろん次の瞬間に、
私も夫も、
「うあああああ!!」
叫んで、飛び上がって喜んだ。

そんな私たちの様子に、子どもはそれこそ目を丸くして驚いて、
それきり、ひとことも声を出してはくれなかったけれど、
でも、それでも、
私も夫も、しばらくは
嬉しくて、興奮して、ともかく嬉しくて、
なかなか、落ち着いて席につくことができなかった。


そんなことがあって、
それで、その数日後、
晴れた秋の日に、
私たちは3人、ピクニックにでかけることにした。

子どもが、この家から外に出るのは、初めてだった。
けれど思い切って私たちは、数時間、馬車に乗ってやっとたどりつく
山の麓に出かけて行った。

歩いて近所をまわるより、移動は馬車が多い方がいいだろう。
そう判断したのは、夫だった。
はりきって、
サンドイッチやら卵焼きやら、
お弁当を用意したのも、夫だった。

小さな手を引いて、
初めて足を通すことになる、小さなスニーカーを履かせてやって、
私たちは、でかけた。


馬車に揺られて、数時間。
子どもはあいかわらず、言葉を話すことはなかったけれど、
私たちの隣に大人しく座って、
残された右目を、大きく開いて、口も開けたままで、
初めて、部屋のものではない窓ごしに、
動く景色を、眺めていた。

その場所につくころには、
長い時間、馬車に揺られて疲れてしまったのか、
子どもはすっかり、眠ってしまっていた。
出発にあわせて、朝も早かったのだから、仕方がない。

その場所について、馬車が止まると、
子どもはうっすらと、目を開けた。


「きみにね、この場所を見せたかったんだ。」


そう、この場所は、
夫のお気に入りの場所。

優しく、子どもの手を引いた夫が
馬車のドアを開けた。


目の前には、

赤。
黄色。
それから少し、緑と茶色も。

鮮やかに紅葉した、秋の山々。

そして、一面に広がる、青い湖。

イロトリドリの紅葉と、
青く、高く、澄み切った空を映して。

湖のまわりには、
季節にも負けずに生い茂る、若い緑色をした芝生。

季節は、秋。
風は少し冷たいけれど、
たくさんの恵みの実る季節。


子どもは、
やはり何も言わずに、ただその景色を、
大きな目で、小さな身体で、受け止めようとしているようだった。

そのやわらかそうな頬が、すこしだけ紅潮していて、
つっつきたいほど、キスしたいほど、可愛らしくて。

ここに、一緒に来られてよかったな。

私は、心からそう想う。


ゆっくりと子どもの手を引いて、
私たちは、歩き出す。
「さ、お弁当食べようか!」

子どもの右手には、夫。
左手に、私。

小さな小さな手を引いて、
秋のやわらかな日差しの中に、私たちは踏み出した。



3人で景色を眺めながら、
一緒にお弁当を食べて、
食べたら、3人でシートの上に寝転がって、
高い高い青空をただ、眺めて、
子どもは声に出して答えることはしなかったけれど、話しをして、
ちょっとだけ昼寝をして、
随分涼しくなって来てから、目を覚まして。

そうして、
穏やかな一日が過ぎようとしていた。

あたりはもう、それは綺麗なオレンジ色の夕焼け景色になっていて、
山々は暗い影を落としていたけれど、
夕焼けのオレンジを映した湖は、
それはそれは、綺麗で。

広げたシートとお弁当箱を片付けて、
夫は子どもをその背にせおって、
私たちはまた3人で、
今度は馬車に向かって、歩きだした。

おぶわれて、子どもは最初は、
湖を、
オレンジ色の夕焼け空を眺めていた。

けれど私たちが歩き出すと少しして、

きゅっ。

夫の背中に抱きついて、
夫の肩の上に頭を乗せてうつむいて、
そして、静かに、泣き出した。


「……」


私も、夫も。

子どもが泣いていることには気づいたけれど、
けれど、
特別、何か言葉をかけることもなく、
大げさに抱きしめて涙をとめようとすることもなく、
ただ、少しだけゆっくりと、歩いた。


……この子が。

こんなに静かに、
声もたてずに、
私たちに、抱きついて、甘えて、涙を流したのは
この時が初めてだった。

私たちは、わかっていた。
何も言わなくても、感じられた。

この子どもが、今、
悲しくて泣いているわけではない、ということ。

夫に小さくしがみつく姿を見て、
その背中を見て、
それだけで、わかる。


子どもは、小さな声で言った。

「…………どうして?」

その後に、どんな疑問の言葉が続くのか、
それをハッキリととらえることは難しかった。

どうしてここに、なのか、
どうして自分に、なのか、
それとも全く、別の言葉なのか。

わからなかったけれど、
この子どもが、
今日、この場所に来て、たしかに、喜んでくれたこと。
私たちに、ついに自分から、手をのばしてくれたこと。

それが、本当に本当に嬉しかったから、
だから、この子どもの、続く疑問の言葉がなんであったとしても、
私たちの答えは、ひとつだ。


「あなたのことが、大好きなの。」


大好きなの。
可愛くて、可愛くて、たまらないの。

傷だらけの小さな身体も、
あまり高くはないその声も、
やっとふっくらとしてきた、そのほっぺも、
髪の毛のいっぽんいっぽん、
指先まで。


「あなたが一緒にいてくれて、そばにいてくれて、
 それだけで私たちは嬉しくて、しあわせなんだよ。」


子どもは、
ますます強く、夫の身体に抱きついて、
そして今度は、本当に小さくだけど、
声を上げて泣き出した。

それで今度は、
夫は、背負う腕の力を少しだけ強めて、
私は隣で、子どもの頭を撫でてやって、

そうして、3人で、
ゆっくりゆっくり、歩いた。



馬車の中で、子どもは、
今度は私の隣に座って、
うつむいたまま、けれど私の肩に頭をもたれかけて、
泣いて少しだけ赤くなった目を、眠そうにしぱしぱとさせながら、
大人しく座っていた。


馬車に揺られて、
そんな子どもの姿を見ながら、私と夫は目配せする。

(……いい、よね?)


__私と夫は、決めていた。

もう随分と前から、考えていたこと。

この子が、私たちの家に来るよりも前から、
まだ病院で、目を覚ます前から、ずっとずっと、考えていたこと。

いつでも私たちの胸の内にあって、
けれど今日まで、決して、言うことのできなかったもの。


今日なら、今なら、
大丈夫かもしれない。

受け取ってくれるかもしれない。やっと。

夫が笑顔で、でも、少しだけ緊張して、口を開いた。

「ねぇ、きいて?」

子どもは、眠そうな目を一生懸命に開きながら、
夫に目線を向けた。

あぁ、可愛いなぁ。
思いながら、私は夫の言葉を待つ。

「ぼくたちね、きみに、受け取ってほしいものがあるんだ。」

子どもは、少しだけ不思議そうな顔をして、
ゆっくりとまばたきをして、だまって、聞いている。

内ポケットから、小さな紙を取り出して、
子どもの手に握らせる。

子どもはゆっくりと、それを開いた。

そこには、三文字。

けれど、まだ文字を読むことのできないこの子どもは、
ただ、それを見つめるだけだ。

読めないことは、わかっていた。
だけど、見せてあげたかったの。
どうしても。


「_、_、_。
 ___。」


夫は、最初はひと文字ずつ区切って、
それから今度はしっかりと、その言葉を口にする。

首を傾げる子ども。

笑顔で、夫は続ける。


「これね、きみの、名前。」

名前。
わかる?

ゆっくりと尋ねる夫に、子どもは、
今度は大きく目を見開いて、
それから随分と時間をあけてから、うなずいた。

そして今度は、自分で、口に出す。
小さな声で。

その、たったの3文字の言葉を。


「___。」


その三文字を口に出す様子を聞いて、
夫は、小さく何度かうなずいて、その声を噛み締めてから、
少しだけ心配そうに、

「……どうかな?」

子どもに、聞いた。
夫のこえは、少しだけ、震えていた。


二人で、毎日、
一生懸命に考えた。

考えつく限りの候補の中から、
この子どものために、
これから先の人生を想って、
一番綺麗だと思える言葉を使って、
考えたもの。

だから、どうか。
受け取ってもらえるように。

私たちは、祈るような気持ちで
子どもの反応を待つ。

「___。」

もう一度、その言葉を、名前を、口にして。


「…………あ、りがとう。」


子どもは、そう、こたえた。

ふくふくの頬を、真っ赤に染めて。
はじめてわたしたちに、
顔いっぱいに、笑顔を見せて。


その笑顔に、
夫は顔をくちゃくちゃにして笑って、
私は繋いでいない方の手でガッツポーズをして、喜んだ。


私たちの子どもは、そんな私たちの様子を見て、
さらに可愛らしい笑顔を浮かべて、

「ありがとう。」

今度は、ハッキリと言ってくれる。


ありがとう。
ありがとう。

それを言いたいのは、私たちの方。

元々しあわせだった私たちだけど、
あなたは私たちに、
さらに大きなしあわせを運んで来てくれたの。


ありがとう。
大好きよ。


そんな気持ちを込めて、私たちは
私たちの子どもに抱きついて、
ほおずりして。

私たちの子どもは、くすぐったそうに笑い声をあげる。

それが嬉しくて私たちは、
子どもを、もっともっと強い力で、抱きしめるのだ。



***************



それから私たちの子どもは、
少しずつ、いろいろな言葉を聞かせてくれるようになった。

夫のマネをして料理をはじめたり、
食器や衣類の場所を覚えて、家事を手伝ってくれようとしはじめた。

私たちの歩く後をついて来て、
家中を歩き回って、
庭の中を歩き回って、
今日はどんなことを見つけたとか、何があったとか、
食事の時間には、たどたどしい言葉で、
けれど一生懸命、楽しそうに、
私たちに伝えてくれるようになったのだ。


私たちの子どもは、
すくすくと、まっすぐに、育っていってくれた。

学校に通わせることは、残念ながら、難しかった。
だから家で、教えた。

歌や、
むかしきいた物語。

それから、文字。
数字。
自然のこと。
歴史のこと。
遠い国の出来事。

私たちの子どもは、そんなに頭の回転がはやい訳ではなかった。
けれど何度でも、
くりかえし、くりかえして、覚えていく。
ひとつひとつ、ゆっくりと。

その様子を見ているのは、
小さく芽を出した若葉が育って行く様子を見ているようで、
私たちにはとても、嬉しいことだった。

このころ夫は、
再び、職場に戻っていた。
復職したのだ。

もちろん、何かあればすぐに家に戻ってくるし、
あいかわらずの、「ヒラ」だけれど、
それでも、それができるくらいに、
私たちの子どもは、たしかに、育っていた。

一歩、一歩。
私たちは、進んでいた。


けれどもちろん、うまくいくことばかりではなかった。

話すことも、抱きしめることもできるようになったけれど、
それでも夜には、時々、ひどくうなされた。

一人でも、広い庭に出かけて遊ぶことはできるようになったけれど、
家の、門の外の、街中を歩くことはできなかった。

次第に慣れていったけれど、
はじめは、夫以外の成人の男性の近くに行くことができなかった。
ひどい時には、発作を起こした。

「この子に、護身術とか、教えてみたら?」

言ったのは、私だった。

護身術。
それは、ヒラだけど、
だからその分現場にいることの多い夫の得意分野だった。

試しに教えはじめてみたら、
これは大当たりだった。
勉強なんかよりもグングンと夫の教えたことを吸収して、
私たちのこどもは、
ずいぶんと、身体も強くなっていった。

それを身につけるに従って、
私たちの子どもは少しずつ、街に出かけることもできるようになっていった。


私たちは、自分たちの子どもの年齢を知らなかった。
自分でも自分の年齢がわからないと、
この子も言っていた。

だから私たちは、推定、として、
この子が私たちの家にやってきた初夏の日を、
この子の誕生日、と決めた。
そして年齢は、やっぱり推定、としか言えなかったけれど、
たぶん私たちの家にやって来た時は
おそらく7歳くらいだろう、と、決めた。

これは、決めるしかなかった。
年齢も誕生日もない人生なんて、
だってそんな味気ない人生をこの子に送らせるなんて、どうしてもイヤだったから。


一通りの、学校に通っていたら「基礎」と言われることを身につけて、
いろいろなことを、言葉を身につけて、
そう、そんなに頭の回転は速くないけれど、
けれど毎日繰り返して、
気づけば、他の年齢の子どもたちよりも随分と
いろいろな知識を身につけた私たちの子どもは、

それから少しずつ、
自分が捕らえられていた“あの場所”のことを話してくれるようになった。

年齢はもう、9歳になっていた。

話してくれると言っても、
暗い場所だった、とか、
すごく痛かった、とか、
とてもとても、お腹がすいていた、とか。

そんなことを、ぽつぽつと、こぼすだけだった。

よくは覚えていないんだ、と、私たちの子どもは言った。

私たちも、無理に聞き出すことはしなかった。
けれど、その場所の話をするようになってから、
夜、うなされることが減って行った。

そしてこのころから私たちの子どもは、
一人の少年の話を聞かせてくれるようになった。


その少年につけられた記号は、『A』。

お日さまみたいな金色の髪と、
朝の早い時間みたいな空の色の目をしている。

そして、あの場所がつぶされる、ほんの少し前に、
黒服の男たちに連れられて行った……。

話したことはなかったけれど、
でも、『A』がいたから自分は、諦めないでいられた気がする。

私たちの子どもは、そう言った。

会いたい。
もうずっと、ずっとずっと、
会いたくて、
もう一度、ひとめ会いたくて、仕方がない。

そう言って、涙を流すこともあった。


それを聞いて夫は、その少年の行方を随分と時間をかけて調べたけれど、
けれど結局、それがわかることはなかった。

その手の情報は、
知っている人には、有名な話。
全てが明るみになってしまえば、むしろ夫の職場ほど、情報にあふれた場所はない。

けれどそれまでは、
「裏業界」の情報なんかは、
夫の職場には、どこよりも一番、隠されてしまうものだった。

その組織が壊滅させられて、
2年以上が経ってなお、
情報はそろいきってはいなかったのだ。


その年の夏の日に、
ふいに、夫が言った。

「あのさ、この子に、医学を教えてみたらどう?」

そう思ったキッカケは、
ささくれをうまくはがせなくて血を出してしまった夫の指に、
この子がバンソウコウを貼ってくれたこと、だったと言う。

突拍子もない提案に思えたけれど、
でも、なるほどな、と思った。

私たちの子どもは、「医療」というものから、
おそらく一生涯、離れることはできないだろう。

失って行く、残された右目の視力。
もう子どもを作ることのできない、身体。

今が9歳くらいだから、
おそらく、あと数年で、
私たちの子どもの身体は、「軋み」だす。

少なくとも、ひと月に一度。

女性としての身体。
けれど、女性に特有の器官の、備わっていない身体。
その矛盾が、きっと、軋みだす。

(……しっかり教えておいて、損はないわよね。)

だから私は、医学を教え始めた。

なんだか繰り返すようになってしまうけれど、
私たちの子どもは、そんなに頭の回転が速いわけではない。
だから、
無理のない程度で、必要なだけ、伝えよう。
私は、そう考えていた。

曲がりなりにも、
国で一番の病院で、院長なんてやっている私だ。
医学を教わる相手としては、私以上に豪華な教師はいない。
だから、少しくらいなら難しい内容でも、
きっとなんとかなるだろう。
そう、思っていた。

……そんな私の適当な予想を、良い意味で裏切って、
私たちの子どもは、ぐんぐんと医学の知識を身につけて行った。

その速さは、
ゆっくり、ゆっくり。
一歩一歩だった。

けれど毎日、繰り返し、
毎日毎日、繰り返し、覚えた。

嬉しいことに、私たちの子どもは、
それを覚えることを、楽しんでくれたようだった。


昼間は、護身術を。
朝と夜には、医学を。

一歩、一歩。



***************



私たちの子どもは、11歳になった。

その年、“ソレ”は訪れた。

「軋み」だ。


周期をはかるのは、簡単だった。

満月の夜。
もしくは、それを挟んで数日の間のどこかで、
必ず、その「軋み」はやってきた。

ソレがやってくると、私たちの子どもは
やはり、どうしても、
ひどく、苦しむことになった。

頭痛。
腹痛。
目眩。
吐き気。
発熱ではない、身体のだるさ。

そんなものに一斉に襲われて、
けれど一番、私たちの子どもを苦しめたのは、

だった。


ソレが来ると必ず、その夜は、
この子は、ひどくうなされる。

汗をびっしょりかいて、けれど手足を冷たくして目覚めることもあったし、
自分自身の泣き声で目を覚ますこともあった。

起きた後、
夢の内容はあんまり思い出せない、と、
いつも私たちの子どもは言う。


思い出せない、のか、
無意識にでも、
思い出したくないから思い出さない、のか、
その判断は難しいところだった。

確実なのは、
そんな夢、どうにか見なくてもすむようになって欲しい。と、
そう思う私たちの願いが、
決して、叶えられることはなかった、ということだけだ。


いつか。

もしかしたら、いつか、
満月の夜になっても、夢にうなされることのない日が、やってくるかもしれない。

頭痛やだるさといった身体のものはともかくとして、
この子が、こんな「夢」を見る原因が、本当に「軋み」だけのせいなのかは、
今ひとつ、断言できなかったから。

だからもし、「軋み」以外の原因で、
この「軋み」の時に、こんな夢を見るのだとしたら。


(__いつかこの子が、ぐっすりと眠れますように。)

綺麗な満月を見て、
綺麗だ、と、
心から、そう思える夜が来ますように。


それが「今ではない」とわかっていて私は、
けれど、願わずにはいられないのだった。



***************



そうして、ゆっくりと時を過ごして。

私たちの子どもは、
なんと、わずか13歳で、国家医師資格の免許を取得してしまった。

本人も、試験官たちも、その噂を聞いたまわりの人たちも、
ひどくひどく、驚いていた。

何と言っても、前代未聞だ。


さすが院長先生のお子様ですね。
そう、言ってくる人は多かった。

その言葉は嬉しくはあったけれど、
でも、違う、と、私は知っている。


私が院長だからなんかでは、決してなくて。

私の教え方がどうとか、というのも、
その直接の理由ではないのだ。

私たちの子どもは、だって、
本当によく、学んでいた。

毎日、毎日、
ひたすらに、
一度覚えた護身術を、その身にしみ込ませておくための訓練の時間以外は、
もちろん、
遊んだり、お茶を飲んだり、甘いお菓子を一緒に食べたり、
そんな時間は大切にしたけれど、

けれどヒマを見つけては、私たちの子どもは
本当に、毎日毎日、
勉強していたのだから。

だからたしかに、13歳で、というのは、あまりにもスピーディーすぎたけれど、
でも、
一歩一歩、自分の力で進んで来た結果だということを知っているから、
私と夫だけは、
その結果にも、驚かなかった。


ウソみたいだ。
なんか……奇跡とか、そんな感じ?


資格を取得した本人がそんなことを言うものだから、
あのね、
と、私は教えてやる。


「奇跡なんて、そんなアテにならない言葉は使わないほうがいいわよ」と。

奇跡なんて、そんなものをアテにするより、
今、自分がどれだけのことをやっているか。

それを考えた方が、絶対に結果はついてくる。

これは、間違いない。

もうダメだ、って、諦めかけた時に
その時にこそ、諦めずに、ともかくは、踏みとどまること。

「そうすれば、きっと、大丈夫だから。」


私の言葉を聞いて、
なるほどねー、と、夫はなんだか、感心してうなずいている。

それに気を良くして、私は続ける。

「……まぁ、そんだけがんばったら、
 そんときは“奇跡”とか言うのも、案外、イイ仕事してくれるかもしれないわね。」

おー、なるほどー、と、夫はやはり、笑顔で私の話を聞いてうなずいている。
少ししてから、
あれ? 結局奇跡なの? 奇跡じゃないの? どっちなの?
とか言い出したけれど、
それは華麗に無視してやる。


肝心の私たちの子どもはと言えば、
目をまんまるにして、
そんなこと考えたこともなかった、という顔で私を見ている。

その顔が、最近はいつも大人っぽい表情をしていたこの子にしては、
年相応で可愛らしかったから、
だから私は、
嬉しくなって、言ってやる。


「そんな顔をして、驚くほどのことじゃないのよ。あなたはね。」

「?」

首を傾げる。

その表情も可愛らしいから、だから今度は
言葉ではなく、笑顔を返した。

彼女が私の言葉の続きを待っていることはわかっていたけれど、
けれど私は笑顔のまま、言うのだ。

「……この言葉の意味は、自分で考えなさいね。」


少しだけ、むっとした表情になる。

そんな表情さえ、
作ってくれることが、私は嬉しい。

夫はそんな私たちの様子を見て、笑っている。



……いつか、この子は、気づくだろうか。


私たちが初めて出会ったあの日、この子は、
傷だらけの身体で、
いつ止まってしまってもおかしくないような、弱い呼吸と胸の鼓動で、
私たちの目の前に、あらわれた。


あと少し、遅れていたら。
運ばれた病院が、私のところでなければ。

この子は今、こうして、
私たちの目の前にいてくれることは、なかったのだ。


救い出される前に、命を落とした子どもも随分いたらしいと、
夫からは、聞いていた。

もし、この子が、
もっとずっとはやくに、自分の命を諦めてしまっていたら。

そうしたら、
私たちは、この子と出会うことはできなかった。


諦めないで、
今よりももっと、
本当に本当に小さな身体で、一生懸命に、
がんばってくれたから。

だからあの日、奇跡が起きた。

そうして今は、
私たちがプレゼントした「___」という名前を背負って、
毎日、私たちの隣にいてくれる。


この子は、奇跡をつかみ取ったのだ。
自分の力で。


自分に、それだけの力があるのだと。
いつか、気づいて、知って欲しい。

自分で、ちゃんと気づいて、知ってほしい。




ふと、
ことあるごとのこの子が話していた、
金色の髪の少年のことを、思い出す。


彼のおかげで、自分はいられたのだと。
そして、
会いたい、と。

この子に、そう、言わせていた、その少年のこと。


もし、そうなのだとしたら、
私たちは、もう一生、その少年に頭があがらない。

生きているのか。
生きているとしても、
一体どんなところで、どんな生活をしているのか。

わからない。


少年を好む大人たちに、売りつける。
そんな場にいて、そして「売られた」少年だ。

その少年の「美しすぎる」特徴と、
うっすらと覚えていたとこの子が言った、その少年につけられた値段を考えれば、
使い捨てられて殺される、なんてことは
おそらくないだろうと、そんな予想もできる。

生きている、可能性が高い。
でも、
それがその少年にとってしあわせなことかどうかは、
また、別の話だ。

金色の髪。
青い瞳。

どんな血が混じったらそんな色になるのかは、わからない。
色素の異常かもしれないし、
どこか異国の血が混じっているのかもしれない。

けれど、
美しい造詣に、それだけ珍しい外見を持っていたら、
おしらく、随分と、“可愛がられる”ことに、なるだろう。


私は、想う。

私たちの子どもの、希望になってくれていた少年のために。
最近では、あまり口にすることもなくなったけれど、
今もその少年を想っている、私たちの愛おしい子どものために。

どうか、その少年も、
どこかで生きて、
そして出来ればその少年の過ごす日々が、
少しでも笑顔のある日々でありますように。

どうか。


そんなことを思いながら、
夫の隣で私は、
自分たちの子どもの姿を見つめながら、
今日も笑顔で、一日を終える。


13歳か。
はやいな。

きっと、あっと言う間に大人になっちゃうんだろうけれど。

そうしたら、
失っているかもしれない視力のことなんかに負けずに、
いつか、この家を出て行っちゃうのかもしれないけれど。

でも、
それまでは、少しでも長く、
この子と一緒に、こうして、いられますように。

私はただ、そう、願う。

金色の髪の少年を思う。
そして、愛おしい我が子を。

……きっと、その願いが叶うことはないと知っているから、
だから私は、
そう、願わずにはいられないのだ。



***************



私たちの子どもは、16歳になった。

細い身体つきをしているけれど、
身長は随分と伸びて、
私は、もう2年前に背を追い抜かされていた。

“お年頃”のはずなのに、
私よりも家に長くいた夫の口調がうつってしまったせいか、
私たちの子どもは、
自分のことを「ぼく」と呼ぶ。

言葉を話し始めたころは、
“あの場所”にいた男たちの影響か「おれ」と言っていたから、
ソレに比べれば、まぁ可愛ものだけれど。


別に、いいの。

この子がこの子であれば、
この子の性別が、
男だろうと、女だろうと、そのどっちでもなかろうと。

ただ、時々、
努めて「女」を意識させるような姿になることを避けているのではないか、と思わされることがあって、
それは少し、心配だった。


私たちの子どもは、随分とまっすぐに、優しい子どもに育ってくれた。

本音を言えば、
優しすぎることが、心配だった。
とてもとても、心配だった。

きっとその性格のせいでこの子は、
いらないことで傷ついたり、
余計なことで悩んだり、するのだろうから。

けれど、夫が身につけさせた護身術は、
自分の心をしずめる術も、この子に伝えていた。

身体の芯にまでしみ込んだその技術が、
きっとこの子を、助けてくれるはずだった。


だからきっと、大丈夫。


だから。

だから。



__16歳になったこの子が、「しばらく、家を出たい」と言い出したときも、
私は、反対することができなかった。


この子は、とても、優しい子に育ったから。

まだ大人になりきらない、こんな時に家を出る、だなんてことしたら、
私たちがどれだけ心配するか、
それによって、どれだけ心を痛めるか、
この子が、わからないはずがないのだ。


それでも、この子は「行きたい」と言う。

私たちが心を痛めることを知って、
そのせいで自分も、私たちと同じように心を痛めて、
それでもこの子は、「行きたい」と。


……この子なら、きっと、大丈夫だ。

その想いには、なんの保証もないから、
もちろん心配な気持ちは薄れない。

けれど、きっと、大丈夫だから。

そう、自分たちに言い聞かせて、
私たちは、「行きたい」と言った子どもの旅立ちを、見守ることにしたのだ。


私たちは、わかっていた。
この子が、なぜ、何をしに、この家を出て旅をするのか。


私たちの子どもは、言った。

『A』を探しに、『A』に一目、会いに行きたいんだ、と。


この数年、この子が『A』の名前を口にすることはなかった。
けれどこの子の心の中に、
いつでも、
その金色の髪の少年がいたことに、
私たちは気づいていた。

ふとした瞬間に、
日だまりを、
朝焼けの空を見つめる、この子の表情を見れば、
その心の中に『A』がいるのだと、
そんなこと、
簡単に予想することができてしまった。


『A』という少年を「恩人だ」と、
この子は思っているのだろう。

この子が『A』という少年を恩人に思っているのなら、
なら、その『A』という少年は、
私たち夫婦にとっても、恩人に違いなかった。


一目会いたいと、この子は言った。

……「一目」。
その言葉の重みを、私たちは知っている。

この子と出会ってから。
つまり、
この子の左目が視力を失ってから、
もう、9年になる。

だましだまし、抵抗を続けてきたけれど、
この子の右目が光りを失うのも、もう、時間の問題だった。

一目、会うこと。
今を逃したら、きっともう、永遠に叶わないこと。


視力のことを考えれば、ますます心配だった。

けれど、きっとこれが最後だと、わかっていた。

だからますます、私たちは、
私たちの子どもを止めることは、できなかった。



どこにだって飛んで行くから、
何かあったら、すぐに連絡すること。

そして、
その目が、完全に見えなくなる前に、
たとえ目的を達成できなかったとしても、
必ず、無事に帰ってくること。

この、2つだけ。

約束して、
私たちは、子どもを見送った。


自分たちのことながら、
とんだ親バカというか、むしろバカ親だと思ったけれど、
子どもには、この子のために、と
ずっと貯金していたお金のうちのほとんどを、渡した。

ひどく慌てて、突き返されそうになったけれど、
私たちはそれを、意地でも受け取り返すつもりはなかった。

落としたり、盗まれたりしても、この子本人以外では
決してお金を引き出すことができないように、手続きをして。


この子の性格だから、
本当によっぼどのことがない限り、このお金には手をつけないだろう
ということは、わかりきっていた。

けれど、それでいいのだ。

なにか「よっぽどのこと」が起こってしまったら、
その時には役に立ってくれればいい。

それだけのことだ。



この子は、
旅立つ、その最後に、深く頭を下げて、言った。


__この旅の間。
__しばらく、2人に預かっていてもらいたいものがあります。


そうして告げられたのは、

9年前、私たちがこの子にあげた、
『名前』だった。

たった3文字の、
けれど、私たちからの、一番の。


この子の口から、
「ごめんなさい。」
と言われることは、なかった。

けれど、深く深く下げた頭を、あげることなく、
『A』を見つけて、帰って来たら、
必ず、またちゃんと、
その3文字を受け取るから、と。

そう言って。


正直者のこの子が、「約束だ」と、言ったから。

だから私たちは、
その3文字を、受け取った。

預かるだけだ。

必ず、必ず、
元気なこの子に、また、返すのだから。


「いってらっしゃい。」

いってらっしゃい、に続けて名前を呼びたかったけれど、
たった今預かったばかりの、この3文字を続けるわけにはいかなかったし、
もう一度身に付ける、と、自ら決めたとは言え、
この子を「記号」で呼ぶだなんてこと、
私たちは、
決して、したくはなかった。


だから、つづく3文字は、
心の中だけで、紡ぐ。



「いってらっしゃい」

(いってらっしゃい、___。)


気をつけて。
絶対に絶対に、元気で帰って来なさいね。


私たちは、ただ、
子どもの背中を見送る。



随分、大きくなった。

けれど、私たちにとってはいつまでだって、
この子は、「子ども」なのだ。

どれだけ立派に育っても。
まだ小さかった頃のこの子の姿を、
つい、昨日のことのように
鮮明に、思い出すことができるのだ。

心配ないわけ、ないじゃない……。



後ろ姿が見えなくなるまで見送って、
見えなくなっても、まだ、
たしかにさっきまで、私たちの子どもがいたその道を、
私たちはしばらくの間、見つめていた。

私と、夫と。
今は、1人減った2人で、手をつないで。



今できるのは、祈るだけだ。

奇跡を。

私には、あの子の手伝いが何も出来ないとわかっているから、
だから、こんなの好きじゃないけれど、
でも、祈らずにはいられない。

どうか、どうか、と。


一日でもはやく。

いや、
はやくなくても、いいから。

ゆっくり、ゆっくり、
あの子のペースでいいから。

一歩一歩、進んで、そして、
どうかしっかり、辿り着いて、

そしてまた、私たちのところに、無事に、帰って来てくれますように。


あの、
世界で一番愛おしい『3文字』の言葉を、
また、笑顔で口に出すことが出来ますように。


私たちはただ、
もう見えなくなった背中に向かって、
そう、想い続けた。

つないだ手に力がこもったのは、
私の力か、夫の力か。

わからなかったけれど、
たしかに感じたその温もりを、逃がさないように。

強く握りしめて、
私たちはずっと、
私たちの子どもが去って行ったその道を、
見守っていたのだった。



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  1. 2010/04/03(土) 13:00:37 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 初様です!

  1. 2010/04/03(土) 18:25:29 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> (非公開)さん

はじめまして!コメントありがとうございます*^^*
アドバイスありがとうございます。
たしかに!!
来週の頭以降になりますが、やってみます☆
ナイスなアイデア、ありがとうございます♪

まだまだ未熟な初心者ですが、がんばります!
どうぞまたぜひ、
お時間つくって、いらしくて下さいませ*^^*
コメントありがとうございました☆

春様

  1. 2010/04/05(月) 02:01:52 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
読ませていただきましたw
やはり春様の書くお話はすごく憧れます。
感情が入り込んでしまうって言うか…すごく大好きです!!

両親の思いや子どもに注ぐ愛情が
すごく素敵に書かれていて私も幸せを感じます。
名前ひとつ考えるだけでも長い時間かかってしまう…
そんな両親2人はすごくあの子思いなのですね...とか///

早く名前を受け取れる日が来ることを願います…+。
でわ この辺でっ!!
執筆の方頑張って下さいませっ♪
ポチッとさせてもらいます///

Re: 春様

  1. 2010/04/05(月) 13:59:01 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
>夢さん

コメントありがとうございます*^^*
この話は、どっかの話の中でさらっとちょい出しするか、オマケ編みたいな感じでちょろっと書くかするだけの予定だったのですが、
書いているうちにこんなことになってしまってww
こういう「日常」的な話が私は書きたいんだなぁと、実感できた話でもありました。

コメント頂けて、うれしいです*^^*
今さらながら、うちの『Z』は随分と 姫 ですね。
もっと大切にして、もっともっと可愛がってやりたいのですが^^;

ポチっとも、ありがとうございます☆
またいらしていただけるのを、楽しみにお待ちしております*^^*

初コメ

  1. 2010/04/06(火) 01:08:31 |
  2. URL |
  3. リュ~ク
  4. [ 編集 ]
初めてのコメになりますかねw


えーっと
春さんの書く文章って、なんか優しいんですよね
なんていうか、心に馴染むような、そんなやわらかさって言うんですかね


このお話も
両親の『Z』への想いや愛情が、内容だけでなく、文章でも伝わってきました

また、少し長めの時間経過だけども、わかりやすく簡潔になっていて、そんな文章力も見習いたい限りですw


今後とも執筆のほう、がんばってください
もちろん、こちらもがんばります故( ̄▽ ̄)ノお楽しみを

では

Re: 初コメ

  1. 2010/04/06(火) 11:55:42 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> リュ~クさん

コメントありがとうございます*^^*
あ、お話に対してのコメントは、たしかに初めてです!ちょっとびっくり。笑
優しい
やわらかい
どちらも、かなり最高の褒め言葉です!!
きゃーっ!! ありがとうございます☆☆
文章力のほうはまだまだ未熟ですが。。。
精進します^^;

リュ~クさんの作品も、楽しみにお待ちしております*^^*
コメント、ありがとうございました☆

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  1. 2010/04/06(火) 23:47:14 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: no title

  1. 2010/04/07(水) 00:30:34 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
> (非公開)さん

コメントありがとうございます☆
これから、非公開さんのブログにお邪魔しますので……
どうぞよろしくお願いします*^^*

  1. 2010/05/11(火) 23:04:01 |
  2. URL |
  3. ゆさ
  4. [ 編集 ]
まだ続くのですねっ絵祭り☆
かっこよいイラストに毎回眼福しておりますvvvハワ~=3
今回も、お医者様のお母様が凛々しいですね。次回も楽しみでーす!

リュ~クさんもおっしゃっていますが、春さんの書く言葉はやさしくて暖かくて、いつも心に響いてきます。
心を洗われるというか、読んでいてすごく素直な気持ちになれるんですよ!
人が人を想う気持ちが、すっごーく伝わってきます。
続きを楽しみにしていますね~(^▽^)ノ

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/12(水) 00:12:01 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> ゆささん

ゆささ~ん☆コメントありがとうございますっ*^^*
遠野さんの絵は本当に……全力で素晴らしい!!
私最近、もう随分、毎日しあわせなんです。笑

私はまだ母になったことはないので、どうだろう……
世の母たちから見たら、微妙なのかもしれません。
人ぞれぞれだとは、思いますが。
でも、いやぁ、、、
ホメすぎです。笑 ニヤニヤしちゃいます。笑

続きのアップまで、
あと少し、お待ち下さいませ☆
がんばります。あとちょっと!!

コメント、ありがとうございました*^▽^*!!

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