旅の空でいつか

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三文字の記憶_1 /Z  ★絵祭り作品掲載★

  1. 2010/05/10(月) 00:12:54|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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→続きの『三文字の記憶_2 /Z』はコチラです
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father_bytounosan

そのうち、この子どもは
夜の暗闇を怖がるのだ、ということがわかって、
夜でも、小さな灯りをともしておくことにした。

(「Touno's soliloquy painting」の遠野さまより『“father”』)

……絵祭りにつき、4月3日にあげたお話を再掲載。
「なんだよこの話かよっ!」と、お思いになられた方、ゴメンなさい。。。
イラストをお楽しみください*^^*


お話は《続きを読む》からスタートです!

***************



あの日、何時間もの治療に耐えて生き延びた小さな子どもは、
そのあとの数ヶ月を病室で過ごして、
そして、私たちの家にやって来た。

病院にいたときも、私たちは
毎日、毎日、
ことあるごとに、子どものもとを訪れた。

子どもを引き取る、と決めた日から私たち夫婦は、
お互いを、名前で呼ぶようになった。

あなた、とか、
きみは、とかではなくて。

それは、この子どもに
私たちの名前を、一日でもはやく、覚えてほしかったからだ。


本当は、
お父さん、お母さん、て、
呼んでほしい気持ちもあった。
だから、お互いをそう呼び合おうかとも思っていたのだけれど、
でも私たちは、
この子どもに「お父さん」「お母さん」と、
無理に呼ばせるような強制力が働いてしまう可能性のあることを、
どうしても、できなかった。

「家族」が、血のつながりによるものだけだとは、私たちは思っていない。
血のつながらない「本当の親子」だっている、と、思っているし、
そもそも、
私と夫だって血はつながっていないけれど、
たしかに、家族だから。

けれどこの子の場合は、「だからいいじゃん」とは、単純には言えなかった。
なぜなら、
もともと、この子どもを産み・育てた家族の捜索も、
続けられていくのだから。

両親が見つかるかはわからない。
この子どもの両親がどんな人なのかも、わからない。
この子どもが“あの場所”に行ったのが、
攫われたせいなのかも、
売られたせいなのかも、わからない。
“あの場所”にとらわれる前の家族の記憶を、
この子どもが持っているのかもわからない。

わからないことだらけだったけれど、
けれどもし、
この子どもの両親が見つかって、
この子どもも、両親も、再び一緒に暮らすことを望んだとしたら、
私たちには、
それを尊重することしかできない。

だから私たちは、「お父さん」「お母さん」と、
この子どもに、自分たちを呼ばせるわけにはいかなかった。

私たちはもう、この子どもを
自分たちの子どもだ、と、そう思って、
そうして育てて行くつもりでいる。

だから、それはとても悲しかったけれど、
でもともかくは、
この子どもが、
生きて、
私たちと、たとえわずかな間だったとしても、
一緒に暮らすことができる。

まずはそれが、大事だった。



私は、あいた時間を見つけられるたびに。
夫は、昼休みの時間と仕事を切り上げてからの時間に。
できるだけ多くの時間を、
この子どものもとで過ごした。


病室での最初の数週間は、
時々目をあけてまどろんでいる以外の時間は、
その子どもは、ずっと、眠っていた。

うなされて目覚める、小さな身体。

治療はなされたけれど、
身体中のひどい傷の痛みにこの少女は耐えられるのかと、
毎日、本当に気が気ではなかったのを覚えている。


傷跡も、ひどく残っている。
数ヶ月経ってなお、体力も完全に回復したわけではない。

けれどどうにか、退院の許可を出せるようになって。

春の終わりの、やわらかな風の吹く日に、
彼女はやっと、私たちの家に来ることができたのだ。


彼女をひきとって。

最初の10日くらいは、
私も夫も、とにかく、
「どうしていいのかわからない」
としか言えないような日々を送っていた。

毎日、子どもの元には通っていた。
それこそ、時間の許す限りに。

けれど、それだけでは見えてこなかった姿が、見えてくるようになったのだ。




***************



子どもは、言葉を発することができなかった。

耳や、喉や、脳の機能に問題がないことは
治療にあたっていた私自身、わかっていたから。

だから原因は、身体ではない場所にある。


毎晩、うなされていた。

それでも、
声を発することはあっても、言葉を紡ぐことはない。

どれだけ声をかけても、
私たちの言葉が本当にこの子どもに通じているのか、
私たちは、その確信さえ持てずにいた。

大きく震える小さな身体を、その肩を抱いてあげたいと
毎日、毎晩、思った。

けれど子どもは、
誰かの手が自分に伸びてくることをひどく恐れたから、
それをすることもできなかった。

__怖がられてもいいから、抱きしめたい。
そう思って肩を抱けば、
子どもは、恐怖に発作を起こした。

だから私たちは、
毎晩、のばしかけた手をまた、
結局、元に戻すしかなかったのだ。

そのうち、この子どもは
夜の暗闇を怖がるのだ、ということがわかって、
夜でも、小さな灯りをともしておくことにした。

電気をつけたままでは睡眠がとれないから、
つけておくのは、小さなランプだけ。
それでも、うなされることがなくなった訳ではなかったけれど、
舌をかんでしまうのではないか、というような、
手のつけられない暴れ方をすることは、少なくなった。


子どもは、
ちゃんとした食事を摂ることができなかった。

家にひきとってからの数日は、
確かに、体力が追い付いていないこともあって、
食事をとることができなかった。

だから、十分に身体を起こすことができないのだろうと思っていた。

それでも、彼女は私たちの手を恐れていたから、
私たちの手で、彼女に食べさせてあげることはできなくて。

身体をベッドに横たえたままで摂る食事は
決してお行儀のよいものとは言えなかったし、
体勢が悪いから、健康にもよくないとは思っていたけれど、
ケガが癒えるまでは仕方がないと、私たちは思っていたのだった。

けれど日が経つにつれて、
彼女がそうして食事をするのが、ケガのせいではないことがわかってきた。

身体を起こすことができるようになっても、
彼女の食事の方法は変わらなかった。
味わって食べる、ということすらしない。
ただいつも、喉の奥に詰め込むだけだった。

それで、私たちは気づいたのだ。

この子どもには、
席について、机の上のお皿から食べる、といった食事を摂った記憶がないのだ、と。



子どもは、トイレに行くことができなかった。

知能の発達に問題がないことも、
私たちは知っていた。

けれど、何度トイレの場所を教えても、
子どもは
その場所に行って用を足す、ということができなかった。
夫は、言っていた。
この子どもがとらわれていたその場所には、
「トイレ」なんて設備は、整えられていなかった、と。


そもそも、この子どもは、
ベッドから起き上がって
この、3人で住むにもまだ広いだろう家の中を
歩き回ることもなかった。

この少女くらいの年齢の子には、
歩きまわって探検する、といった興味を抱かせるには十分な家のはずだったけれど、
けれどこの少女は、いつもシーツの間におさまったまま、
窓の外を眺めていた。

窓から、明るい日のさしている間だけは
穏やかな顔をして、ただ、じっと、
窓の外の景色を眺めていた。

失った左目のことを、
いつも布に覆われたままのその左目を
「失った」と子ども自身が認識していたかどうか、
それすらも、私たちにはわからなかった。



私たちは、何もできなかった。

少女を抱きしめることも、
一緒のテーブルで食事を摂ることも、
今では「自分のもの」ともなった家の中を見せてまわることも。

彼女に伝えられる言葉さえ、
その時の私たちは持っていなかった。

それは、私たちが仕事に行っている間、
この子どもの世話をしてくれているシッターたちも同じことだった。


そんな日々が続いて。

この子どもを引き取ってから3週間ほどしたころに、
夫が、動いた。

その日、夫よりも遅く仕事から帰って来た私に、夫は言った。


「ぼく、仕事しばらく行かないことにしたから。」


驚く私に、夫は続ける。

「だってさ。
 今は、ちゃんとあの子のそばにいてあげたいんだもん。」

勝手に決めちゃってごめんね。
怒る?

そう、少しだけ首をすくめて言う夫に、
私は結局、苦笑するしかできない。


だって、そんな。

なんて羨ましいことを。


私だって、もっともっと、
子どもと一緒にいたかった。

たとえ今はまだ触れることができなくても、
言葉を通じ合わせることができなくても、
少しでも、
同じ時間を、同じ場所で、共有したかった。

けれど仕事の都合上、
私には、それをすることができなかった。


夫だって、今の仕事を大切にしている。
そのことは私だってよく、知っていた。
何しろ、昇進の誘いを何度となく断ってまで、
今のヒラの職場に居続けているのだ。
その仕事が、大切じゃないわけがない。


ただ、でも、
この子どもには今、
まずはただ、私たちが側にいること。
それが必要だろうことは、わかっていた。
そして私には、
どうしても、それをすることができないということも、
夫は、わかっていた。

だから夫はただ、自分ができることを、してくれたのだ。


苦笑したまま、
羨ましい、ずるい! と、
私は夫に愚痴を言う。

いいだろー! と、自慢で返してくる夫に、
私は今度は苦笑ではなく、
本物の笑顔を向けた。



***************



私が仕事から帰るたびに夫は、
それはもう事細かに、子どもの様子をきかせてくれた。

本当に一日中、できる限りの時間を夫は
子どものすぐ側で、過ごしていたようだった。

朝、目覚めるときから、
夜眠る時まで。

いや、
夜、眠っている間も。

そして、子どもが「聞いているのかどうか」「わかっているのかどうか」がわからなくても、
いつも、子どもに語りかけていたようだった。

子どもは、毎晩うなされた。
うまく食事をとることも、
トイレに行くこともできず、
私たちは、言葉を交わすことも、触れることもできず、
毎日、毎日、そんな日が続いた。

けれど。

少しずつ、
本当に少しずつ、
変化は訪れた。

子どもは、夜うなされて目を覚ます。
舌をかんでしまう。
手がつけられない。
そんな暴れ方をすることは、ランプをともすようになって、
もう、ほとんどなくなったけれど、
それでも、毎晩、泣きながら目を覚ます。
夜のうちだけでは、十分に睡眠をとることができていないようだった。
だからいつも、この子どもは、
昼の穏やかな時間にまどろむ。

子どもの側で毎日を過ごすようになった夫も、
やっぱり寝不足で、
昼の時間、子どもの側で昼寝をしてしまうことがよくあると、
私は聞いていた。

子どもは目を覚ますたびに、
自分のすぐ側で、自分の眠るベッドに身体をもたれかけさせて夫が眠っているのを見つけるたびに、
怖がって、泣いて暴れたりしていたのだそうだけれど。

けれど、ある日、
夫は言った。

「今日はね、ぼくたち、一緒にお昼寝したんだよ。」と、
それはそれは、嬉しそうに。

それは、
一緒にお昼寝
なんて言えるような微笑ましいものではまだなくて、
ただ、眠っている自分に気づいても、
怯えて泣きわめくことなく、子どももまた眠りについたのだと、
それだけのことだったのだけれど。

けれどそれは、
私たちにとってはとても、大きな一歩だった。

自分の側にいる人間に、子どもが怯えずにいられるなんて、
私たちが少女と出会ってから、本当に、
初めてのことだったのだから。


それからまた数日して、
子どもは、「目を覚ましたら、夫が側にいる」ことだけでなく、
起きている間も、夫が側にいることを許すようになった。

最初は、おそるおそる。
けれど次第に、
側にいれば、その後ろ姿を目で追うようになって、
夫が声を発した時には、その姿に目を向けるようになって、
夫が子どもの眠るベッドの隣にイスを持ってくれば、
子どもは身体を起こして、夫と向かいあうようになった。

夜、暴れて目を覚ますことは、
この頃にはもう、なくなっていた。

そうしてそのころには私も、
夫に対するほどではないけれど、
部屋に入って行ったり、側に近寄って行っても、
前ほど、怯えた顔をされることはなくなっていた。


隣にいることを許された夫がうらやましくて、
もちろん、
私よりもずっと、子どもの側にいる時間が長いのだから、
その「差」が出るのは当たり前なのだけれど、
それでもやっぱり、うらやましくて、
私はちょっと、八つ当たりなんかもしたものだった。

夫はいつも、
それも笑顔で受け止めてくれていたけれど。



そうして日々が過ぎて、
夫はもちろん、私が近づいても怯えることが完全になくなったころ、
子どもはやっと、ベッドから出ることができるようになった。


子どもをひきとってから、すでに、三ヶ月近くがたっていた。


最初にベッドから脚を踏み出したときは、
おそらく、久しぶりで筋肉がすっかり弱っていたのか、
上手く立ち上がることができずに、転んでしまっていた。

それに単純に驚いて目を丸くしている様子が可愛らしくて、
思わず、ぎゅうっと抱きしめてやりたくなったものだ。

けれど、それは、ガマンする。
私も夫もまだ、「触れること」は許されていなかったから。

そうして、ベッドから出て歩くことができるようになった子どもは、
まずは、「トイレで用を足す」ことを覚えた。

最初は、失敗することが多かった。
けれどだんだんと、少しずつ、子どもは覚えていった。


それから子どもは、
テーブルについて食事をする
ということを覚え始めた。

子どものために、ずっと用意してあった、
私たちのものよりも、少し高く作られたそのイスに、
ついに、子どもが座る姿を見ることができた。

その日は、嬉しくて嬉しくて。
つい、食事を作りすぎてしまった。
そう、夫は、満面の笑みを浮かべて、言っていた。

私も笑顔で答える。
私だって、嬉しすぎて、ついついいっぱい食べ過ぎちゃった、と。

最初は、テーブルの上のお皿から食べる、というところまで。
次は、イスに座るところまで。
その次には、ちゃんと噛んで食べる、ということを覚えて、
そのさらに次は、
箸やスプーンや、ナイフやフォークの使い方。

これも、
ゆっくり、ゆっくり、
ひとつずつ覚えていったのだ。

昨日まで座れていたイスに、今日は座れなかった。
昨日は使えていたスプーンが、今日は使えなくなった。
そんなことも、何回も何回も繰り返しながら、
少しずつ、子どもは、覚えて行った。


このころになって、私たちはやっと、確信を持つことができた。

__この子どもは、私たちの言葉を、理解している。

私たちの言葉が、本当にこの子どもに「伝わっている」のか、どうか。
それはわからなかったけれど、
けれど、言葉が理解されている、ということがわかっただけでも、
私たちには、進歩だった。


少しずつ、少しずつ、
子どもは「人間」に戻って行った。


その様子はたしかに、
わたしたちの、「希望」だった。



(to be continued...)


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comment

  1. 2010/05/10(月) 16:04:15 |
  2. URL |
  3. しゃち
  4. [ 編集 ]


すごいっ・・・


絵祭りスゴすぎるね・・・ッ!!


なんですかこの、ティッシュなしには見られない(おもに鼻血用)綺麗すぎる絵の数々。
全てのイラストにコメント残したいくらい全部ステキ!
春タンほんと幸せ者!!

でもイラストと同じくらい、やっぱり春さんの文章も素敵だなと思いました。
イラストの下の2~3行の文章とか、セットで見るとなんかもう苦しいくらい(ハァハァ)。

でもA~Zは今最初から読んでる最中なので、まだ読んでないところがいきなり上がるとちょっとビビります(笑)
さすがS(・v・)
これからも私をハァハァとイジめてください。

遠野さんすてきなイラストを見せてくださって本当にありがとうございました。腕フェチにはたまらないチラリズムでした。
ごちそうさまです!

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/10(月) 16:25:55 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> しゃち

コメントありがとね~*^^*
うん、すごいの!! 私、しあわせもの☆

> イラストの下の2~3行の文章

あ、そういえばコレってある意味ネタバレか!?
いやでも、2~3行なら、まぁ……。
ビビらせてゴメン!笑

でも
> さすがS(・v・)
ではないです。Mのはずです。たぶん。

どんなに遅くても今月中には完結だよ~!
もうすぐ一気読み派のしゃちにも、安心して読んでもらえるわね*^^*

遠野さまへのラブコール(?)も……ちゃんと届くはず!

コメント、ありがとうございました☆

  1. 2010/05/11(火) 01:12:11 |
  2. URL |
  3. tama
  4. [ 編集 ]
こんばんは。
あまりにかっこいいファーザーに真夜中なのに奇声を上げてしまいました。

春さんと遠野さんのコラボすばらしいですね!
遠野さんの美麗絵は見事に春さんの書くキャラクターたちを再現していますvv
Zもユエもウルフも、お父さんも、みんな素敵。
格好良く、かわいらしく、どこか切なげで、でも優しい。

そして絵の下の春さんの文章がまた何とも言えず素敵で・・・
一度読んだはずのお話だけど、絵がついたことでさらに深みを増して新鮮な気持ちで楽しめます。

もう絵も小説も、何て素敵な作品たちなのでしょうvv
ブログ越しにとても良いものを頂いた気がします

Re: タイトルなし

  1. 2010/05/11(火) 01:32:47 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> tamaさん

tamaさんだぁぁぁ☆
こんばんは!コメントありがとうございます*^^*

> あまりにかっこいいファーザーに奇声
うん、私もそんなんでした。笑
すみません。でも、仕方がないとも思っています。
だって遠野さんの絵がステキだから!!!!

ひとえに、もうひとえに、
遠野さんの絵の魅力が……素晴らしいのです!!
遠野さんに描いて頂いて、
あぁぁそう、そうなのこの子はそういう子なのよ……!!と、
むしろ私が教えて頂いたことも、数知れず。

遠野さんももちろん、
りんかちゃんもびたみんさんも、絵を描いて下さるみなさんから
一番、たくさんのものを頂いているのは、
間違いなく、私でございます。
私、本当にしあわせもの!!

そしてそして、
tamaさんからのコメントも、すごくすごく、嬉しいのですっ*^^*

tamaさんが書かれるものは、私、
絵だけでなく、言葉も、とても好きなのですっ☆
えへへ、
再びファン宣言ですよ~♪

tamaさん、ありがとうございます☆

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