旅の空でいつか

ご訪問いただき、ありがとうございます
はじめましての方は、メニューの「はじめに。」や「作品一覧。」をご覧ください。
記事内容の無断転載は厳禁ですが、リンク&URLの転載はフリーです。ご一報いただけると嬉しいです☆
ブロとも申請は歓迎です☆
みなさま、どうぞ楽しんでいって下さいね*^^*

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

獣の庭_2 /A

  1. 2010/03/24(水) 05:00:48|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
←ひとつ前の『獣の庭_1 /A』はコチラです
→続きの『獣の庭_3 /A』はコチラです
⇒関連作『獣の庭《in secret》 /A』はコチラです
※作品一覧はコチラです




どれだけそうしていたかわからない。
たぶん、そんなには時間は経っていないはずだ。

オレは立ち上がると、膝の砂埃を拭い払った。

帰らなきゃ。
エリンが心配する。

ドアは目の前だ。

一度だけ深呼吸をして、オレはソレを開ける。

おかえりなさいお兄ちゃん!
エレンが笑顔で、出迎えてくれる。
ただいま、エレン。
オレは笑顔でこたえる。


助けてくれる人なんて、守ってくれる人なんて、
どこを探しても、いないんだ。

だったら
自分でどうにかするしかないじゃないか。

エレンは笑顔で、
いつもと変わらない笑顔で、オレを出迎えてくれる。


なんとかしなければ。
なんとしても。

エレンのために。

(いや、そうじゃなくて……)

オレ自身のために、だ。


この笑顔を、守ること。

母さんが死んだ、エレンが生まれたあの日から、
それだけが、オレの希望なのだから。


***************



大屋から聞いた話をオレは、
エレンには伝えていない。

なんとかするのだから。
絶対に。


翌日からオレは、金策に走り出した。

まずは、職場の親方に頭を下げた。
給料の前借りをさせてほしい、と。
もちろん、答えはNOだった。

断られることはわかっていた。
それでもしばらく、頭を下げて頼み込んでいたのだけれど、
やはり答えは変わらない。

それでオレは、一週間、休みをもらうことにした。
もちろんその間の給料がもらえないのは厳しいけれど、
なんとか、その間の生活ができるくらいには貯金はあったし、
だったら今は、
どうにかしてこの一週間で、金を借りられるアテを作ること。
そっちの方が先決だ。


職場を出てからオレは、
今の職場よりも前に、仕事をくれていた人たちのところを訪ねた。
事情を説明して、ひたすら頭を下げる。その繰り返しだ。

けれどどこに行っても、良い答えは返ってこない。


そんなことを1日中繰り返して、
あっと言う間に夕方になった。

(……明日こそ、必ず。)
そう決意して、家路につく。

家のドアを開ければ、
何も知らないエレンが、
何も知らずに笑顔で、オレを出迎えてくれる。
だからオレも笑顔で、「ただいま」を言う。

そうして夜を過ごして、
翌日もまたオレは、金策に走るのだ。



……けれど、借金のお願いをし始めてから4日が経っても、
オレは、成果をあげられずにいた。
焦りが増す。

どうしよう。
どうしよう。

親方や、昔仕事をくれた人たちのところにも、4日間、
通い続け、頭を下げ続けた。
親方の知り合いや、そのまた知り合い、という人のところにも行った。
けれど、答えは変わらない。

それでオレは、今度は花街に足を向けた。

その区域に足を踏み入れたオレに、アイリが気づいて声をかけてくれた。
アイリはいつも、オレに一番に気づいて、声をかけてくれるのだ。

「どうしたのアラン、なんか……随分ヒドイ顔してるわよ?」

そう言ってアイリは、いつもの窓の向こう側から
オレの元に降りて来てくれた。

オレは事情を説明する。
そして、大好きなアイリに、頭を下げた。

もうアイリ以外に、頼める人のアテもなかったのだ。

「……」

アイリが声を発するまでの間、オレは頭を下げたままだった。
アイリの前でこんな風に頭を下げるなんて、初めてだ。

祈るように待つオレの頭上に、
けれど返ってきたのは、

「ごめんなさいアラン。私には、それはできない。」

アイリの、本当に悲しそうな声だった。


たぶん。
多少の無理をしてでも、どうにかできることなら、
アイリはそう、してくれていただろう。

けれど、今「できない」と言うのなら。
それは本当に、無理なのだ。

じゃあ、どうしたらいいんだ。
どうしよう、どうしよう!

「……っ、」

焦る気持ちがこみ上げて、
息苦しくなって、
頭を下げた体勢のそのまま、しゃがむように膝をついたオレの肩を抱きかかえるようにして、
アイリはしばらく、背中をさすってくれていた。

(アイリもダメだったら、ここもダメだったら、じゃあ後はどうしたら……?)

オレの背中をさすりながら、アイリは言う。

「花街は、やめておいたほうがいい。できることならね。」

小さく、笑って。

「私たちはね、最後の最後には、自分たちで選んで、この仕事をしている。
 ……でもね、それでも言うわ。」

やめておいたほうがいい。
エレンももちろん、きっとアランも、すごく、傷つくことになるから。

「あなたたちはまだ、花街がどういうところか、知らないでしょう?」

オレはうなずく。

「だったら、やめておきなさい。
 花街がどういう場所かわかって、それでもここに来ることを決めたのなら、
 それならいいの。そのときは、私も、他のお姉さんたちも、歓迎する。」

あぁそうだ。
アイリも、他の姉さんたちも、前から言っていた。
花街はやめておいたほうがいい、と。

「……アイリたちは、どんな仕事、してるんだ?」

アイリは、今度は小さく声を出して笑って言う。

「もうあと何年かしたら、きっとわかるわ。だから今はまだ、知らなくてもいいの。
 そうね、もうあと3年してもわからなかったら……そのときは、私が教えてあげる。」

なぜだろう、少しだけ自分の顔が赤くなるのがわかった。
「……」
その答えにオレは納得はできなかったけれど、
でも今はそれ以上、追求することもしない。

__じゃあ、結局オレはどうしたらいいんだよ。

今はただ、自分たちのことを考えるので、精一杯だったから。

「ごめんね。本当に。でも……がんばって。応援してる。
 ……私からは、そうとしか、言えない。」

オレは考える。
考えて考えて、けれどもう、
他に頼める人の顔なんて、一人も浮かんでは来なかった。

気づけば。
もうすぐ今日も、日が暮れる。

アイリは、今度はオレをたしかに抱きしめて、
また、オレの背中をさすってくれた。

耳元で、アイリがささやく。
「もし……もし、どうにもならなくて、エレンが花街に来ることになったら……
 そのときは、出来る限り、エレンを傷つけないように、努力する。
 約束はできないけれど、私も、他のお姉さんたちも、努力する。」

こんなことくらいしかできなくて、ごめんね。
言いながらアイリは、オレの背中をさすり続ける。

そのアイリの背中に、夕陽がうつって。


(……あぁ、あと、ひとつだけ。)


あの、夕陽の中で見かけた“獣”の姿を思い出した。

一カ所だけ。


オレは立ち上がって、アイリにお礼を言うと、
そこに向かって歩き始めた。


絶対に、金のある場所。
家賃どころか、一生遊んで暮らしても、まだ余るほどの金を持っているところ。


__大屋敷。



***************



まさか自分が、
自分から進んで大屋敷に来ることになるなど、
思っても見なかった。

大きな門。
大人が5人、手をひろげても、まだ足りないかもしれない。

門からは長い道が続いていて、
街路樹みたいなのが生えているその長い道の先に、
大屋敷の入り口がある。

……アイツはこんなところに住んでいるのか。

門の両脇には、数人ずつ、黒服の男たちがいる。
いつも真っ黒なサングラスもかけているから、
その表情は見えない。

数ヶ月前の、まだ寒いあの夜に、
“獣”に向かって
動じることなく、冷静に“仕事”をする黒服たちの姿が
頭の中に浮かんだ。

……怖くて、仕方がない。

けれど。

オレは、努めて、声が震えないように意識して、
黒服に話しかけた。

ミスター・ビッグに頼みたいことがある。
会わせてほしい、と。
そして、頭を下げる。

声は、震えていなかっただろうか。
震えそうな膝は、黒服たちにバレてはいないだろうか。


随分と長い間オレは、黒服たちの視線にさらされていた。
何人かが動く気配がする。
何をしているのかは、わからない。

オレは顔をあげることができなくて、
頭を下げた体勢のまま、黒服たちの言葉を待った。


やがて動きが止まると、目の前の黒服が、言った。

「ミスターは忙しい。お前には会わない。」

オレは唇を噛み締める。

「い、……忙しいのは、わかっています! で、も…お願いします!!」

さらに深く、頭を下げて、オレは大声で言った。

けれど黒服の答えは変わらない。
感情すら、うかがえない声だ。

だからオレは、事情を説明した。
今度こそ、オレの声は震えていた。
頭をあげることもできなかった。
それでも、
黒服たちに聞こえるように、大きな声で、
オレは言った。

言いながら、涙がにじんだ。

(……泣くもんか!!)

涙がこぼれないように、ぎゅっと目を閉じて、
お腹にも、痛む喉にも力を入れて。


オレが事情を説明し終えると、
また、黒服たちの動く気配がした。
大屋敷の中に確認に行っているのだ、と、
今度はわかった。

それから少しして、確認が終わったらしく、黒服たちの動く気配がなくなって、
そしてまた目の前の黒服が、口を開けた。

もう。
ここだけが頼りなんだ。

どうか。
どうか。


「ミスターは、お前の人生には興味がない、と仰った。あきらめなさい。」


黒服の答えを聞いて、
今度こそ、
頬を伝うこともなく、ぱたぱたっ、と
涙が地面におちて、吸い込まれて行ったのがわかった。

どうして、どうして。
こんなに、
有り余るほどの、到底使い切れないほどの金を持っているのに。

どうして。

興味がない?
オレにとっては、オレたちにとっては、
人生を左右する事態だと言うのに?


「あきらめなさい。」


黒服は、もう一度、言った。
その声には、やっぱり、感情の欠片も感じることができなくて。

それでオレはガマンできずに、
顔を上げると、

一息に、目の前にいる黒服の胸ぐらをつかんだ。

「!!」

黒服が一瞬、息を飲んだのがわかった。

けれど、一瞬だ。
胸ぐらをつかんだオレの手はすぐに外されて、
まわりにいた他の黒服たちに
一瞬にして、取り押さえられる。

「っ、……離せっ! 離せよっ!!」

頼む、頼むよ!
そう叫ぶけれど、腕を背中にねじり上げられて、
そのまま、肩口から地面に叩き付けられる。

左の頬が地面にこすれて痛い。
舞い上がった砂埃が目に入って、ぼろぼろと涙がこぼれた。

力いっぱい暴れたけれど、
大声で叫んだけれど、
腕も、身体も、少しも動かせない。
動けば動くほど、腕はきつくねじり上げられて、

とうとうオレは、動けなくなった。


しばらくして、
暴れることも、大声をあげることもやめて
ただ泣いているオレに「危険性」を感じなくなったのか、
黒服たちの腕は離れていった。

それでもしばらくは、ねじり上げられていた腕が痛くて、
地面に押し付けられた肩が痛くて、
動くことができず。

黒服たちの足元でオレは、ただ、泣いていた。

黒服たちはまるで何事も無かったかのように、
それぞれ、元居た位置に戻っていた。

夕陽は、沈んだようだった。



***************



その日の夜、
砂埃まみれで、頬やら肩やらに擦り傷を作って帰ったオレは
エレンをひどく驚かせてしまった。

ぱたぱたと走って、消毒液やら何やらを持って来てくれるエレンに、
オレは結局、
もうすぐ一緒にいられなくなる、ということを、告げられずにいた。

だって。
なんて言えばいいんだろう。

もう、一緒に暮らせなくなるって。
オレが遠くに行くって。
エレンは花街で、エレンもオレも、傷つくような仕事をしなければいけないって。

言えるわけがないじゃないか。


心配そうに傷の手当をしてくれているエレンが
愛おしくて、愛おしくて、
オレは、エレンを抱きしめた。

「おにいちゃん?」

いたいの?
ないてるの?

まだ、あどけない声。
聞いてくるエレンに、オレは首を横に振る。

笑顔をつくって、
エレンから離れると、オレは言った。

「エレン、兄ちゃん、ちょっと休みがとれたんだ」

えーっ!!

単純にビックリした声をあげて、エレンは満面の笑顔になる。
しかも、3日も続けてだ!
言うとエレンは、ますます笑顔になって、
きゃーきゃー叫んでいる。


最後なら。
もう、しばらく見られなくなるのなら、
憶えているのは、笑顔がいい。

「だから明日は、一緒に遊ぼう。」

エレンのしたいことを。
エレンの好きなことを。

エレンが笑顔で飛び跳ねて、
それからオレに抱きついてくる。
オレは、いつもよりもぎゅうっと、力を込めて、抱きしめかえす。


笑顔でいよう。
一緒にいよう。
せめて、あと3日だけは。



***************



翌朝。

オレたちは朝からお弁当を持って、
あの街外れの、1本の木へと向かった。

そんなに早い時間ではなかったとは言え、
アイツがすでにそこにいたのには、少しだけ驚いた。
膝をゆるく抱えたような体勢で、
木の幹に背中をあずけ、座っている。

エレンはアイツに「おはよーおにいちゃん!」と声をかける。
もちろんオレは、無言のままだ。
アイツは、まずはオレに視線を向けて、
それからエレンにも視線を向けて、
「……」
けれど、何も喋らないままだった。

オレとエレンとの大切な3日間にこんな場所に来るなんて、
もちろん、オレはイヤだったのだけれど。

けれど、エレンが「行きたい」と言うなら、
どこへでも連れて行ってやるつもりだった。

どうでもよかったのだ。もう。
エレンが喜ぶことをする。
それ以外の物事は、全て。
優先順位なんて、つけるまでもない。


エレンは一人、
地面を歩く虫を見つめたり、
かと思えば風に揺れる枝を見つめたり、
そのまま雲の数を数え始めたり、
鳥の声を集めてみたり、
気づけばまた地面に目線が戻っていたりと、

本当に、どうやって、と思うほど、
次々に「遊び」を見つけ出して行く。

楽しそうだ。すごく。
オレはその姿を見ている。

アイツは……
目を閉じて、ずっと同じような体勢のまま、ただ、座っていた。
寝ているのかと思ったけれど、
エレンが何か歓声をあげるたびに静かに目を開けるから、
そうじゃないのだとわかる。

聴いているのかもしれない。
それが、
エレンの声なのかなんなのかは、やっぱりわからないけれど。

やがて昼の時間になると、
オレとエレンは寄り添って、弁当を食べ始める。
アイツは、静かに座ったままだ。

わずかな木漏れ日が、アイツの金色の髪の毛を照らしている。


……綺麗だ。
オレは素直に、そう思う。


鳥の声と、
風が枝を揺らす音。
エレンの笑い声。
木漏れ日。

そんな景色の中で見るアイツからは、
なぜだろう、
“獣”らしい様子は、まったく見て取ることができなくて。

ただ、綺麗だ。

エレンが気づいて、おにぎりをひとつつかむと、
「あっ、おい!」
アイツの元へと、走って持って行った。

止めようとしたけれど、間に合わなかった。

「はい、おにいちゃん、あげる。おいしいよ!」

そう言って、アイツに差し出す。
アイツはゆっくりと、その目を開けた。

そしてまずエレンではなく、見た。
オレのことを。

「……っ」

オレはその瞳に、一瞬にして緊張する。

そうだ。
こいつの、この、目が。
オレをすくませるのだ。

怖い、という感情ではない。
もうこの“獣”に対しては、「美しすぎる」という理由以外に
恐怖を感じることはなかった。

けれど、
動けなくなる。
心が固まる。

自分がそうなる理由は、オレ自身でさえ、わからない。

アイツは、次にエレンを見た。
けれどエレンは、オレのように固まることもなく、
何事もなく、いつもの笑顔のままで、
おにぎりを差し出している。

「……」

アイツは、無言のままだった。
けれど、

「!」

ゆっくりと、その細い腕をのばして、
おにぎりを受け取った。

エレンはそれを見て、嬉しそうにオレの元に戻ってくる。

アイツは、そのおにぎりを握ったまま、けっきょく動かなかったのだけれど、
エレンはそれでも、嬉しそうだった。



昼食を終えて、エレンが「トイレーーー!!」と言って、
一人、街中に走って行った。

ついていこうかと言ったけれど、
大丈夫だもん!
と怒られて、オレはそれを断念する。

つまり。

オレは、“獣”と2人、取り残されたのだ。


「……」


しばらく、無言の時が過ぎたけれど、

鳥が鳴いて、
気持ちのいい風が吹いて、
今日は空も青くて、
日当りの悪いこのあたりも、今はお日さまが照らしてくれていて。

静かで、気持ちがいい。

あまりにも気持ちがよかったから。
それにどうせ最後だから。

オレは、そいつに喋りかけた。


「……お前がそのおにぎり、受け取るとは思わなかった。」

アイツは顔をあげて、
また、あの真っ青な瞳で、オレを見つめた。

けれど、どうしてだろう。
エレンがいなくて、こんなにも静かになったからだろうか。

その瞳を今度は、まっすぐ、受け止めることができた。

「お前、大屋敷に住んでんだろ? もっといいもんばっか食ってるだろうに。」

オレ、昨日お前んちの前まで行ったんだ。すぐに追い返されたけど。
そうも続ける。

するとそいつは、
初めて。
言葉を発した。

「…………知ってる。爺にきかされたから。」

やっぱり、しゃべれるんだな。

(爺。ミスター・ビッグのことか。)

ミスター・ビッグのことを「爺」なんて呼べるヤツ、他にはいないだろうな。
しかもそんな、
小さくて、幼い、可愛らしいとも言える声で。

声をきいてオレは、少しだけ。
コイツを傷つけてやりたい。
そう思った。

……いや、傷つけたいわけではなくて。

その声が、あまりにも、幼かったから。
何事にも興味を示さないように見えるコイツに、
オレのことを憶えていてほしいと、思ったんだ。


「お前、ミスター・ビッグの何なんだ?」

「……。」

無言だ。
だからオレは、続ける。

「お前、街でなんて呼ばれてるか知ってるか?
 魔性。悪魔の子。飼い犬。……他にもききたいか?」

傷つけたいわけじゃ、ないんだ。
でもなぜだろう。
止まらないんだ。

「オレ、お前のことが嫌いなんだ。大嫌いなんだよ。
 飢えとか寒さとか、知らないだろ。
 ミスター・ビッグに、そうとう可愛がってもらってるらしいじゃんか。
 どんな気分だよ、飼い犬になるって。しっぽ振って頭撫でられて。」

オレは知っていた。
その言葉が、ひどく、目の前の相手を傷つけるだろうことを。
ひどく、相手を侮辱した言葉だということを。

「……」

けれど目の前のコイツは、何も言わない。

「オレは、お前が嫌いだ。大嫌いだ。
 お前が……うらやましくて、仕方がないよ。」

門の前で、追い払われた。
会ってもらえなかった。
必死で訴えても「興味がない」と言われて、
門の中に入ることさえ、できなかった。

「飼い犬でもなんでも……オレはお前が、うらやましい。」

その言葉に、そいつは突然、はたと目を大きくして、
オレを見つめた。
そして

「……おれは、そうは、思わないけど。」

そう言った。

「でも、……そうか。」

そしてゆっくりと立ち上がって、歩き出した。

「……帰るのか?」

そいつは、オレの問いには答えなかった。

立ち上がると、ますます、わかる。
細い身体だ。
背も、まだまだ小さい。
白い肌と金色の髪が、ますます小柄な印象を与える。

何も言わないままそいつは、去って行った。


(……オレ、傷つけたか?)


噂では、アイツが帰るのはいつも、もっと遅い時間のはずだ。
初めてこの場所で会った時も、
オレたちよりも遅くまで、この場所に残っていたはずだった。

少しだけ心配になるけれど、
でも、それはすぐに打ち消す。

だってオレは、間違ったことは言っていないはずだ。
オレは悪くない。

トイレから戻って来たエレンが、
あれー? おにいちゃんはー?
と、不思議そうな声を出した。

どうにも答えづらくて、オレは、小さく笑って、首をかしげた。



***************



翌日もオレとエレンは、また1本の木の元に向かった。
楽しみにしているエレンを尻目に、
(アイツはもう、あそこには来ないかもしれないけどな……)
オレはそう、考えていた。

けれど、いた。
前の日と同じように、
ゆるく膝を抱えて、木の幹に背中をあずけて、座っていた。

広めに開いたアイツの白いシャツからは、
昨日はつけていなかったはずの、
銀色の鎖のネックレスが見えた。
ネックレスにしては、少し、鎖が短い。
鎖骨のちょうど上あたりで、その鎖は光っている。

エレンは嬉しそうに、おはよー! と声をかけている。

(……来ないと、思ったのに。)

自分がどれだけヒドイことを言ったのかわかっていたから、
オレは少しだけ、バツの悪い気持ちでいる。

謝ろうとは思わない。
なんでオレが、こんなヤツに謝らなきゃいけないんだ。
……けれど少しだけ、胸は痛む。

そのまま、午前の穏やかな時間が過ぎた。

昼になるとエレンはまた、アイツにおにぎりを差し出す。
違ったのは、受け取るときに

「ありがとう」

あいつが、そう言ったことだ。

「!」
エレンは、
はじめておにいちゃんがしゃべったー!!
と、騒いでいる。

それきりアイツはまた喋らなくなったけれど、
エレンはとても、上機嫌だ。

昼食が終わって、エレンはまた、トイレを探しに街中へと走って行く。


「……なぁ。」

エレンの姿が見えなくなるのを待っていたかのように、
アイツが、オレに喋りかけて来た。

「……なんだよ。」

オレはぶっきらぼうに答える。

「お前、昨日言ったよな。おれがうらやましいって。」

あぁ、言った。それがどうした。
ケンカ腰のような言い方に鳴ってしまったけれど、
言いながら、アイツが……
口の端を少しだけ、歪めていたのが見えたから、
オレは本当に不機嫌になって、答えたのだ。

「じゃあさ、お前、選べよ。」

「?」

あの青い瞳で、
挑むようにアイツは、まっすぐに、オレを見つめる。

「おれ、お前たちを買ってやろうか。」

「なっ……!」

一瞬にして怒りの湧いたオレにたいして、
アイツは冷静に、少しだけ口を歪めて笑って、続ける。

「あぁ、ちょっと違うか。……飼ってやろうか、お前たちを。」

お前!

オレは胸ぐらをつかみあげる。
つかんだ拳に、銀のネックレスの鎖があたった。

「金が必要なんだろ? うらやましいんだろ?」

オレは怒りのままに締め上げるけれど、
コイツは至って、冷静だ。

「一緒にいたいんだろ? あの、可愛い妹と。」

「おれに飼われることを選ぶなら、その願いを叶えてやる」
「うらやましいんじゃなかったのかよ。」
コイツはそう、続ける。


殴りつけてやりたい。
その気持ちをおさえて、
けれど締め上げる手は緩めずに、
オレはコイツの、青い瞳を見つめる。


オレたちを、飼う?

コイツは。

バカにしている。
バカにされている。
こんな、
何の苦労も知らないような子どもに!!


「……選べ、よ。」


オレが締め上げるせいでかすれた声で、
この金色の髪の“獣”は、なおも続ける。

“獣”の顔がみるみるうちに赤くなって、
けれどそれでも、オレはしばらく、
締め上げる手を離さなかった。

離せなかった。
怒りで。
だって。
「飼う」だなんて言葉を、オレたちに。エレンに。

(このまま……)

このままコイツを、殺してやりたい。
そう思った。


……けれど結局、
オレはその手を、離した。

オレの手から解放された“獣”は、
真っ赤な顔で、勢いよく咳き込んでいる。

小さな身体だ。
細い、身体だ。

その身体が、苦しそうに折れ曲がって咳き込んでいるのを足元に見ながら、
オレは言う。

「お前なんか……殺してやる。」

まだ咳き込みながら“獣”は、
オレの言葉に顔をあげる。

「いつか……お前の“金”なんていらなくなった時に……絶対に……!!」

おれに飼われる。
お前は、それを選ぶんだな?

あの青い瞳がそう尋ねるから、
オレも、視線だけで「肯定」をあらわす。

呼吸を落ち着けながら、“獣”はまた少し、口の端を持ち上げてみせた。
そして、言ったのだ。
殺してやる。
そう言ったオレに。

「やってみろよ。おれは、いつでもかまわない。」

やれないと、思ってるんだな。
オレはそう理解する。


けれどオレには、確信がある。

オレは決して、今日、
この日の、この感情を、忘れないだろう。

絶対に。
絶対にだ。

そんなオレの気持ちを見透かすように。

青い瞳の“獣”は、まっすぐにオレを見つめて、
また、笑ったようだった。



(to be continued...)



←ひとつ前の『獣の庭_1 /A』はコチラです
→続きの『獣の庭_3 /A』はコチラです
⇒関連作『獣の庭《in secret》 /A』はコチラです
※作品一覧はコチラです

スポンサーサイト

<<獣の庭_3 /A | BLOG TOP | 獣の庭_1 /A>>

comment

No title

  1. 2010/03/24(水) 08:19:00 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
読ませていただきました!

話がだいぶ進みましたね。
獣が言葉を話す…そして見えた未来が 飼われる…
すごく切ないお話しでした…!!
エレンの無邪気な笑顔にもすごく心が痛いです…

次回の話もこの続きになるのでしょうか?
早くこの2人の幸せが見たいですねっ!

執筆の方頑張って下さいませ♪
応援いたしますww

Re: No title

  1. 2010/03/24(水) 11:37:38 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> 夢さん

コメントありがとうございます*^^*
夢さんからのコメントやポチっと、本当に、いつも励みになっています。
応援されているって……嬉しい!!

次回は、……ちょっと、迷い中です。
が、たぶん、またこの続きになると思います。
じゃないとタイトルの意味がわからないままになってしまう!!笑
ページ配分を若干、間違えました^^;

またぜひ、覗きに来てやって下さい。
コメント、ありがとうございました☆

訪問履歴から来た者です。

  1. 2010/03/24(水) 22:24:21 |
  2. URL |
  3. 宏章√
  4. [ 編集 ]
訪問履歴から来ました。ジャンルが小説・文学だったので見てみようと思い訪問させていただきました。

とても切ない話で心にぐっときました。
貧富の差を嫌うアランには少し共感できました。
飼ってやる なんて言われたら私は怒りますね。

次回がどんな展開になるかとても楽しみです!
私も応援したします!

Re: 訪問履歴から来た者です。

  1. 2010/03/24(水) 22:46:19 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> 宏章√ さん

コメントありがとうございます!
共感していただけるキャラクターがいて嬉しいです*^^*
日常生活で 飼ってやる なんて言われたら、
むしろひきますよね……。笑
というか、怖いです。が。
言わせちゃいました^^;

応援ありがとうございます!
がんばります~☆
またぜひ、覗きにいらしてください。
コメントありがとうございました!

 管理者にだけ表示を許可する
 


trackback


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。