旅の空でいつか

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獣の庭_1 /A

  1. 2010/03/23(火) 01:27:46|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
→続きの『獣の庭_2 /A』はコチラです
⇒さらに続きの『獣の庭_3 /A』はコチラです
⇒関連作『獣の庭《in secret》 /A』はコチラです
※作品一覧はコチラです




厳しかった冬も、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。
オレが初めて、あの“獣”の姿を見かけてから、
もうすぐ、ふた月になる。

あいかわらず生活は苦しかったけれど、
あたたかくなって来た最近では、
日がのびたせいか、
仕事も少しは遅くまでできるようになって、
ソレに従ってもらえる給料も少しは増えて、
どうにか今年の冬も無事に越えられそうだと、
オレは少しずつ、安心できるようになっていた。

6歳年下の妹、エレンも、
毎日元気に過ごしている。
今の生活には、
なにも、文句を言うこともない。
楽ではなかったけれど、十分だ。


あたたかくなって来た最近では、
オレは仕事中、時々エレンのことを考える。

一人でも、どこにいても、
気づけば「遊び」を見つけてくる、エレン。
オレの帰りを待ちながら最近では、
近所のおばさんたちに教えてもらった料理を作ってくれていることもある。
初めてエレンの作った料理を食べたときは、
なんか、泣きたくなったりもした。

いつの間にこんなこと覚えて、
いつの間にこんなこと、できるようになったんだろう。
毎日、毎日の積み重ねでは、なかなか気づかないけれど、
ちゃんと、育っているんだ。
それがとても、嬉しくて。

大体の場合は、外でひとしきり遊んで、
オレが帰ってくるころにエレンも家に帰ってくる。
そんな日々だったけれど。


自分が5歳だったときのことを思い出すと、
エレンは随分と、しっかりした妹だと思う。

オレが5歳だったとき。

父親が家を出て行って、
その頃はまだ、母さんが生きていて、
お腹の中に、エレンがいた。

エレンをお腹の中に抱えて、
それでも母さんは、オレたちを育てるために働いて、
オレはただ、母さんに守られて、
エレンが生まれることを単純に、楽しみにしていて。

エレンのように、料理のひとつでも覚えて、
疲れて帰って来た母さんに、食べさせてあげればよかった。
そんな風に思う。

今さら考えても仕方がないから、
だから今はその分もオレは、
エレンをちゃんと、育ててやりたい。

それだけが、今のオレの生き甲斐だ。


……あの、“獣”のことを考える。


初めて見かけたあの夜以来、
オレがそいつを見かけることはなかった。

噂によると、今でも時々、あの“獣”は、
この街の中で目撃されているらしい。
朝、あらわれて、
そのままどこかに姿をくらませて、
夜またあらわれ、大屋敷へと帰って行く。

あの夜のように「暴れる」姿も、
あの後、数週間ほど、見かけられたらしいけれど、
オレはそれを見ていないし、
最近ではそんなこともなくなったらしいから、
よくはわからない。

あの夜に抱いた「恐怖」は、
今はもう随分と薄れて、
オレの中にある気持ちは、元の通り。

1回、見かけただけだ。
けれどやっぱり、オレは、
アイツがキライだ。

あんな立派な屋敷に住んでいて、
何不自由ない暮らしをしていて、
それでも逃げ出すって、なんなんだ。
わからない。

よくわからないのは、当たり前だ。
金持ちの考えることなんて、オレにわかるはずがない。
オレたちの気持ちを、アイツがわかるはずなんてないのと同じように。

大嫌いだ。
あんな甘えたヤツ、大嫌いだ。

大屋敷は、
この街の中にありながら、
この街とは全く違う「世界」を持った場所だ。
自分から進んでしない限り、
オレがあの“獣”に関わることも、ないだろう。


そう、思っていたのだけれど。


***************



その日オレは、いつもより大分仕事が遅くなり、
少し急ぎ足で、すでに夜の入り口にある、街中を歩いていた。

エレンは、家で一人きりで待っていて、心細くないだろうか。
心配していないだろうか。
そんなことを思いながら、家路を急ぐ。

けれど。

「……エレン?」

家に帰るとそこには、
エレンの姿は、なくて。

ざっと、オレの心に不安がよぎる。

いつもならエレンは、帰りの時間がオレと同じくらいになることはあるけれど、
少なくとも、オレよりも幾分か早く、帰宅しているはずだった。

帰宅して、エレンの姿が見えない。
そんなことは初めてだった。

オレは荷物を置くのも忘れて、
そのまま再び
夜の街へと駆け出した。


エレンが行くだろう、と心当たりのある場所に、
一軒一軒、まわっていく。
けれどどこにも、エレンの姿は見当たらない。

随分と走りまわった。
いくつもの路地を通り過ぎて、
いくつもの家を尋ねてまわった。
けれど、見つからない。

それでオレは、花街へも足を向けた。
すでに、オレンジ色の街灯が明々とともっている。

「アイリ!」

花街に入ってすぐ、いつも見かける顔を見つけて声をかける。
アイリは、元々は「外」の街にいた人で、
いつもオレにいろいろなことを教えてくれる。
花街の、頼りになる姉さんたちの一人だ。

「どうしたの、アラン。そんなに急いじゃって。」

濡れた髪を乾かしながら、2階の窓からオレを見下ろしている。
アイリたち、花街の女性たちは、“仕事”に向けてこの時間、
風呂に入ったり、化粧を始めたりするのだそうだ。
依然としてオレは、
花街の“仕事”というのがどういうものなのか、知らなかったけれど、
化粧をして綺麗なカッコをしている姉さんたちは、みんなキレイだ。
もちろん、化粧なんてしていなくたって、
みんなすごく、美人なんだけれど。

その窓に向けて、オレは事情を説明する。

エレンがまだ、帰って来ていないんだ。
心当たりのある場所は、もう随分、探したんだけれど、と。

エレンがこの花街の方にやってくることは、あまりない。
「夜」から仕事が始まるこの辺りには、あまり近づかない方がいい。
近所のおばさんたちが、オレたちにそう教えてくれていたからだ。

昼間や朝に数回、訪れたことはある。
オレにもエレンにも、姉さんたちは、いつも優しい。
笑顔で声をかけてくれるし、
エレンの頭を撫でてくれたりもする。
もっと小さかった頃には、オレにも。
お菓子をくれたりもする。

オレは、ここの姉さんたちが、本当に大好きだった。

アイリは、あら、と驚いた顔をして、言った。

「エレンちゃん、まだ帰っていなかったの?」
「見かけたのか!?」

アイリはうなずく。

今から2時間程前、
夕闇の中、エレンは一人、歩いていたそうだ。
不思議に思って、アイリは声をかけてくれたそうだ。

「お兄ちゃんのこと探しに行くって、言ってたわよ。」

今が20時くらいだから、
2時間前と言えば、まだ日の完全には落ちきらない、夕方。
オレが帰ってくるのがいつもは17時半くらいだから、
そうか、
オレの帰りが遅いのを心配して、探しに出かけたのか……。

……オレの職場は、ぜんぜん、この辺りではないのだけれど。

アイリから、エレンが向かったという方向を聞いて、
一言だけお礼を言うと、
オレはまた、走り出した。



花街を通りすぎて、
花街の建物も、オレンジ色の街灯もいつの間にかなくなって。
オレは、荷物の中から小さなランプを取り出す。
道を照らすのは、今はこの、小さな灯りだけだ。

(こんな真っ暗な中、一人でいたら……)

エレンは、怖がって泣いているのではないだろうか。

下手な輩は、この街には入っては来られない。
それがわかってはいても、
やはり、心配なのは変わらない。

__ケガでもしていて、動けなくなっていたらどうしよう。

エレン。
エレン。
オレは、走るペースを速める。


道の脇に、まばらながらも植えられていたはずの木々も見えなくなって来て。
街の外れ。
この先にはもう、北西の端っこの「塀」しかないだろう。
そんな場所で。

「エレン!」
オレは、エレンを見つけた。

「あ、お兄ちゃん!」

塀以外には何も無い、
なぜこんなところに生えているのかもわからない、
1本の木の、その根元に。

笑顔で手を振るエレンが、そこにいた。

その笑顔を見て、ほっとする。
よかった。
特に、ケガもしていなそうだ。

「お前……こんなところにいるなんて」
心配したんだぞ。
そう、続けようとしたときだ。

オレはエレンの隣に、信じられないものを見つけた。

あの“獣”だ。

(くそっ)

顔も見たくない。
もう滅多に見かけるはずもない。
そう、思っていた、あの“獣”。

なんで、こんなところで見かけなければならないんだ。


「……エレン、帰るぞ。」

はぁい。
エレンは元気に返事をして、それから、
“獣”に向かって、
ばいばーい!
そう言って、手を振った。

それを見てオレは、苦々しい気持ちでいっぱいになる。

「エレン! そんなヤツに喋りかけるなよ!」

怒鳴ってしまったけれど、
エレンは気にする様子もなく、
なんでぇ?
と、不思議そうな顔をしている。

「……」

オレの隣に小走りでやってきたエレンにランプを持たせると、
背にかばうようにして、オレはその“獣”に話しかける。

「エレンには、何もしていないだろうな?」

そいつは、何も答えない。
背中を、痩せこけた1本の木にあずけて、座り込んで、そのままだ。

以前見た時よりも、洋服が上等なものに変わっている。
気づいてオレは、ますます、嫌な気分になる。

「オレの妹に近づくな。近づくのも、話しかけるのもダメだ。わかったな。」

そいつはやはり、何も答えない。

ただ、あの、青い瞳だけが、
オレの目を捕らえて離さない。
そこからは、そいつが何を考えているのか、
計り知ることはできなかった。

(貧乏人とは、口もききたくないってのかよ)

「……行くぞ、エレン。」

不思議そうな顔をしたままのエレンの背中を押して、
オレはそいつに背を向けた。

そいつの視線が、オレたちの背中に注がれていることには、気づいていた。
鋭い視線だ。
隠そうともしない。
けれど、何を話しかけてくるでもない。


時間が遅くなってしまったせいもあったけれど、
花街を通れば、
アイツが大屋敷に戻る道のりとかぶってしまう。
それがイヤでオレは、来た時とは別の道で、
エレンと2人、家路につく。


エレンに話を聞いたところ、
どうやらオレの予想通り、
帰りの遅いオレを心配して、オレを探して街をうろうろしている間に、
あの場所に辿り着いてしまった、ということだった。

もう夕方に一人で出歩くのはやめろよ、
あまり心配かけさせないでくれ、
と、ひとしきり注意する。
笑顔で「はぁい」と答えるエレンに、
オレの言葉が本当に伝わっているのかは、よく、わからない。

家につく手前で、やっとオレは、それを口にする。

「……エレン、アイツと、何してたんだ?」

少しだけ首をかしげて、考えてからエレンは、首を振った。

「なんにもしてないよー。」

「なんにも?」

うなずくエレン。

「じゃあ、どんな話しした?」

再び、首を振るエレン。

「なんもしゃべんないんだもん。全然うごかないし。」

なんだそりゃ。
何かされていても、何か話されていても、それはそれで心配だけれど、
何の反応もない、というのは、
逆に、もっと心配だ。
どこかが歪んだ、狂ってしまったような人間なのかもしれない。
突拍子もないことをされそうで、恐ろしい。

オレは思い出す。
最初にアイツを見かけたときの、アイツの、咆哮。

獣のような……。

(……アイツ、喋れないのか?)

一瞬だけ考えて、すぐに打ち消す。

思い出す。
投げかけられた、鋭い視線。

あれは、違う。
歪んでも、狂ってもいない。

むしろもっと、強いものだ。
恐ろしく、頭の良さそうな“獣”なのだ。
こちらの考えていることなど、全て見透かされてしまうような。
下手に動けば、その、鋭い牙と爪を剥き出しにしてくる。
そんな“獣”。

そういう、目をしていた。

(……くそっ、無駄にキレイなカタチしやがって)

キレイな分、得体の知れない恐ろしさがある。
おそらく、オレとエレンの間くらいの年齢。
少し伸びた髪。
細い身体。
それなのに、この恐ろしさはなんなんだよ。

「……エレン、もうアイツには関わるなよ。」
かかわるって?
聞き返すエレン。
「話しかけたり、近づいたりするなってことだ。わかったか?」
なんでなんで?
エレンはなおも聞き返してくるが、オレはそれを無視して、
なんでもだ!
そう言って、その会話を終了させる。

エレンはしぶしぶ、といった様子でうなずいた。
その様子を見てオレは、家のドアを開ける。

「遅くなっちゃったけど、ご飯、食べるか。」
「うんっ!」

むくれていた顔が、一転して、笑顔になる。
そう。
オレは、エレンのこの顔を見るために、毎日、生きてるんだ。
その笑顔に満足して、オレたちは
随分遅くなってしまった夕食の準備を始める。

今夜はクリームシチューだ。
ミルクも野菜も、そんなに上等なものではないけれど、
エレンとオレの、好物だ。

エレンが歓声をあげた。
オレも笑顔になった。

まぁ、大丈夫だろう。
そんなに心配することはないだろう。

……そう、思っていたのだけれど。



それから数週間後、
今度は仕事が早く終わって、いつもよりも随分と早く家に帰り着いたオレは、
エレンの姿が、そこにないことに気づく。

まだ、そこらで遊んでいるのだろう。

そう考えて、辺りを探すけれど、
エレンの姿は、見当たらなくて。

__イヤな予感がした。

その予感の告げるままに、オレはまた、
街外れの、あの、1本の木を目指して、歩みを進める。

今度は、まだ、夕日の差し込む程度の時間に。
オレはそこに向かう。

道の脇の木々も見えなくなって、
建物もなくて、
塀と、やせ細った1本の木以外には何も無い、
そんな場所。

(なんでだよ……)

そこに、エレンはいた。
木の根もとには、やはり、
あの“獣”の姿。

夕陽が少しだけ差し込んで、その赤が、
“獣”の金色の髪を染めていた。
オレに気づいて、顔を上げる“獣”。
夕陽の元でも、その強さを失うことのない、青い瞳。

キレイな、キレイな。
“獣”。
オレをまっすぐ、見据えている。


「お兄ちゃん!」

エレンもオレに気づいて、駆け寄って来た。
オレはそのエレンの腕をつかんで、
「いたっ! お兄ちゃ、いたい……!」
そのまま踵を返すと、振り返ることなく、その場を去った。

もちろん、花街を避けた道のりだ。

エレンが何か話しかけて来たけれど、
オレはそれには耳を貸さなかった。
というか、聞こえていなかった。

オレは、腹立たしかったのだ。

アイツは、危険だ。
アイツには、不用意に関わってはいけない。

そう、ずっと感じていた。
エレンにも、注意はしたはずだった。
けれど、
それはちゃんと、伝わってはいなかったのだ……。


そのまま、歩いて、歩いて、家に辿り着いて、
ドアを閉めて。
それでやっと、エレンが半泣きなことに気がついた。

手が痛い、と、言っている。
オレがつかんでいた、手だ。

「……ごめん。ごめんな、エレン。」

半泣きのエレンに、ぽつぽつと謝ることしかできない。

けれど。

あいつには関わるな。そう言ったはずだ。
オレは、半泣きのままのエレンに話しかける。
エレンは言う。
ちゃんとおぼえてるもん、と。

だから自分は、
あのおにいちゃんとは、なにもしていない。と。
はなしかけても、いっつもなんにもしゃべってくれない。と。


……オレは、ひどく、腹立たしかった。


アイツのことを、オレに対するものとは響きは違えど
「おにいちゃん」と呼ぶほど、
“いっつも”という言葉が出てくるほど、
アイツに、アイツのいるところに、エレンは行っていたのだ。

「……もう、あの場所へは行くなエレン。」
アイツに会っちゃダメだ。
オレは言う。

「なんで?」

「なんでもだ。」

「どうして?」

「どうしても。」


何を言っても、ダメだ、という答えしか返さないオレに、
「そんなのいやだもん……」
そう言って、エレンはとうとう、泣き出した。

エレンを泣かすようなことをしたのは、久しぶりだった。
こいつの笑顔が見たくて、そのためにオレは、
毎日、いたのに。

けれど、泣きたいのはオレの方だ。
エレンの泣き声を聞きながら、オレはそう考える。

エレンはきっと、明日も、
アイツの元へ、行くだろう。

__アイツは、危険だ。
__アイツには、不用意に関わってはいけない。

そう思ってはいても、
オレには、それをうまく伝える術がない。

エレンは、見ていないから。
夜の闇の中で吠えるアイツの姿を。
その時の、あの、目を背けたくなるような姿を。

見ていられない。あんな姿。

アイツは、たとえ、エレンの前では今まで大人しかったのだとしても、
そんな姿を持った、獣なのだ。

けれど、それを言葉で伝えるのは難しい。
そしてオレは、
エレンが明日も、明後日も、
アイツに近づいて行くのを、止める術も持っていない。

生活していくために、
食べて行くために、
オレは明日も、仕事に行く。
家に残されるのは、エレン一人だ。

どれだけ心配でも。
オレには、エレンを止める力がない。

それがとても、悲しかった。

どうして自分は、こんなに子どもなのだろう。
早く大人になりたい。
早く大人になって、
エレンに伝える言葉を持ちたい。
こんなに毎日毎日毎日毎日、
幼い妹を一人きりにしなければ生活していけないような日々から抜け出して、
もっと、ちゃんと仕事をして、エレンを育てたい。

悲しかった。
そして、悔しかった。

アイツは。

オレの気もしらずに、
明日も明後日もきっと、あの場所にいる。

オレが、必死で仕事をしている間に。
エレンと一緒に。

オレの気も、
何の苦労も、知らずに。

アイツなんて、大嫌いだ。
大嫌いだ。


泣き止まないエレンを抱きしめながらオレは、
やりきれないその気持ちをどうにか落ち着けようと、
一人、もがいていた。



***************



翌日からも、きっとエレンは、
あの場所で、アイツの側に、通っていたのだろう。

ハッキリとはわからないけれど、
おそらく、そうに違いないと、オレは思っていた。

それをエレン本人に訊くことはできなかった。

エレンは、オレや母さんに似て、ガンコだ。
言ってもきかないだろうことはわかっていたし、
それなら、
聞いても、言っても、仕方が無いことだ。

ただしエレンは、
オレが帰ってくる時には、必ず、家の中で待っているようになった。
帰りが早くなった日も、遅くなった日も、
それは変わらなかった。
オレに気を使っているのかもしれない。

ほんの5歳の子どもに、気を使わせてしまっている。
申し訳ない気持ちでいっぱいになったけれど、
オレは、
エレンが、オレの時間に合わせるかのように毎日、家に戻ってくる理由を尋ねることも、
オレがいない間に何をしているのかを尋ねることも、
もちろん、
気を使わせてすまないと、ひとこと謝ることも、できずにいた。


せめてこのまま。
何もおこらず、平和に、一緒に暮らせていければ。

それだけでいい。
それだけでいいから。

オレは、そう思っていた。


けれど。



赤、ピンク、白。
3色の花が、1本の枝に同時に宿る。
『花桃』という名のその木が、花を咲き誇らせる、
春と初夏の間の時期に。

「もう、無理なんだよ……。アランにもエレンにも、申し訳ないが……。」

仕事から帰って来て、
家のドアを開けようとしていたオレを見つけて、
大家さんが、そう、言った。

「今月いっぱい。そこまでだ。」

今月いっぱい。
あと、1週間。

どう考えても、不可能だ。

「それまでに、今までの滞納金、返せなかったら」
オレは、遠くの工場へ。
エレンは、花街へ。



……それは、随分と前から、言われていたことだ。
「これ以上滞納するなら、お前らを売っぱっちまうぞ」と。
けれど最近は、少しずつ、滞納していた家賃も払えていたのに。

今までのは、単なる脅しだったのかもしれない。
そう思えるほど、今日の大家の言葉は、
その響きが、違っていた。
今までだって、
オレを必死にさせるだけの力は十分、持っていたのだけれど。


オレは当然、頭を下げた。
しがみついて、
大声で、
振り払われて、膝が地面についても、
それでも、大家さんの裾を離さずに。

謝りもした。
必死で頼んだ。
ソレ以外なら、何でもするとも言った。

エレンと離ればなれになるのだけは、
それだけはイヤだった。

だってエレンは、オレの唯一の家族で。

エレンのために、オレは。
エレンがいるから。
だから、オレは。


……けれど大家から帰ってくる返事は、変わらない。


心底申し訳なさそうな表情の大家さんを見て、
もう、これは覆らないのだと、理解した。

力が抜けて、するりと裾が離れた瞬間に、
大家さんは自分の家の中へと入って行ってしまう。


オレは何も言えないまま、
座り込んだままだ。


(エレン……母さん……母さん……!)


助けて。
母さん。
母さん。

応えてくれる声など、とうに無くしている。

けれど、
わかっていてオレは、求めずにはいられない。


成す術もなく、オレはただひたすらに、
助けを求めていた。

春の終わりのあたたかい風が、通り過ぎて行った。



(to be continued...)



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comment

No title

  1. 2010/03/23(火) 01:57:20 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
読ませていただきました。

すごく悲しいお話ですね…
そしてアランの気持ちがすごく分かります。
こんなに必死に頑張っても
まだ小さな子供には伝わらないのですね…
でも何か伝わったときには
必ず代償を払わなければならない時が来る…
この2人には幸せが来るのでしょうか。

そして獣の存在ですね。
今あの屋敷で何をしているのか…
どんな生活をしてるのか…何故。
あの場所に来るのだろうか…など…
次のお話も楽しみに待っています!!

執筆頑張って下さいませ♪

Re: No title

  1. 2010/03/23(火) 02:08:56 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
>夢さん

すごい!
早速のコメント、ありがとうございます。嬉しすぎます!
たぶんまた、何回もいただいたコメント、読んだりしちゃうんだろうなぁと思います^^

ちなみに今、自分で読み直してみて、
少し訂正(というか加筆)していたところでした。
気づかないような部分かもしれませんが……。

次の話も、この続きになるので、
あまり日をあけずに書けたらいいなぁと思っています。
夢さんのように、いつもポチっとしてくれたりコメントをくれたり、
すごく勇気づけられます。
がんばりますね☆

子どもたちを、どうぞこれからも、
見守ってやって下さい。

コメントありがとうございました☆

  1. 2010/03/26(金) 01:31:52 |
  2. URL |
  3. のくにぴゆう
  4. [ 編集 ]
はじめまして、のくにぴゆうといいます。

訪問ありがとうございます。

改めて読まさせて戴きました。

本来交差する事のない二人が、純真可憐な妹により、関わりを持つようになる。
お互いが持つ他人に対しての仮面。
でもその下の優しい姿を知るのはエレン。

エレンはこの物語の大事なキーワドのような予感。
なんちゃってv-398
また遊びに来ます。

Re: タイトルなし

  1. 2010/03/26(金) 01:50:08 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
> のくにぴゆうさま

コメント&訪問、ありがとうございます☆
なんちゃってv-398の絵文字が可愛すぎて、
思わずここでネタバレしちゃうところでした。笑
それにしても、コメント欄で絵文字使ったのは初めてです。
のくにびゆうさんのおかげですね。ありがとうございます☆
またぜひ、いらしてくださいv-278
のくにびゆうさんの、楽しい暇つぶしのお時間になればいいのですが……v-521e-263

コメント、ありがとうございましたe-343e-343

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