旅の空でいつか

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温泉の町_1 /Z

  1. 2010/03/18(木) 10:42:23|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

→続きの『温泉の町_2 /Z』はコチラです
※作品一覧はコチラです




北西に向かって。

私とウルフと『Z』は、ただただひたすらに、進んでいた。
目指しているのは、2つの街。
「吹きだまり」と「冬の要塞」と呼ばれる場所だ。

その道中で私たちは、
ひとつの町に辿り着いた。

なんの変哲もない、
適度に飲み騒げる酒場があって、
生活に必要なものばかりを扱う小さな市場があって、
小さな小さな、宿がある。
特徴と言えば、その宿には小さな温泉があって、
その温泉は、それなりに気持ちがいいらしい。
その程度。
そんな町だった。


そこで私たちは、
次の町までの食料やらなにやらを調達すべく、
いつもの通り、
「旅のお医者さん」として、小銭稼ぎをしていた。



***************



宿からわずか数分の、
市場の端っこの端っこで、
私たちは小さなテントを借りて、診療所を開いていた。

病院に行く程でもないけど、心配な人。
病院に行った方がいいだろうことはわかっているけど、お金のない人。
旅のお医者さんがめずらしくて、覗きに来る人。

満員になるほどではないけれど、
私たちの診療所には、絶えず、そんな人たちがやってくる。


あるケガ人は、酔っぱらっているのか、
顔を少しだけ赤くして、
大きな声をあげて、やってきた。

その男は、明け方までいた酒場で
酔っぱらってケンカをして、
どこをどうした時に傷つけたのかは覚えていないものの、
腕に切り傷を作っていた。

ケガ自体は、大したことはないようだった。
ごく簡単な消毒を手際よく進めていく『Z』に、
私は消毒液やガーゼを手渡して行く。

手当を受けている最中、
前夜のケンカやら飲み比べの武勇伝をしゃべり放っていた男が、
手当が終わると、ふと、静かになった。
手当の終わった腕を、ただじっと見つめながら、黙っている。
「まだどこか、痛むところがありますか?」
聞いた『Z』に、男は答えた。
「あのよう……それがよう……」
そこまで言って、男は口をつぐむ。


私は
あ、この人、もしかしてお金がないとかそういう感じ?
と、考える。

『Z』の元にやってくる患者さんの中には、
そういった人もたくさんいる。
足りないながらに置いて行ってくれる人。
どうしても払えないと、申し訳なさそうにする人。

大抵の場合『Z』は、そういった人たちからは
無理にお金をとることはしない。
『Z』が“そういう医者”であることが噂になっている、なんてことはないのだろうけれど、
けれど、『Z』の持つ雰囲気が
「この人なら大丈夫かもしれない」と、思わせているのかもしれない。

まぁ、それも善し悪しよね。
私はそう思う。

どうしても払えない、と申し訳なさそうにしている人からひっぺがす程、
私たちは困っているわけでもないし、
困っているわけでないのなら、まぁ大丈夫だろうと、
私は思っている。

もちろん、お金があるのに払いしぶるような患者には
それまでただの「立派な毛並みの可愛いワンコ」だったウルフが
お尻に大きな牙の跡をつけることで抗議して、
是が非でもお支払い頂くのだけれど。

この男性は前者だな、と思っていたところ、
けれど私の予想に反して、懐から何枚かのコインを取り出した男は
『Z』にそれを手渡しながら、
重い口を開いた。

「昔っから、頭悪くってよ。また、失敗しちまったんだ。」

男はそのまま、とつとつと話し続けた。
幼い頃から物覚えが悪く、親からも見放され、
満足な食事や教育を与えられることは、一度も無かったと言う。
与えられたのは、
冷たい視線と、鋭い言葉。
耐えられずに家を飛び出し、生まれ故郷を飛び出し、
荒れて、荒れて、手のつけられない状態だったところ
一人の女性に出会い、恋をして、
そしてやがて家族を持ち、
「自分もやっとしあわせを手に入れられたと思ったんだ」と言った。

けれど
物覚えが悪く、
親として子どもとどう接していいのかもわからなかったという男は
だんだんと、家の中から居場所をなくし、
仕事にも失敗し、酒に溺れていたところで
わずかな金をもだまし取られ、借金を背負わされ、
ついには、生活していくことが困難になり、
そうして、妻と子が、家を出て行った。
「ちゃんと仕事して、金ためたら、必ず向かえに行くよ」
妻子とはそう約束をして、別れたという。

「でもよ、やっぱり、頭悪いからさ」

仕事は失敗続きで、借金は増えて行く一方。
数日前に、また、一緒に仕事をしていた仲間たちに騙され、
新しい借金を背負ってしまったのだそうだ。

もう、どうしようもない。
そんな気持ちでいっぱいで、
男は昨夜、酒場で記憶をなくすほどに酒を浴びて、
そして気がついたら、腕にはケガをしていたという。

「まぁこんなこと、センセイに言っても仕方ないんだけどな。」

そう言って苦笑した男は、
赤い顔で、少しだけふらふらとした足取りで席を立つと、
『Z』に背を向け、去り際に、言った。

「親にも見放されるようなダメな人間、どうせ何やったってダメだって、
 そんなこと、わかっちゃいたんだけどな。」

そして立ち止まることなく、テントを後にする。
ウルフが挨拶のかわりに、小さく、尻尾を振った。

『Z』は何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。



またあるケガ人は、テントに入ってきた時からぷりぷりと怒っていて、
ほおにできたかすり傷を『Z』に手当させていた。
大したケガではない。

どうやら、仕事仲間たちと口論していたところ
興奮した仲間の一人が殴り掛かってきた、ということらしい。
殴りに来る腕こそはよけたらしいけれど、
その人がはめていたらしい指輪がかすり、
ここに来た、ということらしかった。

「まったく、本当に信じられない男だ」
そのケガ人は言った。
彼によると、彼に殴り掛かってきた男は「甘えている」というのだ。

『Z』は黙々と、男の傷を消毒していく。
私も黙って、消毒液やガーゼを手渡していく。

「たしかにな、あの男にまかせた仕事はキツイもんだったろう。
 けどな、ちょっとキツイ仕事ばかりを任せたからと言って、
 失敗したところを叱ったからと言って、あんな言い草はないだろう。」

あんな言い草?
口には出さなかったけれど、
思った私の表情を汲み取ったのか、そのケガ人は続けた。

「そいつは言ったのだよ。
 “どうして自分ばかりがこんな仕事をしなきゃいけないんだ”
 “自分はいつも損な役回りばかりだ”と。」

いまいましそうな顔をして、ケガ人はなおも続ける。

「あの男は、生まれと育ちがよくないんだ。
 ろくでもない親の元に生まれてしまったと、よく、話していた。」

たしかにその男の親は、本当にろくでもないやつだった。
ケガ人は、そうも続ける。
子どもに対する愛情などはかけらもなく、
人に任せ、自分たちではろくに面倒も見ずにおいたくせに、
男がある程度育つと、
自分たちの娯楽のための、その金を稼がせるための
単なる労働力として、男を扱ったという。

やっとのことで親の元を離れた男を拾ったのが、
このケガ人だったらしい。

ケガ人は、なおも続ける。

その経験があるから、あいつは少しでも辛いことがあると
自分はいつも不幸だとか、そんなことを言い出すんだ。
それがひどく、腹立たしくて仕方が無い。

そのケガ人は、本当に怒りがおさまらないらしく、
お酒のせいでなく顔を赤くして、
その男の悪口を言い続けた。

しばらくして、とっくに治療が終わっていることに気がつくと
男はやっと、懐から取り出したコインを『Z』に渡すと、
イスから立ち上がり、テントの外に向かって歩き出した。

テントから出る間際、男は言った。

「俺自身の親も、あの男の親みたいなもんだった。
 いや、もっとひどかっただろう。
 だから腹が立つんだ。俺にできたことが、あいつにできないわけがない。
 あいつは単に、甘えているんだ。全く、腹が立つ。」

その後は一度も立ち止まることなく、テントを後にする。
ウルフが挨拶のかわりに、小さく、尻尾を振った。

『Z』は何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。



また、別のケガ人がやってきた。
そのケガ人は、前の2人とは違って
ケガのために少し曇ってはいるけれど、明るい表情をしていた。

足首をねん挫しているようだったけれど、
そんなに大した傷ではなかった。

ケガ人の靴下を下げて、患部を触ってたしかめて、
『Z』は黙々と治療していく。
私も黙って、湿布や湿布をとめておくテープを手渡す。

そのケガ人は、とにかく、よく喋った。

数年前に、少し離れた街にある
近隣では有名な学校を卒業したこと。
金払いのよいことで有名な仕事に就けたこと。
同じ仕事に就いている両親が、自分を自慢に思ってくれていること。

『Z』も私も、一言も
相づちすらも挟まなかったけれど、
そのケガ人は、ひたすら、喋り続けている。
その表情は明るい。

職場の中でも、特に責任を求められる仕事に抜擢されたこと。
さらに給料をもらえる地位にあがれそうだということ。
憧れの、仕事のできる先輩がいるという話。

「これから、どんどんどんどん、もっともっと、成長していきたいんです!」

そのケガ人は、「成長」という言葉をよく使った。

成長して、もっとやりがいのある仕事をしたい。
成長して、もっと職場で頼られる人間になりたい。
成長して、成長した自分に似合う、素晴らしい恋人に出会いたい。

ひとしきり喋って、
自分のケガがすでに治療済みなことに気づくと、そのケガ人は
喋りすぎましたね、すみません、と照れくさそうな仕草をすると
懐から財布を取り出し、
そこから取り出したコインを、『Z』に渡した。

席を立って、少しだけ足を引きずりながら
ケガ人はテントの外へと向かって行く。

出口の付近で『Z』を振り返ると、ケガ人は言った。

「不景気だとか、貧困に苦しむ人が多いとか、言う人は多いですけれど、
 でもやっぱり、この国は恵まれていると思うんです。
 実際、ぼくの友人たちもみんな、そんな生活に困っているなんて話、聞いたこともないですし」

よし、明日からもまたがんばるぞ!
そう気合いを入れてテントを去って行くケガ人に向けて、
ウルフが挨拶のかわりに、小さく、尻尾を振った。

『Z』は何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。


そうして、その日の診療時間は過ぎて行った。


仕事の時間が終わると、
私は、なんだかすっかり、くたくただった。

それぞれ特徴的な3人のケガ人のことが、頭から離れない。
『Z』は、
もともとそんなに口数の多い方じゃないけど、
今日はますます、しゃべらない。

気分がどうにもスッキリしなくて。
それで私は、『Z』に提案する。


「ねぇ、ご飯食べたらさ、“温泉”行かない?」

『Z』は少しだけ目を大きくして私を見て。

それから、
「うん。そうしようか。」
小さく笑って、そう、答えた。



***************



夕食を終えて、
今日稼いだお金の計算や、
翌日買い出しに行く物の確認なども終えて、
私と『Z』は、温泉に向かった。
ウルフは、
申し訳ないけれど、お留守番をしてもらうことにした。


小さな宿の、小さな庭。
風呂場からは、その庭に直通で出入りができるようになっていて、
その庭に、温泉が湧いているのだった。

夜空に浮かぶ星や、月。
近くに立ち並ぶ木々や、それを揺らす風の音。
外からは決して覗くことができないよう、
庭には厳重に囲いがされていたけれど、
身体が少し痛くなるほどに温かい湯につかりながら感じるその景色たちは、
すごく、すごく、綺麗だ。

「あー……。やっぱ私、温泉好きだわ!
 露天風呂ってステキー! ねぇ、『Z』?」

そうだね。
うなずいて、私の後に続いて湯の中に入ってくる『Z』。

女性にしては長身で、胸もなく、丸いラインの少ない身体つきの『Z』は、
バスタオル1枚を身体に巻いただけの私とは対照的に、
温泉の中にいるにも関わらず、
長袖・長ズボン。

もちろん、それは普通の洋服ではなくて、
タオル生地に近い布を使った
温泉にもそのまま入れるようなもの。
宿に用意されていたのを、借りたのだ。

用意はしてあったものの、
「開放的な気分を味わうためのもの」とも言える温泉に
そんなものを着ていく人間は多くはないようで、
宿の人は、少し、驚いていたようだった。

そもそも、『Z』が女性だ、というところで
すでに驚いていたようだったけれど。


『Z』は、誰かと一緒にお風呂に入ることを
ひどく、嫌がる。
お風呂が部屋に備え付けられているような宿では、
絶対に一人でさっさと入ってしまうし、
大浴場しかないような宿では
他の宿泊客が寝静まったころに、
やはり、一人で入りに行ってしまう。

私は何度か『Z』を誘ったのだけれど、
私の誘いにのってくれることは、
今まで、一度もなかった。


『Z』がそうする理由を、私は知っている。
身体を見られたくないのだ。
身体中につけられた、数えることもできないほどの傷跡。

『Z』の身体から、傷のない肌を探すのは難しい。
かろうじて、首から上だけは、傷は目立たない。
……目立たないだけ、だけれど。
よくよく見てみれば、
首にも、頬にも、額にも、頭の中にさえ、
それを見つけることはできてしまう。

もうすぐ、『Z』と旅をはじめてから、ひと月になる。
それでも、私が『Z』の身体を見たのは
はじめて『Z』に出会った、あの日だけだった。
きっと楽しいだろうと思うのに、
一緒にお風呂に入ることは無理なのかも。
そうも思っていた。

だから今日も、
いつものように私が誘っても、
いつものように断られるのだろうと、思っていた。

誘ったのは私のほうだったのに、
なんだか少し、緊張する。

『Z』の気持ちが、読めなくて。

(なんか……なに話したらいいんだろう。)


私の緊張を知ってか知らずか、
『Z』は、気持ち良さそうにお湯につかっている。

肩まで湯に浸かって、十分に身体を温めると
頭上に広がる星空を見上げて、『Z』はつぶやいた。

「綺麗……」

『Z』は、別にとりたててキレイな顔のつくりをしているわけじゃない。
でも、ふとした瞬間。
私は、『Z』の表情に、はっとさせられることがある。

月だとか、星だとか、
花だとか、木漏れ日だとか、
温かいスープのたてる湯気だとか、
とろりとしたハチミツだとか、
すれ違った赤ちゃんの笑顔だとか、
治療した相手の「ありがとう」という時の顔だとか。

ひなたぼっこしている、ウルフの姿だとか。

そんなウルフの隣で、『Z』を振り返ってみたいつかの時に、
思ったのだ。

『Z』のつくる表情の、やわらかさ。
けれど、隠しきれないほどの、ひたむきさ。

『Z』は時々、そんな表情をしてみせる。
私はそんな時いつも、どうしてか、
『Z』にかける言葉を、うまく探せなくなる。

今だってそうだ。


けれど、そんな私の気持ちには気づいていない様子で、
月から視線を外した『Z』は私の方に向き直ると、尋ねた。

「ねぇ、ユエ。今日、どう思った?」
「え?」

言われてから、我に返って、私は考える。
少し、ぼおっとしていた。
のぼせそう。

「あぁ、あの、3人のケガのお客さんのこと?」
『Z』はうなずく。

不幸の見本、のような、打ひしがれた男。
不幸の沼にとらわれているかのような人間を、嫌悪している男。
絶望するほどの不幸を、おそらく、まだ知らないだろう男。

「……」

診療が終わってから、私は、どうにもスッキリしない気持ちでいた。
それでこの温泉に『Z』を誘ったのだけれど、
そんな気持ちだったのは、『Z』も一緒だったのだろうか?


「ぼくはね、すごく、……辛かった。それから、情けなかったよ。」
「え?」

『Z』の答えは、私には予想外のものだった。
だから黙って私は、『Z』が続きの言葉を紡ぐのを待つ。

「実はぼく、ユエに今まで黙っていたことがあるんだ。」
「ん? え?」

唐突だ。

「な、……何?」

私は、少し緊張する。
そんなあらたまって言われるなんて。

「ぼく、今までずっと使わずにいたんだけど。
 持ってるんだ。お金。しかも、けっこうな金額。」

お金?
私は、いくらぐらい? と尋ねる。
返ってきた答えは、本当に、けっこうな金額だった。

ちょっとした贅沢程度ならば、1人。
ごくごく質素な暮らしならば、2人。
一生働かなくても、生きていけるだけの金額だ。

「ぼくを育ててくれた人たちがね、ぼくのためにって、ずっとずっと、貯金してくれていたんだ。」

旅に出る時に、遠慮なく使いなさいと、渡してくれたものらしい。

旅に出るまで、都で医者の仕事をしていた『Z』は
毎月、できる限りの給料を
その育て親に渡してきたらしい。
そうして少しずつ少しずつ、2人から与えられたものを、
せめてお金だけでも返したい。
そう思っていたのだという。

けれど、『A』を探す旅に出ることを決めた『Z』に育て親は、
それだけの大金を、渡したのだ。

すごくお給料のいい仕事をしていた人だったけれど、さすがにこの金額を受け取るのは
申し訳なくて仕方なかった、と『Z』は続けた。

そして、言う。

「だからね、ぼく、……助けられたんだ。」

私は気づく。
『Z』が言っているのは、一人目の男のことだろう。

「本当にどうしようもなくて、他に誰も助けてくれる人がいなくて、
 そして、ぼくは、助けることができるだけのお金を持っていたのに。」

なのに、それをしなかった。できなかった。
それが情けなくて仕方が無い、と続ける。

そんなの当たり前じゃん!!
私は当然、そう思う。

「そんなの当たり前じゃん!!」
だから、そのまま口に出す。

「見ず知らずの人間のためにそんな大金、誰が払うって言うのよ!」

いくらお人好しの『Z』だからと言って、
さすがに、まさか、そんなことを気に病んでいるとは思わなかった。
けれど『Z』は、なおも言う。

「……でもね、ユエ、ぼくを育ててくれた人たちはつまり、
 それをしてくれたんだよ。ぼくに。ぼくを助けるために。」
「っ、」
「それに……」

その続きを、『Z』は言わずに、口をつぐんだ。
けれどそれまでの言葉を聞いて、私は、言葉に詰まっていた。
それは、たしかに、そうだ。

でも、でも。
受け止めきれないような、そんな大きな、心遣いを。
大切な、大好きな人たちからの、気持ちを。

私は『Z』がそんな大金を持っていた、ということよりも、
それを「誰かのために使えなかった」ことを気に病んでいる、ということの方が
信じられない気持ちでいっぱいだった。


それからね。
『Z』はさらに続ける。

「その次に来た、男の人。あの人にはさ、なにか、言葉をかけられたんじゃないかと思ったんだ。」
「言葉?」
うなずく『Z』。

「たぶんあの人は、どうしようもない状態にいたのを、きっと、すごくすごくがんばって、
 今でも、必死でがんばってるんだと思う。だから、あんな風に怒らずにはいられなかったんだと思うんだ。」

それは、良く解釈しすぎじゃない?
私は思うけれど、試しに、促してみる。

「そのさらに後の男の人は?」
あの、成長マニアだ。
『Z』は微笑んで言う。

「あぁ、あの人は、うん。がんばって、って、思ってた。それでいつか、
 自分ももっともっと幸せになって、いろんな人を助けられるくらいに、スゴイ人になれるといいなって。」

『Z』があまりにも無邪気な笑顔で言うので、
私は少し、
イラっとしてしまった。

「あのね、私、今日は『Z』とは全然違うこと、考えてた。」

首を傾げる『Z』。
こんなに真っ向から意見が割れることは、今まで無かった。

「私は1人目の男には、自分の人生なんだから、もっとしっかりしろよって思った。
 もっともがいて、もっとがんばったら、きっとできるのに! って。
 2人目の男には、調子にのんなよって思って、怒りたいのはこっちだ、って思ってた。
 自分ががんばったからって、それでできたからって、それを相手にも強いるとか意味わかんない。
 3人目は、もうさっさと帰って勝手にやってて、って思った。
 自分のことばっかりで、自分のすぐまわりのことしか見てないで、そこ以外の世界を見ようともしない。
 ちょっと隣を見れば、“恵まれてる”なんて言い切れるわけなんてないのにさ。」

イライラがおさまらなくて、私はつい、一気に喋り散らす。
喋りすぎたのか、頭が少しクラクラする。
そんな様子の私を見て、言葉を聞いて、
『Z』は言った。

「あぁ……ユエは、本当に優しいんだね。」
「はぁ!??」

言われた意味が、全くわからない。
その言葉に、私のイライラは沸点を迎える。

そう、今日やって来たあの3人の男たちが、私はどうも、気に入らなかった。
けれど、今一番私をイライラさせているのは、
男たちではなく、『Z』だった。

「だいたいさ、『Z』がどれだけお金を渡したところで、
 自分でどうにかしようと思ってないヤツはどうにもならないのよ!
 大事なお金をそんなヤツのために使うことない!
 2人目の男だってね、そんな言葉かけたって、どうせ拍車がかって調子に乗るだけ!
 自分が不幸自慢してるのと同じだって、自分で気づかない限りね!
 3人目は、あぁ、もうっ、……もう、どうでもいい! 不愉快だった!!」

なんで、どうして、
あんな男たちのために、『Z』が
「情けない」とか「悲しい」とかって気持ちにならなければいけないのか。

どうして、自分からそんな気持ちを背負い込むようなことをするのか。
イライラが止まらなくて、
頭はくらくらするし、息苦しかった。

「ほんとに、もうっ、……『Z』のバカっ!!」

叫んで、私は立ち上がった。

「先、上がってるから!!」


その途端。


「あ、ユ、ユエ??」

目の前が真っ暗になって、
私は、気を失った。



***************



……目を覚ますと、そこには天井。
まだ少しクラクラするのをガマンして見渡すと、
すぐ側に、ウルフと『Z』がいた。
『Z』は、団扇で私をあおいでいる。

私、どうしたんだっけ?
ぱた、ぱた、ぱた。
『Z』のあおぐ団扇の音が、小さく響く。

あまり働かない頭で考える私に、
『Z』が水を渡しながら、教えてくれる。

「温泉、つかりすぎちゃったみたい。
 のぼせて、貧血おこしちゃったんだよ。」

(……私、カッコわる。)

渡された水を一口飲んで、ため息をつく。

今はもう、落ち着いた。

温泉の中では、『Z』に対するイライラがおさまらなかったのだけれど。
でも、『Z』は、そういう人間なのだ。
私はそれを知っていたし、
そういう『Z』と一緒にやっていこうと、決めたはずだったのだ。

バカみたいにやさしい『Z』。
腹はたつけれど、それが『Z』の、いいところでもあるのだ。
あんなに、否定ばっかりすることもなかったな。
反省の気持ちでいっぱいだ。

一人で勝手にカッカして、のぼせて、倒れて、看病させて。
あまりにも、カッコ悪い。

私に、あんなに勢いよくいろいろ言われたのに、
文句一つ言わずに看病してくれる『Z』に、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「ごめんね、『Z』。」

寝転んで、団扇であおがれたままに謝ると、『Z』は笑顔で答える。

「ううん、いいんだ。ユエはいつも、“強い”から。
 ぼくでもユエの役に立てて、嬉しいよ。」

ぱた、ぱた、ぱた。

「『Z』だって、強いよ。私だっていつも、『Z』には助けられてる。」

『A』に会うと決めて、
『A』の姿を一目見る、ただそのためだけに、
旅を続ける、やさしい『Z』。

そんな『Z』の側にいるから私も、
今、こうして、私らしくいられるのだ。

少しだけ、間があいて。
『Z』が言った。

「……やっぱりぼく、もうひとつ、ユエに言わなきゃいけないことがある。」

ぱた、ぱた、ぱた。

あおぎながら『Z』は、ゆっくりと、
いつも隠している前髪をあげて、左目を、見せた。
初めて見る。前髪の下。

「見えてないんだ。ぼくの左目。もう、ずっと。」
「!」

ぱた、ぱた、ぱた。

言われてよく見ると、たしかにその左目は、様子が違う。
義眼だ。
それは初めて見るものだったけれど、一目で、そうとわかる。

「“あの場所”から助けられた時には、もう、ダメになっていたみたい。」

静かに『Z』は、言葉を紡ぐ。

「だから、たぶんもうすぐ……
 右目も、見えなくなると思う。」

なに?
それは、どういうこと?
だって。
目が?

理解がついていかない私の気持ちをそのままに、『Z』は続ける。

「視力がどんどん落ちていることには、気づいていたんだ。」
「一瞬だけど……最初に何も見えなくなったのは、ユエに初めて会った、山の中。」
「それから時々、見えなくなることがあって。今は少しずつ、その回数が増えてる。たぶんこれから、もっと増える。」

また少し、間があいて。

「……迷惑、かけるかも。」


ごめんね、ユエ。
そこまで言って『Z』は、口を閉じる。
そして、黙ったまま、ただ、私を見つめる。


ぱた、ぱた、ぱた。


__私は、思い出していた。

『Z』のつくる表情の、やわらかさ。
隠しきれない、ひたむきさ。
やさしいまなざし。
ゆっくり、ゆっくり、見つめる姿。
景色を。
ひなたぼっこするウルフを。
温泉の中で、月を、星を、見上げていた。
そして今は、私を。

見逃さないように。
刻みつけるように。

そうか、だから、旅に出たんだね。
大好きな、大切な人たちの元を離れて。

見えるうちに。

あの山小屋で話した時に言っていた、旅のリミット。
それはきっと、「見えなくなった時」。


私は……
やっぱり言葉が見つからなくて、
ひとつ息を吐いて、目を閉じる。


どうしてこんなに、遠いのだろう。


『A』に会うこと。
『A』の姿を、一目、見ること。
それだけ。
たった、それだけのことなのに。



ぱた、ぱた、ぱた。

小さな風が、やさしく、私に届いてくる。
何の言葉をかけることもできず、
私はただ、『Z』が団扇をあおぐその音を、聞いていた。


……悲しくて、悲しくて、仕方なかった。


それでも目を開けたら
また、いつものやさしい笑顔が待っているような気がして、
私はますます、悲しくなった。


あおぐ団扇の音だけが響いて、
静かに、夜が過ぎて行った。



(to be continued…)



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comment

  1. 2010/03/18(木) 14:40:31 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
こんにちわ!!夢ですっ。

最後まで読ませていただきました。
はい…すごい引き付けられるお話しばかりでしたww

Zやユエ、ウルフの旅の話はその3人の性格が
掴めてきました!読んでいてすごく心がほわほわ
していました(^m^●)

でもそれと逆にZの多くの真実も分かりました…。
Zを育ててくれた人の話や左目のお話し…
2人と1匹が出会ってから月日が流れるのを感じました。

そしてAはこれからどうなるのか…。
2人は会うことが出来るのか…
私でよければZとA…そしてユエやウルフ。
たくさんの人の幸せを願って読んでいきたいと
思っています(*^U^*)ノ

私は花舞小枝の春様のお話の書き方や内容。
すごく好きです。
次のお話も楽しみに待っていますっ☆

長々と失礼しました!ポチっとさせていただきます♪

Re: タイトルなし

  1. 2010/03/18(木) 22:17:35 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
>夢さん

コメント、ありがとうございます!ポチっとも!
コメントは、何度も読み返しちゃいました……ありがとうございます☆

唐突に出会った感じの2人と1匹なので、彼・彼女らの触れ合いというか、関係というか、想いと言うか……。
流れる月日の中で生まれたものを、
できるだけ、ちゃんと書けたらいいなぁと思っています^^;
A、Z、ユエ、ウルフたちを、どうか、応援してあげてください。

頂いたコメント・拍手は、すごく、励みになっています!
がんばります!

コメント&拍手、ありがとうございました!!

  1. 2010/06/03(木) 23:24:45 |
  2. URL |
  3. 遠野秀一
  4. [ 編集 ]
こんばんは、遠野です。

前に調べて知ったんですが、
怪我とかで片目を失うと、もう片方の視力も失われる
ってのは割と多いそうですね。

Zは視力を失う前にAに会えるんでしょうか?
もうすぐ、以前まで読んだところに追い付きます☆

Re: 遠野秀一さま

  1. 2010/06/03(木) 23:43:20 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
あっ、こんばんは~*^^*

> 怪我とかで片目を失うと、もう片方の視力も失われる
> ってのは割と多いそうですね。
はい、そのようです。
左右の視力に差がある人は、「視力良い方」の目にひどく負担がかかったりする、と
前に眼科で聞いたことありました^^

> もうすぐ、以前まで読んだところに追い付きます☆
ついに!!
遠野秀一様、こちらにコメントして下さるので、
読んでらっしゃる軌跡が見られて楽しいですwww

コメント、ありがとうございましたっ☆☆

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