旅の空でいつか

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続・ある日のこと /Z

  1. 2010/03/16(火) 03:03:18|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
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「ウルフー!」
ユエさんに声をかけられて、私は振り返る。

振り返ったそこでは、ユエさんと『Z』が
美味しそうな肉団子を手にしている。

2人から少し離れて日向ぼっこをしていた私は
一声吠えて、2人のもとへ小走りで戻る。


私の名前はウルフ。
最近は町中の歩き方にも慣れてきたせいか
「ずいぶん立派なワンちゃんねぇ」なんて言われることも増えたけれど、
れっきとした狼である。
この灰色の毛並みを見て「ワンちゃん」と言われる日が来ようとは
山暮らしをしていた日々の中では、思いつきもしなかった。


今日は、とてもいい陽気だ。
西の空に雲がかかっているから、
おそらく、もうすぐ天気も変わってしまうだろうが、
今はともかく、いい陽気だ。
気持ちがいい。


一つ前の町で、久しぶりに私たちは「家族」に会った。
パパさんが亡くなって、みんながバラバラになってしまってから、
ユエさん以外の「家族」に会うのは、久しぶりだった。

久しぶりに会った「家族」は
相変わらず元気そうで、
私を撫でてくれる大きな手も、変わらずに温かかった。

私たちは今、その彼に聞いた情報を元に、
北西へ向けて進んでいる。
彼の言った2つの場所に辿り着くには、
あといくつかの町や村を越える必要がある。
まだもう少し、時間がかかるようだった。


2人の足元に辿り着いた私は、
ユエさんと『Z』から、1つずつ、肉団子をもらう。
まだ熱い。
作り立てのようだ。
たっぷりとタレをかけられたソレは、
私の食欲をそそる。

肉団子を転がして冷ましながら、
私はユエさんと『Z』が楽しそうに会話するのを聞いている。

2人が仲よさそうに話している姿に、
私は弱い。
どうも、緩んでしまうのだ。

「ワンちゃん」なんて呼ばれるようになってしまったのは
実はこの2人がそろってしまったせいなのではないかと、
私は密かに疑っている。

この2人と一緒にいるとついつい緩んでしまう私には、
きっともう、
山暮らしの狼の威厳など、見る影もないのだろう。

それはそれでどうかとも思うが、
緩んでいてもいい生活、というのは、
案外、悪いものでもない。

山の中で、ユエさんやユエさんの「家族」と時間を共にしていた時は、
もちろん楽しかったし、心許せる環境ではあったけれど、
ユエさんたちはユエさんたちで、
私は私で、
日々、いろいろと戦うことも多くて、
これほどのんびりとした時間が続くことは
あまり多くはなかったような気がする。


(あの西の空の雲は、雨を呼ぶだろうか。)

肉団子を頬張りながら目に映った空をながめて、
私はそんなことを考える。

あんな雲が空を覆うようなぐずついた天気の日には、
私はいつも、ユエさんやユエさんの「家族」たちと出会った日のことを思い出す。


それは、
何年も前の、ある日のことだった。


***************



もう何年も前の、
雨を呼びそうな雲の多い、ある日のこと。

まだ子どもだった私は、
旅の商隊を組んでいた人間たちに捕らえられ、群れから離されて、
いくつもの山を連れられていた。
まだ十分に牙もはえ揃っていなかった私は、
その人間たちに抵抗することもできず、
その商隊の子どもたちの遊び相手として、着いて行くことしかできなかった。

今から考えても、あの子どもたちは相当な悪ガキたちで、
縄に繋がれて満足に動くことのできない私に向かって
石を投げたり、
棒でなぐったりと、
随分と手荒な方法で「遊んで」くれたものだった。

右の後ろ足を折られて、最悪な気分でいた、
そんな日のことだ。

ある山に差し掛かった私と商隊は、
その山で、盗賊たちに襲われた。
その盗賊たちは、随分と統制のとれた群れだったようで、
私が捕まっていた商隊は、
あっと言う間に積み荷を奪われ、
有り金のほとんどを奪われ。
一目散に逃げていった。
その逃げ足のはやさは、
素早さが特徴のユエさんに「飴をあげる暇もなかった」と後に言わせる程だった。


私はその時に、
積み荷とともに、その場に残されたのだった。

足も折れていたし、
なにより縄に繋がれたままだった私は、
まだはえ揃わない牙で必死に抵抗したものの、
大したことはできず、
結局、今度はその盗賊たちに連れられることになったのだ。

それが、ユエさんやパパさんと、その「家族」たちとの出会いだった。


積み荷とともに山小屋に連れて行かれた私は、
たくさんの人間の男たちに囲まれて、
ひどく、怯えていた。

縄からはすぐに解放されたが、
それで逃がしてもらえたわけでもない。
指を延ばされれば無事な前足で引っ掻いてやったし、
身体をつかまれれば噛み付いてやった。
そんな私を囲んで
最初は、「家族」たちはどうしたものかと、ただ、見つめていた。

そんな、私を囲む男たちの間をぬって顔を出したのは、
まだ小さな少女。
それがユエさんだった。

私は牙をむいてうなった。
人間なんて大嫌いだったし、
その中でも、子どもは特に嫌いだった。

ユエさんは、うなる私を気にも留めず、その手を延ばしてきた。
ひっかいて、噛み付いて抵抗したけれど、
ユエさんはそれも気にもせず、
がっしりと、私をつかみあげた。
胴体をつかまれてしまって私は、
ひっかこうにも足が届かないし、噛み付こうにも牙も届かないしで、
もう、唸ることしかできなかった。

近づくな。
私に触るな。
人間の子ども。
お前らなんか大嫌いだ。

そんな気持ちをせいいっぱいに込めて唸ったけれど、
やはりユエさんは、そんな私の様子も気にせず、
しげしげと私を見つめていた。

犬じゃないや、狼さんだ。
あ、この犬みたいな狼、オスみたいだよパパ。

そんなことを言いながら、唸る私を見つめるユエさんは、
私の足が折れていることにも気づいたようだった。

そうしてユエさんは、最後に言った。

「ねぇパパ、私、この子のこと治してあげたい!」

その言葉を聞いて、
私は一掃、大きな唸り声をあげた。

気まぐれに私を捕らえて、
気まぐれに私を傷つける。
人間の子どもなんて、そんなものだ。
治すだなんてことを言っても、
どうせまた、あいつらのようにするに決まっているんだ。

パパさんは、「お前の好きにしろ」と言った。
それでユエさんは、嬉しそうに私をその胸に抱いた。
チャンス、とばかりに私はその胸をひっかいた。
噛み付いた。
ユエさんの洋服のその部分はぼろぼろになってしまって、
肌もいくらか傷つけたはずだったけれど、
やはりユエさんは、それすらも気に留めず、
ずっと、私を抱きしめていた。

私を抱きしめて離さないユエさんに抵抗するのにも疲れて、
やがて私は、大人しくなった。
ユエさんは、そんな私の手当を始める。

この傷が治ったら、
ひっかいて、かみついて、
そうして絶対に逃げ出してやる。
大人しくしながらも、
私はずっと、そんなことを考えていた。

人間の子どものことなんて信じられるものか!
そう、頑なに思っていた。


……けれど私の抵抗は、そう長くは続かなかった。


毎日必ず、
折れた私の足を冷やして、
足を固定している木の枝がズレないように、しっかりと包帯を巻き直し、
骨折のせいで熱が出れば水を与えてくれ、
ユエさんの看病は、献身的だった。

それに、ユエさんのパパさんや「ファミリー」たちは
とても気持ちのいい人間だった。
私を連れていた旅商人たちとは、大違い。
むさ苦しい顔をした男たちが多かったけれど、
みんな
幼くして母親を無くしたユエさんには優しかったし、
みんながみんなパパさんのことを慕っているのも感じられたし、
パパさんも、ユエさんやみんなのことを
本当の「家族」として大切にしていた。
夜になると時にはみんなで酒を飲んで歌い騒ぎ、
私にも酒をわけてくれた。
楽しい気分ではあったけれど、
一口飲んで目をまわしてしまった私のために
ユエさんはみんなを叱り飛ばしてくれた。
そうすると、大の大人である男たちがみんな、
私に「ごめん、ごめん」と謝るのだ。


この人間たちは、なんだろう。
縄で繋がれることもない。
石を投げられることもない。
棒で殴られることもないし、
水や食事を抜かれることもない。

私には、わからなかった。
群れる人間と言えば、最悪の印象しかなかったけれど、
でもこの山小屋に集まって、「パパ」さんの周りで群れるこの人間たちは、
とてもとても、気持ちがいい。


私の足は、そう時間をかけずに、よくなっていった。


まだ全力で走ることはできないけれど、
もう動きまわるのに苦労もしなくなったころ。
山小屋の外で虫を追いかけて遊んでいた私に、
ユエさんが言った。

「もう、お前は大丈夫だね。山に帰りな。」

……それは、随分と突然のことだった。

山小屋の中から、「家族」たちも言った。
もう人間に捕まるなよー。
ケガには気をつけろよー。
そして、私に向かって手を振っている。

私は、迷った。

あまりにも突然だと思った。
人間のもとなんか離れて、もっと自由に、山を駆け巡りたい。
そう、ずっと思っていた。
けれどそれは、おそらく生涯叶わないものだろうとも思っていた。
そしてそれでも、
この気持ちのいい人間たちの元にいるのなら、
そんなに悪くはないのではないか。
そう、思いはじめていたところだったのだ。

けれど、この気持ちのいい人間たちは、
私をあっさりと解放すると、
気をつけて暮らせ、と手を振ってくれる。

私は迷った。
去ってしまって、本当にいいのか。
私は、今でも本当に、それを望んでいるのか。

ユエさんは、満面の笑顔で手を振っている。
でも、においでわかる。
寂しいと、感じてくれている。

私は、迷っていた。
けれど。

「……」

その気持ちのいい人間たちに背中を向けて、
私は去った。

私は、狼だ。
人間に飼われて暮らすのではなく、
山を駆けて、生きて行きたい。
その気持ちは、確かなものだったから。

後ろを振り返ることもせず、
私は茂みの奥へと、姿を消したのだった。



***************



私は、そのままその山の中に留まった。
あの気持ちのいい人間たちも、
ずっとこの山の中で暮らしているのだということは知っていた。
けれど、もう会うことはないだろうと思っていた。

あの人間たちは、自分たちが牙を向けられない限り、
下手に山の生き物たちに手は出さない。
食料も金品も、
山の生き物からでなく、旅の人間たちから得ていることを、私は知っていたから。
せいぜい彼らも、達者で暮らしてくれればいい。
そう、思っていた。

……けれど彼らとの再会は、意外と早くに訪れた。

私は随分と体格も大きくなって、
丈夫な牙も揃っていたけれど、
まだまだ成長の途中。
そんな時期だった。

彼らが「仕事」をしているのだと、気配で気づいた私は、
その「仕事」のメンバーの中にユエさんのにおいを嗅ぎ取って、
それで、その「仕事」の現場へと、足を伸ばしたのだ。
姿を表すつもりはなかった。
ただ、遠くから見ているだけ。
そのつもりだった。

「獲物」である人間たちは、随分と大きな群れを作っていて、
何人もの用心棒を連れていた。
けれどもちろん、ユエさんやその「家族」たちが
それにヒケをとるわけはない。
ユエさんも、少し離れた木の上から、
「家族」たちを援護するため、時に弓を射ているのが見て取れた。
少し身長がのびている。
弓の腕前は、随分と正確なようだ。
旅人たちも、用心棒たちも、「家族」に縄で結わえられ、
みんな身動きできなくなっていた。
「仕事」は、ユエさんたちの圧勝で終わると思われた。

その時だ。

もう抵抗を諦めていたかのように思われた旅人の馬車の中から、
一人の用心棒がおどり出てきた。
とっさのことに、「家族」たちの反応が遅れる。
そしてその用心棒は、
こともあろうに……
少し離れた木の上にいたはずのユエさんに向かって、弓を構えたのだ。

「「!」」

それに気づいてユエさんが木を降りるのと、
私が飛び出したのとは、同時だった。

「うわぁっ……!」

用心棒が矢を放つよりも、
私がその用心棒の腕に噛み付く方がはやかった。

その男は弓矢を取り落とし、
側にいた「家族」は、私の登場に驚いていたようだったけれど、
すぐに、その男を結わえてしまう。

男が完全に身動きとれなくなるまで、
私は、噛み付いた腕を離さなかった。

縛り上げた男たちを一カ所にまとめている間に、
木から降りてきたユエさんが、ゆっくりと私に近づいてきた。

私は、どうしたものかと、その場から動くことも出来ず、
ただ、近づいてくるユエさんを待った。

同じ山にいるとはいえ、「生きる世界」の違うユエさんや、「家族」たち。
このままきびすを返してもいいし、
そうしたくないわけではないけれど、
でも、いますぐそうしなければいけないわけでもない。

私はまた、迷っていたのだ。

そんな私の迷いなどそっちのけで、
ユエさんは

「ありがとう!!」

また、私をその胸に抱いたのだった。
迷いのない腕。

最初の時と、それは、まったく同じだった。
違ったのは、私。
少し大きくなった。
牙もはえ揃った。
足のケガも治った。
そして、ユエさんを傷つけたいと思う気持ちは、もうどこにもなかった。

私はひとつだけしっぽを振って、
ユエさんの両腕を、気持ちよく、受け入れたのだった。



***************



けれどその後、結局私は、
また、山の中へ帰って行った。

同じ山に生きている。
けれど、私は狼として。
ユエさんたちは、人間として。
別々の生活を送っていた。

それでも時々は、一緒に時間を過ごした。

私が暇なときは、
ユエさんたちの「仕事」を手伝うこともしばしばあった。
私は次第に、
ユエさんたちとは、言葉を交わさずとも、大抵の意思疎通ができるようになっていた。
そしてそのころ、名前をもらった。
『ウルフ』。
意味はそのまま、「狼」だ。
まっすぐな心根を持ったユエさんらしいネーミングだと、
私はとても気に入っている。

ユエさんたちの「獲物」の中に、
なかなか姿形の綺麗な若者がいたときは、
「家族」たちは私を取り囲んで、言ったものだ。

「いいかウルフ、ユエに下手な男が近づいたら、遠慮なく噛み付いてやるんだぞ。」
「特にああいう、若くて綺麗な男が一番危険だ。わかったな、ウルフ。」

そのころ、急激に大人っぽく成長をして、可愛らしくなったユエさんを、
家族たちはとても心配していた。
たとえユエが男を連れてきても、オレたちに敵わないような弱っちいヤツなら追い返してやるんだ!
そう、叫ぶ男たちもいた。
その気持ちは私も同じだったので、
低く唸って、私も同意を示したものだった。


私たちはそうして、
着かず離れずの距離を保ちながら、一緒の時を過ごしてきた。
何年もの時間をそうして過ごして、
そして、その日はやってきた。



パパさんが亡くなった。


私がまだ小さかった、初めて会ったときでさえも、
パパさんはもう随分、年をとっているのだということはわかっていた。
パパさんも、
ユエさんに、「家族」たちに、
その日のために準備をしておくように、常々言っていた。
その準備ができるよう、パパさんが随分と心を配っていたことも、
私は知っていた。

だから、ユエさんも、「家族」も、
パパさんが亡くなって身動きがとれなくなってしまう、ということはなかった。

パパさんは、群れの頭として、
最期まで仕事を怠り無く行っていた。
私は、そう感じていた。
群れが大きくなればなるほど、
群れの頭の力量が大きければ大きい程、
その頭を失った時、群れは大きな打撃を受ける。
群れとはそういうものだ。
けれどパパさんは、
日頃から、ユエさんの、「家族」たちのパパさんでありながら、
とっても、とっても大きな存在でありながら、
その日のための準備も、怠り無く行っていた。

あまり大きな声をあげることもなく、
命令ばかりを飛ばすこともなく、
表立って動くことも、そんなに多くはない。

けれどユエさんが、「家族」のみんなが、
どれだけパパさんを慕い、
憧れ、
尊敬し、
頼り、
誇りにしていたか。
私は知っている。

パパさんが、
どれだけユエさんや「家族」を、愛していたか。
ユエさんや「家族」たちが、
どれだけパパさんを、愛していたか。
私は、知っているのだ。
もう何年も、側で見てきたのだから。

ユエさんが私を治療することを許し、
私に「家族」たちと行動を共にすることを許し、
「仕事」の場にいることまでもを許し、
ユエさんと一緒に時間を過ごすことを許し。

いつもいつも大きくて、温かくて、
私のことも、見守ってくれていた。

私も、パパさんが大好きだった。



みんなに見守られて、パパさんが去って。
それからしばらくして、「家族」は、解散した。

「家族」のみんながバラバラになっていくのは、
とてもとても、悲しかった。
この山で、
あの明るい、温かい火の絶えることのない山小屋で、
この「家族」みんなで集まって時間を過ごすことは、
きっともう、二度とないだろう。
私も、ユエさんも、みんなも、わかっていた。
悲しいのも寂しいのも、みんな一緒だ。

それでもみんな、去って行った。
みんなみんな、去って行った。
パパさんが言うように、
この先、みんなが本当にしっかりと生きていくために、準備をしてきていたのだ。
生きていくために。
その準備の整うままに、去って行った。

そして山小屋には、ユエさんだけが残された。

だから私は、その日から毎日、山小屋に通った。
そしてそう日を開けずに、その山小屋で生活するようになった。
「家族」で過ごした時間が懐かしくもあったし、
一人、残されてしまったユエさんの側にいたいとも感じていた。

もちろんそんな生活をはじめても、
山小屋を離れて「狼」としての時間を過ごすこともあったけれど、
それでも、夜には必ず、山小屋に戻った。

いいのだ。
狼は元々、群れで生活する生き物だから、
「家族」と過ごした場所に戻ってくることは、
狼としても、何ら不思議なことはない。


パパさんが亡くなっても、
ユエさんは相変わらず強くて、しっかりしていた。
食料や金品を旅の人間たちから奪う「仕事」は
家族が解散すると同時に辞めてしまったけれど、
わずかに「家族」たちが残すことを許した品たちのおかげで、
ユエさんは、飢えたり、生活に困ることはなかった。
食料であれば、あまりやってはいなかったけれど
ユエさんが自ら山の中から調達することも、私が取ってくることもできた。

そういった心配だけはいらなかった。けれど。

もう私以外に人のいない山小屋の中でも、
ユエさんはあまり涙を見せることはなく、
笑顔を絶やすこともなかった。

それが、私には心配だった。

パパさんや「家族」がいなくなって。
ユエさんには、“話し相手”がいなくなってしまったのだ。

私に声をかけてくれることも多かったし、
私とユエさんは意思の疎通もできていた。

けれど私は知っている。
人間にとって「言葉」は、
とてもとても、大切なものだ。

私にはユエさんの言っていることの意味はわかっても、
それに、言葉で返すことはできない。
どうしても、できないのだ。

だから、私は心配だった。

ユエさんはパパさんに、
いずれこの山を出て旅に出る、と話していた。

けれど。

誰と言葉を交わすこともなく、
一人きり、この温かい思い出ばかりのいっぱいつまった山小屋にいて、
ユエさんはこのまま、身動きがとれなくなってしまうのではないか。
そんな思いが、次第に、私の心を埋めて行った。

もどかしかった。
私には、決してできない。

ユエさんに言葉をかけることも、
この、静かに閉塞していく状況を打開することも。

何か。
誰か。誰か。

そう、祈るように思っていた。


そんな中、『Z』はあらわれたのだ。

パパさんが亡くなってから、半年と数日がたった頃のことだった。



***************



そうしてあらわれた『Z』は、
狼の私から見てもわかるほどに、
随分と難儀な「仕事」を抱えた人間だった。

『Z』は、絶妙のタイミングで
綺麗にユエさんを救ってくれたのだけれど、
決して、ヒーローではなかったのだ。

正直なところ、
『Z』と行動をともにするようになってから、
私は、心配が絶えない。

『Z』はいつも、
自分の身を顧みることをせず、勝手に物事を進めてしまう。

そんな『Z』を心配するユエさんは、
やっぱり、『Z』や私や、自分が正しいと思ったことのために、
ずんずんと、先陣を切って、進んで行ってしまう。

姿形も性格も、ユエさんと『Z』では随分と違うけれど、
でも、2人とも良く似ていると、思うことも多い。

2人ともあったかくて、
あらゆる物事を包み込もうとする大きな腕を持っていて、
そして、
お互いがお互いを、そして私を、大切にしてくれている。

それは随分楽しくて、嬉しくて、
いいことなのだけれど、
だから私は、心配が絶えないのだ。

ユエさんは、『Z』を守ろう、と私に言う。
『Z』は、ユエさんと私のことを守りたい、と言った。

でも、私は思うのだ。

頼むから2人とも、どうか、
私の守れる範囲の中にいておくれ、と。

無茶をするなら、どうか、
私の牙と、爪の届くところで、
前足で駆けることのできるところでやっておくれ、と。


あの山小屋で過ごした日々は、もう2度と、帰っては来ないけれど、
私は、
それを失うことで手に入れた今の日々を、
それはもう、気に入っているのだから。


肉団子が相当気に入ったらしいユエさんが
もうひとつ買うかどうかを迷って、『Z』に相談している。
いつもなら「食べ過ぎ!」と止めるはずの『Z』も、めずらしく迷っている。

それはそうだ。
この肉団子は、随分といい味をしていた。

私も食べたいぞ、と伝えるために、
私は2人の服の裾をひっぱってやる。


今日は、いい天気だ。
少なくとも今は、気持ちのいい陽気だ。

西の空に広がるあの雲の連れてくる雨が、
どうか、穏やかで優しいものであるように。

思いながら私は、
2人の足元にしっかりと、寄り添った。



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