旅の空でいつか

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花の咲く町 /Z

  1. 2010/03/15(月) 04:06:39|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

※作品一覧はコチラです



あのね、『Z』。
ユエは言った。

「裏業界には、裏業界の“やり方”があるの。
 私はそれを、少しだけ、知ってる。
 ちょっとだけ、私にまかせてみてくれないかな。」

ぼくがその言葉を聞いたのは、
ユエとウルフとの旅をはじめてから1週間ほど経った、
とある村でのことだった。

それはとても、ありがたい言葉だった。

それまで住んでいた『都』を出て、
ひとりきり、旅をはじめてから
いくつかの月を越えて、
いろいろな街・町・村を探して来たけれど、
ぼくは『A』に関する情報を、全く、手に入れることができないでいた。

だからユエからのその申し出は、
本当に本当に、嬉しいものだった。

けれど、同時に思う。

ユエはそれを「裏業界のやり方」と言った。

「裏業界」なんてものとは無縁の、
ただ、ただひたすらに穏やかな優しさだけを与えられた生活を、
救い出されたあの日から数年間、ぼくは送って来たけれど、
「裏業界」という場所がひどく危険なものだということだけは
ぼくは、わかっているつもりだった。

だからぼくは、それをする、といったユエが
心配で仕方がない。

何をするのか、
どうするのか、
それは全然わからないけれど、それでも、
ぼくのせいでユエを危険にさらすのだ、ということだけは
変わりないことだから。

申し訳なくて、申し訳なくて……。


ユエは、ぼくを「お人好し」だと言う。
でも、そんなことはないんだ。
そんなことはないんだよ。

ユエにそう伝えても、ユエは「いや、むしろ“バカ”のつくお人好しだね」と言うのだけれど。

でも、そうじゃないんだ。

だって、本当にぼくがイイヒトなら。
ユエにそんなこと、させるはずがないんだ。

心配だから、危険なことだけはしないで、と言う。
けれど、それと同じ口でぼくは
ユエに、それを「頼む」と伝えた。
ユエが危険になるとわかっているそれを。

イイヒトに、見えるだけなんだよ。ユエ。


初めて出会った時にユエが言った「生き残り」という言葉が
何度も、よぎった。

ぼくが勝手に「会いたい」と思って、
ぼくが勝手に探しているだけ。
ユエが危険にさらされる必要なんて、どこにもないんだ。


……けれど、
我が儘なぼくの
我が儘な願いのために
ユエは数日前、手紙をくくりつけた一羽のハトを飛ばした。

そのハトがまた別の手紙を結わえられて帰って来て、
それで、ぼくたちの行く先は決まった。

かつてのユエの「ファミリー」の一人が今仕事をしている、というその町に
ぼくたちは向かった。



***************
その町は、「花の町」と呼ばれていた。
町中の至るところに植えられている、
細く、けれどしなやかな強さを持った木々。
それらは春になると、
赤・白・ピンクと、それは華やかな花を咲かせるらしい。

1本の木から、色の違った花が一緒に咲くというのはめずらしい。
その花は、今では
国中のいろいろなところに株分けされている。
けれど、それらの全ての花の生まれ故郷が、この町なのだという。

春が訪れるまでには、まだ半年ほどの時間が必要だったけれど、
それでもこの町には、今の季節でも
あまい、花の香りが漂っているようだった。


町について、町の入り口付近の宿を押さえるなり、
ユエが言った。

「じゃあ私が情報を集めている間、『Z』はいつも通り、
 お人好しな感じでお医者さんの仕事でもしていてください。
 私、その間にいろいろ話を訊いてきまぁす。」

ぼくは、ユエの「ファミリー」だったという人には
当然一緒に会いに行くつもりだったので、
ユエのその、どこか事務的なほどの言葉に少し驚く。

「え、ぼくも一緒に行くよ! ユエのファミリーだった人にも会いたいし。」

当然、ぼくはそう言ったのだけれど、
ユエからは、ぴしゃりと、反対されてしまった。

「ダメでーす」

だって、一緒に旅をしているんだから、ご家族にはちゃんとご挨拶したいし。
話を訊くなら、ぼくだってその場にいたいし。
ユエ一人だけにそんな仕事させるなんて、心配だし。

ぼくはそう伝えたけれど、全て、ユエに返される。

「私が勝手について行くって決めただけだから、挨拶とかいいから。」
「一緒にいても、聞ける情報量が増えるわけじゃないし。」
「私一人じゃないわよ。ウルフもいるし、そもそもファミリーなんだから、危険じゃないし。」
しまいには、
むしろ私が心配なのは『Z』の方なんだから!
と、怒られてしまう。

ユエは山育ちなだけあって、
俊敏だし、強さのある身体つきではある。
けれどそれでも、
背はあまり大きな方ではないし、結わえた髪が揺れる様は
どこから見ても、「可愛い女の子」にしか見えない。
なんと言っても、まだ、14歳なんだ。

そのユエに、ぼくのことのほうが心配、と言われても、
逆にぼくは、そのほうが心配だ。

けれどユエは、決して、譲らなかった。
そしてぼくは、いつも、ユエに口論して勝てることはないんだ。

そうして結局、
昼間はぼくは「旅のお医者さん」の仕事を、ユエとウルフは「情報の聞き込み」をして、
そうして夕方には宿で集合する、
という動き方をすることが決まった。

この「花の町」が、穏やかな雰囲気を持った町であること。
それだけが、ぼくの心配を
少しだけ、やわらげてくれた。


今は花をつけていない名物の木々たちが、
やわらかいにおいを、風に散らしているようだった。



***************



一日目の夜、夕食を食べながらぼくたちは
その日の出来事を報告しあった。

ぼくは温かい鳥肉の煮付けを、
ユエは同じ味付けで、けれど様々な豆や山菜を一緒に炒めたものをそれぞれ頬張りながら。
ウルフはすぐ足元で、味噌を使って米を炊きほぐしたものを食べている。
食堂には、他の宿泊客たちの料理のにおいも満ちている。
お酒を飲んでいるテーブルの方からは、騒がしい声も聞こえる。

旅に出てから、
誰かと一緒に食事をする、
ということがあまりなくなっていたぼくには、
これはとても嬉しい時間だ。
あたたかい灯の下で、一緒のテーブルについて、
一緒に美味しいものを食べて、一緒に話をする。
いくらでも、目に焼き付けておきたい風景だ。

いつも前髪で隠しているこの左目に、
景色を記憶しておく力があればいいのに。

ぼくはそれが叶わないと知っているから、
だからゆっくり、刻み付ける。


ぼくは、その日診察に来てくれた人の話をする。
いろいろな人が来てくれた。
花の香りのこの町には、穏やかで、優しそうな人が暮らしているようだった、と。
一方ユエは、少し、歯切れが悪い。
言葉が少なくなるなんて、
ユエにしては、めずらしいことだ。

連絡をとりあっていた「ファミリー」の居場所はわかった、と
ユエは言った。
けれど今日はそこまでで、まだ、話しかけてはいないらしい。

仲のよい「ファミリー」の居場所がわかって、
けれど、話しかけることもなく帰ってくるなんて、
少し、不思議な気がした。
理由はわからない。

ぼくは、町の入り口の付近で仕事をしている。
ユエは逆に、奥の方。

やっぱりぼくも行こうか、と言うけれど、
ユエはやはり、それを頑なに拒むんだ。
それどころか、「この宿より奥の方には来ないでね」なんて言うんだ。
ぼくが行くと、
逆に「ユエの仕事」のジャマになってしまうらしい。

納得は、できなかった。
けれどぼくは、わかった、とだけ言って、
そうして食事を続けた。
ぼくが納得していないことは、ユエもきっと気づいていただろう。
けれどユエも、そのまま食事を続けた。

ユエがここまで言うのだから。
ぼくはそう、納得しようとするけれど、うまくいかない。

こうして一日目の夕食は終わった。



けれど、一日目の夜は、これだけでは終わらなかった。

その日、夜も更けて、あたりもすっかり静かになったころ。
ぼくはふと、目を覚ました。

夜中に目覚めることは、たびたびあった。
ぼくに身を守る術を教えてくれたあの優しい人のおかげで、
ぼくは、周囲のちょっとした「変化」に敏感に反応できるようになっていた。

目は覚めていたけれど、状況を確認するために、
ぼくはそのままベッドに横になったまま。
静かに、気配だけをさぐる。
こうして、自分が「なぜ目覚めたのか」をまず、判断するんだ。

理由は、すぐにわかった。

部屋の中に、ユエの気配がない。

ぼくは一瞬で、冷や汗をかくほどに緊張する。
けれどそれは、本当に一瞬のこと。

ウルフがいた。
ウルフは起きている。そしておそらく、ぼくを、見ている。
目を開けなくても、わかる。
耳に聞こえるウルフの息づかいと、気配で。

ということは。

ユエは、自分で、出て行ったのだ。

どうしてぼくにも知らせずに?
どこに?
なにをしに?

わからない。
心配でたまらない。
けれど、ユエの頑なな様子を思い出して
ぼくは身体を起こさずにいる。
ウルフがここにいるのは、
たぶん、ぼくを見張るためだ。

ウルフに見張らせてまで、それをする理由。

ぼくにはわからない。
けれど、ウルフが落ち着いてここにいるということは、
ユエに危険がおよんでいるわけではないはずだ。

(ユエ……)

そこまで考えてぼくは結局、そのまま目を閉じる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。


……ユエが帰って来たのは、もう夜明け近くのころだった。
ユエがベッドに身をおさめるその音を聞いて、
ぼくは再度、眠りについた。
ユエからは、甘い、花の香りがした。


翌朝、ぼくはユエにたずねる。
「おはよう。昨日は、よく眠れた?」
ユエは笑顔で答える。
「ぐっすりだったよー! 昨日は一日歩き回ってたからね!」
嘘だ。
ぼくはそれを知っているけれど、黙っている。
ユエの目の下には、クマすら見えない。

そうして、一緒に朝ご飯を食べて、
ぼくたちはまたそれぞれ、仕事に向かった。



2日目の夕食でも、ユエの歯切れは悪かった。
この日は、「仕事が忙しそうだったから、明日、話しかけてみることにした」と言った。
けれど、言葉にしたのはそれだけだった。
ぼくたちはまた、会話はそのままに食事を終える。

そして夜。
ユエは、またどこかに出かけたようだった。
ウルフだけが、部屋に残る。
明け方近くになって戻ってくるユエ。
窓からこっそり入ってくる。
ユエが窓をあけると、部屋には甘い、花の香りが漂う。
ぼくはまた、目が覚めていない振りをする。

翌朝、ぼくはまたユエにたずねる。
昨日はよく眠れた? と。
ユエは笑顔で答える。
ぐっすり眠っていた、と。
けれど目の下には、今度はうっすらと、クマが見えていて。

当然だ。
もう2日も、ちゃんと眠っていないのだから。

それでぼくは決めた。
今夜は、ユエがどこに行っているのか、何をしているのか、
ぼくも行って確かめてみよう、と。



3日目の夕食も、会話は前の2日と同じようなものだった。
ユエは「明日、話が聞けることになったから」と言った。
おそらく、それは本当のことなのだろうと思う。

ユエは、嘘をつくのがあまり上手くない。
というよりは、
一緒に旅をするようになって、わかったのだ。
ユエがぼくに嘘をつくことなんてほとんどなかったけれど、
でも、いつもの表情との違いくらい、
ぼくにだってわかるんだよ。

ユエは嘘をつくときや、ナニかをはぐらかすとき、
必ず、とても可愛らしい笑顔になる。
満面の笑顔を、つくるんだ。
だから、この会話が嘘ではないとわかる。
1日目、場所がわかったけれど忙しそうだったから話しかけなかった。
これも本当。
2日目、明日話しかけてみようと決めたこと。
これも本当。
ユエの言う「明日」は、きっと「夜」のことなのだろうけれど。

つまり、今夜。
ユエと「ファミリー」は、話をするのだろう。

ぼくはそう理解して、食事を続ける。
部屋の灯りも、食堂のにおいも、笑い騒ぐ他の客たちの声も変わらないはずなのに、
この2日間の食事は、
ひどく、味気ない気がする。

ユエが隠そうとしている、ナニか。
どうして嘘をついてまで、ぼくに隠すのか。
わからない。
わからない、ということと、
そして自分は、これからそれを無理に暴こうとしているのだ、という事実が、
ぼくの胸を重くした。

そして、夜が来た。



***************



静まり返った窓の外に、ユエが出かけて行くのがわかった。
十分に時間を置いてから、ぼくは目を開けた。
ウルフが気づいて、ぼくの側にやってくる。

ぼくをただ、見つめている。
気づいていて、それでもぼくは、そのまま身体を起こす。
ウルフは少し迷って、結局窓から飛び出そうとしたけれど、
ぼくはそれを呼び止める。
「ねぇ、ウルフ。」
迷っていたウルフは、立ち止まる。
「ぼくね、やっぱり、心配なんだ。」
うっすらとした月明かりがウルフを照らす。

ユエが、隠そうとしていること。
ぼくに隠し通そうとしていること。
こんな時間に、一人、出かけて。

「だからウルフ、一緒に行こう。」
ユエが心配なのは、ウルフも一緒のはずだった。
当然だ。
だってウルフは、ぼくと出会う前からずっと、ユエの家族なのだから。
だから、ぼくの気持ちもウルフはわかってくれるだろう。
そんな自信があった。
けれどウルフは、それでもまだ、迷っている。
その様子を見て、ぼくは思い出す。
ユエの言葉。

(わたしは『Z』の方が心配だよ!)

思い出して、浮かぶ一つの可能性。
心配かけてるのはどっちだよ!
思いながら、ウルフに言う。

「あの……ぼくは、大丈夫だから。」

その言葉を聞くとウルフは、やぱり少し迷って、
けれど結局、
ゆっくりと窓枠に足をかけると、外に降り立った。
ここは2階。ぼくでも飛び降りることができる。
ついてこい、と言っているように見える。

(ああ……つまりユエは、ぼくを心配してた、ってこと?)

ぼくは少しだけ情けないような、申し訳ないような気持ちになって、
ウルフの後に続く。
薄暗い月明かりの下を、ぼくたちは進んだ。



***************



ウルフに続いて、
町をぐんぐんと奥に進んで、角をいくつか曲がったところで
景色が一変した。

(明るい……)

それまで、街灯という街灯もない道が続いていたのに、
区画に入ると途端に、
オレンジ色の灯が、そこかしこに並んでいた。
寝静まって静かな町だったはずなのに、
声は大きくはたてないものの、
この区画では、
男も、女も、昼間のように普通に道を歩き、言葉をかわしている。

昼間、診療をしている時に見かけた気のする男がぼくを見つけて、
声をかけてきた。

「おや、先生もこういうところ、いらっしゃるんですね?」

言われて、もう一度、辺りを見回して。
その男の声のトーンと、景色を見て、気づく。

ここは、「花街」だ。
__気づいて、サァっと、血の気がひくのがわかった。


「町」という枠の中にあって、
それをさらに枠で囲うように存在する場所。
「町の中にある街」。
花街。
ここでは食べ物や洋服といったものではなく、
主に、女性から男性への「サービス」が売られている。
夜が更けると灯がともされ、
甘い、花の香りを身にまとった女性が往来にあらわれる。
そのための「宿」の中で、客を待つ女性もいる。

花街とは、そういうところだ。

存在は知っていた。
「花街」で働いている女性とは出会ったこともあるし、
だからもちろん話したこともあるし、診療をしたこともある。

けれどぼくは今まで、
できるだけ、「花街」に来ることを避けて来ていた。

いろいろな場所があって、いろいろな人がいることは知っている。
自ら選んで、誇りや自信を持って、
その仕事をしている人がいることも知っている。

けれど。
実際にそれを目にしてしまうのが、ぼくは、怖かった。

花街。
ここで行われている営み。

その事実は、ぼくに
もうよく覚えてもいないはずの過去を突きつける。
身体が、
軋む……。


(ユエ)

どうしようもなく、身体がこわばるのがわかった。
指先が震えているのも。
うまく動けなくなって、思考が散漫になる。
自分が混乱していることだけは、わかるのだ。
けれど、わかっても、頭はうまく働かない。
ひどく、ゆっくりだ。


明るい街灯に囲まれて。
照らされて。
そうだ、ぼくも昔、こうしてライトに照らされていたことがあった。
覚えている、本当は。
奥の方で確かに。
覚えている、覚えている、覚えている……!

息苦しくなって、ぼくは胸をおさえる。
その指も震えている。
それもわかる。


ぼくは浅く、けれど確かに、
意識をして、呼吸をする。
少しずつ整える。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……。)
あの人たちが教えてくれた。
そう、もう、ぼくは、
大丈夫なのだと。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
少なくともいまは、男たちの「欲」はぼくにむけられているわけではない。
わかっている。

けれど、せめぎあう。
大丈夫、と言い聞かす心と、
ぼくの記憶の、奥の奥の方にあるもの。
男たちの笑い声と、それから__

__震えが、恐怖が、とまらない。



努めて呼吸を繰り返す、ぼくのそんな様子を見て。

「ーーーーーーーー」

ウルフが一声、長く、吠えた。

(ウルフ)

ぼくの思考がその声に、一瞬、クリアになる。
周囲の人たちの視線が、ぼくたちに集まるのがわかった。

そうして。


「ちょっと……!」


少しだけ慌てて、けれど同時に少しあきれた様子で、
ユエがやってきた。

「ユエ……。」

ウルフが近づいて、ユエの隣で喉を鳴らす。
ぼくはさっきのウルフの鳴き声と
ユエの姿を見て、もう随分と落ち着いてはいたのだけれど、
やっぱりまだ、指先の震えは止まらなくて。

ユエはそんなぼくの様子を見て、
小さくため息をついてから、言った。

「……だから、『Z』にはついて来てほしくなかったのよ。」

あぁ。もう、おっしゃる通りとしか答えられないな。
ぼくは苦笑して、「ゴメンね」と言った。
ユエはやっぱり、ため息をついた。

仕方ない、といった様子で、ユエは「着いて来て」と言う。
ぼくはゆっくり、ユエの隣に並ぶ。
ウルフも、
ユエとでぼくを挟むように、並ぶ。

ユエは「お騒がせしてすみません」と謝りながら道を行く。
ぼくも会釈する。
そんなぼくたちの様子を見て、ぼくたちに注目していた人々はまた
それまでの動きの中にかえっていく。
それを見て、また少しだけ、震える。

あたりには、強い、花のにおいがしていた。



***************



ユエに続いてぼくたちは、ひとつの建物の中に入った。
夜風の中、ユエに続いて歩いているうちに、
ぼくはもうほとんど、落ち着きを取り戻していた。

町の奥にある「花街」の中でも、その、さらに奥の方。
そこにその家はあった。

ドアを開けるとそこからは、
少し痩せ形の、髭の濃い中年の男性が出て来て。

「お帰り、ユエ!」

そう笑顔で言ったその男性の顔が、
ぼくを見て、一瞬で固まる。
そして、その次の瞬間その男性は、
何も言わずにぼくにつかみかかってきた。
ので、
「うわっ!!」
反射的にぼくは、その男性を投げ飛ばしてしまった。
そう、反射だ。
男性につかみかかられるとぼくは、
こうして、反射的に撃退してしまうのだ。

ぎゃっ、と言って床に背を打ち付けた男性を、ユエは
「あー……」
と、言葉なく見つめている。
おそらくこの男性が、ユエが言っていた「ファミリー」なのだろう。

ぼくが投げ飛ばしてしまった男性は、きょとん、として、
けれどすぐに自分が「投げ飛ばされた」ことに気づき、
今度はその体勢のまま、ぼくを叱りつけて来た。

「てめぇっ! お、オレたちのユエに!
 変なマネしてねぇだろうなっ! 許さねぇぞコノヤロウ!!」

真っ赤な顔で騒いでいる。
ウルフ! お前がついていながらなんで!
そんなことも叫んでいる。

あぁ、そうか。
ぼくは、この男性がどうして怒っているのかがわかって、
どうしたものか、考える。

ユエがちらっとぼくを見てから、床の男性に声をかける。
「あのね、この子、女の子だから。」
女の子とか言っちゃまずかった? とユエが聞いてくるけれど、
別に嘘というわけでもないし、
それを隠しているわけでもないから、首を振る。
床の男性と目があったので、小さく、頭を下げる。

床の男性は「へぇっ!?」と声をあげて、ぼくをじっと見て。
それから、へた、っとなった。
その様子に、ぼくはまた少し申し訳なくなって
もう一度、頭を下げる。
ウルフが一度だけ、しっぽを揺らした。



ぼくが男性を助けおこして、下手に頭や背中を打っていないか確かめている間に
ユエが温かいお茶を入れてくれた。
花の香りのするお茶だ。
3人と1匹でテーブルに集まって、それからやっと、話し始める。

「こうなるから、私、一人で来たかったのよ。」
ユエは、ぼくと男性との両方を見て、そう漏らす。
ぼくたちはただ、「すみません」と言うばかりだ。

ユエによると、この男性は元々この町の「花街」の生まれで、
ユエのパパさんが亡くなる少し前まで、
ずっと一緒にあの山で暮らしていたのだという。
ユエが生まれる前からの「ファミリー」で、
それもあって、ユエのことは
過保護なくらいに、可愛がってくれていたという。
それは、他の何人かの「ファミリー」たちと
「オレたちに勝てる男じゃなきゃ、ユエに近づくことは許さねぇ!!」
と言っていたほどらしかった。

花街出身の彼は、当時から「情報」を集めることを得意としていたらしく、
それを頼ってユエは、ここに来たというのだ。


ぼくが一緒に話を聞きたいだろうことは、わかっていた。
「でも、『Z』が“こういう場所”は苦手だろうなっていうのも、わかってたからさ。」
だから1日目は、この「花街」がどんな様子なのか、下見をした。
一緒に来るのは厳しいかな、
そう判断して、2日目も一人でやって来た。
けれど2日目は、この男性のほうの仕事が忙しく、ちゃんとした話は出来ず仕舞。
そうして、3日目の今日に至る、ということらしかった。

それを聞いてぼくは、
本当に、頭が上がらない。

ウルフにも「ぼくは大丈夫だから」なんて言ったのに、
なんて、なんて情けないんだろう。
落ち込むぼくを慰めるように、
ウルフは、ぼくの足に頭をのせた。
(温かい……)

ぼくは小さく息を吐いて、お茶をすする。



ユエの「ファミリー」だった男性は、端的に物事を話す人物のようだった。

「可能性があるなら、2つだ。」

そう言って、2つの街の名前をあげた。
ひとつは、「吹きだまり」と呼ばれる街。
もうひとつは、「冬の要塞」と呼ばれる街だ。

ひとつめの街は、
ここから北西に進んで行った方向にあって、
いろいろな理由があって、
「表」の世界にはなかなか顔を出せないような人間や、その家族の集まる街だと言う。
ふたつめの街は、
そこからさらに北西に進んで行ったところにあって、
「裏」の世界の一角を担う人物が居を構えており、けれど治安はそれほど悪くはない、という街らしい。


「売られた人間なんて、普通だったら、どこ行っちまったかなんてわかんねぇけどな。
 けど、あの“9年前”の組織に売られたガキってんだったら、
 で、そんな金持ってそうなヤツが買ったってんなら、まぁどっちかの街に間違いねぇだろな。」

男性の言葉を聞いて、
ぼくは一度だけ、小さく、呼吸を整える。

はじめての有力な情報が、嬉しくて、嬉しくて。
けれど、「生き残っている」だけでも運がいいというのに、
こんなことで喜んでしまうのが不謹慎だとも思って、胸が痛んで。

両方ともの気持ちが溢れそうで。
その気持ちが
ぼくの呼吸を、乱す。

「いや、でもさ。
 ユエが、なんでそんな情報欲しがってんだって、オレは不思議で仕方ねぇんだけど……。」

そう尋ねる男性にユエは、
うん、ちょっと気になることあってさー、と、適当に話を流す。
あんま無理とか無茶とかすんなよー!! と言う男性に、笑顔で返す、ユエ。

この男性。
ユエの、家族。

心配して当然だ。
ユエが生まれたときから、彼女を見守って来たのだ。

それが、ぼくのために。
ぼくのせいで。

ぼくはまた、いたたまれない気持ちになる。

ユエにこんなことさせちゃいけない、と思う気持ち。
ユエがいてくれて、夜ごと月を見るたびに、心強く思う気持ち。
『A』を探すために、やっぱり、いてほしい、と思う気持ち。

ぼくは、イイヒトなんかじゃない。
どうしようもなく我が儘で、自分本意な人間なんだ。


足の上のウルフの暖かみを感じて、あらためて思う。

(ぼくは、ユエに、ウルフに、守られているんだな……。)


ひとしきり情報を聞いて、
あとはユエたちは、懐かしい昔の話なんかをして。

そうして明け方ごろぼくたちは、
2人と1匹、一緒に、宿へ戻って行った。



***************



その日の朝は、2人と1匹、そろってお昼近くに起きて、
それから一緒に、遅い朝ご飯を食べた。
一度ぐっすり眠ったからか、
ユエの目の下には、もうクマは見当たらない。

宿の人たちは、親切に
パンも、バターの切れ端も、卵焼きのかけらまで残してくれていて、
残り物の野菜だったけれど、それでスープも作ってくれた。

食堂の窓からは、
もうけっこうな高さにまでのぼってしまった太陽の光が入ってくる。
あたためなおしたパンも、スープも湯気がたっていて、
バターと、コンソメで味付けしたスープにおいに、
自然と食欲がわいてくる。


食事を始める前に、ぼくは言った。

「ユエ、ごめんね。」

ユエは、「ん?」と、意味がわからない、という顔をしている。
ぼくは、昨夜から考えていたことを話した。

ぼくは、ユエが言う程、イイヒトじゃないんだ、ということ。
ユエが危険になることもわかっていて、
なのにやっぱり、一緒に旅を続けているのだ、ということ。
いらない危険を背負わせているのがわかっていて、
それでも、一緒にいてほしいと想っているということ。

ぼくがユエを守れるほど、頼りがいがあれば、まだ、いいのだ。
けれど、そうではない。

実際は、ぼくはユエとウルフに守られるばかりで、
面倒をかけて、
助けてもらってばかりだ。

「ぼくが、ユエとウルフを守ってあげたいんだけど、難しくて……。
 それでごめんて思うけど、でもごめんとか、言ったところで、すぐに何ができるわけでもなくて……。
 でも、それでもぼくはまだ、ユエとウルフに助けて欲しいと、思ってるんだ。」

情けない。
でも。

「これからも、もうしばらくでもいいから、……助けてほしい。」

そう言ってぼくは、頭を下げた。

ユエは黙って、ぼくの話を聞いていて。
ぼくもそれきり黙ってしまうと、
小さくため息をついて、こう、聞いて来たんだ。

「『Z』はさ。私たちと一緒にいて、楽しい?」
「え?」

楽しいか、どうか?

ぼくは思い返す。
「いただきます」を言って、食事ができること。
おやすみ、が言えること。
けれどその後、寝る前にいつも少しだけ、会話を交わす時間があること。
おはよう、と言い合えること。
一緒に歩く道。
天気がいいと、影が、3つ並ぶこと。

けれど、ひとつひとつ思い返すまでもなく、言える。

「楽しいよ! 当たり前!!」

少し、声が大きくなってしまう。
あ、と思うけれど、
食堂にはもうぼくたちしかいないし、
宿の人たちもバタバタと仕事をしているから、ぼくの声には気づかなかったみたい。
ほっとして、少し恥ずかしくなって下を向く。

ユエがまたひとつ、ため息をついた。
けれど今度のため息は、明るい。

「じゃあ、それで、よし!!」

ユエはひとこと、そう言うと。

いただきまーす。
言って、パンにかじりついた。

え?
話、これでおしまい?

けっこう勇気をふりしぼって切り出したつもりだったぼくは、
何も言えず、ユエを見つめる。

パンをかじりながら、ユエが言った。

「あのね、心配しなくても大丈夫。
 私は私で、『Z』に助けられてるところもあるんだよ。」

それってどこだろう?
ぼくは考えるけれど、思いつかない。

「しかも、私、たぶん『Z』より強いし。前にも言ったけど、ウルフもついてるし。」

ユエはさらに続ける。

「それにさ、私、たぶんウルフもだけど、決めたんだよね。私たちが、『Z』を守るの。」
「え? なんで? どういうこと?」
「いいの。もう、決めたの。」
ユエはそのまま、パンをかじり続ける。
ウルフは床で、嬉しそうにスープを飲んでいる。

ユエと、ウルフと。
なんでだろう。
なんでそんなことを考えられる?
ほんの少し前に、出会ったばかり。
それだけのはずなのに。

ぼくは思う。
ぼくより、2人のほうがずっと「お人好し」だ。

黙ってしまったぼくに、ユエは言う。

「ほらほら! いいから、『Z』も早く食べなよ。
 あったかいものは、あったかいうちに食べた方が美味しいよ?」

ぼくはまだ信じられないような気持ちでいたけれど、
でもうなずいて、パンに手をのばす。

ユエ。ウルフ。
「……ありがとう。」

ユエは笑って、ウルフはしっぽを一振りして答えて、
また、食事に戻って行く。

このパン美味しいねぇ。
そう言って笑うユエに、
ぼくは、そう。

楽しくなる。

そうだね。
そう言って笑える人たちと、一緒にいられていることが、嬉しくて。


窓からの光がまぶしい。

今日もいい天気だ。
こんな天気の日は、早く、外にでたくてたまらなくなる。


今日の道はきっと、気持ち良いだろうな。
ぼくと、ユエと、ウルフと、3つの影ののびる道を想像して、
やっぱりぼくは、嬉しくなる。


それで、想うんだ。

こんなに、楽しい旅の中で。
ぼくも、ユエとウルフを、守れたらいいな。

今までだって思ってはいたけれど、あらためて、想う。

守られているだけじゃなくて、ぼくも。
大切にしたい。
そう想う。


せめてものお礼に、卵焼きを半分こして、ユエとウルフにわけてあげる。
今返せるお礼は、これだけだけれど。
いつか、必ず。

そう決めて、ぼくもパンをかじる。


今日もいい天気だ。

きっと、楽しい一日になるだろう。



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comment

No title

  1. 2010/03/15(月) 23:49:47 |
  2. URL |
  3. 真野橋ヤツカ
  4. [ 編集 ]
ども、こんばんは。

他人同士では歩けども、互いが互いを大切な、「絆」の家族としての営み、という感じですね。

すさんだ心に、ほんわり、暖まる。

Re: No title

  1. 2010/03/16(火) 00:24:54 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
コメントありがとうございます*^^*
あったまってもらえると嬉しいです。
それにしても、今回のお話は長くなりすぎました……。
読んでくれて、ありがとうございます。
またお暇な時に、ぜひ、いらしてくださいね。
ありがとうございました!!

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