旅の空でいつか

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4章(2);もうひとつの「好き」の話

  1. 2012/05/16(水) 22:31:36|
  2. ★完結★ 『真空パックと虹色眼鏡の物語』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
※作品一覧はコチラです


こんばんは、春です。
『真空パックと虹色眼鏡の物語』です。

調子に乗って
あまり間を空けずの更新です^^
誤字・脱字多めかもです。
(教えて頂けると……とても嬉しいですすみません><。)


ちょっとだけ、長めかもです。


ではでは、
《続きを読む》よりおすすみください・v・





***************


その客は、まだ若い男性だった。
珍しく立会人がいた。男性の妻だ。

詳しくは聞かなかったけれど、マサキより少しだけ年上の彼らは
挙げない予定だったはずの結婚式を、1週間後に控えていると言う。
子どもができたことをきっかけに心変わりしたらしい彼女の希望にそって、急遽決めた形らしい。
相手の女性にはすでに家族と呼べる関係の血縁がなく、
マサキに仕事を依頼した男性も家族とは不仲だったようで、
もう随分と連絡もとっていなかったらしい。
2人だけの結婚式。
それで、マサキが呼ばれた。

客に依頼された、消して欲しいという記憶。
彼の両親の記憶だ。
その男にはひとつも、両親に対しての幸せな記憶がないという。
思い出したくなくても夢に出てくるような、
そんな類の記憶ばかりだと。
相手の女性も、彼が両親と不仲であることは知っているようだった。
「これは、消せないですよね」
処置をする前に、気弱そうな言葉とともに見せられたのは
身体のそこここに残る傷跡。
その傷跡を見ても女性が驚くことはなかった。
見慣れているのだろうし、あらかたの察しもついているのだろう。
けれど男の、その記憶の詳細までは彼女は知らない。
知られたくないという男の気持ちを汲んで、これまで聞かずに来たのだ。
そして自分が彼の記憶を消してしまえば、それは永遠の秘密になる。
それでも2人は、マサキの処置を望んだ。

たとえ生家がどんなものであろうと、すでに離れた場所なのだ。
2人のこれからには関係ない。
そう考えてそれまで、2人は過ごして来たと言った。
けれど子どもができて、婚姻届を出して、式を挙げることになって、
「家族」の形がより鮮明になって。
男は不安に耐えられなくなった。
自信がなかったのだ。生まれてくる子どもに、うまく接する自信が。
いつか自分も、子どもをひどく傷つけてしまうのではないか。
自分の両親がそうだったように。

「何せ自分は、そんな形しか知らないから」
男はそう言った。

女性は「大丈夫だ」と言った。
マサキも、彼なら大丈夫だろうと思った。
けれど無理だったのだ。彼には、自信がなさすぎて。
生まれてくる子どもを彼は、おそらく、本当に大切に想っていた。
だからこそ、耐えられない気持ちになったのだ。

付き添いのある客ははじめてで、マサキは緊張していた。
記憶を消す必要はないとも思っていた。
だから、あまり気の進まない仕事だったのだ。
けれど「大丈夫だ」ということを
マサキには保障することができないし、何の責任もとれない。
そして、少しだけ
男の気持ちもわかるような気がしてしまったのだ。

久しぶりに迷った。
けれど結局は依頼を受けた。
処置をほどこす間、ずっと手を握り合っていた2人の姿は
マサキの頭から離れなかった。


客の家を出て、
取り出した男の記憶をノートに抜き出す。
やりなれたはずのその作業は、
けれどこの日は、どうにもうまくできなかった。
それで仕方なく、ノートを握りしめながら彷徨って、
道路に沿うように並べられた日陰のベンチをやっとで見つけると
マサキはそこに腰掛けた。
夏が近づいて来ているせいで、随分と暑い気がした。
身体の中に熱がこもっているようで気持ちが悪い。
座って一息つくと、影の外は日差しがまぶしくてチカチカした。

それが今だ。


客の記憶をうまく抜き出せない理由は、マサキ自身にももうわかっていた。
ひきずられているのだ。
客の記憶に触れたせいで、マサキ自身の記憶が引っぱり出されている。
普段はもう、あまり思い出すこともなかったのに、
そっちに意識が行ってしまうせいでうまく処理できない。

こういうことは初めてではなかった。
だから、少し休んで落ち着けばいいのだと、対処の方法もわかっている。
落ち着いて、何か別のことを考えて気を紛らわせて、深呼吸をして、
そうすれば、あとはいつも通りだ。

何か楽しいことを思い出そうとして
一番に頭に浮かんできてしまうのは美咲のことだった。

彼女の希望通り、4月はたくさん遊びに行った。
咲き始めから、ほとんど散ってしまっても、
機会を見つけては花見に行った。
一度は、しろさんとくろさんとヒロキと、
美咲は友人だという雄大という男を連れて来ていて、6人で夜桜を見に行った。
楽しかった。

雄大という男は、マサキの目には
随分と美咲と仲が良さそうに見えた。
彼には、最初は随分と警戒されていた。
気づけば探るような目つきで見られていて、
彼が美咲と仲がよいのであれば、そうされるのも当然だろうとも思ったけれど
探られたくない腹ばかりもっているから、少しだけしんどかった。
けれど彼と2人で買い出しに行く機会があって、
話してみれば、別に何か嫌われているわけでもないらしいことがわかった。
それでもう少しハッキリと聞いてみたら、
彼はどうやら、マサキの人間性を探っていたらしい。
予想はついていた。
そんな言い方はしていなかったけれど、要はそういうことだった。

「美咲は、男を見る目がないんだ」
雄大はそう話した。
10人男がいたら、ダメな方から数えて3番目までに入るヤツを逃さない。
そういうヤツなのだと。
そして、本人にその自覚がないのが問題なのだと。
これまではそれでも、遠くからそれとなく見ているだけだった。
けれど今回自分が出しゃばって来たのは、
マサキが、美咲が作った初めての「彼氏」だからだと言う。
今まで誰とも付き合ってこなかった彼女が、その姿勢を変えた。
だからその相手が気になっていたのだ、と。
「変なヤツだったら、ユウキに顔見せできねぇからな」
ユウキというのは美咲の地元に住んでいるという雄大とも共通の友人だ。
いつだか、名前を聞いたことはあった。
大事な友人だと美咲は言っていた。
だから、緊張した。

どうしようかと思った。
美咲の「男を見る目」があるのかないのか、マサキにはわからない。
けれど自覚があった。
クジで例えれば自分は「ハズレ」だ。
別に雄大の眼鏡にかなう必要はないのだろうけれど、
それでも、ハズレだとわかっているから胸が痛んだ。

けれど雄大は、マサキのことを「悪くはない」と言った。
「まぁ、とりあえず安心した」とも。

自信がまるでなかった分、その言葉は嬉しかった。
「そんなことないよ」
マサキは本気で答えたのだけれど、
雄大の目には謙遜としかうつらなかったようだし、
「そんなことないんじゃ困るんだよ」と笑顔ですごまれたので
それ以上は何も言えなかった。
言えなくなっただけだったけれど、
黙ったマサキに雄大は満足そうな笑顔を向けてくれて
それもとても嬉しかった。

そしてそれから、苦しくなった。
彼の基準に見合うほど、自分はちゃんとした人間ではないこと。
それはマサキ自身が一番よく知っている。そう思っている。

ロクでもない体質を持っていて、
今日の客と種類は違えど、ロクでもない思い出しか持っていない。
いっそ自分も全ての記憶を消してしまいたいとマサキは思うけれど、
自分で自分に処置を施すことはできないのだ。
何度も試しているからわかっている。
どうしようもないのだ。

どうしようもないとわかっていて、
こんなイイ歳をして、環境にも恵まれていて、
それでもふっきれずにいる。
そもそも、何をどうふっきればいいのか
それすらもわかっていないのだ。

(……美咲さんに会いたいな)

一昨夜、マサキは美咲に聞かれた。

「真崎さん、私のこと好き?」

その時ははぐらかした。
どう言葉にしていいのかがわからなくて。

「……美咲さんは?」

「え」と言ったきりかたまって、
それからめずらしく視線を泳がせて。
(それで、そうだ、背中を向けられてしまって……)

帰って来たら教えてあげる、と言われたのだった。
見えるのは長い黒髪と、その隙間からの背骨ばかりだったけれど
声を聞けばわかった。
回り込んで確かめてみたら、
やはり美咲は耳まで真っ赤だった。

そういう仕草のひとつひとつが、
彼女が、愛おしい。

「……」

(彼女が、僕は)

「……好きだよ」

彼女のことが好きだ。
すごく、すごく好きだ。
子どもの時からずっと。

花の季節の前に、美咲に教えた生家の場所。
マサキが聞かせた住所は嘘ではない。けれど隠していることがある。
あの場所に住むよりも随分と前のこと。
美咲がまだ、このあたりに住んでいたころ。
その頃本当は、2人はもっと近所に住んでいたのだ。
道路を渡って、ブロックを2つ分歩いただけ。
それだけの距離だった。
2人はよく、一緒に遊んだ。

その頃から、マサキはずっと美咲が好きだった。
ロクでもない両親がロクでもないことをして、
ロクでもないことにマサキは使われた。

マサキはまだ幼くて、
今ほどにもものを考えることができなかった。
ただ、自分を使って両親がさせることと
家の「外」で教えられる話とが違いすぎていて、
まるで別世界のことのようには感じていた。
両親と過ごす世界と「外」の世界と、
どっちに身を寄せるのが良いことなのか、その判断もできなかった。
けれどマサキは知っていた。
両親に逆らったら、幼い自分は1人では生きてはいけないということ。

両親からは、
外の世界の人たちの話を聞いているフリをすることを、厳しく言われていた。
マサキが「使える」ことを絶対にバラしてはいけない、と。
だから、自分が別世界のような環境に生きていることを悟られないよう
必死で外面を保った。

今から思い起こしてみれば
マサキの周りの級友たちは、ハッキリとは理解していなくとも
彼が「別世界」の人間だと、確かに嗅ぎ分けていた。
それは、バレないようにとマサキの行動を縛った両親たち自身のミスでもあった。
命じられて、マサキは何度か、級友やその家族たちの記憶を消してしまっていたからだ。
そうされたこと自体を覚えていなくとも、小さな綻びが重なれば亀裂になる。
だからマサキには、学校に友だちがいなかった。
それはそうだ。
1人だけ違うにおいの人間が混じっていて、
誰も好き好んで、気味の悪いソレに近寄って来たりはしないだろう。

そんな理由だろうと考えていたから、全てを両親のせいだとはマサキは思っていない。
結局ところ原因は、自分の体質にあるのだから、と。

そのマサキにいた唯一の友人が美咲だった。
マサキから見て、2つ年下の近所の子。
学年が違ったから触れ合う機会も限られていて、
だから彼女は、マサキの「異質さ」を知らなかった。

マサキは、使われない時は大抵外に出されていたから、
美咲とは本当によく遊んだ。

彼女だけだったのだ。
普通に笑ったり、思ったことを言ってみたり、ケンカをしてみたり、
そういうことをできる相手が。
場所が、時間が。

当時のもののなかで唯一の、大事な記憶だ。
だからマサキは、絶対に忘れない。鮮明に思い出せる。

美咲の方は、当時のマサキのことはひと欠片も覚えていない。
それが悲しいような気持ちになるのは身勝手だと、マサキは知っている。

彼女の記憶はマサキが消した。
マサキに関すること。
マサキの両親に関すること。
それはもう必死で、跡形もなく全て。
何かの拍子で思い出されるなんてことがおこらないように。

その当時の記憶をマサキは、他の場所にはうつしていない。
だから、彼女の記憶は今もマサキの中にある。
だからその時の彼女の「感覚」も「感情」も、マサキは知っている。
自分の身体の内側で、
今でもリアルにそれらを味わうことができるのだ。
おぞましい記憶だ。
でもだからこそ、忘れてはいけないのだ。
そう、自分に言い聞かせる。

そのことだけは、美咲には絶対に言わない。
死ぬまで、死んでも、絶対に話さない。
こんな記憶は返せない。

大事な人だ。

「美咲さん、好きだよ」

昔から変わらない。
マサキが、ただの子どもでいられた唯一の場所。人。
だから。

美咲が好きだ。
ただしそれが恋愛感情ではないことを、マサキは自覚している。
間違えてしまいそうになるけれど、一緒にしてはいけない。
恋愛感情ではない。ごっちゃにしてしまってはいけない。

美咲が自分を好きになってきてくれていることも、マサキは気づいていた。
ただ彼女にとっては、マサキは初めての恋人らしいから。
だから、新鮮なのだ。
新鮮という、それだけのはずだ。

いずれ飽きてくれるだろう。
それはきっと、そう遠くない話のはずだ。
「初めての恋人」というものに飽きて、
目を覚ますように、彼女が自分のくだらなさに気づいたら、
その時が別れの時だ。
マサキはそう考えている。

別れて、もう2度と会わない。
その時は記憶を消すまでもない。
「つまらない男だった」とカタをつけて、
彼女の脳はきっと自動的に、自然にマサキの記憶を薄れさせていくだろう。
それがいい。

そもそも本当は、付き合うなんてことになるべきじゃなかった。
自分がそばにいることで、
もし、何かのはずみで、彼女が当時の記憶を思い出してしまったら。
マサキはそれが怖かった。

だから本当だったら、今すぐにでも別れるべきなのだ。

「……」

別れるべきだとわかっているのに、もう少しだけ、とも思ってしまう。
その自分の気持ちを優先させてしまう。
マサキは、自分のその弱さも嫌っていた。
大嫌いだけれどどうしようもない。どうにもできない。

恋愛感情じゃない。
これはもっと醜い、くだらない、甘えたものだ。
ただの依存心で、刷り込みのようなものだ。
そんなもので本当は、彼女をしばってはいけないのに。

(僕は、どうして)

どうして……


「見つけた!!」

「!」

突然聞こえて来たよく知った声に、マサキは顔を上げた。
気づかないうちに足下の影ばかり見てしまっていたようで、まぶしさに目がくらむ。
それから目眩と、どうして今まで気がつかなかったのか、ひどい頭痛がした。

「ちょ、大丈夫?!」

「……しろさん、ヒロキ、なんでここに」

大声で駆け寄って来たのはヒロキで、
その向こうから、しろさんのゆっくりとした歩みが見えた。

「だって、昼ごろ帰って来るって言ってたのに帰ってこないし。
 そんで心配してたら、しろさんが“ちょっとマズイかも”なんて言うから。
 慌てて探しに来たんだ」

「え?」

「マサキさん顔色悪い」

「え、え? そうかな?
 いやうんちょっと体調悪いんだけど、それで今休んでて……
 あの、休めば大丈夫だから、……」

大丈夫だから、心配しないで。
かまわないでいいんだ。心配なんて、僕のこと。
もうちょっとで、きっと落ち着くから。
ちゃんとどうにかするから、大丈夫だから、だから……。

言いたかったけれど、
頭も口もなんだかまわらなくて、うまく出来なかった。

「……このあたり、全然自販機ないのねぇ。
 ねぇヒロキちゃん、ちょっと向こうのコンビニでお水買って来て?
 しっかりと冷たいヤツ。マサキちゃんに飲ませてあげなきゃ」

「ん、わかった」

しろさんに言われたヒロキが急いで離れて行く。
コンビニまでは、少し距離がある。

「走らなくていいから、気をつけてね」

走り出しかけたヒロキが、それで進むスピードを歩みに変えた。
路地を曲がってしまったので、姿はすぐに見えなくなった。
そうしてマサキは、しろさんと2人残された。

「あの、しろさん。僕」

「ちょっと、あてられちゃったみたいだねぇ。
 言わないでもいいよ。今その元気もないみたいだし。
 ごめんねぇ。私、心配で。
 つい、あんたの声探して来ちゃったのよ。
 ……あぁでも、うん、やっぱり来てみてよかったみたいだねぇ」

言ってしろさんは「よっこらしょ」とマサキの隣に腰掛けた。
そうだ、しろさんは普段何も言わないけれど、
全部全部、わかってしまう人だから。
そのことを思い出す。

「いえ、すみません。心配かけてしまって……」

「本当にね。ここまでけっこう、店から距離あるんだよ?
 何かあったんじゃないかって、あんたの声探し当てるまでに、
 けっこう体力使っちゃったわよ」

あぁ、どうして、
どうしてこんなにうまくできないのだろう自分は。

「本当に、何て言っていいか……
 あの、でももう少し休んだら、ちゃんときっと落ち着くから、だから」

言いたいことや考えていることが溢れそうで、
けれど頭がうまく働かないから制御できなくて、ちゃんと出て来てくれない。
でも、ちゃんと言わなきゃ。言わなきゃ。
そう思うごとに、ますますうまく喋れなくてマサキは焦った。

「ちょっと、口を閉じて」

「でも」

「いいから」

「あの、」

「……」

「……」

静かに形作られた笑顔で言われて、
従うように、口を閉じた。
しろさんが深呼吸をするから、
そして視線で催促してくるから、マサキもマネをした。
長く、ゆっくりと吐き出す。

「……」

数回繰り返すと、
風の音が聞こえるようになってきた。

(あ……)

気づかなかった。
ずっと頭上にあった木の、その葉ズレの音だ。
マサキがその場所に腰掛けてから、初めて聞いた音のような気がする。

「落ち着いてきた?」

しろさんに言われて、頷いた。

「随分としんどそうだねぇ。
 “客あたり”だなんて……
 私たち、ちょっとお客さん選ぶの失敗しちゃったわねぇ」

「そ」

そんなことない気にしないで下さい、と言いかけて、
けれど指1本で、またしてもマサキは口を封じられてしまう。

しろさんがじぃっと、マサキの目を覗きこんだ。
深く、奥まで見透かされる。

「……いろいろ思い出して、ちょっと弱気になっちゃったのね」

そうだ、バランスを崩してしまったのかもしれない。
普段あまり考えない、思い出さない、いろいろなこと。
溢れてしまって止まらなかった。
思い出したくないことばかりだ。

「それから、そう、自分が信じられなくなっちゃったのね?」

首を振る。
それは違う。それは仕事のせいではなく、ずっと、ずっとだ。

「大丈夫。
 今は、ちょっと仕事で疲れちゃっただけだから。
 あったかいものちゃんと食べて、お風呂入ってよく寝て、
 そしたら、少しは気分も軽くなってるから。大丈夫よ」

そんなことはない。
自信なんてうまれるわけがない。
信じられる訳がない、こんな自分なんて。
そんなことをできる要素なんて、だって僕には1つもないんだ。
……そう言いたくて、言えなかった。
けれど言葉にしなくても、しろさんには伝わってしまう。

「失礼な子だねぇ、あんたは。
 自分を信じてないって言ったくせに、
 自分のできないーって気持ちばっか信じて、
 私の言うことなんて一つも聞きやしない」

「だ」

だってそれは、と言いかけて、
けれどマサキの口はやはり封じられる。

「いい?
 自分が信じられないと思ったときは、だったら徹底的に信じるのをやめなさい。
 その分、自分が信じられると思った人の言葉を素直に聞くこと。
 信じた人の言うことを信じる。できることなんて、それくらいしかないんだから。
 わかった?」

「……」

よくはわからなかった。
それでも、しろさんの言っていることは筋が通っている気もした。
だから頷いた。

「私のことは、信用してくれてる?」

これには躊躇うわけがない。即座に頷いた。
そのマサキを見て「嬉しいねぇ」と、しろさんも頷いて笑った。

「じゃあ、1つお願いだよ。
 今から私が言うことと、ヒロキちゃんが戻って来たら言うことを、
 ちゃんと覚えておくこと。
 わからなくても、信じられなくても。……いいね?」

マサキはもう1度頷いた。

「あんたはね、いい子だよ。本当に。
 それに昔とは違う。
 あんたはもう、自分の頭で考えられるし、自分の足でもちゃんと立てる。
 そのために家を出たんでしょ。
 きっと出来る、きっと今よりはマシな生活になれるはず、って、そう思って。
 そのときの気持ちを思い出しなさいな。
 そして落ち着いたら、よく考えて、よく見てみること。
 あんたはちゃんとやってる。ちゃんとできてるじゃないか。
 よぉく、見るんだよ」

わかるような気に一瞬だけなって、結局わからなかった。
今はなんだか、何も考えられない。

でも、わからなくても信じられなくてもいいとしろさんは言った。
だからマサキは頷いた。
頷くマサキを見て、しろさんはやっと満足な顔をした

(……あ、今ならできるかも)

思って、また数回深呼吸をして、手のひらに集中してみた。
いつまでも慣れないぞわぞわとした感覚が走って、
それから身体がうんと軽くなった。
マサキが手元に目を落とすと、ノートにはびっしりと文字が並んでいる。

「あぁ、できたねぇ」

「うん、できました」

のんびりした声のしろさんに目線を向ける。
日差しがまぶしくてもう1度目がくらんだけれど、
今度はチカチカとした目眩もおこらないし、
あれだけひどく感じていた頭痛もぴたりとやんでくれていた。
風が気持ちいい。

「……しろさん、あの、ありがとうございます。探しに来てくれて。
 助かりました。
 それから、心配かけてごめんなさい」

まったくだね、としろさんが言うので
マサキは苦笑して頭を下げた。

日向道の向こうから、
ペットボトルをこちらに振って見せているヒロキの姿があらわれた。
小走りになって近づいてきて、
しろさんとでマサキを挟むように、彼もベンチに腰掛けた。

「悪い。
 ヒロキも、ありがとう」

「うん、感謝してね」

ヒロキは素直に笑った。

マサキがゆっくりと水を含んで
落ち着くのを見計らってから、しろさんが立ち上がった。

「さて、帰るかね」

さっさと歩き出すしろさんに続く形で、マサキとヒロキもあとを追った。

「あぁ、ねぇヒロキちゃん」

まるでふと思い出したかのようにしろさんが言う。

「ヒロキちゃんは、マサキちゃんのこと好き? 信頼できる?」

「突然だねしろさん。
 好きに決まってるよ。何を今さら。
 俺が思うに、マサキさんほどお人好しのいい人はなかなかいないね。
 好きじゃないわけがないよ。
 マサキさんを信じられないヤツがいるなら、
 俺はそいつのことのほうこそ信じられないね!」

「だって、マサキちゃん。よかったわね?」

(さっき言っていたのはこのことか)

ストレートすぎるやり方に、
ストレートすぎる言葉。
まるで子ども扱いされているようだと思って、恥ずかしくなる。

黙り込むマサキを尻目に、
ヒロキのマサキ賛辞はとどまるところを知らない。

「……わかったよ。
 わかったから、ヒロキ、もういいから」

「いやいや、もういいってなんだよ。
 これからマサキさんがいかに俺を華麗に助けてくれたかの話するんだから邪魔しないでよね。
 マサキさんこそちょっと黙ってきいてなよ」

「いやお前、本人がやめろって言ってんだから」

「いいから、いいから。
 とにかく聞きなよ。これからがいいところなんだからさ。
 俺マサキさんのこと好きだけど、
 自分が恥ずかしくなるとすーぐそういうこと言い出すのはちょっとどうかと思うよ」

「そうねぇ。
 マサキちゃん、ちょっと黙ってヒロキちゃんの話をききましょう」

「そうだそうだー。
 そんなんじゃマサキさん、美咲にも嫌われるよ?
 つか早く別れればいいんだよ!」

いつものヒロキの軽口に苦笑しながら、
心の奥が少し冷えた。

「早く別れればいい」

そんなことはわかっている。自分が一番。
でも、あと少しだけ。
わかってるけど、
あともう少しだけ、一緒にいさせて欲しい。
そう思うのをとめられない。

「……別れないよ。僕たち、けっこう仲いいんだから」

「ノロケかよ」

「ノロケだよ。
 あー、美咲さん早く帰ってくればいいのに!」

ヒロキが不満そうに何か言い始めたけれど、
マサキはもうあまり聞いていない。


リミットがある。
それはわかっている。そう決めている。

でも、今はやっぱり会いたいのだ。

一昨夜、美咲に好きかどうかと尋ねられた。
質問を返したら、「帰って来たら言う」と言われた。

(次に美咲さんに会ったとき……)

きっと、彼女は言ってくれるだろう。
自分のことを「好き」だと。

それはとても嬉しいことだ。
だからきっと、自分も顔を赤くして、笑顔なんて浮かべてしまうのだろう。
その様子が、まざまざと思い浮かべられる。

それから彼女は、きっと尋ねてくる。
マサキに再び、一昨夜と同じことを。

そうしたら、答えよう。
素直に言えばいい。「自分も好きだ」ということを。
恋愛感情ではなくても、その気持ちは本物なのだから。

いつか彼女が飽きて、自分を見限るまでは、彼女の気持ちに応えよう。
遠くないだろうその時までは。

そう考える自分は卑怯だと、マサキは知っている。
それでもよかった。
それでも美咲と一緒に時間を過ごせることは、
マサキには嬉しいことだったから。

(早く、帰ってくればいいのに)

思いながら、
少しだけ軽くなった気持ちで、マサキたちは帰路についた。



(to be continued...)



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comment

No title

  1. 2012/05/18(金) 22:06:37 |
  2. URL |
  3. 八少女 夕
  4. [ 編集 ]
こんにちは。
「好き」の表現って難しいですよね。ましてや、つき合っている二人なのにと……。
本人たちにも、わかっているんだか、いないんだかわからない、揺れる心の動きがゆっくりと確信に向かっていく、そして、それを伝えようと決心していく、その感じがとても素敵だと思いました。春さんの書かれる丁寧な描写が好きです。

その一方、どうしても、自分も書く方として観察してしまう部分があります。「うわ。こういう風にストレートに表現するのもいいかも」と。今、現在連載しているのと違う話を書いているのですが、肝心な「好き」の表明のところで逡巡しているところでして。

いずれにしても、次回も楽しみにしていますね。

No title

  1. 2012/05/19(土) 01:34:33 |
  2. URL |
  3. TOM-F
  4. [ 編集 ]
 おじゃましています、TOM-Fです。

 2話連続の更新、お疲れ様でした。
 美咲と雄大やユウキとの、微笑ましいエピソードから一転した、シリアスな展開に引き込まれました。こういう話しの運び方、上手いなぁと思います。文章も相変わらず安定感があって、安心して読めます。

 雄大やユウキに励まされたり、背中を押されたりしながら、自分の気持ちに気づく美咲が、かわいいのなんのって。

 美咲とマサキの過去になにがあったのか、もう気になってしようがないです。なにやら雲行きは怪しそうですが……。

 マサキの何事にも受身な姿勢は、その体質と幼年時の環境に原因があるということですね。自分には誰かから愛される資格があるのだと思えなければ、自信なんて芽生えるはずもない。そういう人が、人間関係を築くのって、ほんとうに難しいことですよね。
 マサキくん、なんでもかんでも背負い込みすぎですよ!

 しろさんは、ご活躍でしたね。こういう人がいるだけで、救われる人は多いでしょうね。

 カフェRには、ほんとにいい人たちが集まっていますね。

 今回もまた、いいお話しを読ませていだだきました。次回も、とても楽しみです。

Re: 八少女 夕 さん

  1. 2012/06/05(火) 11:30:12 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
八少女 夕さん、こんにちは!
レスがすっかり遅くなってしまい、すみません><。

> 「好き」の表現
ですね。
自分なり友人たちなり知人たちなりを思い返してみても
多種多様すぎて。笑

> 今、現在連載しているのと違う話
おぉ、、、拝読してみたいです!
楽しみ!

コメント、ありがとうございました*^^*
今度じっくり、八少女 夕さんのブログにもお邪魔させてください☆

Re: TOM-F さん

  1. 2012/06/05(火) 11:37:59 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
TOM-Fさん、お久しぶりです!
お越し頂きありがとうございます*><*
そして返信が遅くなり…すみません><。

> 一転した、シリアスな展開
油断すると、すぐこうなってしまいます。(苦笑)
敬遠されても当然かもなぁみたいな弱気な気持ちもあるので、
読んで頂けて嬉しいです!

> 美咲
美咲が可愛いと思って頂けるのは、とても嬉しいです。
見守ってやってください*><*

> マサキ
自分は、書いてる側なので彼にはなんかがんばったりふんばったりあくせくして欲しいのですが、、、。

美咲やマサキの様な人って、
でも現実にいると、微妙だったりする気もしているのです。

……みたいなことを、今月は書けたらなぁと思ったりしております。

>  そういう人が、人間関係を築くのって、ほんとうに難しいことですよね。
と、思います。
本当に!


コメント、ありがとうございました!!

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