旅の空でいつか

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《終章》ハミングライフ

  1. 2012/01/12(木) 18:15:55|
  2. ★完結★ 『ハミングライフ』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
※作品一覧はコチラです


みなさまお久しぶりです、春です。

もう時期も過ぎましたが、
あけましておめでとうございます!! 遅!!
昨年も本当にお世話になりました。
こちらをのぞきに来てくださった皆様、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


2012年は始まったばかりですが、
『ハミングライフ』最終章です。

ここまでおつきあい頂いたみなさま、
本当に本当に、ありがとうございました!!


それではどうぞ
《続きを読む》よりおすすみください。



***************


よく見れば少しくすんだ印象のある白い天井を見上げながら
ピアスは、今までのことを思い出していた。

ひとりきり、街に暮らしていた時のこと。
随分と強引な手段で家主と出会って、
一緒にあの森の家を作った。
ピアスがいて、ミーチェがいた。
ヨーに出会ったときは、今から思えばまだ、自分の感情を持て余していた。
家主が遠くない先に森の家を出ると知って、
自分があの家に残ると決めた。
家に残るために、森の外に出た。
町を知った。
勉強というものをした。
昼日中に行える仕事も覚えて、
あの家の住人以外の人間と、会話をした。
“ピアス”という名前で交流を持てたたくさんの人たちがいて、
今朝は、家主から合鍵を渡された。
渡されてからずっと左手に握っているせいで、少し汗ばんできている。
小さくて簡素な、ただの鍵だ。
けれどこの鍵に乗せられている想いは、決して軽いものではない。

鍵を握ったままの手で、耳の銀色に触れた。
風呂に入る時以外は、寝るときでもずっと身につけている左耳のピアス。
“ピアス”になって、家主に出会って、あの家で暮らした。
長い時間だとは、おそらく言えない。
見る人によっては、ほんのわずかのことなのかもしれない。
それでもピアスにとっては、大きなことだ。
どれもこれも大きくて、大切な記憶だ。

左手の鍵がまた、重さを増した気がした。

この鍵を、本当に受け取ってしまってよかったのか。
渡された瞬間から芽生えた不安だ。
これは信頼の証だから、重い。持っているのが苦しいほど。
本当はその場で、返すべきだったのではないか。
自分が持っているよりは、むしろいっそのこと
そこらに捨ててしまった方がマシなのではないか。

けれど、捨てられない。
捨てたくない。
だからいつか、本当にもう持っていることができないと、
この重みには耐えらないと、心底から思い知らされるまで
それまでは持っていたいとも思う。

きっと、これがあれば大丈夫だから。
なくしたくないと思っている限りは、大事にしておこう。
かけがえのない、深く刻みこんでしまいたい、
大切な記憶がつまっているのだから。

窓の光が色を変えた。
もうじき夕方になる。
今日は軽い昼食をとったきりだったせいか、少し空腹を感じる。

駈けてくる複数の足音が聞こえて、廊下が騒がしくなった。
足音はどんどんと近づいて来て、この部屋に向かって来ている。

(……とりあえず、バレたか)

少しだけ緊張して笑ってしまってから、ピアスは身を起こした。
勢いよく部屋に入って来たのはコウだった。

「……」

コウは焦っていたようで、走って来たせいもあってか、息も切れている。
苦笑するようにしてピアスの方から視線を合わせると、
「無事だな」と言われた。

意外な言葉だった。
その一言で
自分はコウに心配までかけてしまっていたのだということがわかって、
どうしようもない情けなさに襲われた。
黙ったまま、ピアスは頷いた。

コウは一瞬、苦しそうに眉根を寄せてから言葉を続けた。

「立ちなさい。
 話を聞かなければならないから、……君を、連行しなければいけない。
 君の身柄は一時的に拘束させてもらう。いいね?」

再び頷いて、コウの言葉に従った。
病院着に上着を羽織っただけで、鞄も何もかも置いたまま、
部下たちに両脇を挟まれる形でいたけれど、
コウがその部下たちに何か言って、ピアスを囲む男たちの位置取りが変わった。
男たちは前に、コウはピアスの隣にやってくる。
片手でピアスの腕を掴んで、
もう片方の手はピアスの背中に優しく添えられた。

「悪かったな」

コウがそれを言った気持ちは、ピアスにも伝わった。
「それは自分のセリフだ」と思う。
思うけれど、背中の手が優しすぎて、どうにも言葉が出てこない。
だから首を振っただけで応えて、ピアスは病院を出た。


***************


“弟”は“母親”に会いたがっていた。
だからピアスは、それを助けた。
言葉にしてみればそれだけのことだ。

病院についてすぐ、ピアスは“弟”に伝えた。
“母親”がもうすぐ、正式に、病院から身柄をうつされること。
“弟”はすでに、そうなるのに決定的な言葉を発してしまっていること。
この決定はもう覆らないだろうということ。
そうなれば“弟”は、おそらく、どこかの施設で暮らすようになるだろうということ。
“弟”が行くことになる施設は、いくつかの中からは選べるだろうけれど
彼にとってそれは選択肢とは呼べないだろうということが、
ピアスにはわかっていた。
そして、一定の時間が経つまでしばらくの間、
“弟”にとってはきっと随分と長い間、“母親”には会えなくなるだろうこと。
会えても相手はガラスの向こうで、時間も限られているだろうということ。
ピアスが知っている全てを伝えた。

そして訊ねた。“母親”に、会いに行きたい気持ちがあるのかどうか。
返って来たのはわかりきった答えだ。
それでも聞かずにいられなかったのは“弟”のためではなく
ピアス自身が、感情の整理をつけるためだ。
ためらいがあった。
それを手助けすれば自分は、今までのままではいられない。
そう確信して、決めてしまっていた。

“弟”はそれを知らない。
ピアスはそれを告げるつもりも、
素振りを見せるつもりさえなかったのだから、当然だ。
そうして「会いたい」と言った“弟”のために、ピアスは動いた。

自分は髪色を元に戻して、
“弟”には、ピアスが使ったのと同じ色の染め粉を渡した。
洋服を取り替え、“弟”のかわりにピアスがベッドに入った。
絶対に無くしてはいけないと重ねて念をおして、コウから預かっていたIDも渡した。

「髪の毛黒いと、なんか変な感じだな」

黒髪に戻ったピアスを見て“弟”は言った。
これが元の色なのだが、“弟”はそうは思っていない。
苦笑して「早く行け」と“弟”を送り出した。
「ありがとう」
言って弟は、緊張のせいかひとつだけ深呼吸をして病室を出た。
変に隠れなければ、
自分がずっとそうしてきたように、むしろ堂々と顔を隠していれば、
多くを語らなければ、この交代劇はきっとバレない。
コウ曰く、“弟”と自分とは、随分と似ているようだから。
自分たち二人ともの顔を詳しく知っている者でなければ大丈夫だ。
ピアスにはその確信があった。

自分の黒髪を「変な感じ」と言った“弟”の声が
しばらく、ピアスの脳裏に残っていた。

“弟”を、心の底から“弟”として思えていたのか、
ピアスにはあまり自信がない。
自分が兄であることを、本当のことを、
語ること無くすれ違ったまま
“弟”とはもう、きっとこの先会うことはないだろうと思った。
誤解も嘘もほどくことなく、
すれ違ったまま、再び人生を交えることはない。
それでいい、と思った。
自分にできることはもう、ないはずだから。
“弟”の人生は“弟”のもので、
彼はもう自分の記憶の彼方にあるような、幼い子どもでもないのだ。
“母親”の元にたどり着いて、無事に会うことができたとしても、
こんな簡単な、偽装とも言えないような行為はすぐにバレる。
“母親”を連れて逃げ出すことを望んではいるのだろうけれど、
彼では、それは実現できないだろう。
だから“弟”に与えられた再会の時間は、ほんのわずかなものだけだ。
自分たちのした行為がバレたその後は、今度こそピアスには何もできない。
けれど、あとは自分で、きっとどうにかしていくだろう。
どうにかこうにか折り合いをつけて、やっていくのだろう。
自分がそうだったように。
だから、いいのだ。

“母親”のいる病院までの地図と、病室を記した紙は渡してやった。
ピアスにできるのは、
“弟”が、無事にそこまでたどり着けるのを祈ることだけだった。


***************


ピアスは事の顛末を、全て隠さず、コウに伝えた。
机がひとつと、ひとりがけのソファが2人分。
それに、小さな窓がひとつあるだけの部屋。
“弟”は、どうやら無事に母親の元にたどり着けたようだった。
それなりに話をする時間もあったようで、
けれど“母親”のどなる声が部屋の外の見張りに聞こえてしまったせいで
あっさりとタイムオーバーになったらしい。

何をどうして“弟”が“母親”の元までたどり着けるようになったのか、
そんなことは隠すまでもなく、
ピアスが話すまでもなく、コウにはバレているに違いなかった。
自分は逃げても隠れてもいないし、
複雑なことも何もしていないのだから当然だ。
だからピアスへの「取り調べ」も、形式的なものに過ぎない。
そのことはピアス自身にも、コウにもわかっていた。

二人がどんな話をしたのか、コウは言わなかった。
ピアスも聞かなかった。
ちゃんと会えて話せたのだとわかって、それだけで満足だった。
だから必要な話は、すぐに終わった。

一段落ついたところで、コウが言った。

「ピアス、わかってる?」

ピアスが無言でいると、コウは身を乗り出して来て再び言う。

「わかってるか?
 あのな、お前は、……特にあの血の繋がった人間たちに関しては、
 本当に慎重に動かなきゃならなかったんだ。
 あの“母親”と“弟”とを会わせるのも違反だし、
 オレのIDも勝手に使わせやがって、もうな、何て言っていいやら……。
 ……お前があの家の“家主”になること、たぶん難しくなるよ」

そうだ。
ピアスにはわかっていた。
「難しくなる」だけなのか「不可能になる」のか、その結果までは
ピアスにも、今はまだコウにもハッキリとはわからなかったけれど、
後者の、最悪の可能性のことも、ピアスは想定していた。

「合わせる顔、ないな」

コウに対しても、あの森の家にいる人たちに対しても。

「やったのは本当にバカなことだけど、そんなバカなことは言うな。
 お前がそうした責任は、オレにもヒナタにもある。
 知らせるべきじゃなかった。会わせるべきじゃなかったな。
 こんな、お前には、何のメリットもないのにな。
 お前がこうするかもしれないことくらい、考えついていてもよかったのに」

病院にいた時と同じように「悪かった」と、コウは言った。

「こっちのセリフだ。ID勝手に……“弟”に渡してごめん。
 せっかく信用して貸してくれたのに、裏切った。ごめんなさい」

やっぱ本当に合わせるが顔ない、とピアスは俯く。
そんなピアスの様子を見て、苦笑してコウが言った。

「まぁ、合わせる顔がないのは、そうだろうと思ってな。
 今日だけは、そんなお前の気持ちを汲んでやることにした」

「は?」

「ん、」とコウは窓の外を顎で示す。
乗り出して見てみれば、夕闇の中、細身で金髪の男が去って行く姿が見えた。

「あ、……」

家主だった。
さらに身を乗り出してみれば、カリンが送り出しているのが見えた。

「黙っとくわけにも当然いかないし。
 カリンに頼んで、ヒナタんとこ行ってもらったんだ。
 今日は会えないってこともちゃんと伝えて別れて来たらしいんだけど、
 さっき結局、こっち来たみたいだ。で、アイツには悪いけど、追い返した」

振り返るかと思ったけれど、
家主の背中は、そのままどんどんと小さくなって、
やがて見えなくなった。

「今日はお前、ここに一泊していくこと。
 もう冷えてると思うけど、念のためもうちょっと頭冷やしておいて。
 で、反省文でも書け」

「反省文?」

「自分がどれだけ後悔しているかとか、もう同じ間違いはしませんとか、
 殊勝な態度を見せておくといい。紙とペンは後で部屋に持って行かせる。
 ヒナタとのっぽには、明日しっかり謝ること。
 それで、たっぷり怒られればいいんだお前なんか」

それはいいな。思って笑った。
ピアスが笑うとは思っていなかったらしく、コウには微妙な表情をされた。

わかった、と頷いてピアスは席を立つ。
部屋のドアを開けると、コウの部下がピアスの洋服と鞄とを持って立っていた。
「あんたにも迷惑かけたな」
言って小さく頭を下げて前を通り過ぎた。男は何も言わなかった。


***************


夜はひどく冷えた。
ピアスにあてがわれた部屋は狭く、家具と言えば文机とベッドだけだ。
ドアのすぐ近くにトイレが備え付けられていて、
つまり、全てが部屋の中だけで完結できるようになっていた。
窓はやはり小さかった。
部屋は暖められていたけれど、
外の空気を吸いたくて窓をあけたら、
身を切るような冷たい風に、部屋の温度はすぐに下がってしまった。

森の家は、あたたかい。
帰り道、家主は寒くなかっただろうか。わざわざ出て来てくれたのに、顔を見せることもできなかった。
のっぽは、自分のことを心配していないだろうか。彼はひどく、自分には優しいから。
あのあたたかい家が懐かしかった。
たっぷり怒られればいいと、コウは言った。
本当にいいなと、心から思う。

コウがよこしてくれた紙とペンを持って、
ブランケットを羽織るようにして文机についた。
何から書くべきか、なかなか思いつかなかったけれど、
ペンを動かしだしてからは早かった。
書きたいことが次々に浮かんでくる。
寒さにかじかむ手を時々温めてやらなければならなかったけれど、
不思議と集中が切れることはなかった。
たくさん書いて、たくさん消した。
書きたい気持ちは掬いきれないほど溢れ出て来て、
紙にうつしていくのに苦労した。
ピアスの作業はその日、夜更けまで続いた。


***************


翌朝は、温かいパンとスープが出された。
勤務時間よりも随分早いはずだったけれど
コウが顔を出してくれて、一緒に朝食をとった。
いつものように、どうでもいいような話を楽しんだ。

朝食を終えて身支度を整えると、ピアスは部屋を出された。
コウは建物の外に帰り道用の馬車を用意してくれていたけれど
それは丁重に断った。

「ヒナタとのっぽのことだから、迎えにでも来るかとも思ったんだけど。
 昼食用意して待ってるって、カリンが昨日伝言受けたみたいだ」

「アイツほんとバカだな」って10回は言ってたって。
カリンからまた聞きしたコウは言う。
「バカ、バカとは言っていたけど、そう怒ってもいないみたいだった」とも。
「そうか」とピアスは笑って頷く。

「送ってやろうか?」

「いいってば」

歩いて帰りたい、だから馬車も断ったのだ、と重ねて言うと、
コウはやっと納得したようだった。

「じゃあ、またそのうちな」

「世話になった、悪かった」とコウにあらためて頭を下げると、
すぐに身を翻し、そのままひらひらと手を振ってピアスは去った。
その背中が小さくなって、道の先に黒髪が消えるまで、ただ見送った。

ゆっくりだったけれど、ピアスの足取りは軽かった。
家に帰れるのが楽しみなのだろうとコウは考える。
足取りの軽やかさは、
スキップでもして、鼻歌でも歌いだしそうなくらいだった。

昨日までの様子を思い返せば、
ピアスがどうしてあんなことをする気になったのかと考えれば、
胸の奥の方が重くなる。
ピアスの後ろ姿は、対照的な軽やかさに見えた。
コウの思わずついたため息は、すぐに白くかすんで散った。


「……さ、仕事に戻るかね」

凍えはじめた指先をさすりながら、コウも職場に戻った。



***************



ハミングが聞こえた。
もうすぐ大人になる、少女の声。ミーチェの声だ。
自分は以前の家主ほどの耳の良さはないけれど、わかる。
だって彼女が幼い頃から、ともに時間を過ごしていたのだ。
到着は昼頃になると言っていたはずだ。まだ少し早い。
近づいてくる声を嬉しく感じながら、“家主”は湯をわかし始めた。


寒い寒い、冬のあの日。
コウの見た後ろ姿が、それがピアスを見た最後になった。
あの日彼はこの家に帰ることなく、どこかに姿をくらませてしまったのだ。



ピアスが姿を消してから、もう13年になる。
彼がこの家に戻って来たことは以来一度もなく、
手紙や風の噂にですら、姿をあらわすことはなかった。

ピアスが一日だけ勾留されたあの翌日、
昼には戻ってくるはずだった彼は
昼食の時間を過ぎ、おやつの時間を過ぎて夕方になっても戻らなかった。
顔を合わせづらいと道草でもしているのだろう。
そう考えていた家主たちもさすがに心配になって、コウの元へ急いだ。
ピアスの行方が定かでないことがわかり、
カリンも含めて4人で話しているうち、
ふいに、ピアスの思惑が、見える形になってあらわれた。

コウの上着のポケットに、畳まれた手紙が入っていた。
小さく折られていた2枚の紙。
ピアスからのものだ。
1枚は反省文で、もう1枚は家主たちにあてた手紙だった。


『ヒナタ、のっぽへ

 こんな形にしてしまって、本当にごめんなさい。
 “弟”だったアイツにしたこと、反省文は書いたけど、
 本当は全然、後悔なんてしてないんだ。やりたいようにやらせてもらった。
 オレのワガママを通してしまって、本当にごめんなさい。

 オレがそうすることで、ヒナタにものっぽにも、
 迷惑かけるってことはわかってたんだ。
 コウはどうなるかわからないって言ってたけど、
 たぶんもう、オレが“家主”になれることはないと思う。
 警衛士のID勝手に使って違反事項して、
 オレ前科あるし、目ぇつけられてるし、だから厳しいと思うんだ。
 やる前から、たぶんそうなるだろうなって、思ってた。
 それにオレ自身、こうしようって決めてから、気づいちゃったんだ。
 たぶん、オレじゃ“家主”にはなれない。
 下手したら家が危険になるかもとか、どれだけ迷惑かけるかとか、
 全部全部考えて、それでも、オレはオレのワガママを優先した。
 だから、オレじゃダメだ。オレじゃ、“家”に来る子どもらをきっと守れない。

 そう気づいたから、もう、家には戻らないことにしました。
 合わせる顔もないけど、
 それよりは、もうオレのことは気にしないで欲しいんだ。
 オレは2人に、あの家に、もう返せるものがないから。
 2人にはたっぷり怒られてこいって、コウに言われた。
 オレも、むしろそうしてもらいたいと思ってるけど、
 でも、これがオレなりのケジメだから。
 このワガママも、どうかきいてやってください。

 2年も前から約束してたのに、ごめんなさい。
 信じてくれたのに、裏切るようなことして本当にごめん。

 昨日の朝くれた合鍵、本当はその場で返すべきだった。
 それか、この手紙と一緒にしておくか、するべきなんだと思う。
 でももし、許されるなら、もう少しだけこの鍵、持っていてもいいかな。
 オレはもう、森には帰らないけど、いつかどうにかして返すから。
 不安だったら、家の鍵は別のヤツにつけかえて欲しいです。
 それじゃまた面倒かけるな。ごめん。

 それから、これももし、許されるなら、
 どうかオレのことは探さないで。本当に。
 いろいろ考えたら難しいかもしれないけど、たぶん、オレは大丈夫だと思うんだ。
 オレはたぶん、大丈夫。
 こんなワガママして、ほんとどこまでも勝手だけど、
 一緒にあの家で暮らせて、本当に本当に楽しかったんだ。
 オレはあの家にいられて、ずっとしあわせだった。
 あらためて書くと恥ずかしいけど、最後だから、我慢して書く。
 2人といられて、本当によかった。だから、大丈夫だ。

 どうかあの家と、ヒナタが作る新しい家と、そこに来るヤツらと、
 そして2人が安心していつも過ごせるように、ずっと想ってる。
 オレは言えた立場じゃ、ないけどさ。

 手紙、ずいぶん長くなったな。
 書きたいこと、なんだかいっぱい、いっぱいあるんだけど、
 全部書こうとしたら、きっと紙もペンのインクも足りない。
 だからそろそろ、このへんで。

 ダメな家族でごめん。
 家族でいてくれてありがとう。嬉しかった。

 コウとカリンにも、ミーチェにも、
 オレが謝ってたって、伝えてくれると助かります。
 最後までワガママとお願いばかりで、申し訳ないけれど……。

 本当に、本当にありがとう。
 2人とも、きっと元気で。』


ピアスがした行為のせいで、彼が“家主”になれない可能性があることを、
前の家主は、ヒナタは、わかっていた。
カリンに事のあらましを聞いた日、それでも彼は怒らなかった。
怒っているような言葉を何度もつぶやきながら、
それでもどこか楽しそうだった。
彼にワガママを言われたことが、
彼が、人に迷惑をかけてでも「やろう」と思える何かができたことが、
そしてその気持ちを貫いたことが、ヒナタには嬉しかったのだと思う。
自分もそうだったから、わかる気がする。のっぽはそう考えている。

ピアスからの手紙を読んで、けれどこの時は、ヒナタも怒ったようだった。
のっぽも初めて見るような表情だ。
だからその表情の険しさに驚きもしたのだけれど、
彼は怒っていたのではなかった。
怒りに似た温度で、ヒナタは自分を責め、そして悲しんでいた。

その様子を見て、
初めてのっぽは、ピアスに怒りの感情を覚えた。
怒っているのと悲しいのとが、ないまぜになった気持ちだ。

ヒナタがこんな表情をするのは、ピアスがまだ「子ども」だったからだ。
ピアスが「子ども」でいられず育ったことに、ヒナタは悔しさを感じていた。
だから急いで大人にならなくてもいいと、彼はいつも思っていて、
けれどピアスは“家主”になるため、少しでも早く「大人」になりたがっていた。
ヒナタの心中は複雑だったはずだ。
それでも、丁寧にピアスを見守って来た。

それが、こんな手紙だけで。

ピアスが本当に「大人」だったなら、まだよかったのだ。
けれど彼は、あまりにも「子ども」だった。
顔を合わせて自分たちに謝ることも、怒られることも、
そうして自分を甘やかすこともしなかった。
自分を甘やかすこと。
それはきっと、こんなバカみたいに自虐的なことをするよりもずっと、
ずっと苦い経験になったはずなのだ。
甘やかしたり、甘やかされたり、
それをひどく苦く思ったり苦しく感じたり、
そうすることをピアスが選べていれば、こうはならなかった。
ヒナタがこれほど悲しむことも。
それが選べないほど、
おそらくはその選択肢が思い浮かばないほどに、彼はまだ子どもだったのだ。

ピアスの希望通り、彼の捜索はなされなかった。
彼は今まで、主には彼自身の安全をはかるために、監視のようなことをされていたのだ。
その彼自身がそれを拒むのなら、わざわざ予算を投じてまでそうすることもない。
それが彼に監視を与えた上部の人間たちの本音だった。
その本音は隠されもしなかったので
家主たちはずいぶんと腹を立てたのだけれど、
ともあれ、ピアス本人が望んだことなのだからと、煮えそうな感情を飲み込んだ。

積極的に探しはしなくても、
もし何かの事件に巻き込まれたり、
それで大けがをしたり、もっとヒドイことになったりしたら、
その時には、さすがに連絡が来ることになるだろう。
逆に、万が一彼が何か問題を起こした場合であっても。

この13年、一度も連絡は来ていない。
一切の音沙汰がないのは、それはきっと、ピアスが元気で過ごしているからだ。


「のっぽー、久しぶり!」

ミーチェがノックもせずに上がり込んでくる。

「お久しぶりですねー! 元気そうでよかった」

「のっぽもね!」

ピアスが姿を消して、新しい家主にはのっぽがなった。
ヒナタが残るわけにもいかなかったし、
のっぽなら大丈夫だろう、という信頼感を、当時彼は、すでに得られていた。

ピアスが成人するまで。
それまでをとりあえずの期限に定めていた。
この森の家でずっと暮らして行くわけではないと、はじめから思っていた。
その自分が、今ではヒナタよりも長く、この家の家主をしているのだ。
不思議なものだ。
人生、本当にわからないものだと思う。

ミーチェの訪れに気づいて、二階の子どもたちがバタバタと降りて来た。
彼女がお土産に持って来たクッキーや本や遊具の包みを、
みんな我れ先にとあけている。
元気な子どもたちの様子に笑顔を浮かべながら、
慣れた仕草で“家主”はお茶の準備にとりかかる。

ピアスが姿を消してから、
この森の家には、たくさんの子どもたちが来た。
一人一人、顔も名前も声も仕草も、もちろん覚えてはいるけれど、
数えきれないほど、たくさんの子どもたちだ。
ほんの数日の子どももいれば、
ピアスよりも長く一緒に暮らした子だって、何人もいる。

だからピアスと過ごした日々は、
今ではもう、随分と遠い過去になってしまった。
思い出せる景色もすでに色あせてしまっていて、
ちゃんと覚えていられるよう努力してこなければ、
ハッキリと声を思い出すこともできなかっただろう。
あんなに怒ったことも、
あんなに悲しかったことも、もう、遠い。

それでも、忘れはしない。
紙が劣化してインクの薄れてしまったあの手紙も、
そのままにしておかれた彼の部屋の荷物も、
実は今でも、大切にクローゼットの奥にしまってあるのだけれど。
それを引きずり出して、手に取って眺めるような日々が過ぎても、
ふいに、よみがえるのだ。

季節のにおいの中に、音に、景色に、
焼きたてのパンの香りや、スープがつくるゆるやかな湯気にさえ。

毎日の生活の、見逃してしまいそうな小さな喜びの中に、
彼との記憶が宿っている。

13年の月日は長い。
まだ年若かったピアスにとっては、自分以上に長く感じられた時間のはずだ。
いま彼は、どこで、何をしているだろう。
誰か近くにいてくれる人はいるのだろうか。
雨風はしのげているだろうか。
あたたかい食事はとれているのだろうか。
得意気に作っていたパンは、今も作ったりすることがあるのだろうか。

彼もこうして、思い出してくれているといい。
覚えてくれていたらいい。
ほんの数年しかなかったけれど、あの穏やかだった時間が
彼の身体にもしみついていて、
いつか何かの瞬間に、彼を少しでもあたためてやってくれたらいい。
彼にとってもあの日々が、そういうものであったらいい。

自分が今ここで、たくさんの子どもたちに
少しでもそういう記憶を残せるようにと、そんな日々を送っていられるのは、
だって彼のおかげなのだから。

いつか彼は帰ってくるだろうか。
「帰らない」と手紙にはあったけれど、
いつか、もう一度。

ひょっこりと気が変わって。もしくは何かを決心して。
その時に大切にして大切にされている誰かも連れて、
できることなら、よく口ずさんでいた歌のハミングでもして。

ピアス。

聞きたい話がたくさんある。
話したい話がたくさんある。
伝えたい言葉が、たくさんあるよ。


彼が持ったままのこの家の鍵は、まだ返って来ていない。





===============



……はい、これでおしまいです。

こんな感じになっちゃいました。
なんか、ちょっとゴメンなさい。。。



次はちょっと違ったテイストのものを書いていく、予定、です。


ピアスたちにたくさんおつきあい頂いて、
本当に本当に、ありがとうございました☆☆


また、次の作品でお会いできると嬉しいです*^^*








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comment

  1. 2012/01/14(土) 13:55:50 |
  2. URL |
  3. Lawliet1128
  4. [ 編集 ]
全部読みました!!
いい話です(´;ω;`)
僕はあまり小説書いたり文章書くのが不得意なので、応援してます!
頑張ってください!

また訪問して下さってありがとう御座いました。
よかったらまた入らしてください

Re: Lawliet1128 さん

  1. 2012/01/16(月) 09:18:37 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
Lawliet1128さんはじめまして!

読んで下さってありがとうございます~~><!!
すっかり更新ゆっくりめなブログになりましたが、楽しく書いています。
がんばります・v・

こちらこそ、また訪問させて頂きますね・v・

コメントありがとうございました!

  1. 2012/01/21(土) 22:38:13 |
  2. URL |
  3. ゆさ
  4. [ 編集 ]
遅くなりましたーーー読みました!!
なんというかもう、毎回言ってる気がしますが、ノンストップで一気に読んでしまいました。何度目だこれ。

ピアスの選択が、あぁすごく彼らしいなと思えるような、やっぱり悲しいような、
何となく頭のどこかでこうなることを知っていたような、
不思議な読後感がありました。
精一杯の選択だったのですね。
いつかピアスが大人になって、このときの選択をかえりみるとき、
彼は何を思うだろう…とか、思いました。
そのときは「家」のことやみんなのことを一緒に思い出したりもするかな、とも。

コウさんの「本当にバカなことだけど、そんなバカなことは言うな」のセリフの
2つのバカの意味が全然違って、愛のある言葉だなーと思いました。
ヒナタもバカと言いながらも、色々思うところがあったでしょうね。
彼らの中ではバカは愛情表現ですね。

深いお話をありがとうございました!本当におつかれさまでした。

次回作があるのですか…!楽しみです。お待ちしています☆

Re: ゆささん

  1. 2012/01/23(月) 23:06:06 |
  2. URL |
  3. 花舞小枝の春
  4. [ 編集 ]
ゆささんこんばんはー☆

読んでいただいてありがとうございます*><*!

> ピアスの選択
最大のワガママです……。なんというか……。
最初彼は、弟連れて2人で逃避行はじめる予定だったのですが。
その次は、森の家(という居場所)を弟にあげて逃亡する予定だったのですが。
どっちもやりませんでした。
書きながら
「え、そういう感じ? なんだ君? 大丈夫なのかい? どうなのそれ?
 ちょ、君その行為になにか建設的な意味はあるのかい? え、えええええー?」
みたいな、なんか、そんな感じでした……。

書き終えてからやっと「あぁーそうかー」と^^;

> いつかピアスが大人になって
自分が書いたキャラにこんなこと言うのもアレなのですが
大人になったピアスは私、見てみたいです。
ピアスは、ユエちゃん同様、たぶんもう(私の脳内に)
リアルタイム的な感じでは、姿はあらわしてくれないような気がするのです。

どっちもたぶん元気に、
けっこうたくましく生きてるとは思うのですが・v・

> コウ
彼とカリンちゃんのことは、またそのうち
タイミングが見つけられたら書きたいです><

愛、ありましたか。
よかった。。。!


あ、そうです次、また別のもの考え中です。
(実はフライングでタイトルだけメニューにいたりしてます……)
ちょっと違った雰囲気になるといいなぁと、小さな挑戦です・v・


ゆささん
読んでいただいて、本当にありがとうございました*^^*
ゆささんから頂ける感想は、いつもいつも、本当に嬉しく拝読しています。
本当に、本当に!!

ありがとうございました*^▽^*♪

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