旅の空でいつか

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家主_幕間 ※22222HITSしましたありがとうございました☆

  1. 2011/07/08(金) 21:27:48|
  2. ★完結★ 『ハミングライフ』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
※作品一覧はコチラです


みなさまこんにちは、春です。

22222HITSしましたぁーーー
寸前に気づいてしまって、自分内でのドキドキもあまりないままにもう過ぎてしまいました。爆
ともあれ、
みなさま、今後どもどうぞよろしくお願いいたします*^^*♪

さて、今日も『ハミングライフ』です。


“家主”の話です。
暗躍……? (違うか)
こっちではもう見られないだろうデバリ具合でした。

今までで一番、なんだかドキドキしています。
こんなに書きたい!書けない!言葉にできない! てなったのは初かも。
読み返してみて、なんとなくその理由はわかりましたが。
いい経験をしました。個人的には。。。


季節もちょっと一足飛びで、幕間な感じです。
レシピもなしです。


どうぞ《続きを読む》よりおすすみください☆




***************


雨は振りそうにない、けれど空は雲に覆われた、涼しい一日だった。
その日家主は、何カ所かまわる場所があるからと、朝早くから出かけて行った。
帰りは夜中になるという。

もうすぐ、夏が終わる。

最近家主は、家をあけることが少し増えた。
ミーチェはマルセルと再会して以来、さらに活発さを増して、
少しずつ「おねえさん」の様子を見せるようになってきた。
ヨー程度の短期間ではあるけれど、子どもを預かることもたびたびになって、
季節と一緒に、生活の様子も少しずつ、変わりつつある。
ピアスは少しずつ、読書にいそしむことが増えた。
家にあるものは読み尽くしてしまっていて、
家主が街に出かけるたびに、何かしら買って帰るようにしている。
“のっぽ”は相変わらずで、ただ数回、実家に様子を見せに戻ったりはしていた。

変化はあった。
けれど総じて、穏やかな日々だ。


家主は、大きな変化を好まなかった。
目立つことや、勢いのあるもの。
静かな変化は喜んで受け入れたけれど、
大きな変化は、生活を一変させる。
穏やかさを愛していた。
それは、守らなければ維持する事の難しいものだ。

それでもこの日、家主は出かけた。


***************


訪れる場所は2つあった。
はじめに訪れたのは、後見人の家だ。

「ご無沙汰しています」

迎え入れたのは、この家の父親だった。
かつては同じ職についていたこの男性を、家主は尊敬していた。
初老にさしかかった数年前、彼もすでにその職を辞していたけれど、
現場を見つめ続け、
血のつながらない娘と、そして自活できるようになった今でも自分のことを気にかけてくれている彼は
家主にとって特別な存在だ。

「元気にしてた? 君も、君の家の人たちも」

笑顔で頷く。
マメすぎるのではと思うほど、近況はずっと、手紙で伝え続けていた。
彼や彼の家族からも同じだけの頻度で連絡はくれていたけれど、
やはり、手紙と顔を合わせるのとでは違う。

「アスミたちもお元気そうですね」

「もう、ほんとにねぇ」

医者である彼の妻も、既に数年前に現場を離れていたのだけれど
何かしらの機会があれば方々から声がかかり、
しばしば、アドバイザーのような形で呼ばれている。
娘のアスミは現役だ。
ただし変化がないわけではなくて、
今でも有名な人物ではあったけれど、世間の話題をさらっていたのはもう過去の話だ。
その2人は、今日はどちらも仕事で家をあけているという。

「今日はこっちに用事があるんだってね?」

この家族の家は、都への行き来が容易な程度の郊外にある。
都へ行く用事がある時には、家主はいつもなるべく、この家に顔を出すようにしている。
それでも、訪問は随分と久しぶりになってしまったのだけれど。

男性から出されたお茶を口に運んでから家主は答える。

「そろそろ、今後のことをすすめていこうかと思いまして」

「……」

聞いて、男性は無言になった。

家主がやってくることは、数日前に届いた手紙で知っていた。
妻と娘は、自分たちがいない時間が予定されていることに不満を持っていて、
だから家主はもう一カ所の訪問の後、おそらく夕方ごろの時間に
再びこの家に顔を出すことになっている。
一緒に夕食をとることになっているのだ。

だから本当は、この時間、ここに訪れる必要はなかった。
最初にもうひとつの用事を終わらせて、それからゆっくりと滞在するのでもよかった。

「ヒナタ」

彼は家主の名を呼んだ。

「ヒナタ。ぼくはね、心から賛成することはやっぱり、できないよ」

続けたこの言葉は、家主の望んでいるものではないだろう。
それはわかっていた。

「でも、きっと君の選ぶものは変わらないんだよね」

黙ったまま、頷いた。

「……それなら、応援はするよ。気持ちだけの話じゃなくてね。
 あんまりないかもしれないけれど、ぼくたちにできることなら、できるだけ。
 そう言っても君はいつも、あんまり頼ってはくれないけど」

「そんなことはないでしょう」

自分が今の生活を出来ているのは、目の前にいる彼ら家族のおかげだ。間違いなく。
それに。

ヒナタは、彼のようになりたかったのだ。
職業が同じだったのは、そこを目指したのは、彼の影響ではなかった。
今の生活を選んだことも。
それでも、もっと根底にある彼への憧れのような気持ちが、今の自分の姿勢を作っている。
それは間違いないと、ヒナタは確信している。

「あなたたちには、助けられてばかりです」

目の前の彼がそんなヒナタの想いに、どこまで気づいているのかは不明だ。
「そうかなぁ」と首を傾げ、釈然としない顔をしている。

男性も年をとった。
身体の衰えを感じさせるような動きはなかったけれど、肌には皺も増えて、目元はより穏やかになっている。
自分もいつかこんな風に、こんな人間になれるように、年を重ねていきたい。
そう思う。

白い毛の混じりはじめている男性の頭を見つめながら、ヒナタは席を立った。

「え、もう行っちゃうの?」

「用事すませたら、早めにまた帰って来ます」

不満そうな様子の彼に「一緒に買い出し行きましょう」と声をかけると、その男性はやっと納得したようだった。
ヒナタが料理を覚えたのも、それに楽しみを見いだせるようになったのも、思えば彼の影響だ。

「待ってるからね」

一礼して、家を出た。

この時間、ここに訪れる必要はなかったのだ。
それでも顔を出したのは、ヒナタ自身が、その必要性を感じていたからだ。

節目になる。その変化をこれから、自分は作ってしまう。
わかっていたから、この男の顔を、この家の空気を感じたかったのだ。
揺るがないでいられるように。
選んだ通りに、決めた通りに、コトを運ばせられるように。


***************


コウとカリンとの双方にも、既にアポイントはとってあった。
告げるべき用件も伝えていた。

「決心ついたってこと? 本決定でいいってことかな?」

ヒナタが席に着くなり、コウが言った。

「あぁ。決めたよ。あと2年半」

コウは眉をひそめた。

「本当に本気?」

「__どういう意味だ?」

睨みつけて聞き返した。
(どうして本気じゃないと思うんだ)
そう思って一瞬イラっとしてしまったのだけれど、コウの目は真剣だった。
ヒナタの問い返した言葉に、コウは眉間の皺を深くする。

(あぁ、そうかこいつも……)

「話し始めるなり室内でケンカとか、やめてくださいね」

「あぁ、うん。……悪いな、ちょっと気が立ってた。
 コウ、本気だよ。最初の計画の通りだろ。それを変える気はないんだ」

そうだ、計画通りだ。
けれど「家主」の仕事は人間を相手にしている。全てが計画通りに行くとは限らない。
だからこれまでの間は、言ってみれば試験期間だったのだ。
計画をこのまま進められるか、見極めるための。
計画の内容はこのままでいいのか、推し量るための。

そして、
「本当にヒナタ、お前はそれでいいんだな?」
少なくともコウとカリンからすれば、ヒナタの気持ちを確かめるための期間だった。

「ピアスがさ、」

息をもらすように笑ってヒナタは言う。
コウとカリンは、ふっと肩の力を抜かれた形だ。

「ピアスがさ、こないだ、おれに言ったんだよ。
 ちょっと困ってるんだ、って」

へぇ、と2人は素直に感心した様子を見せる。

「これってさ、つまりちょっと助けて、ってことだから。嬉しくて。
 誰かにそれ言うのって、すげぇ勇気がいるだろ。あいつ、すごいだろ。
 一人でどうにかしようとするより、よっぽど難しかったりするじゃん。
 誰かにそれを言ったり、それをしてもらおうとしてる自分と向き合ったり、
 そういうの、すごく難しかったりするだろ?」

いつもの“家主”でいる時よりも、ヒナタは饒舌だ。

「ひとりでどうにかしようとしてさ、
 結果どうにもできないでも、それで困るのが自分ひとりだったら、そっちの方が楽なんだよな。
 誰かに助けを求めて、それがダメだったときに比べたら、全然ダメージ小さいんだ。
 だから、……あいつはそれができたから、たぶん、大丈夫だと思ったんだ」

「それが決め手ですか?」

カリンの問いかけに笑顔で答える。

「ああ。2年半も経てば、ミーチェの状況もまた変わって、もっと落ち着くだろうし」

ちなみに“のっぽ”の心配はしていない。
もともと“のっぽ”は、“家主”の保護する対象には入っていないし、その必要もない存在だ。

「いけるよ、計画通りに」

強気な笑顔で言ったけれど、
コウもカリンも、特にコウは納得しきれていないだろうことは、ヒナタにもわかっていた。
ありがたくて、嬉しいことだ。

コウが言いたいだろうことはわかる。
けれどお互い口にしないのは、本当にお互いに、そのスタンスを選んだからだ。
いつかそのスタンスは崩れるかもしれないけれど、今ではない。

「でさ、まぁ、言っても2年半も後なわけだけど、
 今から準備したいこととかがあってさ。2人にはそれもお願いしたいなと思ってんだけど」

「どうせピアスのことだろ。わかってるよ」

さすが、話早くて助かるわ。
そう答えてヒナタは、2人といくつかの確認に入った。
実際に書類を準備するのはおそらくカリンの役目になる。
大して項目の数は多くはないのだけれど、手続きや交渉は少し複雑だろう。

ヒナタはそれを、よく知っている。


***************


「で、ヒナタ、あなた本気なの?」

食事が終わってまっさきに聞いてきたのは
後見人の、その家の母親だった。
顔を合わせればみんながみんな、それを聞いてくる。
嬉しいことだけれど、この女性のそれには迫力があった。

(変わらないな)
苦笑しながら答えた。

「はい。もう、決めちゃいました」

夫婦は顔を見合わせて、そろってため息をついた。
娘のアスミは黙って聞いている。

「あなたのことだから、どうせもうそれを覆す気はないんでしょうけど、」

ヒナタの性格も、もうとっくに見破られている。
昔からこの女性にはかなわないのだ。

「あなたももう若くないんだから、無理はやめなさいよ?」

「あぁ……」

声をもらしたのはアスミだ。
最近は疲れが翌日に残ることが時々あるのだと、食事時に漏らしていた。
時々、ですんでいるその体力は、むしろ驚異的だ。

「2年半経ったら、……うわ、本当にもういい年ですね」

想像してみて驚いた。
またひとつ大台が見えてくる頃だ。

「ね、ちょっと風にあたらない?」

誘ったのはアスミだ。
最近の夜は、涼しい風が入ってくることが多くなった。
今日は昼間からさほど気温はあがらなかったし、きっと心地よいだろう。

「あぁ、いいね」



アスミは立ち上がって、さっさとテラスに出て行ってしまった。
勝手を知っている我が家だ。サポートは必要ない。

テラスには、寝転がれるようなサイズの椅子が2つ並んでいる。
アスミはそこに寝転がって、ヒナタはもう一方の椅子に腰掛けて、アスミと向かい合う。

風が吹いた。

静かな街だ。風の音が感じられるほど。
ヒナタの耳にはやはりたくさんの声や音が届くけれど、
それでもなお、穏やかで過ごしやすい街だと思う。
いい街だと、今でも、ずっと、思っている。

夫婦はそろってキッチンへと下がっていた。
食後の洗い物をしている音が聞こえる。
手伝わずにいることは少し気がとがめたけれど、並んでいる夫婦の後ろ姿は楽しそうで、
わざわざ邪魔をしにいくこともないだろうとも思う。


本当に、静かな街だ。
風がアスミの前髪を揺らしていく。
眉の少し下から耳に向かって、深く長い傷が見えた。
普段は厳重に隠されている傷だ。
かつて理不尽な暴力によってつけられた傷。

静かに、やさしく、風は彼女の傷を晒した。
ヒナタの前では、彼女は気にしてはいないようだったけれど。

堪え難くなったのは、ヒナタの方だった。


「触ってもいいか?」

うん、いいよ。
小声で答えたアスミの髪に、そっと触れる。
それから、ピアスにしたよりも繊細な動きでその房をなでる。
くすぐったそうにアスミが笑った。

「……めずらしいね。甘えてくれてるのかな」

家主は苦笑した。
30過ぎの男が、何をやっているのだろう。

「そうかも。ダメか?」

「ううん、いい」

髪の房をなでて、やがて手はアスミの横顔を包み込むように流れた。
そのまま離れようとしたヒナタの手は、今度はアスミがつかんで止めた。
裾と手首とを捕まえた形だ。

「なんか触ってると落ち着くんでしょ。もう少し、いいよ」

その通りだったから、言われた通りにすることにした。


「ぼくたちも、けっこういい年だよね」

全く落ち込んではいない風にアスミが言う。

「そうだな」

答えるヒナタの声も明るい。
翳ったのは、そこに続けた言葉だ。

「……アスミは、すごいな。全部全部あかして生きてる」

風が乱れさせていく髪を整えるように、ヒナタの指は優しい。

「……おれたちみたいなのにとって、アスミの活躍は本当に救いだよ。
 アスミの姿を見て生きられている子たちが、どれだけ多いか……」

少し考えてから、アスミは笑顔で言う。

「ヒナタは、いつも甘えないね」

「いま甘えてる」

ヒナタも笑顔をつくって答えたけれど、アスミは首を振った。

「ぼくじゃないよ。ヒナタだ。ぼくは運がよかっただけ」

「?」

何の話だろう。
ヒナタには、アスミの話のつながりがよくわからない。

「ぼくは、運がよかったんだ。本当に。ぼくにはあの人たちがいたから。
 それに甘えてるんだ。今も。
 ぼくはね、ヒナタにとってそういう存在に少しでもなれたらいいなって、ずっと思ってた。
 ぼくだけじゃない、あの人たちだってそうだ」

困ったような笑顔で彼女は言う。
それは控えめな表情だけれど、アスミは言葉をとめない。

「ぼくは甘えてる。でも、ヒナタは違ったね。
 甘えてくれないんだ。今までも、今も、たぶんこれからも。
 ヒナタは、ぼくにとってのあの人たちみたいな、そういう存在のいない子を、探してる。
 そういう子たちに、帰れる場所をつくろうとしてる。
 自分は甘えないまんまで。
 ヒナタ、きみは根をはる場所を、まだ、つくらないんだね」

「……」

「すごいのは、ヒナタだ。
 ヒナタが警衛士だったとき、ぼくたちがいたみたいな組織はあらかた、
 もう本当に存在を確認することができないほど、なくしてしまったでしょう。
 そこでいろんな子に会って、助けたでしょう。本当にたくさんの子を」

「……ダメだった子もたくさんいた。
 今でも、場所や生活が変わっても、マシになっても、ギリギリのところにいる子はたくさんいる」

「ぼくみたいには運がよくなかった子たちだね」

運がいい。
それだけではない。アスミには、途方もない努力があった。
今もある。
知っている。

けれどそれには言及しないまま、ヒナタは言葉をつないだ。

「死にものぐるいの努力と、運と。
 その両方がなきゃどうにもならないなんて、やっぱなんか違うだろう」

ずっと思っていたことだった。

アスミは運がよかった。
運だけでは決してないけれど、結果だけを見れば、運の良さについても嘘ではないと、言えなくはない。
ヒナタの「運」は、アスミとアスミの家族が運んで来た。

「なんとかできた子もいた。どうしようもできなかった子も、たくさんいた。
 救い出せたと思っても、結局だめだった子もいた。
 どうにかなるか、どうにもならないか、……その境界線にいる子らに、
 アスミ、あんたの存在は大きいよ。おれにはあんたみたいな生き方はできない」

「だからせめて、とか言わないでね」

ヒナタは言葉を奪われた。
その気配を感じて、やっぱりねぇと、アスミは苦笑する。

「違うよヒナタ。
 ぼくじゃない。きみだよ。何度でも、言うよ。
 ぼくが今の生き方を選べたのは、ただ運がよかったからだ。
 ぼくはぼくの人生を、今はただ生きてるだけだよ。
 それが誰かのためになるなら、それはとても嬉しいことではあるけれど」

アスミが目を覆った。

「ぼくは結局、ぼくたち以外の子には向き合おうとしなかった。
 だからぼくは今、今の生活ができているんだ。
 きみはそうしなかった。ぼくは、誰も、助けていない。ぼくじゃないよ」

しまったな、と思った。
アスミにこんな告白をさせるつもりなんて、欠片もなかったのに。


また風が吹いた。
ヒナタもアスミも無言だ。
家の中からは、まだ夫婦の声が聞こえてくる。
少し遠くなったから、今はリビングでもキッチンでもなくて、おそらく書斎にいるのだろう。


先に口を開いたのはアスミだった。

「きみは、いつまでそれを続けるつもりなの?」

「……とりあえず、気がすむまで」

ため息が漏れて、
それから、息を吐くような笑いが続いた。

「それがヒナタらしい生き方、なのかな。うん、そんな気も、しないでもないね」

「だろ?」

言ってヒナタも笑った。
本当にきみはかわらないねと、アスミは笑っている。
自分でもそう思っているけれど、誰かから言われると少し恥ずかしい気持ちになる。

「ねぇ」

再びヒナタの裾をつかんで、アスミが言った。

「いつか……もしいつか、きみがどこか場所を定めてもいいと思えるようになったら。
 いつか、一緒に暮らすことはできるかな」

(あぁ、……)

きっと、そんな日は来ないだろう。
諦めにも近い確信のような想いがヒナタにはあった。

けれどそれなりに年齢を重ねた今でも、自分のことはわからなかった。
いつか、そういう場所を自分も決めるのだろうか。
わからない。
わからないけれど。

いいなぁとは、思った。
それもいい。
いつか、そういう生き方を選ぶのも。

自分たちももういい年だけれど、
あと、さらに何十年かして、身体も思うように動かなくなった頃なら、もしかしたら。

「それもいいな」

零すように言った。

同じようにしてはじまった自分たちだ。
同じ場所で最後の時間を過ごすのも、悪くない。

「いいな」

風に遊ばれた前髪を戻してやると、アスミはまたくすぐったそうにして、小さく笑った。


***************


家主が帰路についたのは、当初の予定通り真夜中のことだった。
もうみんな寝付いているだろうと思っていたけれど、
リビングには明かりが灯っていた。
安心する気持ちと、どうしても緊張が生まれてしまう。

リビングで家主を待っていたのは、やはり、ピアスで。

「戻ったよ」

「うん。おかえり」

夕食の残りがフライパンに残っていることだけを告げて、ピアスは自室に戻ろうとする。

「なぁ、ピアス」

呼びかける声に、
もう背中を向けていたピアスが面倒くさそうに振り返った。

「なんだよ」

本当は、明朝伝えようと思っていたことだ。
けれどちょうどいい。もう告げてもいいだろう。
もう自分の気持ちは固まっているのだ。あとは、ピアスだ。

「おれ、あと2年ちょっとしたら、この家出るよ」

眠そうだったピアスの目が大きくなった。

「……なんで。この家、なくなるってこと?」

首を振って「そうじゃない」と否定してから家主は答える。

「最初からその予定だったんだ。
 ただいろいろ様子を見て、最終的にはそれから決めようとも思ってたんだけど、」

「なんだよそれ。
 ここはあんたの家だろ? なんであんたが出て行くんだ」

ピアスのその言葉にも、家主は首を振って否定を示した。

「おれの家じゃない。おれたちの家だ。
 ピアス、お前も一緒につくっただろ。おれのじゃない、おれたちの、だ」

「そこはどうでもいいんだよ。
 変わんねぇよ。おれたちの、だって、あんたが出て行く理由にはなんねぇだろ。
 あんたが出て行って、この家どうすんだよ」

「お前にあげたいんだけど。いらない?」

「……は?」

すぐに終わる話ではないと判断したピアスが戻って来て、席に着いた。
向かい合う形で家主もそれに続く。

「拒否権あるからな、言っとくけど」と前置きをした上で家主が続けた。

「おれさ、こういう家つくりたくて、前の仕事やめたんだよ。
 ピアスや、ミーチェやヨーや、ともかく誰かが……
 居場所つーか、帰る場所みたいの探してるときにいったん住みつけるような、そういう家。
 前の職場でその仕組み作りたかったんだけど、難しくてさ。で、そこ辞めてこの家つくったんだ」

家主が以前、警衛士の仕事をしていたことは知っている。

「なんで作りたいと思ったんだよ?」

「おれが、欲しかったから」

少し緊張した。家主も、ピアスも。
そういう話をするのも、聞くのも、初めてだった。

「前の職場では、どっかから子ども助けてくるみたいな、救出みたいな、そういう仕事してたんだけどな。
 それじゃ足りないってこともわかったんだよ。
 助け出しても、その後も大事だった。
 助けたと思っても、どうにもできなくて、どうにもならないままにしてしまった子どもたちが、
 いっぱい、いっぱいいた。そういうのにはもう耐えきれなくてさ」

家主はいったん振り返って、背中ごしのカウンターに置いてあった水差しとグラスをとる。
自分と、ピアスの分も注いでやって差し出す。

「で、考えたんだ。どうにかなるとかならないとか、その分かれ目に何があるのか。
 何が足りなかったのか。その答えが、こういう家だった」

「こういう家?」

「自分の居場所を自分で見つけるまでの間、帰って来てもいいと思えるような家。
 つなぎの家だ」

ピアスにはまだ、わからない。
ミーチェやヨーのように、もしくは“のっぽ”のようには、
自分はこの場所以外で帰る場所なんて持っていない。
この場所が、自分の「帰る場所」だ。
この家の他にそんな場所が見つかるかどうかなんて、探そうだなんて、考えもしなかった。

(あぁでも、それでもいつか)

それでも、たしかに、いつかこの家を自分も出て行く日が来るのかもしれない。
もう少し大きくなって、自分で生活できるようになったら。
いつまでも家主の世話になっているわけにはいかない。

そういう、人生のサイクルのような話を今、家主はしているのだろうか?

「でな、」

ぐるぐると考えるピアスの思考を遮って家主が続けた。

「おれは、この家ひとつだけじゃなくて、もう少したくさん、作りたいんだよ。
 だから、この家はもうこの家で、大丈夫だって段階になったら、
 また次の家をつくりはじめようと思ってた。最初からそのつもりだったんだよ」

家主の言っていることが、少しは、理解できるような気がした。
それでもピアスの気持ちは落ち着かない。

「なんだよ、それ」

同じ言葉を、もう一度。
けれどそこに込められた想いは、また少し別のものだ。

「ヒナタはそれで、予定通りでいいかもしんないけどさ。
 じゃあ、おれは? 残されたおれたちはどうしたらいいんだよ」

__この言葉を。

この言葉を聞きたくなかったのだと、聞いて初めて、家主は自覚した。

どうして自分の気持ちが、ずっと、落ち着かなかったのか。
緊張していたのか。
それは、この言葉を聞きたくなかったからだ。

自分がこの家を出て、また新しい場所に行くということ。
それは、ここに誰かを残していくということだ。
自分にとってここがもう、帰ってくる場所ではなくなるということだ。

場所を失うことは、その喪失感のようなものは、覚悟していた。
けれど、残る人間であるピアスは、それを少なからず負担に感じている。それは心苦しい。
そして何より、
残る人間が、自分の存在を、おしんでくれている。

それを振り切るようなマネをするのは、
ヒナタにとっては身を切られるように、痛い。

黙り込んでしまった家主を、ピアスは見据え続ける。
痛い。

けれど、自分もひかないと今日、家主は気持ちを固めて来た。

「……だからさ、ピアス、」

だから続ける。
家主もピアスから視線はそらさない。

「だから、この家、お前にあげたいんだ。
 お前、おれがいなくなったあと、ここの“家主”になる気ない?」

「!」

そういうことかよ。
ピアスが小さく吐き捨てた。
拒否権があると家主が最初に言っていたのは、こういうことか。このことか。

「……」

ピアスにとって、とても魅力的な話ではあった。
ピアスはこの家を、生活を気に入っているし、愛着もある。
ヒナタが言った通りたしかにピアスも、この家を一緒につくったのだから。

「金のこととか、法律的なことは心配しなくていい。
 まぁ何も仕事しないで維持してくってのは難しいだろうけど、ここの家の維持には補助金ついてんだよ」

「え、そうなの?」

「うん。でもおれ社会的信用みたいのに乏しいから、カリンみたいな監視役がいるわけだけど」

「……それ、おれじゃダメじゃね?」

自分の戸籍のようなものがどうなっているのか、ピアスは詳細を知らない。
けれど自分は、社会的には「いない」人間だ。

「おれでも大丈夫だったくらいだし、大丈夫だろ」

何やらかしたんだよ、と疑いの目を向けるピアスのことは、苦笑して流す。

「まぁそのへんのことも、今日コウとカリンと相談してきたし。
 あいつらに任せときゃ大丈夫だろ」

「用意周到じゃねぇか」

文句を言い出しそうな様子も、家主は同じく苦笑で流した。

「準備だけはしてるけどな。
 でもこの話、断ってもいいんだよ。そうしたら、また別の人間を探してくるだけだ。
 ……ただおれは、できることなら、お前がいいんだ」

「おれまだガキだよ」

「2年半も経てば“もうすぐ大人”にはなってるだろ」

「口悪いし、ヒナタみたいに愛想笑いとかできねぇぞ」

「口悪いのはおれもそうだよ。愛想笑いは、なくてもいい」

「……どうして、おれなの?」

家主は笑って答えた。

「言っただろ。だって、一緒につくったんだから。
 おれもこの家のことは大事なんだ。だから、信頼できる人間にまかせたい」

信頼できる人間、と言われたことが嬉しかった。
けれどそれ以上に嬉しかったのは、家主がこの家のことを「大事」と言ったことだ。

「……」

気持ちが揺れた。
自分にとっても大事な家で、家主にとっても大事な家で。
大好きな家で。
自分が家主になる様子など想像もできなかったけれど、
自分が家主で、家主もこの家を大事にしているのなら、それなら。
ヒナタが、どこか全然違う場所でまた別の「家主」になっているのだとしても、
いつか、またこの家に……帰って来てくれるかもしれない。

「ちょっと、考えさせて」

「もちろん」と家主は頷いた。
急がなくていいと言って、笑って。


家主を残して、ピアスは自室に戻った。
もう朝の方が近いような時間だったけれど、
緊張のような想いが強くて、結局ピアスはその夜、寝付くことができなかった。

なれるのだろうか。
できるのだろうか、自分に。

欠片ほどの自信も浮かばなかった。
それでも朝が来て、日が昇る頃には、ピアスの気持ちは固まっていた。


翌朝リビングに降りると、家主がいた。
「おはよう」
変わらない笑顔で家主が言う。
服が変わっていない。家主も眠れない夜を過ごしたらしいことがわかった。


「昨日の話だけど。おれ、やるよ。おれでいいなら、やる」

自分から持って来た話だと言うのに、家主は驚いた顔をした。
「いいのかそんなすぐ決めちゃって」と心配もされたけれど、いいのだ。
ピアスの気持ちも固まった。

「うん。やる」

少しだけ考え込んで、けれど家主は、やはり笑顔になった。

「お前なら安心だ。ありがとな。よろしく」

おう、と短くピアスは答えた。



それからピアスの生活が変わった。

街に出る回数を増やした。
少しずつ、家の外の「社会」に足を踏み入れ始めた。それが必要だったのだ。
補助金の話やら、自分の戸籍的なものがどうなっているかなどの話を聞いて、学校にも通いだした。
家主が街に出かけるときには一緒についていくようになって、
簡単なアルバイトも始めた。
忙しくなった。
生活は大きく変わったけれど、淡々とした穏やかな生活ではなくなったけれど、
リミットが決まった分、密度の高い毎日になった。

忙しくも落ち着いた日々は、そうして過ぎていった。
リミットの近づいた2年後の秋の日まで、それは続いた。



(to be continued...)



===============

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<<『アイス』『汗』 《22のラブレター》 | BLOG TOP | 保護者・4 /リゾット>>

comment

  1. 2011/07/10(日) 23:22:52 |
  2. URL |
  3. ゆさ
  4. [ 編集 ]
22222HITおめでとうございます~☆
すごいですね!
いつも春さんの小説を読んで色々考えることがあったり、
ステキレシピを紹介していただいて「うわ~食べたい!」と思ったり
楽しませていただいています。
これからも応援してますよ~(^▽^)♪

アスミとヒナタが会話vvv
この2人が触れあったりしていると安心します。
文章から気持ちのいい風が吹いてくる感じ(^ ^)。
そして再登場のパパ…やっぱり素敵ですvvv
この方が出てくるとホッとします~。
「もう、ほんとにねぇ」っていうお言葉にきゅん☆としました。。
愛情たっぷりの苦笑が目に浮かぶようです。

続き、楽しみにしていますね☆

Re: ゆささん

  1. 2011/07/12(火) 10:45:46 |
  2. URL |
  3. [ 編集 ]
ゆささんこんにちは*^^*
ありがとうございますっ!どうぞよろしくお願いします*><*

> パパ
ありがとうございますうはぁ。
私も好きです*><* ←

> アスミとヒナタ
ここの2人の関係性は、ある意味ブラックボックスというか……
とりあえず触れずにおこうと思っていたはずだったので、
なんであーちゃんがヒナちゃんに呼び出しくらわせるようなことになってしまったのかと、
今でも不思議を感じています……。

とりあえず正面からぶつかってみる、的な突破の仕方はこの子の技だったのか、と
今さらながら思ったり。
書いていてとてもカオスで、それでドキドキもしていたので、
コメント頂けて嬉しかったです~^^

ありがとうございました☆

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