旅の空でいつか

ご訪問いただき、ありがとうございます
はじめましての方は、メニューの「はじめに。」や「作品一覧。」をご覧ください。
記事内容の無断転載は厳禁ですが、リンク&URLの転載はフリーです。ご一報いただけると嬉しいです☆
ブロとも申請は歓迎です☆
みなさま、どうぞ楽しんでいって下さいね*^^*

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ふたりのてのひら /Z

  1. 2010/03/04(木) 12:53:17|
  2. ★完結★ 『アルファベットの旅人』シリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

←前編の『てのひら /Z』はコチラです
※作品一覧はコチラです



妻から連絡を受けて、ぼくは急いで仕事を切り上げた。

「子どもを引き取りたいの。」
第一声が、それだった。



***************



ぼくも妻も、いつもよりゆっくりとできるはずだったこの日の朝は、
けれど突然の事件によって、ひどく慌ただしいものとなった。
ぼくと妻との両方ともに、突然の呼び出しがあった。


この日の未明、とある人身売買組織が捕らえられた。
国で一番の病院の院長をしている妻は、
捕われていた子どもたちの治療にあたるために。
妻とは違って全くのヒラだけれど、警衛士をしているぼくは、
まさにその事件現場の処理にあたるために。

今までにも、そんな突然の呼び出しをくらうことはしょっちゅうだったから、
別段、特別なことはない。

お互いにいってらっしゃいの言葉をかけて、一緒に家を出た。



現場についてすぐ、ぼくはこの組織のあらましをきく。

「売られて」いたのは、生まれてから10年にも満たない
見た目の美しい少年たち。
その少年たちを、そんな色を好む男たちに売りつける。
そんな組織だったと聞いている。


世の中には、いろいろな嗜好を持つ人間がいる。
だから自分とは違う嗜好の人間がいても、特にどうとも思わないし、
どうこう言うつもりもない。

ただ、その現場を見て、
やりきれない気持ちになる。

その現場にあったのは、
まずは、飾り立てられた部屋。
入り口を入って、長い長い廊下を過ぎて、その先にあるその部屋が、
おそらく、「ステージ」。
一段高くなったそこに向かって、あらゆる角度から「ステージ」を照らせるよう
夥しい数の照明器具が設置されている。
数あるテーブル席は、基本的にどの席についていても
「ステージ」がよく見えるように配置されていた。

「ステージ」の裏には、おそらく組織員たちの部屋。
飲み騒げるような大部屋と、2段ベッドの並べられたいくつかの部屋。
様々な機具の置かれている、物置のような部屋もある。

そんな部屋をいくつか通り過ぎると、階段がある。
地下に続いている。
それを数段降りただけで、空気が変わったのがわかった。
ひどいにおい。
いろいろなにおいがまざりあって、もう、何のにおいなのかを判別することはできなかった。
ただひたすらに、嘔吐をさそうのに十分な程に不快だった。

そうして、その部屋たちがあった。

……違う、
それは、部屋と呼べるようなものではなかった。
ひび割れた石造りの、
今にも土中に埋まってしまうのではないかと心配になるほどにぼろぼろの壁。
階段を降りてからは、まっすぐな廊下が続いていて、
左側は、ひたすらに壁。
そして右側に、ずらりと続く、格子。
大人が4人ほど寝転がれるスペース。それが石壁で区切られて、
20人分、いや、30人分ほどある。

一番奥のスペースは、特にひどかった。
一目見ただけで、吐き気がした。
ここにいたであろう子どもを痛めつけていた道具は、そのまま残っていた。
その道具にも、床にも、付着している血の跡。
乾ききらないものもある。
いろいろな体液の残滓。

おそらく、拘束していた鎖を打ち付けるための鉄輪。
排泄のための場所はなく、垂れ流された様子が伺えた。
身体をよこたえるための布も、たった1枚の「むしろ」すらなく。

ただ、窓が一つだけ。
少しだけ空が見える。
半地下なのだ。

雨の日には濡れただろう。
冬にはさぞや、寒い思いをしただろう。
少しだけ風通しはよくなっただろうから、
このひどいにおいも、少しは解消されたかもしれないな。

晴れれば、おそらく日もさしたろう。
その日の光に、ここに拘束されていた少年たちが
何を想い、
何を感じたのかは、想像すらできなかった。

希望は?
少しは、なぐさめになったのだろうか?
けれど、だとしたらその希望は
むしろ残酷ではなかったか……?

そんなことを考えながら、一日中、
ぼくはその現場に残る、数々の証拠を採取していった。



***************



妻からその連絡を受けたのは、
もう日も暮れて、
日付も変わるころ。

子どもをひきとりたい?

ぼくも妻も、いずれは子どもを持ちたいと思っていた。
けれどなかなか、恵まれなくて。
機会や縁に恵まれることがあれば、養子をもらうことも考えてはいた。
そのための蓄えも十分にある。

けれど、今日?
このタイミング?
つまりは。

妻は続けた。
やっぱり。
今日、病院に搬送された子どものうちのひとりだと言う。

妻はさらに続ける。
その子どものこと。


多くの少年たちに紛れていた、救出された、その「少女」のこと。
おそらく、「少年」と見間違われて、連れ去られたのだろう。

その少女は、他の少年たちとは
明らかに違った様子で暴行を加えられていたという。
妻が処置をしたのは夕方からだったらしいけれど、
その子は朝からずっと、長い長い時間、戦って、
どうにか命を繋いだのだという。

他の子どもたちの場合、
例え小さくても笑いの絶えない施設だったり、
それこそ、ぼくたち夫婦のような養子を望む人たちのところへと行くことが決まっていた。
元々の家族の捜索ももちろん継続されて、
将来、子どもたちにとって一番良い形の未来につなげられるようにと
対策が行われる。
元々の家族が見つかる可能性は、ほとんど、無いに等しいものだけれど。


ただ、この少女の場合。
他の子どもたちのようにはいかない事情があった。

元の家族の捜索はされるだろう。
けれど、この少女は、
身体の機能を、大きく失いすぎていた。


例えば、左目。
発見されたときには、もうそこは穴のようになっていたそうだ。

例えば、命を紡ぐこと。
この子どもは……この「少女」は、この先、新しい命を生むことはないだろうと妻は言う。
ひどく、ひどく傷つけられたそこは、
もうどんな手を尽くすこともできなかったと。

ぼくは、あの現場を思い出す。
「客」も、「組織員」も、「商品」でさえ、全て男性で。
そんな中に、「少女」がひとり。
なんの手違いだったのか、紛れ込んでしまって。

あの、一番奥の格子の部屋。
夥しい、まだ乾かないものすらあった、
血の跡。
体液の残滓。
そこで、何が成されていたのか。
男たちの中に、ひとりの「少女」。


その連絡で、即答はできなかった。
けれど、上司に事情を説明して、急いで妻の病院に向かいながら、
ぼくの気持ちはその時に、もう固まっていたような気がする。


たくさんの傷を負って、
どうにか命は繋いだけれど、
もう、取り戻せない身体を抱えて。

きっと、一生涯にわたってのケアが必要になる。
気持ちの問題だけではなくて、もっと専門的なもの。
家族であっても、知識が求められる。
金もかかる。
そんな状態では、
なかなかひきとってくれる施設も養父母も見つからないだろう。


けれど。
ぼくたちなら、できるんじゃないのかな?


ありがたいことに、妻は国でもトップクラスの高給取りで、
医療の知識もトップクラスで、
ぼくは冴えないヒラだけど、その分、時間の融通もきかせられる。


あぁ。
なんだ。ぼくたちにピッタリじゃないか。


病院について、妻を探す。
妻は病室で、その子どもの手をにぎっていた。

身体中に、何本かの指先にまで巻かれた、清潔な包帯。
顔は半分見えない。左目を覆っていて。
あの包帯の下にあるのが窪みだけなのかと思うと、
痛々しくて、たまらない。
それでも隠しきれない傷口も、いくつもあって。


妻は今、きっと。
命をつなげたことよりも、
救えなかった、失われた機能のことを思って、自分を責めている。
__よかったね。よかった。
__でも、全部を助けられなくてごめんね。ごめんなさい。
きっとそう、繰り返し思っている。

本人にはその自覚はないみたいだけれど、
でも、ぼくの妻はそういう人間なんだ。

だからぼくは、せめてもの抵抗のように、妻を慰める。

「きみときみのスタッフだから、助かったんだね。」

きみもがんばったよ。
この子どもと一緒に、少なくとも夕方からのこの数時間は、一緒に。
よくがんばったね。

そう伝えたいけれど、
上手い言葉は、いつも見つけられない。


少女に目を向ける。
包帯に包まれて。

あぁ、でも、
なんて、ちいさなてのひら。

これからこの子は、どうやって、生きていくんだろう。
どうやって抱えていくんだろう。

他の傷が全て治っても、残された右目は、左目を追うように視力を失っていくだろう。
可能性さえ見いだせなかった、手を尽くすことさえできなかった「命を紡ぐ」機能。
そのことを受け入れ、そう成長していく身体を守っていかなければならない。

どちらも、相応のケアが必要になる。
おそらく、一生涯。

そんなことを考えて、ずっとこの病院まで、暗い夜道を来たんだ。
もう、ぼくの気持ちも決まっている。

だって、少なくとも。

「きみとぼくとで一緒にできることも、あるみたいだね。」

優秀なお医者さんのきみと、
ヒラだけど、時間だけはつくれるぼくだから。

それにきみは、もう、この少女がいいって、決めたんでしょ?
頑固なきみ。
でも、
こんなにがんばり屋さんな子どもなら、ぼくだって大歓迎。

もう、そんなにがんばらなくても、
これからは大丈夫だよ。

そう言ってあげられたらいいな。


きみは言った。
「子どもを引き取りたいの。」って。

ぼくはこたえる。
「うん。やろうよ。」

妻と一緒に、ちいさなちいさな手のひらを包み込んでやる。


「はやく、目、さめるといいね……。」

言ったのは、ぼくだったか、妻だったか。


大丈夫だよ。
もう、大丈夫だよ。

早くこの子に伝えたくて、
ぼくと妻は、待っている。
この子のまぶたがひらくのを。


その願いが叶うのは、それから10日後の話。



←前編の『てのひら /Z』はコチラです
※作品一覧はコチラです
スポンサーサイト

<<ベンチと朝食 /Z | BLOG TOP | てのひら /Z>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 


trackback


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。